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私の一番大っ嫌いな奴《クソガキ・クソヤロウ・クソ》

 

 私には大嫌いなやつがいる。

 今でも大嫌いだ。そいつのことを考えるとふつふつと怒りが湧いてくる。ろくな思い出がない。




 きっかけは忘れもしない小学生の頃、


「やーい、地味子がお洒落してやんのー」


「……やめてよ、からかわらないでよ…」


 黒髪のおかっぱ頭で瓶底メガネをかけていた私は地味子と呼ばれてクラスで浮いていた。

 そんな私でもテレビの中のアイドルや女優には憧れるわけで、彼女たち有名人の来ている服に似ているものを探して自分で着たりしていた。


「お前みたいなのがそんな派手な色の服似合うわけないじゃん。いつもみたいな地味な服着てるのがお似合いだ」


 家を出てすぐ、近所に住む同級生のクソガキにそう言われた。酷く傷ついた私は泣きながら家に帰っていつもの暗い色の服を着て登校した。




 中学の頃、今までの地味な自分を払拭したくてバッサリと髪を切ったし、コンタクトにして運動部にも入った。

 そしてまたあのクソガキに言われた。


「地味子のくせに生意気なんだよ。運動音痴のくせにバレー部に入って。万年補欠なんだから大人しく応援だけしてろっての。あと、そのダセー髪型。自分で切ったらしいけど、下手くそにも程があるだろ」


 自分が男子バレー部でレギュラーだからってことあるごとに見下してきた。同じ体育館で距離が近い分タチが悪い。少ないお小遣いをやりくりするためにハサミで切った髪をバカにされた。部内では結構ウケたんだぞこの髪型。




 そして何故か同じ高校に進学したクソガキと私。


 運動部がいかにキツイかは中学で学んだのでのんびり文化系の部活に入ろうとした。当時は女子高生がバンドをやってるのが流行だったから軽音部に入った。自前のギターを買うためにアルバイトもした。

 バンドといったらビジュアルでしょ!と思って髪の毛を金髪……は先生や親に怒られるのが怖かったからちょっと茶色にした。


 そこでもクソガキ……成長してるからクソヤロウでいいか。クソヤロウも軽音部に入ってきた。


「だーかーら、楽器初心者のくせに難しい曲を選ぶなって言ってるだろうが。下手くそは下手くそ並みに基礎練習だけしてろ」


「は?あんたも同じ初心者でしょうが。えらそーなこと言わないでよ」


「残念でした。俺は兄貴からお古のベース貰った中学の時から練習してます〜。音痴なお前と違って音楽は5だから歌も歌えます〜」


 人数が少ないのもあって同じバンドに入れられて毎日喧嘩した。しかも、決着をつけてやろうと勝負をしても全戦全敗。クソヤロウのくせにスペックは高かった。

 文化祭の時には周りの女子からキャーキャー言われて鼻の下伸ばしてたから股間を蹴ってやった。

 高校卒業前にバンドで音楽事務所のオーディション受けたら、クソヤロウだけ受かったので、私は音楽を辞めた。




 高校卒業後、特にやりたいこともなかったけど就職もしたくなかったので大学生になった。


 どうしてもクソヤロウから離れたかったので嘘の志望大学を教えたらクソヤロウはその大学に進学していった。

 運動部・文化部は経験済みだったので、新しいことをやってみようとアウトドアサークルに入った。

 先輩たちはみんな優しくてすぐに私はサークルの姫として崇め奉られた。男女比は10:1だった。

 バイトしては飲み会をし、バイトしては遊びに行った。アウトドアサークルらしくキャンプにも数回行った。

 飲み会が終わった後はなぜかいつも同じタクシーの運転手がきて一次会で連れて帰られたりしたけど、楽しかった。泊りがけの旅行は安くするために大部屋にしようとしたのに、ホテルに行くと私だけ別の部屋が用意してあって料金も支払われていた。サークルの誰も知らないとか言ってたけど。


 その頃になるとクソヤロウがちょこちょこテレビに出るようになってた。イケメンなボーカルとして人気が出たらしい。CDを出すたびに郵送されてきた。自慢かよ!と思ったけど、クソヤロウが作詞作曲した曲は何故か耳に残っていて悔しかった。




 大学卒業後は嫌々ながら就職した。それなりに大手の企業でOLをすることになった。

 残業多いし、休日出勤もあったけど給料だけは良かったので頑張って働いた。上司の嫌味ったらしい説教もクソヤロウに比べたらなんてことなかったので苦にもならなかった………ちょっとだけ傷ついたので、タダで貰ったクソヤロウのライブに行って思いっきりペンライト振ってやった。




 数年後、会社の人事のエライ人から呼び出されて個室で話をしてたら、急にお尻を触られて押さえつけられた。昇進したかったら愛人になれと言われたので、お断りついでに股間を蹴り上げてやった。昔のクソヤロウ同様にうずくまって動かなくなったので助かった。会社はクビになった。セクハラオヤジがいるところなんてゴメンだったので清々した。




 景気が悪いだかなんだかで再就職が難しくてアルバイトを転々とした。バイト経験は豊富だったので苦労はしなかったけど、実家を離れて一人暮らししてお金が必要だった。夜の仕事も始めた。

 キャバ嬢として働いていると、クソヤロウが店にやってきた。


「テレビの人気者がこんなところにきてたらパパラッチに写真撮られるよ」


「使い道のない金ならたくさんある。店で一番高い酒を持ってこいブス」


 カチンときたので酔っ払ったクソヤロウに内緒で一番高い酒をいくつか追加注文してやった。クソヤロウは帰り際に真っ青な顔してたけど、しばらくするとまた来たので金づるとして対応してあげた。




 クソヤロウのせい……というかおかげ?で私は店の人気上位になった。売上のほとんどはクソヤロウだけど。

 それに嫉妬したのか、同じ店の人が客に金を払って私を襲わせにきた。店の帰りに自宅近くの路上で襲われた。揉みくちゃになりながらも必死に抵抗したけど、馬乗りになられて「終わった……」と思ったらたまたま偶然にそこを通りかかったクソヤロウが助けてくれた。

 そういえば、クソヤロウの実家って武術道場だったことを思い出した。


「……なによ」


「弱っちいくせに取っ組み合いなんかするんじゃねーよ。いつもみたいに股間蹴り上げればよかったじゃねーか」


「そいつにバック取られたから取り返したかっただけよ。大事なもんが入ってたから」


「自分のカラダより大事なもんなんてないだろ」


「……………次のライブのチケット。アリーナ最前列の一番いいところ。倍率高いのに応募して当たったから」


「そんなもん失くしましたって言って再発行してもらえばいいだけだろう。そんなことも思いつかないからお前はバカだって昔から言ってんだよバーカ」


 怪我してるところに念入りに消毒液濡られた。途中から私が痛がるところを楽しんでいたので、バレー部で鍛え上げていたスパイクビンタを決めてやった。

 その日は怖くて独りじゃ不安だったからクソヤロウの家に泊めて貰った。

 後日、警察に被害届を出して犯人は捕まったし、犯人に指示出してた同じ店のキャバ嬢も捕まった。迷惑をかけてしまったので店長に謝って店を辞めた。




 私は無職になってしまった。バイトする気にならない。面接を受けたくない。家でゴロゴロしていたい。だけど暇。


「というわけで遊びにきた」


「見ての通り忙しいんだけど」


「知ってる。家にいると電気代かかるけど、ここなら居心地いいし端っこでジッとしてるから」


「ちっ……」


 クソヤロウ……命の恩人であるからクソに改名してやろう。クソの所有するスタジオは最高だった。流石年末の歌番組に出演するだけのことはある。

 タダで居させてもらうのも申し訳ないので、掃除をしたり元バンド経験者としてレコーディングの手伝いをしたりOLキャバ嬢時代の経験を活かして来客対応してたらいつのまにか給料が振り込まれていた。

 再就職が決まったようだ。




 またしばらくするとクソの人気は絶頂まできたようで、CMやドラマ、映画主演のオファーまできた。お手本のような芸能界サクセスだなぁと思った。仕事以外に手が回らないクソのためにマネージャーしたり家事をやったりしてあげた。


 週刊誌の記者たちが自宅周辺をうろついてたりしていたので、クソの私生活や交流で女性に対して興味が薄いことや、一時期キャバクラにハマって遊びに行っていたけど飽きたのか最近は全く行かなくなったことを伝えてあげると、みんな面白くなさそうな顔をして帰って行った。


「あー、もうダメ。どいつもこいつも香水の匂いばっかりで鼻がダメになる」


「女優さんだからね。匂いに気をつけるのは当たり前でしょ。ほら、今日の晩御飯」


「それに比べてお前はいっつも飯の匂いかスタジオのカビ臭い匂いがするよな」


「女子力なくてすみませんでしたね!!」


「………別に嫌ってわけじゃねぇんだけどな」


「なにか言った?文句あるなら明日からはロケ弁の残り食べさせるぞ」


「なにも言ってねーよ!!だから皿を下げようとすんな!唐揚げ食べさせろ!」


 人が疲れを労ってやろうとクソの実家に好物とレシピを聞いてあげたというのに。失礼なやつだ。

 そこは素直に「ありがとう」と言えばいいのに。これだからクソは大嫌いなんだ。




 映画の撮影やライブ、テレビ番組の出演をローテーションする毎日になった頃、クソが体調を崩したので少しだけ活動休止することになった。

 売り上げが〜、視聴率が〜、ファン達が〜、と言ってくる連中には私が対応してやった。腹立つことを言う人にはかなりキツい口調で言い返したりした。


 この時はクソの身の回りの世話までするために自宅を引っ越してクソのマンションの一部屋を借りた。


「俺、芸能界引退するかなぁ……音楽もあまり好きじゃないし。役者も向いてないし」


「その割には今まで頑張ってきたじゃん。バンドだってプロになるくらいなんだから好きでもなきゃやってらんないよ」


 珍しくクソが弱気な発言をした。それほど気が滅入っているらしい。


「それは……プロになるまでは目標があったし。役者も有名になるためにやっただけだし。……今は望むものもほとんど手に入った」


「はー。流石、人気者は言うことが違うわね。お金持ちになって立派な家に住んで。……確かに頑張る理由ないかもしれない。え?本当に辞めるの?」


「いいや。バンドメンバーやファンに申し訳ないから今すぐ辞めるつもりはないよ。ただ………なぁ、お前は俺にどうして欲しい?」


「うーん。私としては、あくまで一個人のファンとしては活動再開して欲しいかなぁ。アンタは大嫌いだけど、歌はライブに欠かさず行くくらい好きだし、アンタの演技は引き込まれるっていうのかな?ドラマは全部録画したし、映画の円盤は全部持ってる。無理のない範囲でいいからまたキラキラ輝いてるアンタの姿が見たい」


 それに、ちょっと恥ずかしいけど


「オフの時に偉そうに威張ってて私に仕事押し付けてくるアンタがいないと私の方も張り合いがないっていうか、やる気が出ないって感じ?そういうのアンタにはない?」


 自分でもなに言ってるのかわからないけど、大嫌いだからこそいなくなったらつまらない。いるのといないのだといる方がマシ。


「くっ……くくっ。本当にお前は面白いなぁ。ありがとう元気出た。……そっか、お前は俺にイジメられるのが好きなのか、そっかそっか」


「誰もイジメてくれなんて言ってないわよ!なに一人でニヤニヤしてんのよ気持ち悪い!」


「さーて、もう一週間くらい休んだら復活するから仕事のスケジュールたのむぜ?地味子マネージャー」


「アンタ、いくら私が黒髪でメガネかけてるからってそのアダ名で呼ぶなー!!」




 その後、クソは活動休止前よりイキイキと仕事をして出すCDは音楽チャート一位、出演する映画は日本アカデミー賞を総なめしていった。

 とある番組に出演した時、クソは活動再開した理由についてこう話していた。


「元々からアーティストになりたいわけじゃなかったんですよ。きっかけはモテたかったんです。小学生まで強かったらモテるかも?中学じゃあスポーツすればモテるかも?高校生になったらバンドすればモテるかも?って。その結果、元々の才能もあってか成功しまして。それで、今度は他の芸能人や著名人といった有名な方々と同じようにすればモテるんじゃないかと……えぇ。すごく低俗な理由でしょ?でもこれだけでここまで這い上がってきたんです」


 他にも、


「ファッションについては俺が敏感になってないといけない理由があったんで真摯に学びました。一部の女優さんが着てる派手な極彩色の服着たり、自分で切って武士みたいな髪型になってる知り合いがいたもんだから」


 と言っていた。身に覚えがある話だったので問い詰めたら私のことだった。解せぬ。












 私には大嫌いな奴がいる。

 昔っから私を困らせて、態度が悪くて、ひっついてくるクソガキのことだ。




 私には好きなアーティスト兼俳優がいる。

 心に刺さる歌詞に耳に残る歌声とメロディ。見る人を魅了するクソヤロウのことだ。




 私にはどうしても許せない奴がいる。

 思い出すだけで怒りが湧いてくる。



 きっかけは先日のことだ、


「来週から新元号か。やっぱりキリがいい方がいいよなぁ」


「なんの話?ってか、この書類記入する欄が多い……多いわよね?親の署名と捺印まで必要とか」


「さっさと書いたら準備しろよ。ハワイでミュージックビデオの撮影なんだから」


「わかってるって。家族に贈る歌だっけ?わざわざ両親や知人にオファーして海外で撮影ってお金かかってるわよねぇ。同じような雰囲気の沖縄じゃダメだったの?」


「ハワイといったら有名人が行くイメージあるだろ。だからハワイ」


「ミーハーね」


 と笑って受け流したけどさ!!!!




「結婚式するなんて聞いてない!」


「ウェディングドレス着てからのツッコミかよ」


 ミュージックビデオを撮影するための相手役が風邪でダウンしたから代役でお願いしますって言われたのに!!

 着替え終わった直後にネタバラシとかやめてよ!


「ドレスのサイズピッタリだし。指輪のサイズなんていつ測ったの?」


「寝てるとき。昔から爆睡したら目覚めないだろお前」


「変態!アンタのそういうところ大っ嫌い!許さないんだからね!!」


「ほら、もう式始まるから。静かにしろって」


 私はこいつが嫌いだ。大嫌いだ。最高に嫌いだ。この間書いた書類は婚姻届だったみたいだし、私の親族にはかなり前から根回ししてたみたいだ。挙式にハワイを選んだのも小学生の時の私が結婚式するならハワイだよねーなんて言ったもんだから!!


 本当に嫌い。だって今まで一度も「好きだ」とか言わなかったくせに、教会の、神父さんの目の前で「愛してます」だって!!


「それでは、誓いのキスを」












 私には大嫌いな奴がいる。

 クソガキで、クソヤロウで、クソで、仕事仲間で、結婚相手で、旦那で、家族で、可愛い子供たちの父親なやつだ。


 過去の仕打ちは忘れないし、一人だけで幸せにもさせない。


 たとえ死んだとしても天国のその先まで一生付きまとってやるんだ。








誤字脱字があったら教えてください。

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[良い点] 好きです。 最後の一文が決まってますね!
[一言] 面白かったです、男視点の話を見てみたかったです^_^
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