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「行ったぞー!」
「上がれ上がれ!」
「こっち蹴れ、こっち!」
うっとうしいほどの五月晴れの中、俺は半そでにハーフパンツというラフな格好でグラウンドに突っ立っていた。俺の周囲には合計二十一人の男子たち、一人の教師、さらにそれを囲うように大勢の生徒たちがおり、みんながみんな思い思いに声を上げている。
今日は球技大会だった。望む望まない関わらず毎年やってくる、学校行事のひとつ。すっかり存在そのものを忘れかけていたのだが、つい先日十和田に教えられてようやく思い出した。異世界に現実世界の話を持ち込まれただけでも腹がたつうえに、もしかしたら忘れていたことを理由にサボれたかもしれないことを考えると、十和田のおせっかいの罪深さは底知れない。思い出したからには、参加せざるを得ないからな……。
俺の通う学校の球技大会はサッカー、バレーボール、卓球の三つの競技が行われる。男女に分かれ、各々が望む球技に参加し、その勝敗を競う。特に賞品だとかは用意されておらず、どちらかというとレクリエーションに近い。五月になった今でも新しいクラスに馴染めない生徒に、クラスメイトと仲良くなる機会を与え、クラスの団結力を高めようということだろう。大きなお世話極まりない。
俺が参加しているのはサッカーだ。当然のことながら、俺が望んで参加したわけではない。必要なメンバー数が一番多い競技であり枠が余っていたので、そこに無理やりねじ込まれたのだ。おかげで俺はじりじりと地面を照らす太陽の下、ださい色の体操服を着て、その上に背番号のついたゼッケンを身につけた上でグラウンドに立つ羽目になっている。
そもそも、俺はサッカーが好きではない。チームワークが大事なのか個人技が大事なのか、はっきりしないところが気に食わないのだ。パスを回し続けてなかなか点が入らないのも見ていて退屈だし、何かアクシデントがあるたびに大げさにリアクションを取るところも、見ていて気分が悪くなる。痛がっていると思えば、試合が再開した直後に元気に走り回っている姿なんて、つまらないギャグにしか見えない。
見るだけでもつまらないのだから、当然自分でプレイしようなどとは思わないわけで……しかしそれでも、球技大会が強制参加である以上、グラウンドには立っていなければならない。……正直、俺にはやることがあるのだが。
スポーツというのはよくない。何か考え事がしたくても、じっくり考えることができないからだ。ボールが飛び交っている中、考え事でぼーっとしていたら怪我をしかねない。さすがに怪我をしたくはないので、適度に気をはりながら突っ立っているのだが、それでは他のことを考えることなど不可能だ。つまり俺は今、無為なる時間を過ごすしかないのだ。
ああ、早く時が過ぎないだろうか……今は試合開始から何分経ったんだ? と、グラウンドのすぐそばに建つ校舎に設置された時計を見ようと首を動かすと、
「みんなー! 頑張れー! 大丈夫、押してるよー!」
十和田が両手でメガホンを作りながら叫んでいるのが見えた。
異世界で見せていた子供のようなはしゃぎっぷりや、ボスから敗走して見せた悔しそうな表情は、今の十和田には見受けられない。そこにいるのは生徒会長としての威厳を保ちつつ、クラスメイトに激励を送る、優等生の鑑のような十和田だった。
ゴーレムに手も足も出ず撤退し、森の中から命からがら逃げ出したのは、つい昨日の話だ。昨日、というとまたややこしいのだが……つまり、ゴーレムから逃げてすぐ、町で宿を取り、翌朝起きたらその日は球技大会だった……というわけだ。実に忙しい生活を送っていると思わないか? 今からでも異世界だけにしてほしい。
宿で借りた大部屋に入るなり、十和田は黙って装備をはずし、同じ部屋の使用者である俺に断りもなく風呂へと入り、ずいぶんさっぱりして出てきたかと思うと、
「……わたし、もう寝るから」
と言って布団を頭から被り、数秒後には静かな寝息を立て始めた。……寝つきがいいのは良いことだ。
十和田のあまりのスピード就寝っぷりに俺はあっけにとられたものの、俺も負けず劣らず早めに床についた。珍しく、早く現代に帰りたかった。その理由ができたのだ。
……そういうわけで、俺にはやりたいことがあるのだが……いったいつまでグラウンドに立ち続けなければならないのだろう。テレビで放送している試合だと、2時間はやっている気がする。しかし所詮は学校の球技大会なのだし、もう少し短い試合時間にしているんじゃないのか……? そうであってくれ。
俺は今一度グラウンドを見渡す。俺が立っているのはグラウンドに白線で描かれた、サッカーフィールドの左側後方……って、相手から見れば右側前方になるのか? まぁ、自分チームのゴールから見て、左側ってことだ。ポジションはディフェンダーだと言われた。おそらく相手の攻撃を防ぐ役割なのだろうが、そんなつもりは毛頭ない。ご自由にどうぞってなもんだ。
ボールがどこにあるのかを確認すると、大体フィールドの真ん中あたりで、お互いのチームが取り合っていた。どうやらうちのクラスと相手のクラスは力が拮抗しているらしく、あちらこちらへボールが飛んでいくわりには、未だに1点も得点が入っていない。一切やる気のない俺がいるぶん、一人メンバーが足りていないも同然なので、おそらくうちのチームが頑張っているのだろう。
まぁしかし、俺が配置されたということはたぶん、ここのポジションは大して重要なポジションではないんじゃないだろうか。……そういえば昔読んだ野球漫画では、守備が下手な選手はライトに置かれていた気がする。俺の位置も、相手チームから見ればライトポジション……つまり、下手なやつを置いても問題ない、どうでもいいポジションなのでは? ……そういうことなら、少しくらい思考に耽っても大丈夫かもしれないな……。
などと考えていたら、相手チームの一人がボールを蹴りながら、俺のほうへと突っ込んできた。
「おいおい、せっかくのんびりしていたってのに……」
まぁいい、どうせ俺は役立たずなんだ、相手チームに道を譲ってあげよう。……そういえば、サッカーってのは同点の場合、延長とかするんだろうか? だったら困るな……やはりさっさと点を取ってもらわなければ。
俺は身構える。といっても、フリだけだ。それっぽくフィールドを守ってますよ、という感じの動きをしつつ、何もせずに相手を素通りさせるつもりだった。
だが、相手選手が目の前に迫ったその瞬間、
「こらーっ! 冴梨、真面目にやれーっ!」
十和田の鋭い叱責の声が、俺の耳を貫いた。
その声を聞いて、俺はふっと異世界での戦闘を思い出した。雑魚とはいえど、レベルが低いころは多少の苦労を要したモンスターとの戦闘。どこからモンスターが現れるかわからない森の中を進み、こちらの数を上回る群れで攻めてこられたときの緊張感。モンスターたちが見せる様々な攻撃を、紙一重でさばいたときの焦燥感。……そして、巨大なゴーレムを目の前にしたときの恐怖。そのモンスターたちと、十和田と共に戦ったこと……。そういった数々の感情……いや、経験だろうか……が、俺の頭をよぎった。
するとなぜだろうか、目の前にいる相手チームの選手の動きが、スローモーションにかかっているかのように遅く見えた。いや、これは妄想だな。というよりも、相手がどう動こうとしているのかが、なんとなく分かったのだ。右にフェイントを入れてから、俺の左側を抜こうとしている。
やれやれ、相手選手には行かせてあげようとしていたのに……。相手の動きが見えてしまったせいか俺の体は勝手に反応し、相手を抜かせまいと左に動き出していた。
するとやはり、相手は俺の右側へと行くフリをしてから、左側を抜こうとしてきた。俺が完璧にコースを防いでくるとは思わなかったのだろう、目を見張って驚いている。その表情が少しおもしろく、もう少し邪魔してやろうかといたずら心が沸いたので、そのまま左のほうへ相手選手と併走しようとしたら、
「ぐっ!」
俺の背後から、うめき声がした。と同時に、俺の後頭部に痛みが走る。
突然の衝撃に、俺は足を止めざるを得なかった。邪魔するやつがいなくなったおかげで、相手選手はそのまま走り去り、ゴールまで一気に近づきシュートを決めた。これで0対1。このまま試合が終われば、俺の球技大会は終了だ。
「リンくん!?」
遠くから十和田の声が聞こえる。異世界で十和田の声に聞きなれてしまい、嫌でも耳に入ってきてしまうようになった自分の聴覚に嫌気がさす。……しかし、今のは俺に対しての言葉ではなかったようだ。誰かの名前を呼んでいたようだが……リンク? 時の勇者か?
痛む頭をさすりながら後ろを振り返ると、男子が一人倒れていた。
来ている服を見れば、体操服の上に俺と同じ色のゼッケンを身につけている。つまりチームメイトであり、クラスメイトだ。なんだってそいつが、俺に向かって突撃してきたんだ?
ホイッスルの音が、けたたましく響き渡る。それとともに、声援で溢れ返っていた周囲のざわめきが、動揺の混じったものに変わる。小さく、女子の悲鳴まで聞こえる。
審判をしていた教師が傍までかっとんで来て、倒れている男子の様子を伺う。
「……いかん、気絶している。保健室まで連れて行こう」
「わたしが手伝います」
思わず、驚いて声を出すところだった。いつの間にか、十和田までグラウンドに入ってきて、傍に立っていたからだ。
気絶した男子の体を抱えようとしていた教師が、十和田に問う。
「いいのか? 十和田」
「わたしの試合まで、まだ時間がありますから」
保健委員でもないのに、頑張るやつだ。こういう時出張ってくるはずの、うちのクラスの保健委員はどこにいるのだろう。もしかしてそっちが試合中なのだろうか。生徒会長も大変だ。
俺が心の中で十和田を賞賛していると、十和田がこちらをきっと睨んだ。……嫌な予感。
「……あなたも手伝うのっ!」
……俺も後頭部をぶつけた怪我人のはずなのだが。
保健室に気絶した男子を運び込み、養護教諭がその容態を確かめている。その間、俺と十和田は保健室の外で待っていた。
「……あなたが相手選手に抜かれそうになったときに、リンくんはそのサポートに行こうとしてたの。相手選手があなたの左側を抜こうとしていたから、そっちのコースを防ごうとしてね。でも、あなたも左へ体を動かしたから、そのままぶつかってしまったのよ」
特にやることもなく廊下で待っているだけなのが我慢ならないのか、十和田がわざわざ事の顛末を教えてくれた。俺は別に、無言でいつまででも立っていることができるのだが。
しかし、その話を聞いて俺は疑問に思う。
「……俺は何も悪くないと思うが」
俺はディフェンダーの仕事を、気まぐれではあるが全うしようとしたにすぎない。そこに後ろから、あの気絶してるやつが勝手に突っ込んできただけの話だ。
「う……まぁ、確かにそうかもね……」
話しているうちに十和田も気づいたのだろう、先ほどまでの激情はどこへやら、ずいぶんしおらしくなってしまっている。
「……でも、途中まで全然やる気を見せずに、ボーっと突っ立ってただけじゃない! どうしていきなりやる気になったのよ?」
そう聞かれて、俺は黙った。
理由はわかっている、こいつの声が聞こえたからだ。しかし、それを言う気にはなれない。異世界での戦闘を経て、条件反射的に体が動いたのかもしれないが……それを言ったところで変な顔をされるだけだろう。だったら、何も言わないほうがいい。
俺が黙り込んだのをどう受け取ったのか、十和田はほんの少し威勢を取り戻す。
「……わたしはこれから試合があるから、リンくんが起きるまで傍にいてあげなさいよね!」
俺が傍にいてあの男子が喜ぶとも思えないが、サッカーの試合に戻らなくていいというのは悪くない。俺は素直に頷いた。
頷いたタイミングで、保健室の扉が開いた。中から養護教諭が出てくる。
「大丈夫、ちょっと頭を打っただけみたい。しばらく安静にしていれば、じきに目を覚ますわ」
「……そうですか」
十和田は、ずいぶん安心した様子だった。
なんとなく、そのホッとした表情が、異世界にいるときと同じ、子供のようなものに見えた。先ほどからリンくんと馴れ馴れしく呼んでいるところから考えて、もしかしたら知り合いなのかもしれない。あるいは彼氏とかか。浮いた話はなかったと思っていたが、やはり俺の耳に入っていなかっただけなのかもな。
「起きるまで、彼が見ているとのことです」
「そう? 助かるわ、球技大会だから怪我をする生徒が多くて……。それじゃあ、よろしくね」
そう言うと、養護教諭は忙しそうにぱたぱたと保健室を飛び出していき、十和田も自分の試合時間が近いのか保健室から去っていった。
保健室に残ったのは気絶した男子生徒と俺の二人。なんだって男二人で保健室にいなきゃならんのか。
しかし保健室は太陽の光がモロに当たる外と違い、軽く冷房が効いているのか涼しくて心地よい。同じ部屋にいるとはいえもう一人は気絶しているので、何かを話してきたり視線を飛ばしてきたりもしない。
考え事をするには、絶好の機会といえた。
俺はジャージに忍び込ませていたスマートフォンを取り出す。試合中には脱いでいたのを、こいつを運ぶ際に着てきたのだ。おかげで調べ物もできる。
スマートフォンを操り、俺は検索項目にキーワードを入力する。入れるワードはもちろんアレだ。
ゴーレム。ひとりでに動く泥人形。
もともと、海外の伝承に登場する存在のようだ。作り主の命令を忠実に遂行する、ロボットのようなもの。
それを作るには様々な制約があり、制約を守らないと凶暴になるらしい。……まぁ、それは俺には関係ないか。俺はゴーレムを作りたいわけじゃない、倒したいのだ。
俺はゲームをするとき、攻略本や攻略サイトは極力見ないタイプだ。それはなんだかずるい気がするし、自分で攻略法を発見したときのほうが楽しいに決まっているからな。
……異世界転生にチート能力を求めておいて何を言っているんだという感じだが、それはそれ、これはこれ。ゲームと現実を一緒にしてはいけないってやつさ。実際に命を張って冒険をするのだから、できるだけ強力な能力を持ちたいと思うのは自然な発想だろう?
さて、命を張っているのならば、敵に関する情報を集めるのは、悪いことでもずるいことでもないはずだ。そういうわけで俺はゴーレムの攻略法を、俺が元いた現世に求めた。異世界モノによくある現代知識無双、それの亜種みたいなもんか。寝るたびに現世に戻ってくるのは億劫ではあるが、必要になるたびに知識を仕入れてこれるメリットともなる。異世界で攻略に詰まるたびに、現世のネット技術を使って情報を仕入れてくれば、攻略も多少楽になるだろう。
しかし攻略法と言っても、異世界の攻略本や攻略サイトがあるわけじゃない。世の中にはモンスターに関する数多の伝承や作品があり、そのたびに内容が違うこともザラだ。つまりこっちに帰ってきても、有効そうな知識をかき集めることくらいしかできない。
現に、最初に見たサイトのゴーレムの攻略法は、額に張られた紙に書かれた文字を消す、というものだった。……しかしいくら思い返しても、あのゴーレムの額に紙が貼られていた記憶はない。おそらくこの攻略法は使えないだろう。
その後、いくつかの伝承をまとめたサイトや、いろんなゲームの攻略サイトなどをめぐったが……今の俺が取れる攻略法は見当たらなかった。
それもそのはず……ゴーレムに有効なのは『魔法』なのだ。
単純な思考しかできないことを利用し魔法で混乱させる、あるいは眠らせてしまう。もしくは水の魔法で泥をぐちゃぐちゃにしてしまう……。ゴーレムの攻略法は、どのページを見ても魔法ばかりだった。
俺は思わず歯噛みする。こんなことは、調べるまでもなくわかっていたことだ。だからこそ、こうしてネットを使って調べれば、俺も知らないような攻略法があるんじゃないかと期待していたのだが……。
「くそっ」
俺はスマートフォンを、ジャージのポケットに突っ込んだ。……まだ、ネットを見ただけだ。もしかしたらファンタジー漫画とかに、思わぬ攻略法が載っているかもしれない。家に帰ったら、本棚を漁ってみよう。
……そういえば、調べ物を始めてからどれくらい時間が経っただろうか。俺のクラスのサッカーはさすがに終わっているだろうが……と、うつむいていた顔を上げると、
「……うおっ」
気絶した男子が、目を覚ましていた。
仰向けのまま、目だけをぱっちり開けている。その様子がまるでホラー映画のようで、俺は思わず声を上げていた。
男子はそのままゆっくりと、上半身を起き上がらせた。右手で頭を押さえている。その憂うような仕草が妙に絵になっていて、なんだか腹が立つ。よく見ると、男子はそこそこ美形の優男だった。
「…………」
男子は何も言わず、しばらく頭を押さえていたが、傍に俺がいることにようやく気づいた。珍しいものを見つけた猫のような目をして、こちらを見つめてくる。
「……なんだよ?」
男子に見つめられて喜ぶ趣味はない。俺は顔をしかめてそう言った。
「……ああ、ごめん」
男子は謝り、ようやく俺から視線を外した。きょろきょろと周囲を伺っている。
「ここは……保健室?」
「それ以外に見えるか?」
「見えないね。数回来たことがあるけど、間違いなくうちの学校の保健室だ」
そうかい、疑問が解けてよかったな……と思ったら、男子は口元にうすい笑みを浮かべながら、再びこちらを見てきた。
「でも、どうして冴梨くんが保健室にいるのかはわからないな」
「なんで俺の名前を知ってる」
「……いや、クラスメイトだから」
……そうか。俺はお前の名前を知らないが……。
「……球技大会でサッカーをしていただろう。その試合中にお前が俺にぶつかってきてそのまま気絶したから、生徒会長様にお前が目を覚ますまで見張っておくように命じられたんだよ」
俺が顛末を説明してやると、男子は嬉しそうに笑った。
「そっか、ツキちゃんが……。でもよく君が、その命令を聞く気になったね?」
「球技大会はたるいからな。外も暑いし。保健室のほうが快適だろう」
「はは、確かにね」
男子は、常に微笑を浮かべているようなやつだった。その表情がまたサマになっていて、ずいぶんと女子に人気がありそうだ。俺はこいつのことを十和田の彼氏だと予想したが、案外当たっているかもしれない。美人の十和田とこいつが並び立てば、さぞや絵になるだろう。
「……なんだか、不思議な夢を見ていたよ」
……聞いてもいないのに話しかけてくるところも、十和田に似ているな。答える義理もないので、俺は黙っていた。男子のほうも返事を期待していたわけではないようで、養護教諭が帰ってくるまで、俺たちは無言のまま、保健室で過ごした。……しかし、気絶中にも夢って見るもんなのか?
結局、養護教諭が帰ってきたのは、球技大会がほとんど終わってからだった。
チームメンバーが二人欠けた俺のクラスのサッカーは当然のように負けていて、十和田が参加した女子のバレーボールはとんとん拍子に決勝まで進み、優勝をもぎ取ったのだった。
その日、俺は眠気が限界を超えるまで自宅の漫画を読み漁った。
俺が集めていた漫画の中には、実にさまざまな設定のゴーレムがいた。漫画はどれも面白く、充実した時間は過ごせたのだが……決定的な攻略方法は結局見つからなかった。一応、使えそうなアイディアは頭に留めておいたが……。
頭がふらふらしてきたので、仕方なく俺はベッドに潜る。この分なら、すぐにでも眠りにつけそうだ……。
「はい、お待ちしておりましたよリョーマ様!」
「うおっ!」
どうやら本当にすぐ寝入ってしまったらしい、まどろんだ記憶すらなく、俺は女神のいる真っ暗な空間に降り立っていた。
「……って、どうしてここなんだ」
初めの数回以降、異世界に向かう際はこの空間に立ち寄ることなく、異世界の宿屋で目を覚ましていた。この空間に来るのは異世界で眠ったとき、つまりセーブしたときだ。だというのに、なぜ今日はここに?
「んふふ、それはですねー……」
女神は妙に嬉しそうににやにやしている。テストでいい点取って、ご褒美を期待している子供みたいだ……。何をそんなに嬉しそうにしているのかと疑問に思っていると、女神は両手を広げ、瞳をきらめかせながら言った。
「お喜びください! なんと! また一人勇者を見つけ出したのでーす!」
「なっ!」
「なんですって!」
ん、十和田もいたのか。まぁそりゃそうか……ってそうじゃない!
「新しい勇者だと!」
「それは本当なんですか女神様!」
俺と十和田の声が、重なり合う。
「冗談じゃない!」「素晴らしいわ!」
俺と十和田は顔を見合わせた。
「……ちょっと、冴梨。新しい仲間が増えるのよ? 喜ぶべきところでしょう」
「ふざけるな。お前一人いるだけでも嫌だってのに、さらにもう一人増えるだと? これ以上の面倒はごめんだ」
「二人も三人も変わらないでしょう? ……っていうか、仲間が増えることを面倒だなんて言うんじゃないの!」
いい加減見飽きてきた、腰に両手を当てるポーズで十和田が言う。どうしてこう、子供をしかる母親のような格好をするんだろうか……。
「というか、すでにパーティ登録は済んでいるので、リョーマ様が今から何を言おうと新しい勇者の参戦は決定事項ですよ?」
あっけらかんと言う女神を、俺は睨む。が、女神はさっと十和田の背中に隠れてしまった。人を盾にするのが板についていやがる……。
「まぁ、お二人と同い年の男の子ですから、きっと気が合うはずです! その方ははじまりの草原にいらっしゃいますから、迎えにいってあげてくださいね。それでは、新たな仲間も増えたと言うことで、皆様のいっそうのご活躍を期待しております! ではいってらっしゃい!」
女神は十和田の背中に隠れながらそう言うと、有無を言わさず俺と十和田を異世界へと送り込む光を放った。光に包まれて浮遊したかと思えば、直後に真っ逆さまに落下する感覚が襲ってくる。……正直、わき腹のあたりがひゅっとなるので、この送り込み方は勘弁してほしい……。
目を覚ました俺の視界に入ってきたのは、だいぶ見慣れてきた感のある宿屋の天井。前回のセーブデータからの続きと言うわけだ。
同時に起きた十和田はてきぱきと、俺はのろのろと装備を整え(十和田は例におよばず、母親のような態度で俺を急かしてきた)、はじまりの草原へと足を向ける。十和田は剣を装備していない……剣はゴーレムの体に刺さったままだ。
ロールプレイングゲームにおいて、仲間が増えるというのは基本的にはいいイベントだ。個性的な技を持つ仲間が増えることにより、今まで取れなかった戦法が取れるようになるからだ。戦闘に参加できる人数が限られているゲームでは、パーティメンバーを選ばなくてはならない苦悩があり、それがまた楽しい時間であったりもする。
だがもうはっきりしているとおり、ここは一人用ロールプレイングゲームのような世界ではない。仲間が増えるとはそれすなわち、自分に意見してくる存在が増えるということだ。
十和田一人であれば、俺のほうがゲームに一日の長があるということで、なんとか言いくるめることもできた。だが三人になれば、多数決という手段を取ることができるようになる。そうなったとき、俺が毎回少数派になることは想像に難くない。例えどれほどの正論を唱えても、数が多いほうが正しいというわけのわからない理屈ひとつで全てをねじ伏せられてしまう。それがたまらなく嫌だから、これ以上仲間が増えるのは遠慮したかったのだが……。
「もう……いつまでもそんな顔してないで、もう少し愛想よくしなさいよ。これから一緒に冒険する仲間が増えるのに、それじゃ仲良くなれないでしょ?」
そもそも仲良くなる気がないんだよ、俺は。
のったりのったりと十和田の背中についていくと、着いたのは懐かしの、俺が初めて異世界に降り立ったときの場所だった。今日も空はきれいに晴れ渡っており、見渡せる景色は全て絶景だ。……ああ、あのドラゴンが飛ぶ山には、いったいいつ行くことができるんだろう……。
「あっ、来たみたい」
ぼーっと景色を眺めていると、十和田が空を指差しながら声を上げた。見ると、空のある一点から一筋の光が降りてきている。なるほど、ああして送られてきていたのか……。
「行きましょ!」
十和田は元気よく走り出した。俺はのろのろと歩き出す。
光の柱は草原へ到達すると、今度は逆に上のほうから少しずつ消えていく。ベールがはがれるように儚く消えていった光の中心には、一人の少年が立っていた。
「……あ?」
その顔立ちに、妙に見覚えがあった。やたらとさらさらした髪も、たれ目がちな目元も、微笑をたたえているのがデフォルトの口元も……どれもこれも見覚えがある。
具体的には今日、学校の保健室で見た。
「うそ……リンくん……?」
「……ツキちゃん? それにきみは……冴梨くん?」
異世界に現れた新たな勇者は、当たり前のように俺と十和田の名を呼んだ。
「そっか……ツキちゃんたちはそんな面白そうなことしてたんだ。ズルイなぁ」
「もう、そんなこと言わないでよ。誘いたくても誘えないんだからしょうがないでしょ? 勇者を探してくるのは女神様の役割なんだから」
「あはは、冗談だよ。それで、まず僕は何をすればいいの?」
「そうね……やっぱり町に行って装備を整えましょ。まずはどんな装備がリンくんに合っているのか、確認しなくっちゃね。町のこともいろいろ教えてあげる」
「ありがとう。……いやぁ、本当にゲームみたいな感じなんだねぇ」
見目麗しいカップルが飼っている不細工な犬、それが今の俺だ。
十和田と、十和田にリンくんと呼ばれている男子は、やはり知り合いのようだった。
それも学校の友人くらいのレベルじゃない、もっと深い仲のようだ。先ほどから繰り広げられている楽しそうな会話の中で、十和田は常に気が緩んだような表情をしている。学校でクラスメイトと話しているときは、生徒会長然としたきりりとした表情でいるのがデフォルトだったはずだ。それがこうなのだから、よほど気が置けない間柄なのだろう。
仲良きことは美しきかな、別にそれを否定したり非難したりするつもりは毛頭ない。むしろどうぞご自由に、ご勝手にお願いしますといったところだ。だというのに……。
「……ちょっと、冴梨どこ行くの? 武器屋の場所、忘れちゃったの?」
十和田が、俺に自由行動を許してくれない。十和田が男子の相手をしてくれるというのなら、俺はその間自由にさせてもらおう……と二人から離れようとしたのだが、十和田は踵を返した俺の首元を引っつかみ引き止めた。首輪についたリードを引っ張られた犬の気持ちを、俺はそのとき深く理解できた。……首が絞まって苦しいから、その引き止め方は止めろ。
「……お前一人いれば充分だろう。お前がそいつに町の案内をしている間、俺は自由行動させてもらう」
首が絞まって苦しげにそう言った俺を、十和田は信じられないものを見るような目で見返してきた。
「……あなた何言ってるの? これから一緒に戦っていく仲間なんだから、親交を深めなくてどうするのよ!」
……そうやって、無理やりにでも関係を築こうとしてくるのが嫌なのだと、なぜ分からんのだ。
「まあまあ、抑えてツキちゃん。……でも、せっかくこうして、滅多にないような経験をしてるんだからさ。これを機に仲良くなるってのも、僕はいいと思うんだけど……どう?」
どうもこうもあるか。滅多にない経験だからこそ、俺は俺の好きなように、思う存分楽しみたいのだ。それをどうして、他人に気を使いながら異世界を巡らなければならないのか。
「お前の考えなど知らん。そもそも、パーティで戦闘を終えないと経験値が入らないというクソシステムが導入されているから仕方なくこいつとも冒険しているだけで、親交を深めようという気は毛頭ない」
それは残念、と男子は大して残念そうに見えない微笑を讃えたまま肩をすくめた。十和田と違い、何が何でも俺を巻き込もうという考えは、こいつには無いようだ。まぁ、それが普通だろう。いくら仲良くする気が相手側にあっても、これだけはっきりと拒絶すれば大抵の人間は諦めるというものだ。
が、その大抵の人間ではない十和田は憤慨したように眉を吊り上げ、俺の肩をがっしりと掴む。
「もう……一週間も一緒に冒険したのに、まだそんなこと言ってるの? だいたいさっきから何よ、お前とかそいつとかこいつとか……。ちゃんと名前で呼びなさいよね」
……名前で呼べだと。
ふん、そんなことは不可能だ。理由は明白。
「呼ぼうにも、まだ名前を聞いてないぞ」
聞いたことがないものは分からない、そんなものは小学生でもわかる理屈だ。まして名前など、相手から名乗られるか、誰かから紹介されるまで知りようが無い。十和田があだ名のようにリンくんと呼び続けているが、そこから本名を推理しろとでもいうのか? 俺を名探偵か何かだと?
そんな気持ちを込めて、先ほどの言葉を言ったのだが、言った途端に二人の呆れ返った視線が俺の全身に突き刺さった。……なんだ、そんなにおかしなことを言ったか?
「……冴梨、あなたとリンくんはクラスメイトよ?」
「だからどうしたんだ」
「なんで名前を知らないのよ!」
そう言われましても。興味がなかったからとしか言えない。知る機会もなかったし、例えあったとしてもすぐに記憶が頭から転がりおちていっただろう。興味のないものを覚え続けていられるほど、俺の脳みそは優秀じゃないんだ。
十和田は急に、はっとしたような顔になる。
「……ちょっと待ってよ。冴梨……あなたまさか、わたしの名前も分からない、とか言わないよね……?」
それはさすがに覚えている。不本意ではあるがな。
「十和田だろ」
「……下の名前は?」
……はて、なんだっただろうか。前は覚えていたはずだったが……。
「……え-と」
「しんっ……じられない!」
たっぷりとしたタメで、十和田は吼えた。
「一週間も一緒に冒険してたのよ!? それなのに、名前すらしっかり覚えていないなんてどういうことよ! いったいどんな記憶力してるんだか!」
「うるせえなぁ、単に興味のないことは覚えられないだけだ」
「……それ、暗にツキちゃん自体に興味がないって言ってることになるけど」
暗にも何も、何度もそう言っている。
「……で? それでも名乗りたいんなら、別に名乗ってもいいぞ。覚えていられる保障は、今見たとおり無いけどな」
名も知らぬ男子は困ったような笑みを浮かべた。まだ笑っていられるとは大したタマだ。
「そうだね、フルネームはともかく……苗字か名前、どちらかだけでも覚えておいてよ」
男子はこほん、と咳をひとつしてから、言った。
「僕は、霧洲リント。よろしくね、冴梨リョーマくん」
「……ああ」
握手は無い。向こうも求めてこなかった。
「……変な名前だな」
「あはは、変わった名前とはよく言われるよ。変な、とはあまり言われないけどね。ところで、リョーマくんって呼んでもいいかい?」
「好きにしろ」
「僕のこともリントでいいからね。それじゃあ、今後ともよろしく」
「ああ、わかったよ。霧洲」
俺と霧洲の会話の応酬を、十和田はじとりとした目で睨んできた。
「……なんか、やけに仲良くない?」
……今のが仲良しの会話に本気で見えたのなら、お前は一度病院に行ったほうがいい。
十和田と霧洲は話していたとおり、武器屋へと向かった。結局、俺は十和田の鋭い視線と腕力に逆らうことはできず、後ろからついていった。
「武器屋の人にお願いすればお試しで装備ができるから、それで自分の得意な武器を確認して……」
「へぇ、僕のはなんだろう……楽しみだな」
二人があれこれ話しながら買い物を楽しんでいるのをよそに、俺は懸案事項について考える。
ゴーレムの撃退方法。ゲームの攻略情報や漫画などで使われていた方法で、今の俺が使えるようなものはそれほど多くはなかった。
まずひとつは、ゴーレムの創造主を倒すこと。ゴーレムは造られた存在であり、それには必ず創造主がいる。ゴーレム本体を倒せなくても作り出した創造主を倒せば、しもべであるゴーレムは機能を停止し、結果的に倒すことができる。つまり元を断つような方法。
ただ、これも使えるかどうか怪しい。この方法は、ゴーレムの創造主である魔術師などが近くにいる場合でしか使えない方法だ。あの森を再び探索し、ゴーレムの創造主が隠れていれば倒すこともできるだろうが、森の中はあらかた探索し尽くしたのでその可能性は低い。……それに、あのゴーレムを造り出したのが魔王の可能性だって大いにある。それならば、この方法はまったく意味が無い。雑魚を倒すためにラスボスを狙うなんて作戦、間抜けもいいところだ。
そのためこちらの方法は、念のためもう一度森の中をくまなく探し、ゴーレムの創造主がいたら実行する。いなければ……もうひとつの方法だ。
ふたつめの攻略法は、ゴーレムの核となるものを破壊するというものだ。
ネットを検索して最初に見つけたゴーレムに関する記事では、ゴーレムの額には紙が貼られており、それを消すことでゴーレムを倒すことができるとあった。
これと似たような方法でゴーレムを倒す作品は、結構多かった。紙以外では、体のどこかに埋め込まれている魔力を込められた石、もしくは人形を破壊するといったもの。体のどこかに現れる魔法文字を傷つけるというもの。他にもいくつかあったが……つまり、ゴーレムの体を構成するために重要な何かを攻撃するということだ。
この方法が、現状もっとも有効な手段に思えた。強力な敵の弱点を的確に突き、撃破する。実にゲームらしい攻略方法だし、弱点を探し出すことさえできれば、あとはそれを攻撃するだけだ。俺一人でも、何度か挑戦すればいつかは達成できるかもしれない。試す価値は、大いにあると言えるだろう。
……まぁ、その弱点を探し出すまでが大変なわけだが。結局、俺が使える武器は、購入してからそのまま使い続けている剣と、己の身ひとつのみ。再びゴーレムの猛攻から逃げ回りながら、弱点を探す羽目になるのだろう。
いいさ、試行錯誤は覚悟の上だ。チート能力やステータスを得ていない時点で、戦闘に関して楽できないことは充分わかっていたことじゃないか。それならばじっくりと、トライアンドエラーの精神で攻略を楽しんで……。
「……ちょっと、冴梨」
「……ん?」
俺は脳内でゴーレムとの戦闘をシミュレートしていたのだが、その様子を十和田と霧洲に見られていたことにようやく気づいた。十和田は白けた顔、霧洲は妙に楽しそうに笑っている。……こいつはいつも笑っている気がするが、何がそんなに面白いんだ?
「……で、なんだ」
「なんだ、じゃないわよ。リンくんの装備を整えたから、冒険を始めましょうって言ってるの」
霧洲の格好を見ると、確かに冒険者らしい服装になっている。しかし、肝心の武器らしいものが見当たらない。
「武器はどうした、武器は」
「えーっと、これなんだけど」
霧洲は腰に手を伸ばす。俺の位置からは見えないそこに装備されていたのは、小さなナイフだった。
「……なんだ、それ」
「小刀だねぇ」
「それが得意武器か?」
「そうみたい」
小刀が得意武器。そんな勇者がいるのだろうか。どちらかというと盗賊とか、そういった職業のやつらが得意としているイメージがあるが……。
まぁ、別にどうでもいいか。俺は俺のやれることをするだけだ。
「そうか。じゃあさっさと森まで行くぞ、今日こそあのゴーレムを……」
「何言ってんの?」
十和田はため息をつきながら、右手で軽く頭を押さえた。
「草原に行くに決まってるじゃない」
「はぁ? なんでいまさらあんなところに……」
腕を組んだ仁王立ちポーズで、十和田は言った。
「まず、リンくんのレベルを上げなきゃいけないでしょ。それに、わたしの装備もゴーレムに奪われたままなんだから。戦力が半減しているのに、森まで行くなんて危険すぎるわ」
……ああ、そうか。こいつもまた、レベル5からのスタートなのか。そしてパーティである以上、こいつのレベル上げにも、俺は必ず付き合わなければいけないのか……。
「……ご迷惑おかけします」
まったく申し訳なさそうじゃない霧洲の表情に、俺は呆れて腹も立てられなかった。
……それにしても十和田は、前回ゴーレムに負けて逃げ出したことをなんとも思ってないのだろうか?
今日の俺は、調べてきたゴーレム攻略法を頭に叩き込み、今回こそは倒してやろうと息巻いていた。例え敗れても、攻略を考えて再挑戦すればいつかは打開できる……それがゲームの魅力だからだ。
だからこそ、仲間が増えると聞いて、俺は機嫌を損ねた。今日は完全に、ゴーレムへ再挑戦するつもりで頭のスイッチが入っていたのだ。それだというのに、突然の仲間追加イベント……単にうっとうしい存在が増えるというだけで、こうして顔を歪めているわけじゃない。俺の攻略予定が無理やり狂わされたのが腹立たしいのだ。
……それに十和田も、同じように再挑戦する気があると思っていた。仲間が増えたからといって、負けたままで投げ出すようなやつではないと思っていたのだ。
……最後に悔しそうに拳を握り締めていたのは、いったいなんだったのだろう。
こいつも少しは、ゲームの面白さを理解できるようになったと思っていたのに……。
「たたらたー、たーらーたったたー! リント様のレベルが4も上がりましたよ! すごい!」
セーブ後毎度訪れる真っ暗な空間で、女神が嬉しそうに飛び跳ねながら言う。
結局その日、草原に向かうことは無かった。
十和田の武器は無くとも俺のレベルは上がっているし、俺のときと同様に森からスタートしても問題ないと俺は考えたのだが、十和田はやっぱり、初めは女神様のアドバイスどおりのほうがいいに決まってると主張し、喧々諤々の口論となったのだが、
「リョーマくんのことを信じるよ」
という霧洲の一言によって、森でレベルアップをすることになった。
「確かにゲームでも、序盤の敵はそれほど強さは変わらないもんね」
十和田とは違い、霧洲はいくつかロールプレイングゲームをプレイしたことがあるようだった。序盤のお約束や相性の有利不利なども知っていたし、レベルやステータスはどうやって確認するのかなど、ロープレをやっていれば必ず疑問に思う点も細かく聞いてきた。
ロープレを経験しているだけあって戦闘も上手い……と言いたい所だったが、こちらに関してはそれほどでもなかった。動きは悪く無いのだが、いかんせん装備の攻撃力が低すぎる。しかし、俺が(仕方なく)敵を弱らせ、霧洲に倒させるという方法で、一日で一気に4つもレベルを上げることに成功していた。
「いやぁ皆さん、だいぶこの世界に慣れてきましたね! レベルアップの効率もあがってきましたし、魔王を倒せる日も近いですね! これでわたしへの信仰心も、うなぎのぼりってものです!」
魔王どころか、森の奥のゴーレムすら倒せていないのだが……そのことをこいつは知らないのだろうか?
霧洲のレベルアップに付き合っていたおかげで、再挑戦する気満々だったゴーレム戦はおあずけになってしまった。せめて、考えておいた方法が有効かどうかの確認くらいはしておきたかったのだが……。霧洲がメインでの戦闘だったため、俺のレベルも上がらずじまい……今日は攻略らしい攻略はまったく進まなかったということになる。くそ、せめて何か、攻略の糸口くらいは掴みたかったんだが……。
「リント様は魔法も覚えましたね! レベルが上がり続ければ、きっとますます強力な魔法を使えるようになりますから、頑張ってください! それでは、また次の夜に……」
「待て」
俺たちに別れを告げようとパタパタ振っていた、女神の手首をがしりと掴む。
「ひゃっ! な、なんですかリョーマ様……。そんな急に男らしく迫られても、あのその」
「何言ってんだお前……。……それよりもさっき、なんて言った? こいつが何を覚えたって?」
女神はしばらくポカンとしていたが、
「……ああ! 魔法のことですね! リント様は今日レベルアップして、魔法を覚えたのです。それが何か?」
「それが何かじゃねえよ!」
そんな大事なことを、さらっと言って終わらせるんじゃない!
「なんでこいつだけ魔法を覚えたんだ? まだ9レベルだろう!」
「えーとそれはー……」
女神は再び、胸元から書類を取り出す。この前見た、俺たちのステータスが記されているという巻物だ。今日は俺と十和田と霧洲で、三枚分ある。
「リント様は、魔力の値が極めて優れているのです。それに賢さも高いですし……。得意武器が杖と小刀なので直接攻撃は苦手ですが、杖を装備して魔力を上げ、魔法で攻撃すればきっと戦闘で大活躍できますよ!」
……霧洲は魔法使いタイプだったのか。どうりで戦闘が弱すぎると思った……魔法使いを前線で戦わせる馬鹿は居ない、戦法が根本から間違っていたのだ。
「……武器屋で杖は装備できなかったのか?」
「えっと、町の武器屋には売ってなかったんだ。序盤の町って、装備品が限られていること多いだろ? だからじゃないかな」
霧洲の言葉に、俺は納得する。確かに、最初から全ての種類の武器を購入できるゲームはあまりない。しかしそれにしたって、ずいぶんと間抜けな戦いを繰り広げたもんだ……。
「……おい。この書類って、得意武器とかも分かるのか」
「ええ、そうですよ! 他にも、現在覚えているスキルとか、次に覚える魔法の情報なんかもばっちりです。ほらここ、見てください。ほらほら」
そういって、女神がぐいぐいと書類を見せ付けてきた。受け取り、目を通す。両脇から十和田と霧洲も覗き込んできた。
前回見たときはステータスの数字にばかり気をとられて気がつかなかったが、その書類には実に様々なことが記されていた。俺たちの名前から始まり、現在のレベル、次のレベルまでの経験値もしっかりと数値化されて書かれている。基本的なステータスはもちろん、実際に装備してみなければわからないと思っていた得意装備も、ちゃんと明記されていた。十和田は剣と槍、霧洲は杖と小刀。俺はというと……剣と斧。勇者というより、蛮族や山賊に似合ってそうな武器だ……。
霧洲の書類に目を通すと、確かに魔力値が高い。魔力値がゼロの俺とは比べるまでもなく、レベルアップで魔力の上がった十和田とも倍以上の差がついている。そしてステータス表示の脇には、こんな文字列が並んでいた。
『火球<ファイアボール>』
『風刃<ウィンドサイス>』
「……これが、霧洲の使える魔法ってことか」
「はい、その通りです! もう二つも魔法が使えるなんて、すごいですよねぇー」
のん気に言いやがって……これがわかっていればもっと楽にレベル上げができたんだぞ!
苛立ちを押さえて、俺はもう一度自分のステータスを見る。霧洲のステータスを見て、気になる部分を見つけたのだ。
「……やっぱり」
俺のステータス表示の脇にも、ひとつだけだが文字列があった。
「俺の書類に書かれている、この『一刀両断』てのは何だよ?」
「それはリョーマ様が使えるスキルですね。体力を消費しますが、普通に攻撃するよりも強力な、特別な攻撃を繰り出すことができるのです! 使い方は簡単、頭の中でスキル名を唱えるだけ! どうです、すごいでしょう?」
ああ、すごいな……こんな大事なことをまったく説明せずに、俺たちを冒険に送り出したお前は本当にすごいよ……。
薄々おかしいとは思っていた。どんなゲームでも、レベルを上げてただ通常攻撃を繰り返す勇者なんてのはいない。魔法が使えないことはあっても、何か特殊な技を繰り出すことくらいはできるんじゃないかと思っていたのだ。
俺一人ならともかく、優秀なステータスを持つ十和田ですらいつまで経っても通常攻撃しかできないなんて不自然だ。ゲームバランスが狂っているのか……そう考えていたのだが……。
「実際は説明不足で、無自覚のうちに縛りプレイをしてたってことか……」
十和田の書類にも、『かばう』と『五月雨』というスキル名が並んでいる。前者は防御系、後者は攻撃系のスキルだろうか? なんにせよ、この二つだけでも戦略の幅はぐんと広がっていたはずだ。
十和田も霧洲も、さすがに呆れた顔をしていた。ロープレをやったことのある霧洲なら、スキルや魔法が使えるかどうかで難易度が大きく変わることは充分理解していることだろう。十和田は単に、説明の杜撰さに呆れているのかもしれない。
スキル表示の欄には、次に覚えるスキルとレベルもしっかりと記されていた。実に行き届いた設計だ。そして、霧洲が次に覚えるスキルは……!
ともかく、この書類は重要だ。必ず、今後の冒険の手助けになる。
俺は三枚の書類を、自分の懐にしまった。
「…………あれっ?」
女神は笑顔のまま、目を大きく見開いている。目の前で何が行われたか理解できない……そんな顔だ。
「……あの、リョーマ様? その書類はわたしの……」
「よし、今日はもう終わりだ。元の世界に戻してくれていいぞ」
「いやいやそうじゃなくて……なんでそこにしまっちゃったんですか? あの、その書類はリョーマ様にあげたわけじゃないんですけど……それくらいわかりますよね? というか、ツキヨ様もリント様も、どうして何も言ってくれないんです?」
十和田と霧洲は、なんとも気まずそうな表情でふいと女神から視線をそらす。
「あれっ? ど、どうして顔を背けるんです? ふ、二人とも! 今リョーマ様が窃盗を働いたんですよ! それも女神の所有物をです! 注意してくださいよ、ねえ! リョーマ様も返してください! それはわたしの大事な仕事の……」
「いいか、よく聞け女神よ」
俺は女神の頭を片手で掴んで、ぐっと腕を伸ばした。女神は俺の懐から書類を奪おうとするが、手が届かずに腕をばたばたさせている。
「かえしてくださいかえしてくださいかえしてください」
「聞けっての! ……あのな、お前の仕事だが……正直、まるで行き届いていない」
ガーン、という効果音が聞こえてきそうな表情で、女神は硬直した。……というか、しっかりとした仕事ができていると思っていたのか……?
「どんなゲームでも、ステータス画面なんてのはシステムメニューを開けば閲覧できるもんだ。セーブするタイミングでしかステータスが確認できないなんて、クソゲーもいいとこだ。だから、この書類は俺が預かる。別にお前から教えてもらわなくたって、この書類さえあればいつでもステータスが確認できるからな。今後の冒険の方向性や、戦術の計画も立てやすくなるから、異世界の魔王を倒すための旅も、きっと捗るようになるだろう。な、いいことづくめだろう?」
「……で、でも、わたしのやくめが……でばんが」
瞳を潤ませてこちらを見つめてくる女神の肩をぽんと叩き、俺は言う。
「女神の出番が多いゲームなんて、あんまりねえから。だから、気にすんな」
泣き喚いて暴れだした女神を十和田と霧洲がなんとかなだめすかし、書類の譲渡を認めさせるまでに、体感にして実に一時間近くを擁した。今は、ぐずつく女神の面倒を霧洲が見ている。
「ったく、ほんとにしょうがない女神だな……」
悪態をつく俺を、十和田が嗜めてくる。
「もういいじゃない。女神様だって、わかってくれたんだし」
どうだか……それならばなぜ、いまだに俺のことを恨めしげに睨んできているのだろう。
「ともかく、これであのゴーレムを倒すことができるわね!」
「え?」
元気よく言い放たれた十和田の発言に、俺は面食らった。
こいつはもう、ゴーレムの討伐は諦めていたんじゃないのか?
「……なんでそうなるのよ? せっかくあんなに頑張ったんだから、簡単に諦めるわけないじゃない」
「……じゃあ、なんで今日は何もしなかったんだよ」
「そんなの決まってるでしょ?」
何を当然のことを、とでも言いたげに、十和田は口を開いた。
「新しい仲間が、ゴーレム攻略の突破口を開いてくれるかもしれないじゃない。実際、リンくんが覚えた魔法でなんとかなりそうなんでしょ? ……やっぱりロールプレイングゲームって、仲間と一緒に頑張る素晴らしさを教えてくれるゲームなのね!」
十和田は、輝くような笑顔を浮かべた。
対して、俺の表情は曇るばかりだった。
確かに、今回は霧洲が覚える魔法で解決しそうなのは間違いない。それを考えると、十和田の取った行動は正しかったということになる。
……だが、それは結果論だ。たまたま霧洲が魔法使いタイプで、たまたまゴーレムに有効な魔法を覚えそうだっただけにすぎない。もしそうでなかった場合……ゴーレムの攻略は今だ暗礁に乗り上げたままだっただろう。
十和田のスタンスは極端に言えば、自分で問題を解決することを放棄している、と言えるのではないか。自分にできないことは他人に任せる……なるほど、理にかなっているかもしれない。しかし、その他人ができないことはどうする? また別の他人に任せるのか?
俺は人任せが好きではない。自分のことは自分でやりたい、自分の問題は自分で解決したい。今回のゴーレムに関してだって、できるなら自分の力で突破口を見つけたかった。
十和田は俺のことを、団体行動のできない困りものだと言う。仲間は素晴らしい、人と人が助け合うのは美しいと言う。……だが、それだけが正しいとは言えないんじゃないのか?
白いキャンバスに赤と青が塗られ、コントラストが生まれる。混ざれば別の色ができる。さらに別の色を足せば、色鮮やかな絵画ができる。それは確かに、きっと美しいのだろう。
だが、白いキャンバスに黒一色で描かれた絵も、俺は美しいと思うのだ。
……俺と十和田の考え方は、どちらが正しいのだろうか。
「……さあ、行きましょうか!」
数日のレベル上げの末、スキルを覚えるレベルまで成長した霧洲を伴い、俺と十和田は再び森の最深部へと帰ってきた。
「……今度こそ、大丈夫よね?」
十和田が、俺と霧洲に問いかける。……結局こいつは、新しい装備を買わなかった。ゴーレムに刺さった剣を取り戻すことが、勝利の条件であると言わんばかりに。
「大丈夫だと思うよ。……ねえ、リョーマ君?」
「……ああ、そうだな」
霧洲の問いかけに、俺はぶっきらぼうに答えた。
レベル上げの段階で、魔法やスキルの使い方は覚えた。霧洲が新たに覚えた、対ゴーレム用の切り札である魔法も、実際に使ってみてその威力は実証済みだ。まず間違いなく勝利できる……どころか、あっさりと決着がつくだろう。
俺と十和田が先に立ち、後ろから霧洲がついてくる。魔法使いは後衛に、戦闘の基本だ。
「…………!」
ゴーレムは、変わらずその場に居た。
何も無い地面に戻っているかとも思ったが、まるで前回の戦闘の続きからのように、その身を形作っていた。懐には、十和田が突き刺した細剣がある。
「……行くぞ」
俺と十和田は、前へと走る。
作戦は、前回とあまり変わらない。要は囮作戦だ。
近づいてきた俺と十和田に反応したのか、じっと固まっていたゴーレムが動き出す。目は赤く光り、体からは唸るような音。ゴーレムの鳴き声か、それとも駆動音か。
ゴーレムが腕を振り上げた。前回も見た、叩き降ろし攻撃だ。大丈夫、一度見た攻撃だ。それに今回は、覚悟が決まっているからか体も軽い。絶対に避けられる……!
「……ッ!」
風の唸りを聞いて、俺は前へとローリングする。ゴーレムの腕は空ぶって、地面へと激突した。衝撃で地面が揺れる。
「……もう充分時間は稼いだぞ」
俺が小さくつぶやくと、見計らっていたかのように霧洲が叫んだ。
『水圧<アクアプレッシャー>』
小刀を構えた霧洲の前方に、魔法陣が現れる。どこからともなく宙に現れたその魔法陣は青くぼんやりと光ると、収束するかのように消え去った。
途端に、ゴーレムの真上から大量の水が降り注いだ。降り注ぐ、なんてものじゃない。真下にいるゴーレムを叩き潰さんとばかりに、ものすごい勢いでゴーレムに襲い掛かった。
「……っと」
俺は水の勢いに巻き込まれないよう、ゴーレムから距離を取った。ゲームじゃ魔法のフレンドリーファイアなんてありえないが、この世界じゃ当然のようにあるらしい。十和田も同じように、後ろへと下がっていた。
「これでオッケーなの?」
十和田が問いかけてくる。物足りないとでも言いたげな表情だ。
「とりあえずはな」
土でできたゴーレムに、水の魔法をぶっかける。今回の作戦は、ほぼそれだけだ。
とある超有名モンスターRPGでは土属性に水属性は、効果抜群らしい。水をかけたら土は泥になって、柔らかくなってしまうから……だと思うが、この異世界でもそれで上手くいったようだ。巨大なシルエットだったゴーレムは、水に押しつぶされて少しずつ形を変えていっている。今の状態のゴーレムに殴られても、大量の泥を被って汚れるだけだろう。こうなったら、もう怖くもなんともない。
「なんか、あっけないなぁ……こんなのでいいの?」
的確な攻略法を見つけたら、強敵だったはずのモンスターもあっけなく討伐できる……それがロールプレイングゲームってもんだ。……今までの苦労はなんだったんだ、って気持ちになるのは分かるけどな。
「あれっ? あれ、なんだろう」
ゴーレムの様子を見守っていると、霧洲がある場所を指差して言った。
そこには、黒い石があった。ゴーレムの体に埋め込まれているかのように存在しているそれは、禍々しい光を放っている。
「……おそらく、あれはゴーレムの核だ。あれを中心として、巨体が形成されているんだろう。いわばゴーレムの心臓だな」
ネットで仕入れた知識から推測して、俺はそう二人に言った。
「ってことは、あれを破壊すれば……」
「ゴーレムを完全に倒せる。……たぶんな」
「じゃあ、わたしが行くわ! 剣を取り戻して、そのまま壊してやるんだから!」
言うが早いか、十和田はゴーレムへと向かっていった。……あくまで俺の推測であり、それが正しいという保障はないんだが……まぁ、たぶん大丈夫だろう。
「じゃあ、そろそろ魔法は終わらせないとね。精神力も節約しないといけないし」
霧洲がそう言うと、水の奔流が止まった。ゴーレムはすでに、ぐしゃぐしゃになってほとんど原型を留めていない。
「あっさり終わりそうだね」
霧洲が話しかけてくる。あとは十和田に任せようというつもりなのだろう。
「……そうだな」
「なんというか……ごめんね、リョーマ君」
謝られる意味がわからず、俺は首をかしげる。
「なんの話だ、いきなり」
「ツキちゃんは、今あっちに夢中になってる。話すのにちょうどいいと思ってね」
なんだこいつ、気持ちわりーな……。男二人でいったい何を話すってんだ。俺がレベル上げに付き合ってやったことを謝りたいのか? だがそれは、結局ゴーレムを倒すために必要だったからにすぎない。別に霧洲のためを思ってやった行動ではないぞ。
「あはは、君らしいな。でも、謝りたいのはそっちじゃないんだ。……僕が来てから、ずっと不機嫌だろう?」
「……まぁな」
「そのことについて、謝りたいんだ。……せっかくツキちゃんと二人きりの冒険だったのに、僕が入って邪魔しちゃったからね……機嫌が悪くなるのも当然だ。本当にごめん」
思わずずっこけそうになった。……俺が不機嫌な理由はそんなことじゃない。というか、お前が来る前からわりと常に不機嫌だ。
「あれっ、そうなの? 僕はてっきり、二人きりの秘密を邪魔されたからだと……」
「なわけあるか。それを言ったら、お前はどうなんだ」
「僕? どういうこと?」
「あいつと親しいんだろう。それも普通の友人じゃない、かなり親しい間柄のはずだ」
暗に、付き合っているんじゃないかと言っている俺を見て、霧洲は笑った。
「あはは、まさか。それこそ、そんなわけないよ」
「そうか? だが、お前と話すあいつは……」
「……他の人と話すときとは違う? ……そう、そんな細かい表情の違いも分かるんだね。いやいや、なんでもないよ。そうだね、それはそうだろうね」
十和田が、ゴーレムの体から自らの細剣を抜き出した。そのまま、動きの止まっているゴーレムの体をよじ登り、黒く光る石へと迫る。……楽しそうに笑いながら。
アスレチックで遊ぶ子供みたいな十和田を見て、霧洲はいつものように笑いながら言った。
「僕とツキちゃんは、いとこなんだよ。昔からよく一緒に遊んで、一緒に泣いて、一緒に笑ったものさ。それこそ、きょうだいみたいにね。だから、僕とツキちゃんが付き合うなんて、ありえないよ」
いとこ。
なるほど、確かにそれは親しくもなるだろう。しかし……、
「知ってるか? いとこ同士は結婚できるらしいぞ」
「実際に結婚したいとこ婚夫婦は、全体の1%くらいらしいね。……僕とツキちゃんがそれになるって?」
……まぁ、ほぼありえないか。本人が違うと言っているのに、疑う必要もないだろう。
霧洲は優しい目を十和田に向ける。それは確かに、兄が妹に送るような、暖かなものだった。……まぁ、俺はきょうだいがいないから、本当に兄が妹にそんな目をするかは知らないけどな……。
「ツキちゃんはいい子だよ。だから、できれば仲良くしてあげてよ。あんな風に無邪気に笑うツキちゃん、結構レアなんだよ?」
十和田が黒い石を、細剣で突き砕いた。すると、かろうじて形作られていたゴーレムの体は完全に崩れ、もとの地面へと戻っていった。
「やったー! リンくん、冴梨! やったよ! 倒したー!」
取り戻した細剣を振りながら、十和田がこちらに向かって大声で叫ぶ。そんな大声を出さなくても聞こえてるっての。
「行こうか。宝箱があるんだろう? 中身がなんなのか、楽しみだね」
構えていた小刀を腰に戻し、霧洲は歩き出した。その背中に、俺は声をかけていた。
「仲良くなるには……俺とあいつは違いすぎるな」
学校での生活、友人や仲間への考え方。美しいと思う物の価値観。あらゆる点で、俺と十和田は違う。
形の違う歯車がかみ合わないように、俺と十和田もきっとかみ合わないだろう。
そう考えた俺の内心を見透かすような笑顔で、霧洲は言った。
「そうかな? 僕にはそれほど違うようには見えないけどね」
「何が入ってるのかな……?」
豪華な造りの宝箱を、俺と十和田と霧洲の三人で囲む。
「ねえ、わたしが開けてもいい……?」
「……好きにしろよ、もう」
今回の戦闘でのMVPは間違いなく霧洲だろうが、霧洲はそれほど宝箱に興味がないようだ。となれば、黒い石を砕きゴーレムを倒した十和田が開けるのに、文句を言うやつはいないだろう。……実際、今回俺は何もしなかったようなものだからな。
「じゃあ、開けるわよ……!」
万感の思いを込めて、十和田は宝箱の蓋に手をかけ、一気に上へと押し上げた。
「…………?」
そこに入っていたのは、豪華な宝箱には似合う金銀財宝……ではなかった。
石でできた、変わった形のオブジェだった。大きさは小刀よりも少し大きいくらいで、どのような技術が用いられているのかは不明だが、削られて細かい模様が刻み込まれている。そして、綺麗な水晶のようなものがひとつ、はめ込まれていた。
「なにこれ?」
十和田の問いに、答えられるものはいなかった。
「強力な武器とか、そういうものが入ってると思ったのに……」
「まぁな……」
強力なボスモンスターを倒して手に入れた宝箱、期待をしていなかったというと嘘になる。しかし入っていたのは、ガラクタにしか見えない代物。多少テンションが下がっても仕方が無いだろう。
「でも、意味ありげな形をしてるよね?」
霧洲の言うとおり、確かになんの意味も無いものとは思えなかった。刻み込まれた模様は細かく丁寧で、適当に作られたものではないはずだ。何か、遺跡とかで見つかる出土品のような……。
「……もしや」
宝箱に入った、意味ありげなアイテム。それは遺跡の出土品のような形をしている。
ロールプレイングゲームで、遺跡といえば……?
「辺りを調べてみよう」
「そうだね」
霧洲も感づいたのだろう、俺が言うのと同時に動き出した。十和田だけ、俺と霧洲がなぜ示し合わせたかのように動き出したのか、わかっていなかった。
「え? え? 二人ともなんなの?」
「これはたぶん、キーアイテムなんだよ。ボスを倒して入手したアイテムが、なんの価値も無いものなわけない。おそらく、これを使うことのできる何かが、近くにあるはずさ」
霧洲が十和田に説明している間に、俺は森の奥へと進む。森の最深部と思われるこの場所の、さらに奥。そこに隠されているものは……。
「……あった」
木々の中に隠されているかのように存在していたのは、石の扉だった。
扉の周囲には、複雑な模様が刻まれた柱。扉にも、似たような模様がいくつも刻み込まれている。
扉の中央には、くぼみがあった。……何かが、ぴったりとはまりそうなくぼみが。
「さ、ツキちゃん」
霧洲に促され、十和田はおそるおそる扉に近づく。そして宝箱から手に入れた謎のオブジェを、扉のくぼみにはめた。
「……ッ」
はめた途端、オブジェの水晶がまばゆく光った。あまりのまぶしさに目を瞑る。
目蓋を開くと、石でできた扉は大きく開いていた。
扉を開いたものを、闇の中へと誘うかのように。
「これって……?」
十和田の問いに、俺は答える。
新たな冒険への期待に、思わずにやけてしまっていたかもしれない。
「決まってるだろ? ……ダンジョンだ」




