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異世界生活、憧れるよな。
現世のしがらみから開放されて、夢にまで見たファンタジーな世界で心機一転、新たな生活の一歩を踏み出す。場合によってはチートな能力を手に入れたりして、世界を救うような大活躍を演じる。そうでなくとも、現地のかわいい女の子たちに特に理由もなくもてはやされて、毎日愉快な生活を送る……これに憧れなけりゃ、男じゃないってもんだ。
はじめに謝っておこう……すまん、みんな。
そんな、誰もが憧れる異世界生活を、俺はいま謳歌している。
うらやましいだろ? まぁ、そう妬まないでくれ。俺だって、ずっと憧れてたんだ。
アニメで、漫画で、ライトノベルで、WEB小説で……さまざまな媒体で異世界転生モノを読んでは、俺もいつかは異世界に転生できまいかと望んでいたんだ。
もちろん、みんなもそうだってのは知ってる。だが、宝くじに当たる人間ってのは限られてるんだ。今回は、俺がそうだったってハナシさ。
俺がいま来ている異世界は実にポピュラーな世界観で、剣と魔法のファンタジーを地で行くような世界。ロールプレイングゲームをプレイしたことがある人なら、きっと心が躍ること間違いなしな場所だ。
実際、俺も心躍った。これから、俺の新たな人生が始まる……! 見るもの全てが新しい世界で、世界を救うもよし、スローライフをすごすのもよし……俺の好きなように、異世界生活を謳歌してやる! そう決意したのは記憶に新しい。
……が、これもありがちな話だが、俺の異世界生活は万全ではなかった。
よくあるだろ? チートな能力を持ってはいるものの回数制限がうざったいとか、ペナルティがきついとか。もしくは、異世界の設定がハードすぎて、生きていくだけでもつらいとか。数多くの異世界転生モノで散見された多少のデメリットが、俺の異世界生活にもあったわけだ。
まぁ、万全でない理由はいくつかあるんだが……とりあえず目下の問題点としては、
「こらーっ! 冴梨リョーマ! あんたどこ行くのよ! ちゃんとわたしの話聞いてた!?」
……現世のしがらみから開放されたはずの異世界になぜか、知っている顔がいるってことだ……!
まず、俺が異世界に行くことができた経緯を話しておこうか。
異世界転生といえばそう、トラックだ。過去発表された異世界転生モノの話を読むに、トラックに轢かれることが異世界転生のトリガーであるということは、もはや疑いようのない事実であると思う。日夜日本を走り続けているトラックとその運転手に、俺は敬意を表したい。いったい何台のトラックさんたちが、どれほどの異世界転生者を生み出してきたのであろうか! 暇な人はぜひ、統計を取ってみてくれよな。もしかしたらSNS上で時の人になれるかもしれないぞ。
そういうわけで、俺も異世界転生をするのならトラックに轢かれるしかないと思っていた。横断歩道を渡る際には常に「ああ、ここで居眠り運転のトラックがつっこんで来て、異世界に転生しないかなぁ」と願っていたものだ。
しかし残念ながら、もしくは非常に感心なことに、俺の住んでいる町は交通事故の発生件数が全国で見ても非常に少ない、とても安全な地域なのだった。運転手たちは皆が皆、道路交通法にしたがい安全運転を心がけ、歩行者たちも危険な行動を取らないよう、子供のころから教育を受けている。そんな町で育った俺ももちろんその例に漏れず、常に安心安全な町づくりに貢献していた。横断歩道を渡る際も、赤信号から青信号に変わったことをしっかりと確認してから渡っていたため、俺がトラックに轢かれる可能性など限りなくゼロに近かった。
では、そんな俺はどうやって異世界に行くことができたのか?
「……くぁ、ねみ」
それは、月曜日の朝だった。
月曜日の朝がタルいというのは人類共通の認識であり、月曜からやたらと元気のいい人間は人間ではないと俺は思っている。
普通の人間である俺はもちろん、眠い・だるい・気だるいと三拍子揃った状態で、行きたくもない学校のことを考えて憂鬱になりながら、自室のある二階から一階へ繋がる、自宅の階段を降りていた。
この階段がなかなか曲者で、狭い上に傾斜が急なため、昇る際も降りる際も気を張らなければいけないというシロモノだ。子供のころから住んでいる、勝手知ったる我が家だが、この階段ばかりは油断ならない存在なのだった。
そんな階段を、眠い頭でボーっとしながら降りていたのだ。
俺が足を滑らせ、盛大に転げ落ちたのは、不思議でもなんでもなかった。
「うおっ!? あ、いだっ、ぐえ、おがっ!?」
転げ落ちるたび体のあちこちに激痛が走り、最後に一階の床に後頭部をしこたまぶつけ、俺は意識を失った。
「……あ?」
気がつくと、俺は真っ暗な場所にいた。
スポットライトが、俺を照らしている。だが上を見上げても、光源は見当たらない。他に何も見えない真っ暗な中、不思議な光が俺だけを照らしていた。
「これは……まさか!」
異世界転生モノのアニメや漫画で、何度か見たことのある光景。
事故に遭ったり、意識を失ったり、時には目を瞑っただけで入り込むことのある、物語の始まりのシーン。もはや疑うべくもなく、俺が夢見た展開……!
「異世界転生だ!」
俺がそう叫ぶと、突如目の前に眩しい光が現れた。
あまりの眩しさに俺は思わず目を覆う。しばらくしてから腕を目の前からどけると、そこには先ほどまでいなかった人物が立っていた。
美人だ。
俺の生涯で出会った女性の中では、間違いなくもっとも美人な女の人だった。
短い金髪がきらきらと光っており、とても神々しい。テンプレどおりの展開ならば、女神か、天使といったところだろうか。身にまとっている衣服は薄い生地のゆったりした布で、それを体にくるりと巻きつけている。一見するととても艶やかな格好だが、その神々しさのせいか、女性からいやらしさは感じられな……
「……うおっ」
……いや、すまん。色気を感じないというのはウソだ。
なんというか、いろいろな部分がデカイ。思わず声が出てしまうほど、デカイ。それが薄布一枚で隠されているだけなのだ、布からこぼれんばかりの女性の肢体に、思春期まっさかりな年齢の俺が色気を感じないわけがなかった。
思わず、ある一点を凝視してしまいそうになったが、女性がこちらを見ていることに気づき、俺はハッと顔を上げる。まずかったかと思ったが、女性は気にしている様子もなくにっこりと微笑んだ。
心がほぐされるような笑顔だった。誰であろうと、こんな顔で笑いかけられたら、心を許さないわけがない。やはりこの人は女神なんだ……と思ったそのとき、女性が口を開いた。
「ようこそいらっしゃいました。まずはお名前をお聞かせ下さいますか?」
「……ん?」
なんだ、俺のことを把握しているわけじゃないのか? この手の作品では大抵、女神や天使たちは主人公たちの過去、性格、その他もろもろを把握した上で、異世界へと招待してくれるものだが……。
俺は少しいぶかしんだものの、つまらないことを気にしたおかげで「やっぱり異世界転生する話は無しで」なんて展開になったらもったいない。素直に答えることにする。
「冴梨リョーマです」
「さ、え、な、し……リョーマ様ですね」
女性は一言一言噛み砕くように俺の名前を呼んだあと、再びにっこりと笑い、そして言った。
「おめでとうございます! リョーマ様、あなたは勇者に選ばれました! あなたはこれから異世界へと渡り、世界を救っていただきます。そこはリョーマ様が住んでいる世界とは違う理が存在する世界。魔法やモンスターなどが存在する世界です。リョーマ様はロールプレイングゲームを遊んだことがおありですね? それでは、そのゲームをイメージしていただければよろしいでしょう! その世界は、突如現れた魔王の手に脅かされ、現地の人々では太刀打ちできません。そこであなたには……」
「あーっと、ごめん、ちょっと」
長くなりそうだったので、俺は調子よく話し続けていた女性の発言を一方的に打ち切る。
「勇者とな……って……は? あ、えっと、なんでしょう?」
まさか口を挟まれるとは思っていなかったのだろう、女性は目を丸くしていた。多少の罪悪感は感じるものの、仕方がない。こういったプロローグに関しては、俺はもう色んな作品で飽きるほど見聞きしているんだ。端折れるところは端折っていこうじゃないか。
「まず、あなたが何なのか聞いてもいいかな?」
「はい? ……ああ、申し遅れました。わたくしは女神の……」
「女神さまね、オッケーオッケー」
「……え? あの、名前……」
なるほど、やはり女神だろうという推測は当たっていたか。よし、じゃあ次は最重要事項の確認だ。
「それで、どんな感じのスペックでのスタートになるわけ?」
「はぁ……あの、スペック……ですか?」
なんだ、あまり感触がよくないな……。ってことはもしかして、特に何もないのか……? いや、もう少し詳しく聞けば教えてくれるかも……。
「ほら、俺に異世界で勇者として活躍してほしいんだろ?」
「はい! その通りです。その世界では突如現れた……」
「いや、あらすじとかはいいんだよ。俺の勇者としての強さは、どの程度でのスタートになるのかってこと。力がめちゃくちゃ強いとか、実は魔力が高くて勇者のみに許された強力な魔法が使えるとか、もしくはとんでもないチート能力を授かってのスタートだったりとか……しないわけ?」
「は、はぁ……。えっと、ちょっと待ってくださいね……」
女神はしどろもどろになりながら、身にまとっている布の中から本を取り出し、ぱらぱらとめくり始めた。いったいどこに仕舞うスペースがあったのだろう。
しかし、なんだか要領のよくない女神さまだなぁ……。さっきまで感じていた神々しさも、心なしか薄れてきているような気がしてくる……。
「ええっとぉ……。ステータスに関しては現世での力を元にしていますので、特に目立って高いステータスはございませんね……。魔力についてもごく平均的で、成長率も同様かと。あと特殊スキルといったものも、申し訳ございませんがこちらからご用意するということはありません」
「チッ」
「!?」
なんだ、チートスペック系異世界転生じゃないのか……。せっかく異世界転生するのなら、現地で無双できるようなタイプがよかったんだけどなぁ……。
けどまぁ、異世界転生できるだけありがたいってものだ。ほんの少しモチベーションは下がったけれど、女神さまの望みどおり、世界を救ってやろうじゃないか。
「わかったよ、特別強い力はないってわけね。それで、立場としてはどうなんだ?」
「え? 立場、ですか?」
「しがない冒険者としてのスタートなのか、もしくは王様やお姫様に頼まれて、手厚いサポートを受けてのスタートなのか……とか、そういうことだよ」
それを聞くと、女神の表情が少し明るくなった。これがセールスポイントなのだとでも言うように、張り切って喋りだす。
「はい! リョーマ様には役職として、勇者が与えられるのです!」
「……それ、なんか意味あるわけ?」
「もちろんですとも! 勇者は他の人々とは違う、ある特徴が存在します。リョーマ様に行っていただく世界が、ロールプレイングゲームのような世界だということは先ほど説明させていただきましたが、覚えていらっしゃいますか?」
「まぁ、一応」
「ありがとうございます! それでですね、この世界ではなんと、レベルが存在するのです! モンスターを倒し、経験値を稼ぐことにより自身をレベルアップし、ステータスを伸ばすことができます」
ふむ、なるほど。確かにゲームみたいな世界だ。
「そしてここからが重要なのですが……現地の人々には、レベルの上限が存在します。それゆえ強大な力を持つ魔王に太刀打ちできないのですが……」
女神はいったん言葉を区切り、タメを作ってから言い放った。
「なんと! 勇者にはレベルの上限が存在しないのです! つまり、自身を鍛えれば鍛えるほど、無限に強くなることができます! そうして少しずつ力をためていき、いずれは世界を脅かす魔王を……」
「あー、ちょっとちょっと」
興奮気味の女神の発言をまたしても遮り、俺は聞いた。
「レベルってどれくらいからスタートなわけ?」
「えっ? ……えーっと、5からですね」
「経験値2倍とか3倍とか、そういう特典はないの?」
「……ございません」
なんだよ、じゃあほんとに一からのスタートなのか。レベル100でのスタートも珍しくない異世界転生モノで、ずいぶんと不親切な話じゃないか。だいたい、自分だけレベル上限が存在しないなんて、別に珍しくもなんともない設定だ。その程度じゃなぁ……。
俺の不満が顔に出ていたのか、女神はあわてて他のセールスポイントを挙げてきた。
「え、えっと……そうだ! 歳をとらないというのもございます! 正確に言うと、老化の進行が極めて遅いというものですが……」
へぇ、それはちょっと魅力的だ。時間に縛られず生きていけるというのは、なかなか悪くない。不老不死じゃないから、死にたいのに死ねずに苦しむ、ということもなさそうだし。
「わかったよ。とりあえず、レベルを上げて魔王を倒せばいいわけね」
俺が前向きになったのがわかったのか、女神は明らかにほっとしていた。
「そうです。世界の命運は、あなたの手に委ねられたのです!」
「はいはい、わかったよ」
「か、軽い……。まぁとにかく、わたしからの話はこれでおしまいです。これからリョーマ様は、いくつもの困難を乗り越え、世界を旅することとなるでしょう。あなたの冒険に幸あらんことを」
やれやれ、これでようやくプロローグが終わりか。
さてさて、実際のところ、どんな世界なんだろうな? この女神が説明しようとしていたが、俺はネタバレがあまり好きではない。自分の目で見て確かめるのが楽しみだ……!
「それでは、これで初回講習はおしまいです。おそらくはまた夜にお会いしましょう、失礼いたします。……あぁ、疲れた」
……ん?
初回講習? また夜に? いったい何の話だ?
ちょっと待ってくれ、と言おうとしたところで、神々しい光を放っていた女神が、目の前から消え去った。そして同時に、俺を照らしていたスポットライトの光も消える。
目の前が、真っ暗になった。
「……はっ!?」
俺は目を覚ました。
なんだ、頭が痛い。あと体も痛い。全身を強く打ちつけたみたいだ。
こんな乱暴に異世界に飛ばすやり方があるか……と心の中で悪態をつき、痛みを堪えつつ、どうにかこうにか起き上がる。そして目の前に広がっていたのは、
「……は?」
そこは、非常に見覚えのある場所。
毎日かかさず見て、通っている場所。
十年以上住み続けている我が家の、一階廊下だ。
……その日俺は、盛大に遅刻した。
「……おかしい」
五時限目の授業中、俺は席につきながらぽつりと呟いた。教壇では現代国語を担当している教諭が熱弁を振るっており、俺の呟きは教師の耳には届いていなかったようだ。俺の席の周囲に座っている何人かのクラスメイトには聞こえたかもしれないが、聞こえたところで別にかまわない。どうせ会話すらまともに交わさないクラスメイトだ、どう思われようと気にしない。
ここまで遅れればどれだけ遅れようが大して違いはないだろうと、昼過ぎまでゆっくりしてから学校へと向かった俺は、授業を受けながらひたすら、なぜ世界はこうも理不尽なのかを考え続けていた。具体的に言えば、何故俺は今この瞬間に、まじめに授業を受けているのか、についてだ。
俺は、異世界転生をしたんじゃないのか? 自宅の階段から落ちたときに当たり所が悪くて死亡、その結果異世界行きの切符を手に入れた……あれはそういうプロローグだったはずだ。
だが気がつけば、俺は自宅の廊下で間抜けに倒れた状態で目を覚まし、普通に学校に遅刻している。これから順風満帆とまでは行かずとも、夢にまで見た異世界で冒険が始まるのだとてっきり思い込んでいたのに、ひどい肩透かしを食らった気分だ。
もしや、あれは単に気絶した俺が見た夢だったのか……?
可能性としてはそれが一番高い気がする。けど、確たる証拠はないにせよ、俺にはあれが夢だったとはどうにも信じられなかった。夢を見たことがある人ならわかるだろうけど、夢って目が覚めると「あぁなるほど、あれは夢だったのか」と納得することができるんだよな。見ているときはもちろん現実のように思えるけれど、目が覚めてしまえばとたんに現実感が霧散してしまう。ときにはどうしてこんなバカな夢を現実のように捉えていたんだろうと、疑問に思いさえもする。それが夢ってものだ。
だけど、今回のアレは違う。あの美しい女神の姿かたちや、女神との会話内容だって、一言一句覚えている。あれがもし夢だったのであれば、いくつかの記憶が断片的なものになっているのが普通だろう。だけど俺の頭の中には、何度もプレイしたゲームの攻略内容並みにしっかりと記憶が残っているのだ。やっぱり、あれが夢だとはとても思えない。
だったら何故俺はこうして授業を受けているんだ……と思考が堂々巡りをしたところで、
「おい、冴梨。……冴梨!」
現国教諭の何某が、俺の名前を呼んでいることに気づいた。はて、この教師はなんという名前だったっけか……たぶん佐藤とか田中だったと思うけど。
「冴梨。お前今、ちゃんと授業聞いてたか? 聞いていたのなら、このときの作者の気持ちについて答えてみろ」
俺は現国教諭の顔を見て、その質問にはっきりと答えた。
「すいません、聞いていなかったのでわかりません」
俺の堂々とした答えに、現国教諭は頭を押さえながらため息をついた。まぁ、そりゃそんな反応になるわな。
多少の罪悪感を覚えなくもないが……だが今の俺にとって最重要の懸案事項は「何故異世界に行くことができなかったのか」であり、作者の気持ちなど知ったことではない。どうせ眠いとか腹が減ったとかネタが出ないとか、そんなことを考えながら書いていたんだろうよ。
「……もういい。じゃあ、十和田。答えてくれ」
「……はい」
俺の身代わりとなって指定され椅子から立ち上がった女子生徒は、現国教諭の問いに淀みなく答えた。ほう、作者はそんな高尚なことを考えていたのか。絶対ウソに決まってる。だが現国教諭は満足そうにうなずき、座ってよろしいと指示を出す。その指示に従い、女子生徒は腰を下ろす。
その、身をかがめたほんの一瞬、女子生徒がこちらをじろりと睨みつけてきた。
「……チッ」
思わず舌打ちが漏れる。まったく、うっとうしいやつだ。俺が嫌いなのであれば、無視をすればいいものを。
大抵のクラスメイトの名前を覚えていない俺だが、やつのことは流石に覚えてしまった。
現在すまし顔で席に座り、熱心にノートを取っている女子生徒の名は十和田ツキヨ。戸田でも和田でもなく、十和田。俺がやつに関して気に入っているのは、それがちょっと面白かったことくらいだ。
やつは我がクラスメイトにして、学年トップの成績を誇る秀才にして、数々のスポーツをこなす運動家にして、我が校の生徒会長……と、こんな人間いるのかと疑ってしまうほどのスペックを持つ女だ。ちなみにやつは生徒会活動の一環として、月曜日の朝っぱらから校門に立ち、生徒たちに向かって元気に挨拶を交わしている。やはり人間ではないのではないだろうか?
見た目としては、いまどき珍しい黒髪ロングヘアーがやたらと似合う美人だ。あの金髪巨乳女神を見るまでは、この十和田が俺が出会った女性の中で、最も美人だったかもしれない。顔が整っていると言う点では、間違いなく学校一の女だろう。身長も女子の中では高めで、男子の平均身長である俺と同じくらい、もしくはちょっと小さいくらいだろうか。
優れた容姿をお持ちなだけあって、やつは男女問わず人気がある。色んな生徒たちと談笑している姿をよく見かける。ところが、浮いた話はとんと聞かない。そういう点も、また完璧な感じがしてどうも腹がたつ。まぁ俺の耳に入ってないだけで、実際はそういう話も出ているかもしれないけどな。そもそも、学校じゃ人とあまり会話をしないからな、俺。
そんな完璧超人な十和田と俺の間には、なんの接点もない。ただのクラスメイトだ。
だが、どうやらやつは俺のことが気に食わないらしく、何かとつっかかってきては文句を言ってきたり、睨みつけてきたりしてくる。まぁ、あいつの完璧な学生生活に唯一欠点があるとするならば、おそらくそれは俺とクラスメイトであることであり、やつにはそれが気に食わないのだろう。
他のクラスメイトが俺のことを無視するのと違い、積極的につっかっかってくるため、うっとうしいことはうっとうしいのだが、まぁ気にしなければどうということはない。そんなことより、俺には気にするべき事案があるのだ。
結局俺は六時限目の授業もまともに話を聞かず、自分の世界にこもっていた。だったらいっそ来なければよかったじゃないかと思うものの、完全にサボる気にはなれなかったのが、俺の凡人たる所以なのかもしれないな……。
時刻は夜の十一時。俺は自室のベッドに横になっていた。
授業がすべて終わったあと、俺はさっさと学校から帰ってくると、何をするともなしに時間をつぶし、適当にメシを食べて風呂に入り、自室で布団をかぶった。普段は零時を回るまで絶対に眠らない俺がなぜ一時間も早く寝る体勢に入っているかといえば、授業中にあれこれ考えた結果、あるひとつの結論に至ったからだ。
あの女神が最後に言った言葉。「また夜にお会いしましょう」……。俺の記憶にしっかりと刻み込まれたあの言葉が夢でないのであれば、あの胸のデカイ女神は、再び俺の前に姿を現すつもりがあるということだ。
それでは、その方法とは。夜が来たら部屋に現れるのかとも思ったが、時計の針が十一時を回っても、自室の様子に変化は無い。
零時くらいまでは待ってもよかったが、そもそも自室に現れる展開にはあまり期待していなかった。
女神と会話を交わしたあの真っ暗な場所に行く直前、俺は階段から落ちて気絶していた。これはいかにもなトリガーだと思わないか? 異世界転生が死をトリガーとするように、俺が見たあの場所へ行くトリガーもきっと何かあるはず。そして女神は、夜にまた会おうと言ったのだ……つまり、眠ってしまうことが女神に出会える条件だと、俺は推察した。
そうしてベッドにもぐりこみ、目を瞑っているのだが……ちくしょう、まるで眠れやしねえ。毎日のように夜遅くまでゲームをしたり、深夜アニメを見たりして完全夜型人間になっている俺が、いつもより早く寝るなどという高度な技術を有しているわけがないのだ。そもそも、今日は昼近くまで気絶をしていたのだから、睡眠時間は充分どころか過剰なほどに取れている。そんな状態で眠ろうだなんて、どだい無理な話だ。まったく、本来なら今頃、ゲームのような異世界でレベル上げをし、最初のボスを倒すくらいまでは進めているはずだったのに。やはり、トラックに轢かれなかったのがよくなかったのだろうか? 家の階段を滑り落ちるなんてマヌケな方法では、ポンコツな異世界転生しかできなかったのかも……。
などと考えているうちに、俺は真っ暗な場所にぽつんと立ち、スポットライトの光を浴びていた。
「ようこそ、冴梨リョーマ様。それではこれより……」
「貴様ァーッ!」
俺は女神に駆け寄って、その胸倉を掴んで揺さぶった。
「あっ!? ちょっと、何するんですか! わたし女神ですよ女神! そんな乱暴は許され……あっ、ちょっ、やだ、引っ張らないで揺らさないで! こぼれる! こぼれるからぁ!」
顔を真っ赤にして抵抗する女神を、俺はなおも揺さぶり続ける。
「いったいどういうことなんだ! ついに待望の異世界転生かと思えば、普通に生きてるじゃねぇか! これからワクワクするような冒険が始まるんじゃなかったのか! 俺のワクワクを返せ!」
「ちょっ、待って、話を聞いて下さいってば! というか、最初にちゃんと説明を聞かなかったのはあなたでしょ! わたしはちゃんと説明しようとしたのに! また一から説明してあげますから、今度はちゃんと話を……って、だから服を引っ張らないでって! こぼれてる! こぼれてるからぁ!」
「……で、つまりどういうことなんだ」
頬に手形のついた俺は、スポットライトの下であぐらをかいて座っている。
涙目になりながら乱れた布を整えると、女神はおほんと咳払いをし、俺をきっと睨みつけた。十和田といい女神といい、今日はやたらと女性に睨まれる日だ。
「……いいですか、リョーマ様。そもそも、あなたは異世界に転生などしませんし、できません」
「はぁ!? なんでだよ!」
つばを飛ばしながら文句を言った俺に、女神はきっぱりと言う。
「だって、あなた死んでないですから」
……そうか。それは仕方ないな……。死ななきゃ転生はできないし……。
「……ってそうじゃねえよ。俺、自宅の階段から落ちただろう。あれはどう考えても、当たり所が悪くて死んでしまって、そこから異世界転生する流れじゃないのか?」
「よそがどうかは知りませんが、我々はそのような異世界への招待はいたしません。あなたのはそうですね……異世界召喚とか、異世界転移でしょうか? リョーマ様はこれから、眠るたびに異世界に来ていただきます。そこで数々の冒険を重ねて力をつけ、人々を脅かす魔王を倒し、世界を救っていただきたいのです。当然そのような冒険は一朝一夕では終わるはずもありません。冒険の途中、休息をとることもあるでしょう。すると反対に、元の世界へと帰ってこれるのです。リョーマ様にわかりやすく言うならば、寝ることでセーブをした……と言えばいいでしょうか? すなわちリョーマ様は、あなたの世界と異世界を行き来できるようになったのです!」
俺は思わず、がっくりと肩を降ろした。
なんだ、それ。それじゃ異世界転生モノのよさが半分くらい消えてるじゃないか。面倒な現実から目を背けたいから異世界への転生を望んでいたっていうのに、眠るたびにこちらへ戻ってくるダブルライフだって? これじゃあ、単に生きる手間が二倍に増えただけだ。
「……もしかして、この前言ってた歳をとらないってのは」
「異世界で歳を重ねてしまうと、元の世界に帰ってきたときにおかしなことになってしまいますから。そのあたりの配慮は忘れていませんよ!」
いらねえ、そんな配慮……。
わざわざそんなことをするくらいなら、普通に異世界転生にしてくれよ……。
「実を言うと、最初はリョーマ様の言うように亡くなった人を連れてこようかという話もあったんですけど。あなたの世界の神様が『そっちの世界を救うために、なんでうちの人間を殺さなきゃいけないんだ』って反発してきまして……。殺すわけじゃなくて、運悪く亡くなった人を連れていきたいと再三申し上げたんですけど、やっぱりダメで……。それで、こういう形をとることとなりました」
なんて余計なことをしてくれたんだ、俺の世界の神よ。薄々思ってはいたが、やはりロクなやつではなかったらしい。
「……ん。ということは、あんたはその危機に陥っている異世界側の神様ってことか」
「そうですよ! 現地じゃ結構信仰を集めてるんですから!」
「そのわりに毎日魔王に苦しめられてるんだから、人々も女神様を恨んでることだろうなぁ」
「ぐっ……。だ、だからこそこうやって勇者を集めてるんじゃないですか! 適当に集めてるわけじゃありませんよ、ちゃんと適正がないと異世界には来られないんです! リョーマ様が勇者に選ばれたというのは、決してウソではないんですよ!」
ふーん……そう言われると、悪い気がしないのは確かだ。選ばれし者……いい響きじゃないか。
そうだな、少しネガティブに考えすぎだったかもしれない。ポジティブに考えれば、人生の半分は憧れのファンタジー世界で勇者として崇められながら生活できるってことになる。世界を救うため集められた数少ない勇者なんだ、チートな能力を持っていないにしても現地の人たちはきっと俺のことを英雄のように、
「……ん。ちょっと待て」
なんか、引っかかるぞ。
俺の望んでいたものとは決定的に違う……それを示すワードが、ほんの少し混じっていたような。
「……勇者を『集める』? なんか、俺以外にも勇者がいるみたいな言い方なんだが」
女神はたった今思い出したかのように胸の前でぱんと手を合わせて、にっこりと笑った。
「ええ、そうですよ! リョーマ様よりほんの少し前に異世界へと来てくれました! 今後はその勇者様とも力を合わせて、ともに魔王討伐の道を……」
「ふざけんなぁーッ!」
「いやぁーっ! 布を、布を掴んで引っ張らないでください! 回る、回りますから! いずれ全てほどけて、あられもない姿になっちゃいますからぁ!」
他にも勇者がいる、だと!
冗談じゃない、せっかくの異世界転生……いや、異世界生活だっていうのに、現代の知識を持った人間が他にもいる? それじゃチートスキル持ってない系主人公最後の望み、現代知識無双すらできないじゃねえか!
いや、異世界に自分以外の転生者がいる展開は、ぜんぜんありえる話ではある。俺だってそういう作品を読んだことがあるし、なんだかんだ言ってわくわくする展開なのも確かだ。……でもそれにしたって、せめて中盤以降から出てくるもんだろうが! スタートから同伴ってなんだよ! そんな異世界モノ、誰も望んでないんだよ!
「りょ、リョーマ様が望んでいる望んでないにかかわらず、うちはそういう方針でやってるんです! 文句言わないでください!」
「よそはよそ、うちはうちみたいに言うんじゃねえ! なんて使えない女神なんだお前は! 今からでも異世界転生になるように変更しろ!」
「あっ、酷い! さっきも言ったじゃないですか、こうなったのはもともとそっちの世界の神様が言い出したことが原因で、わたしのせいじゃないですから! それに、そんな簡単にシステムを変更できるわけないでしょ! もう、前の人は『現実世界のいい気分転換になる』って、すごい褒めてくれたのに! あなたがワガママすぎるだけなんじゃないですか!」
「うるせぇーっ! 異世界に行くチャンスなんて普通はないんだ、ワガママ言って何が悪いってんだ!」
「もういいです! せっかく序盤のアドバイスをしてあげようと思ったのに、リョーマ様にはなにもアドバイスはあげません! さっさと異世界に行って、勝手に戦ってください! ぺっ」
あっ、汚ねえ! 女神のくせにツバ吐きやがった!
ふん、アドバイスだと? そんなものこっちからお断りだ。何度も言うが、俺はネタバレは嫌いなんだ!
女神は最後にべーと下を出すと、俺に向かって両手を突き出し、何事か呪文のようなものを唱えた。途端、俺の周囲に光の柱が立ち、身体が浮遊感に襲われる。目の前がまばゆい光に覆われ、何も見えなくなる。どこかへゆっくりと落下していく感じがして、身体が自然と強張っていく。
その感覚は、一瞬で過ぎ去った。気がつけば俺は地面に立っていた。
無意識のうちに閉じられていたまぶたを開けるとそこには、
「…………」
まばらに雲が浮かぶ、広々とした紺碧の空。
涼しい風が吹きぬける、果てしなく広がる緑の草原。
はるか遠くに見える、間違いなく日本には存在しないであろう、奇妙な形をした大山脈。
その山脈の周囲を飛び回る、巨大な影。角の生えた頭に、長い首と尻尾……ドラゴン。
俺が夢にまで見ていたファンタジー世界が、目の前に広がっていた。
「すげ……」
思わず、声が漏れる。なんだかんだ言いつつも、実際に異世界を目にすると、やはり押し寄せてくるものがある。
久しく感じていなかった本物の感動に、俺の心は打ち震えていた。
現実感のあるファンタジー世界に感激し、言葉を失っていた俺の前に、背中を向けて立っている人物がいる。
身長は俺と同じ、もしくは少し小さいくらいで、長い黒髪を見るに女性のようだ。……いや、黒髪ロンゲの優男が主人公のロールプレイングゲームもあるにはあるが……身に着けているスカート付の鎧から考えても、おそらくは女性で間違いないだろう。こいつが、あの女神が言っていた、俺の前に異世界に来た勇者だろうか?
「……ん?」
ふと、違和感を覚えた。というより、既視感か? その女性の後姿に、なぜか見覚えがある気がしたのだ。
俺の口から漏れたつぶやきに気づいたのか、黒髪の女性は振り返り、輝くような笑顔を振りまきながら言った。
「ようこそ異世界へ、新しい勇者さん! 今後はわたしと力を合わせて一緒に頑張っていきま……」
振り向いた女性の顔が、笑顔を貼り付けたまま固まる。
「……え?」
「……はぁ?」
そこにいたのは、今日俺を睨みつけてきた二人の女性のうちの、一人。
十和田ツキヨが、驚愕に目を見開きながら、こちらを見ていた。
鬱蒼とした森の中を、俺は歩いていた。
樹齢何年かもわからないほどの大木、色鮮やかな花や木の実、奇妙な鳴き声を放ちながら飛び立つ鳥……ファンタジー世界の森の中を、腰に差した剣の柄に手を据えながら、ずんずんと進んでいく。
異世界に降り立った後、俺が何をしたかといえば、ロールプレイングゲーム序盤における定番のような行動を取った。ゲームのような世界、と聞いていたときから、そうしようと決めていたことだ。
すなわち、ゲーム開始地点の傍にあるはずの、始まりの町を探し、
「ここからまっすぐ進んだところに、小さな町があるの。特別なものは何も無いけど、町の人はみんな親切でいい人だから。必要な装備や道具も売ってるから、まずはそこで準備を……って、どこ行くのよ。そっちは反対方向なんだけど」
ファンタジー世界に馴染むため、身に着ける装備を揃え、
「あっちの店が道具屋、こちらが装備屋ね。大抵のものはここで揃うわ。腰に袋がぶら下げられているの、気づいてた? 女神さまが始まりの資金として、幾ばくかのゴールドを与えてくれてるの。あ、でも、少しくらいなら、わたしが貸してあげてもいいけど……あれ、いいの?」
モンスターと戦うための武器を選び、
「武器は慎重に選ばないとね。知ってた? 自分のステータスによって、得意となる武器が違うの。わたしの場合は、剣と槍ね。お店の人に頼めば、お試し装備をさせてくれるから、それでステータスを確認すれば、無駄遣いをせずに済む……って、なに普通に買ってるのよ! ステータスを確認しろって言ったじゃない!」
さっそく経験値を稼ごうと、町の外へと足を向け、
「町の入り口を出てすぐの草原……わたしたちが最初にいたところね。そこが最初のレベル上げに最適ね。まぁ、あなたも女神さまから教えてもらってるか。実際にモンスターと戦ってみたけど、攻撃は遅ければ頻度も少ないし、そもそも当たっても大したダメージじゃなかったから、安心して戦えるわ。初めはそこで戦いに慣れて……ちょっと、どこ行くの? そっちじゃないってば!」
町から見える景色の中で一番気になっていた、巨大な森へと足を運んだわけだが……ッ!
「こらーっ! 冴梨リョーマ! あんたどこ行くのよ! ちゃんとわたしの話聞いてた!?」
「うるせええええええええええっ!」
なんだって俺に着いてくるんだ、こいつは!
俺の、待望の異世界生活に水を差すな!
「ちょっと、いきなり大声で叫ばないでよ……びっくりするでしょ?」
十和田は耳を両手で押さえるジェスチャーをしながら、そんなことを言っている。そのわざとらしい仕草が、また腹立たしくてイライラしてくる……!
「なんなんださっきから、耳元でピーチクパーチクと! 無視してるのがわからんのかお前は!」
「ちょっ……! なにかおかしいと思ってたら、あなたわざと無視してたの!? 道理で返事をしないと思った! せっかくいろいろとアドバイスをしてあげたのに全部無視して、挙句の果てにこんな森まで来ちゃって!」
十和田の「親切にしてやった」とでも言いたげな物言いに、俺はさらにカチンとくる。
「やかましい、何がアドバイスだ! 誰がそんなものを望んだ! 俺は自分の目で、脚で! この世界を見て回りたいんだ! 余計なことをするな!」
始まりの町がどこにあるのかも、どんな造りの町でどんな人が住んでいるのかも!
何の装備があるのか、ステータスの確認方法はあるのか……得意武器の確認方法、町の周囲にいるモンスターの種類や攻撃方法……俺がひとつずつ発見して、楽しもうとしていたこと全部! 聞きもしないのに、勝手に教えてくれやがって!
何度でも言うぞ。俺はネタバレが嫌いなんだ!
「なに言ってるのよ、全部女神さまが一通り教えてくれたことでしょ? それをもう少し詳しく教えてあげただけじゃない」
「そんなものは聞いていない。あえて聞かなかった」
序盤のアドバイスなんて、ゲーム攻略の楽しみを奪うもっとも忌むべき行為だ。そんなもの、俺には必要ない。
それだというのに、十和田は目をひん剥いて驚いた。
「はあ!? なんでわざわざ!」
「ふん……さてはお前、ゲームやったことないだろ」
ちょっとでもゲームに触れたことがあれば、プレイしてる最中に横から口出しをされるうっとうしさがわかるはずだ。自分のプレイ方法に訳知り顔・先輩面で口を出してくるやつの腹立たしさと来たら……思い出すだけでも腸が煮えくり返るだろう。
なのでこいつはゲームをやったことがないと推測したのだが、十和田は憤慨したように言う。
「失礼ね。いまどきゲームをまったくやったことがない子がいるとでも思ってるの? わたしだって、友達の家で何度もやったことあるんだから」
「ほう。……ってことは、ロールプレイングゲームはやったことないな?」
俺がそう言うと、十和田はうぐ、と言葉に詰まった。どうやら図星らしいな。
おそらく、こいつがやったことのあるゲームというのは、みんなでワイワイ遊ぶパーティゲームのようなものだろう。もしくは対戦式のリズムゲームか、可能性は低いだろうが格闘ゲームとか。つまり、二人以上で遊ぶことを推奨されているゲームだ。
さらに、ゲームの遊び方もおそらく適当なのだろう。リズムゲームでパーフェクトフルコンボを目指したり、格闘ゲームで対戦相手と1フレーム差の争いをしたり……そういう遊び方はしたことがないに違いない。友達と見よう見まねで遊んで、笑い合って終わり。きっとその程度だろう。
つまり十和田は、ゲームを友達と遊ぶ道具としか考えていない。友達との遊びを楽しんだことはあれど、「ゲームを楽しんだ」経験はおそらく、無い。一人黙々と攻略を進めるアクションゲームやロールプレイングといったジャンルのゲームは、触れたことすらないはずだ。
……一人用のゲームを遊んだことの無い人間が、パーティゲームすら一人で遊ぶこの俺にアドバイスなど、片腹痛いわ!
「いいか。ロールプレイングゲームってのは、自らの力で攻略するから面白いゲームなんだ。友達となんとなく遊んで、なんとなく場が盛り上がればそれでいいパーティゲームとはまったく違うんだよ。マップを探索し、進むべき道を決め、敵を一体ずつ攻略していき、レベルが上がって強くなる……。そうやって少しずつゲームを進めていくのがいいんだ。だというのにお前ときたら、いらんことをいちいち、いちいち……! 人の楽しみを奪っていることを自覚しろ!」
俺の勢いに十和田は少したじろいだが、なおも言い返してくる。強情なやつだ。
「な、なによ、普段はまるで喋らないくせに人が変わったように……。で、でも、確かロールプレイングゲームって仲間で力を合わせて、敵を倒すゲームでしょ? だったら仲間のアドバイスを聞いても……」
「バーカ!」
「なっ!?」
本当に何にもわかっていないやつだ。
「ロープレが仲間と戦うゲームだと? 一体全体、何がどうなってそんな勘違いをしているんだ? パッケージに書いてある文字を読めばわかるだろう……ロールプレイングゲームは『一人用』のゲームだ! 一人のプレイヤーが仲間との冒険を擬似的に体験することができる究極のお一人様ゲーム、それがロープレなんだよ!」
ガーン、という効果音こそ鳴らなかったものの、十和田はずいぶんと驚いた表情をしていた。こいつ、こんな表情もするのか。まるで急におもちゃを取り上げられた子供みたいな顔だ。
しばらくそんな顔で呆然としていたが、ようやく自分を取り戻したのか、十和田は怒ったように言う。
「う、ウソウソ! わたし自身がやったことはなくても、友達がやっているところを横で見てたから知ってるんだからね! ロールプレイングゲームのシナリオって、仲間と協力することを重視していることが多いじゃない! だから、少なくともシナリオ担当の人は仲間の大切さを伝えようとしているはず! そういう素敵なゲームが、ロールプレイングゲームのはずよ!」
「ふん、シナリオ担当がどう思っていようが、ロープレが一人用ゲームであることに変わりは無い。勝手に動くキャラクターにどれ程のプレイヤーがイラついたか、そしてめいれいさせろにどれ程のプレイヤーが喜んだか、お前は知らないだろう。横で見てた程度しかロープレの知識を持っていないやつが、俺に指図をするなど十年早い」
「うっ……。確かに何を言ってるのかさっぱりわからないけど……」
「お前はこんな経験したことがないだろう……寝る間も惜しんでゲームをして、翌日倒れそうになりながら学校に行ったり、あまりにも理不尽なボスにキレてコントローラーを投げつけたり、セーブするのを忘れて数時間にも及ぶ自らの努力が水泡に帰して、何もやる気が起きなくなったりした経験を……。俺にロープレに関しての意見をしたくば、それくらいの経験を経てからにすることだな!」
びしりと指を突きつけながらそう言うと、十和田は何も言い返せなくなったのか、口を閉ざしたまま黙り込んだ。若干かわいそうなものを見るような目で見られている気がするが、おそらく気のせいだろう。きっと俺の偉大さに感服したに違いない。
「そういうわけだから、もう俺に着いてくるな。俺は俺で勝手にこの異世界を楽しむし、お前も好きにすればいい。魔王の討伐を競う気もないしな。それじゃ、あばよ」
まぁ十中八九、数々の魔王を(ゲームで)しとめてきた俺のほうが、いち早く魔王を討伐するだろうがな。
俺は十和田に背を向け、再び森の中を歩き出す。
ここまで言えば流石にもうついてこないだろうと思ったが、
「ぐおっ?」
十和田はついては来なかったが、俺の服の襟を後ろから引っ掴み、引きとめてきた。首が絞まって息ができなくなり、思わず間抜けな声がこぼれる。
「なにしやがる! 苦しいだろ!」
襟をつかんでいた手を振りほどき、なおも邪魔をする十和田に文句をぶつけるが、十和田は涼しい顔のまま言う。
「なに一人で行こうとしてるの?」
「はぁ? だから行っただろ。俺は一人でこの世界を生きていく。だからお前は……」
十和田は俺の話を聞かず、冷たい視線で俺を見下してきた。
「なるほどね……確かにわたしはロールプレイングゲームをやったことがないし、ゲームに関してはあなたに一家言があるんでしょう。それは認めます。……でもさ、冴梨。あなた、何か勘違いしてない?」
なんだ? 俺が何を勘違いしているっていうんだ。
俺は本気で分からず、思わず首をかしげる。そんな俺を見て、さらに態度が大きくなった十和田が、子供に言い聞かせるような調子で言った。
「この異世界で起こる出来事は、ゲームじゃないんだけど?」
…………。
いや、それは。
「……あの女神はゲームの世界って」
「『ゲームのような』世界でしょ? 確かに色んなところがゲームみたいに見えるけれど、この世界の人たちも、魔王も、モンスターも……ゲームのキャラクターなんかじゃないわ。もちろん人だけじゃなく、大地も、自然もね」
……い、いや。気づいていなかったわけじゃない。ホントだ。
まさかそんな、俺がゲームと現実の区別がついていない人間みたいなこと……いや、しかしそうすると……。俺はなぜか嫌な予感を覚えた。
そんな俺の心のうちを知ってか知らずか、十和田はさらに畳み掛けてくる。
「そうね、百歩譲って、この世界がゲームの世界だとしましょう。だとしても、この世界はあなたの言う『一人用』ゲームでは決して無いわ」
「な、なんで」
俺の声は、不自然に小さくなっていた。なぜだ、さっきまでは俺が主導権を握っていたはずなのに……。自信なさげな俺を笑い飛ばすかのように、ふんと鼻を鳴らして、十和田は言った。
「だって、わたしも勇者だもの」
ガーン、と。脳内でBGMが鳴り響いた気がした。
「あなたもプレイヤー、わたしもプレイヤー。でも遊んでいるゲームはおんなじ……。これって、一人用のゲームって言うの? わたしには分からないけれど、ゲームに詳しいあなたなら、わかるんじゃない?」
十和田の挑発的な物言いに、俺は言い返すことすらできない。
そうだ、確かに、この世界は一人用ロールプレイングゲームの設定じゃない。これはまるで……。
「もっと言うと、あなたがこちらに来た時点で、一人で冒険を進めるなんてできないでしょ」
……なんだって?
十和田の理解不能な発言に、俺はすかさず聞き返す。
「……おい、どういう意味だそれは? 確かにここがゲームの世界でも、一人用ゲームの世界でもないことは認めるが、それにしたって俺一人じゃ冒険できないってのはわけがわからんぞ」
十和田は深くため息をついた。本気であきれているようだ。
「……あなた、本当に女神さまの話を聞いてなかったのね。わかった、教えてあげる」
十和田は、俺が聞きたくなかった事実を、さらりと言った。
「あなたがこの世界をどう楽しもうと考えていようが、そんなのは関係ないの。わたしたち勇者は、力を合わせなければならないよう、決定付けられているのよ。新しい町へ行くのも、レベル上げをするのも、ダンジョンへ潜るにしてもボスに挑むにしても……全部仲間と一緒に行動しなければならないようにね」
……はあ!? なんだそりゃ!
自分が望むように、好きなように攻略を進めて行けることがロープレの魅力だ。それだってのに、他のプレイヤーの指図を受けながら、共に行動をしなきゃいけないだって? 冗談じゃないぞ!
「ふざけんな! 一体誰がそんなことを決めたって……」
「女神様」
…………。
『今後はその勇者様とも力を合わせて、ともに魔王討伐の道を……』
『リョーマ様が望んでいる望んでないにかかわらず、うちはそういう方針でやってるんです! 文句言わないでください!』
……あの女神、余計なことを!
「い、いや待て。それはあの女神が言ってるだけだろ? 別に俺らが好き勝手しようが問題は……」
「女神様に聞いたんだけど、勇者のレベルアップには条件があるらしいのね」
レベル。ロールプレイングゲームにはほぼ必ずある概念だ。究極的に言えば、これを上げなければゲーム攻略は夢のまた夢、ある意味レベルを上げることこそ、ロールプレイングゲームの目的といえるかも知れない。
そしてこの世界にも、ゲームよろしくレベルがあると女神は言っていた。俺のレベルは、女神に聞いたところによれば現状5。まさに初期値といったところか。この状態で魔王に挑むなど、縛りプレイ以外の何物でもない。俺は一周目は縛りプレイはしない派だ(まぁたいていの人間はそうか?)。なので、俺は自身のレベルを上げるために、こうして近くの森まで冒険に来たわけだが……。
「……その、レベルアップのための条件は?」
「仲間と共にいること。ちなみにあなたがこちらに来た時点で、パーティ登録はされているらしいから。だからあなたは一人でどこかへ出かけようと、仲間……いまだとわたしから離れた時点で、レベルアップができないの。あなたがこの森で一人で勝手にモンスターを倒しても、経験値は入らないのよ」
離脱した仲間には経験値が入らない。まぁ確かに、ロールプレイングゲームにありがちではあるな……。
……どうして変なところはちゃんとゲームしてるんだ!
なんてこった……確かにここは、一人用ロールプレイングゲームの世界じゃない。
これはいわゆる、MMORPGってやつじゃないのか。しかも、ゲームシステム上ソロプレイが不可能な……。俺はマルチプレイが推奨されるゲームは、基本的にはやらないんだ。一人で好きなように遊びたいからな。
愕然とする俺に追い討ちをかけるように、十和田は言う。
「それに、そんなルールが無くてもわたしがあなたを好き勝手させるわけないでしょ。冴梨……あなた学校でもいつも一人でクラスに馴染もうとしないで……。団体行動ができないと、いずれきっと困るときが来るわよ? だからわたしが、こちらの世界でパーティを組んで、団体行動がいかに大切かってことを教えてあげるわ。そうしたら元の世界でも、きっと大丈夫よね?」
善意を振りまくかのように、十和田がニッコリと微笑む。
それは他人が見れば天使の笑顔に見えたかもしれないほど可憐だったが、俺からすれば悪魔の微笑みだ。
こいつはいつもそうだった。ほかのクラスメイトは俺の事を無視するというのに、こいつだけはしつこく、俺につっかかってくる。
クラス単位で行動しなければならないとき、またはクラス内の班単位で行動しなければならないときは必ず、俺に一言言ってくるのだ。やれクラスの和を乱さないようにだの、班の人たちとちゃんと話し合いなさいだの……うるせえ! お前は俺の母親か!
……ああ、ウソだろ? これが俺の夢見た、異世界生活なのか?
現世とのしがらみは切れず、一人で世界を楽しむことも叶わず、しかもパーティメンバーは口やかましい良い子ちゃんと来たもんだ。異世界に来たことくらいしか、俺の望みは叶っていない。
人生に一度あるかないか……いや普通はないであろう異世界での生活。そんな宝くじを当てた俺が得たものは、俺が希望したものとは似て非なるものだった。
俺ができることはただひとつ。せめてこれ以上、仲間が増えたりしないよう祈ることだけだ……。




