表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

イケメン騎士

 夕暮れ時。


 ダンジョンから外に出た琉生は、楽しそうな仲間たちを見ていた。


 初日と比べ余裕が見えてきたのは、彼らが元からスペックが高く優秀だからだろう。


 優秀な仲間もそうだが、その中で琉生の実力は頭一つ分。いや、二つ分ほどに頭抜けていると言えた。


「よし、今日は解散して明日は休日にしようか」


 琉生の提案に、仲間たちは賛成する。


 女子の一人が琉生の腕にしがみついた。


「琉生君、一緒にカラオケに行かない? ほら、今日の反省会とかお疲れ会をしようよ」

「私も参加したいわ」

「お、いいね!」


 仲間たちが楽しそうにしているのを見て、琉生も笑顔で「分かった。準備をしたら向かおう」と乗り気だった。


 しかし――。


「おい、瀬戸。天野を見なかったか?」


 引率の倉田が琉生にたずねた名前を聞き、顔色が一気に変わった。


「……どういう意味ですか?」


 琉生の表情を見て、倉田は首を横に振った。


 どうやら、怪しまれたことを憤慨していると思われたのだろう。


「お前を怪しんでいるつもりはない。ただ、時間になっても戻って来ないんだ。もしも見かけたなら、どこで見たか教えて欲しい」


 女子たちが興味もなさそうに口を開く。


「先生、私たちこれから忙しいんですけど」


「大体、あんな変人の事なんか知らないわよ」


 男子たちも同じだった。


「興味もないって」


「ダンジョン内では見かけなかったな。もしかして、少し無理をして死んだとか? ほら、あいつら学年主任に目を付けられて――」


 琉生が男子生徒を睨む。


「……どういう事だ?」


 男子生徒が驚きつつも、知っている事情を話すのだった。


「琉生は知らなかったのか? あいつら、学年主任の教師に煙たがられて、退学させられそうになっていたんだ。それで、退学を取り消して欲しければ、ダンジョンを攻略しろって――」


 琉生が倉田を睨み付ける。


 倉田は頷き、髪をかいた。


「事実だ。気を付けるように言っていたんだが……」


 ここ最近は、何度も注意をしていた。


 しかし、学年主任の教師により、同行を許可されずに地上待機を命じられていたのだ。


 倉田がダンジョンの入口を見る。


「こりゃあ、捜索隊を依頼するしかないな」


 すると、その場に笑みを浮かべた嫌味な教師がやってきた。


「倉田先生、聞きましたよ。あの二人が戻ってきていないとか。いや~、本当に残念ですね」


 嬉しそうな顔でそんな事を言う教師に、周りも若干引いていた。


 そして、嫌味な教師は琉生に笑みを向けた。


「それより瀬戸、聞いたぞ。お前たち、もう十分に成果を出しているそうじゃないか。一年生でその働きぶりは実に素晴らしい。流石、私の教え子だ」


 学年主任の教師は、琉生たちの担任教師でもあった。


「……先生、どういう事ですか?」


 嫌味な教師は笑顔で続ける。


「あの手の品のない連中は沢山いて困っていたんだ。それに、お前もあの変わり者が気に入らなかったんだろう? まぁ、ここで死ぬ程度なら、どうせその程度だったということさ。気にしないで良いぞ」


 倉田が拳を震わせており、周囲も教師の台詞を聞いて引いていた。関係のない冒険者の中には、他校の生徒たちもいる。


 琉生はそんな嫌味な教師に笑顔を向けた。


「えぇ、そうですね。品のない奴は目障りです」






 地下十三階。


 閉じ込められた千夏は、入口の鉄格子を何度も蹴る。


 普通、この手のモンスターハウスは、モンスターを倒し終えると解放されるケースが多い。だが、中にはこうして解除方法が外にあるケースがあった。


「くそっ!」


 最後に千夏が鉄格子を蹴り、そして部屋の中を見渡す。


 ドローンの発する明かりでトラップ解除の装置を探してみるが、そんなものは見えない。


 呼吸が乱れているが、問題はその吐く息が白い事だ。


 ダンジョン内は肌寒かったが、地下十三階は既に寒い。


 部屋の中を見渡せば、怪我をした太陽が壁に背中を預け眠っていた。


 百を超える敵を斬り伏せた太陽だが、倒れると意識を失い動かなくなる。呼吸はしているが、血を流しすぎたのか顔色が悪い。


「……無茶をするから」


 近付き、頬に手を触れる。


 持っていた布やら色々と太陽にかぶせてはいるが、顔色は悪くなる一方だった。


 千夏は貸し出されたスマホを取りだし、このような状況下での行動を検索する。地上に連絡は出来ないが、緊急時の対処マニュアルがデータとして入っている。


「これじゃない……これっ!」


 見つけた対処方法を見ると、千夏の顔が赤くなった。


 ドローンを使用し、救難信号を出すのはいい。


 だが、怪我人がいて体温が著しく下がっている場合の対処法が……問題だった。


「裸で温めるとか馬鹿なんじゃないの」


 しかし、道具もなく、緊急時の対処としてそれしか載っていない。


 体を温める道具を購入しておけば良かったと後悔する千夏だが、太陽の顔を見ると覚悟を決めて装備を外して脱いでいく。


 太陽は装備を外し、すでにほとんど装備は脱いでいる状態だ。


 傷口が戦闘で開いたので、手当てをして包帯を巻き直している。


「……太陽、あんたここまでさせて死んだら殴るからね」


 服を脱がせ、そして抱きついて横になる。


 今、モンスターが出現したら、などと考えると千夏は小さく笑う。


「こんな状態で死んだら、いい笑い者よね」


 太陽の体は冷たくなっているが、まだ鼓動は聞こえていた。


 抱きしめ、脚を絡めると次第に暖かくなってくる。


「随分と鍛えているわね」


 太陽の体は鍛えられていた。冒険者の多くはカロリーを大量に消費し、重い装備を付けて動き回るので筋肉が凄い。


 太陽の体も戦うための体になっていた。


 強く抱きしめ、千夏はそのまま助けが来るのを待つ。しかし、地上の時間は夜。捜索隊が出たとして、自分たちをどれだけの時間で見つけてくれるか分からない。


 持っている食糧や水の量もある。


 もしも時間がかかるようなら、二人の命が危なかった。






 千夏が目を覚ますと、太陽の顔色は血色が戻っていた。


 胸に顔を埋め気持ちよさそうにしている。


「……こいつ、本当に幸せそうね」


 大きな胸にしがみついている太陽から離れ、千夏は服を着ると装備を着用していく。もう大丈夫そうだと思ったのもあるが、いつまでも裸というわけにはいかない。


 入口には鉄格子が今も残っている。


 ドローンは省エネモードで明かりも最小限。


 救難信号を出して床に置かれている。


 床に座って助けが来るのを待つ。


 だが、そう簡単に来るものでも無いと知っており、場合によっては放置されることも多かった。


「……問題は水と食糧よね。それに、太陽もすぐに地上に連れて行かないと」


 太陽の怪我も応急処置しかしていない。


 病院に連れて行くべき怪我をしているのだから、このまま放置という訳にもいかなかった。


 いったいいつ助けが来るのか。


 待っていると、何やら声が聞こえてくる。


 それは、昨日太陽に深い傷を負わせたモンスターだった。


 鉄格子の向こうからこちらを覗き、涎を垂らしている。


「こいつ、まだいたの」


 昨日の奴とは別個体だろうが、今の千夏には相手に出来るモンスターではない。太陽は未だに眠っており、戦える常態かも怪しかった。


 モンスターは鉄格子を無理やり破壊し、中に入ろうとしている。


 モンスターが鉄格子を殴る度に歪み、そして破壊されていく。人一人が通れる隙間が出来ると、無理やり入り込もうとしたモンスターが体を引っ込めて通路の方を見て咆吼していた。


「な、なに?」


 駆け出すモンスター。


 しかし、そんなモンスターは吹き飛ばされ、千夏の目の前を通り過ぎ燃えたのか光が見えた。


 足音が聞こえてくる。


 それも急いでいる様子だ。


 人影が入口の前に来ると、中を見ていた。ドローンが放つ光を背にしており、その姿は見えないが、声だけは覚えている。


「……サンちゃん!」


 千夏は驚いて相手を見た。その後、気持ちよさそうに眠っている太陽を見る。


 駆け寄ってくる人影は、金髪をなびかせた騎士のような装備に身を包んだ男子――瀬戸 琉生だったのだ。


「サンちゃん、サンちゃん! どうしてこんな事に――」


 装備を手放して放り投げると琉生は、太陽に駆け寄ると抱きしめていた。


「え? ……え!?」


 千夏が知っている琉生と言えば、太陽に敵意をむき出しに絡んでくる男子だった。しかし、今はたった一人でここまで来て、太陽を抱きしめて泣いている。


 そんな琉生が、千夏を睨み付けた。


「……俺は離れるように言ったはずだ。どうして、まだお前がサンちゃんとパーティーを組んでいるんだ。お前がいるから、サンちゃんが無理を……こんな事なら、俺が一緒にパーティーを組めば良かった」


 どうやら、太陽のあだ名は【サンちゃん】らしい。


 そんなどうでも良いことを考えつつ、千夏は目の前の美形男子が「そいつから離れろ」と忠告したのは、太陽のための言葉だったのだと理解する。


「あ、あんたたち、仲が悪かったんじゃ」


「あぁ、悪いよ。昔はずっと一緒だったのに、サンちゃんが戦士ジョブにこだわるから、周りが俺にあいつに関わるな、って! ……俺は。俺はサンちゃんと一緒が良かったのに。サンちゃんは、お前のためにならないって言うから!」


 流石の千夏も、目の前の美形男子の答えに驚きを隠せないでいた。


 琉生が太陽の装備をかき集め、手にはダンジョンのみで使用出来る帰還用のアイテムを持っている。


 琉生が千夏を睨む。


「……お前をここで置き去りにすれば、優しいサンちゃんが悲しむ。一緒に地上へ連れ帰ってやるよ」


 千夏は思った。


(なんでこいつ、私に敵意をむき出しにするの?)


 どうやら、太陽を危険な目に遭わせている女と思われたらしい。


 琉生は太陽を背負うと、声をかけていた。


 本人は幸せそうに寝ており、寝言を口にしている。


「サンちゃん、もうすぐ帰れるからね」


 そんな琉生に返事をするように、太陽は寝言を言う。


「……おっぱい」


 男を相手に微笑んでいる美男子を見て、千夏は太陽の身の危険を感じるのだった。






 目が覚めると病院だった。


 長野県にある割と大きな病院に運び込まれた俺は、治療を受け丸一日寝込んでいたらしい。


 爽快な目覚めで背伸びをしながら欠伸をし、怪我をしている場所が痛んで叫んでしまったら看護師さんたちが飛び込んで来た。


 ……申し訳ない。


 まぁ、怪我自体はすぐに治療出来るようで、後は急用の問題らしい。失った血は戻らないし、体力も落ちた状態だ。


 すぐにダンジョンに入る事は禁止された。


 そして、俺が目を覚ましたと聞いて倉田先生が面会に来たのだが――。


「……嘘ですよね?」


「本当だ。ダンジョンの最奥に到着した。地元の冒険者たちが、準備を進めて今週中にもダンジョン攻略をするらしい」


 地下十七階にあったボスの部屋。


 そこを見つけた冒険者たちは、挑むことをせずに地上に戻ってボスの部屋を発見したと発表したらしい。


 長野の冒険者組合が、地元の冒険者たちを集め攻略に本気を見せているのだとか。


「……お、終わった」


 俺の今までの頑張りは、これで無駄になってしまったわけだ。


 倉田先生が左肩を叩く。


「そう落ち込むな。現役で冒険者をしている俺の知り合いもいる。そいつらにお前の事を紹介してもいい。流石に今回の事は許せないが、生き残ったんだ。もっと喜べよ」


「……そう、ですね。あの、千夏は?」


 倉田先生が頬を指でかき、そして笑顔を向けてきた。


「お前の事を心配していたよ。あいつがあんな顔をするとは思わなかったが……若い、っていうのはいいね」


 何やら意味深げな発言をしているが、それは俺が心配で夜も眠れなかったと?


 ……俺にも春が来たか。来ちゃったのか!


 倉田先生は椅子に座り、手を組んで色々と話をしてくれた。


「如月の冒険者資格は剥奪されないことになった。お前も同じだ。学園の方は力及ばず、ってところだ。……すまん」


 倉田先生の申し訳なさそうな声に、俺は首を横に振った。


 確かにこれから大変だろうが、これから冒険者としてやっていける自信はついた。学園で勉強に専念出来ないのはきついが、まだ終わってなどいない。


 少し、俺の目標から遠ざかるだけ。


 それだけだ。


 そう思うと、気分が随分と軽くなった。


「いえ、そこまでして貰って文句は言えませんよ。いっそ、千夏と組んで冒険者をやりますかね」


「前向きだな。お前、冒険者に向いているよ」


 倉田先生が笑ってくれた。


 すると、病室に千夏さんが入ってくる。


 普段使っている学園のジャージ姿で、手にはお土産なのか週刊誌を持っていた。


「あ、起きたんだ」


 ただ、反応が冷たい。それに、持ってきたお土産も、自分が暇つぶしに読んだ奴ではないだろうか? まぁ、貰うけど。


「なんか冷たくない?」


「目を潤ませて抱きついて欲しかった? 金を出せばいくらでもやってやるわよ」


 肩をすくめる千夏を前に、俺は自分の財布が手元にない事に気がつく。


「後払いで良い?」


「……冗談に決まっているじゃない。その様子なら大丈夫そうね。私はもう行くから、退院したら教えなさいよ」


 病室から出て行く千夏を見送った俺は、恨みがましい目で倉田先生を見た。


「先生の嘘つき」


「アレでもマシになった方なんだよ。それはそうと、お前の退院は明日に決まったぞ」


「早すぎませんか?」


 俺が驚いていると、倉田先生が病室を見渡した。


 そこには冒険者らしい人たちがベッドに横になっている。


「ここも忙しいらしいからな」


 俺より重い怪我をしている人もいる。中には、家族と涙ながらの再会を果たし、誰も病室に来ない怪我人もいた。


 俺が頷くと、倉田先生が席を立つ。


「あぁ、それとな……瀬戸の奴が、退院したらお前に話があるそうだ」


 俺は露骨に嫌な顔をした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] それは想定外やった
[気になる点] 誤字報告です。 ・〈戦える常態かも怪しかった。〉 正しくは、〈戦える状態かも怪しかった。〉かと。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ