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最弱戦士の目指す先

 細長い部屋の中は、長テーブルが二つ並んでいる。


 ホワイトボードが置かれ、何か会議的なものを開く場合は使って良いそうだ。


 そんな場所で、俺と如月さんは座っている。


 俺は椅子に。如月さんは床に、だが。


 ドアの向こうでは倉田先生がスマホで連絡を取っていた。相手は分からないが、何やら話し込んでいて時間がかかっている。


 無言のまま時間だけが過ぎていく。


 そんな空間に耐えきれず、俺は如月さんに話しかけた。


「……あの学年主任が言っていた事は本当なの? 孤児院と。か、体の事とか」


 如月さんは頭を上げずに答える。


「噂くらい聞いたんじゃない? 私が体を売ろうとした、ってね。そうよ。金がどうしても必要だったの。でもさ、そういう売春のやり方を知らなくて、場所だけは知っていたから行ってみて周りを見ていたの。でも、運悪く私の顔を覚えていた教師に見つかってね。希に教師が見回りをしているのよね。……まだやる前だったから、今回の攻略に参加しろ、ってね」


「なんで無理をしたのさ」


「何? 私に同情した? 話しても良いけど金を取るわよ」


「聞きたい。いや、聞いておかないとどうしていいか分からないから」


「物好きよね。しかも聞かれたくないことを聞いてくる無粋な奴ね」


 冗談を言う彼女だが、少し間があってから口を開く。


「……園長先生のいる孤児院だけが、私にとって家だったのよ」


 そこから始まった話は、如月さんの出生に関するものだった。彼女、実は本当の両親を知らないという。


「娼婦が産んだ子供だろう、っていうのは分かったけどね。人種的には日本人と外国人のハーフだって。名前は和名なのは、施設で適当に付けられたからよ。ほら、捨て子だからランダムで適当に、ね」


 好景気が続く日本では、こうした問題も非情に増えていた。


 桜花学園のような学園が存在している理由の中には、こうして行き場のない子供たちを社会に貢献するために用意されている。


 口の悪い人たちは「孤児で金儲けをしている」と言っていたのをテレビで見た。


 だが、そういった受け皿がないと――。


「施設に保護されるまでの記憶は曖昧だったわね。気が付いたら、ダンジョンに放り込まれてナイフ一本で生き残れ、ってね。しばらくしたらジョブを付け替えるように命令されたわ」


「……それ、いくらなんでも有り得ないよね? だって、ダンジョンの出入り口は厳重に管理を」


 如月さんが笑っていた。


「ごめん。あんたは知らないわよね。そういうの……金でなんとでもなるのよ。まぁ、今となっては大人たちが私たちに何をさせたかったのか知らないけどね。毎日番号で呼ばれて鍛えられて、怒鳴られて蹴られて……ジョブを付け替えて、気が付いたら“暗殺者”だって。笑うわ」


 その後しばらくして、如月さんがいた組織は壊滅したらしい。


 保護され、施設で名前を与えられしばらくカウンセリングを受けながら過ごしていたらしい。


 小学校卒業までの勉強を終える頃に施設を出て、孤児院に入ったようだ。


「自分の正確な年齢も分からないわ。ただ、今は十七歳くらいだろう、って何か機械で調べられたわね。一緒だった子たちは孤児院が別でさ。寂しかったのよ。そしたら、孤児院の園長先生が私みたいなのにも優しいおばちゃんでね。もう、本当にどうしていいか分からなくて……三年間、本当に幸せだったと思うわ」


 施設を出て桜花学園で生活をした彼女だが、施設に借金取りが来た事を聞いてお金を稼ごうと思ったらしい。


「本当のジョブは“女忍者”よ。流石に暗殺者を放置も出来ないし、選べる中から選んだら忍者だったの。笑うわよね。盗賊と暗殺者とか、踊り子も取ったかな? 他にも色々と王道じゃないジョブを取って回ったら、最後が女忍者よ。これでも凄いの。まぁ、周りに自慢出来ないけどね」


 ペラペラと良く喋ると思っていると、如月さんは泣いていた。


「……私のせいでごめんね。あの倉田先生なら、あんたくらい助けてくれるわよ。冒険者として独立でもすればいいわ。あんた、思っていたより強いし」


 きっと成功するわよ。


 そう言われても、嬉しくも何ともなかった。


「俺は桜花学園を追い出されると行くところがない。それに、今のままだとダンジョンにも入れない」


 如月さんが謝ってくる。


「悪かったわよ。けど、今更どうにもならないわよ。私に出来るのは、精々謝罪とから――」


 それ以上先を言わせない。言われたら、抱きついてしまいそうだ。


 いや、流石の俺もこんな状況でそんな事はしないが。


「だったら手伝え。俺はダンジョンを――攻略する」


 立ち上がり、無理やり如月さんを立たせた。


 目元が赤くはれ上がっている。


「あ、あんた馬鹿じゃないの! たった二人で何が出来るのよ。そんなの無理に決まって――」


「無理じゃない。やれるかどうかじゃなく――やるんだよ! 俺はこのままあの野郎に言われるまま退学なんてごめんだね」


 もし退学になってしまえば、俺の人生設計が狂ってしまう。


 そもそも、学園を退学させられた戦士ジョブの冒険者を誰が信用する? 俺は卒業するまでに仲間を見つけ、そして強くならねばならない。


 そうしないと……死よりも恐ろしいことが待っている。


 あんな嫌味な教師に関わっている暇などない。ならば、答えは出ている。


 ……打算として、退学になってもダンジョン攻略、もしくは良いところまで行けばどこかのクランが拾ってくれるかも知れないと考えているのは秘密だ。


 如月さんが俯く。


「そんなの無理に決まって――」


「決まってない! なら、俺についてこい。こんな状況くらい乗り越えてやる。どうせ稼ぐ必要があるんだろう? なら、俺が稼がせてやるよ」


 如月さんがいないと、俺としてはダンジョンの先を進めないので――非情に困った事になってしまいます。


 お前がいないと困るんだ!


 まだ覚悟の決まっていない、如月さんが躊躇っていた。


 俺は如月さんの手を取り、握りしめる。


「ついてこい。お前を救ってやる。拾い上げて、お天道様の下を歩かせる。孤児院だって救ってやる」


 お願いだからついてきて下さい。お金を稼げると思って!


 如月さんが俯きつつ頷いた。


「よし、なら作戦会議だ」


「作戦会議? 二人しかいないじゃない」


 そんなものが必要なのか?


 如月さんが戸惑っているが、必要だからやるのだ。


「まずは計画だ。俺はどうにも体が馴染んでいない。如月さんは?」


 彼女はこれまでもダンジョンに挑んでいるはずだが、どうやら筋肉痛に悩まされている。ただ、俺ほど酷くはない。


「ブランクもあるし、ジョブを変更した後だからきついわね。それより、いちいちさん付けは止めて。緊急時に困るわ」


 如月と呼ぼうとすると、名前で良いと言われたので俺も名前呼びをお願いした。


 ……なんだ、凄く嬉しいぞ。


「で、何を話し合うのよ」


「まずは体を慣らす」


「当然ね。なら、しばらくはダンジョン内での行動時間を三時間くらいで――」


 俺は首を横に振った。


 そう言えば、前世の記憶でこういう話を聞いた。


 ……超回復。筋肉痛は成長の証であり、その後に筋肉が強くなるのだとか。


「限界までダンジョン内で頑張って、地上で二日休む。慣れて来たら、一日休みを挟んでダンジョンに挑む」


 如月さん……ではなく、千夏は俺を見て呆れていた。


「あんた、じゃなかった……太陽は馬鹿だって言われない?」


「良く言われるが、俺は色々と考えている。世間が俺を認めないだけだ。俺は間違っていない」


 ジョブにしても、武器にしても、あの認識出来ない存在からの確かな情報だ。これで嘘だったら、俺は最初から騙されていたことになるが……それはないと、確信があった。


 同時に、失敗したら消滅というのも嘘ではないだろう。


 あの存在は、失敗したら問答無用で俺を消滅させる。


 間違いない!


 千夏が腰に手を当て、そして頷いた。


「それでいいわよ。で、他には?」


 俺は以前から考えていた事を話すのだった。


「モンスターを捜し回る時間が勿体ない。出来れば、大量にモンスターが出てくる方法があると助かる」


「太陽一人で相手に出来るつもり? 集める事は出来るけど、ハッキリ言うと自殺行為に近いわよ」


「ダンジョン攻略するには、ボスを倒す必要があるんだ。無理は承知だ」


 ここで躓いてしまえば、この先に期待するのは絶望的になる。


 だが、ここを乗り越えれば?


 使命達成に大きく近付くではないか。


 時間をかけてなどいられない。


「とにかく、今は強くなりたい。ダンジョンにも慣れて、先に進むだけの地力が欲しい」


 千夏は髪をかき上げてから、口元に手を当てて考え込む。


「私は自殺するつもりはないわ。無理ならすぐに逃げるわよ。例え……太陽を置き去りにしてもね」


 流石にいきなり全幅の信頼を寄せて貰えないようだが、協力して貰えるだけありがたい。


「それでいい。囮にでもなんでも使ってくれれば良い。なら、明日の話をしよう」


 そのまま、倉田先生が戻ってくるまで俺たちは話を続け、会議室を出てからも食堂で話を続けるのだった。






 次の日。


 地下九階まで到着した俺たち。


 他の冒険者が少なく、モンスターが多いという情報が掲示板に張り出されていた階層だ。


 長野の冒険者組合の出張所があり、そこの受付でも話を聞いたので間違いない。


 千夏が荷物の中から取りだした道具を、床に置くとスイッチを踏みつけた。同時に、低い音と煙が吹き出す。


 耳の痛い音。


 それに何かの臭いだ。


「これは?」


「モンスター避けとは逆に、集める道具っていうのがあるのよ。数は多く置いていないけど、それなりに使えるのよね」


 部屋の中、待っていると次々にモンスターたちが現われる。


 入口から入ってくるモンスターたちの中で、大きくて厄介なモンスターを俺が相手にする。


 千夏の相手は、空を飛ぶコウモリや素早いモンスターたちだ。


 次々に入ってくるモンスターは、狼の頭部を持つ亜人タイプだった。


 呼び名はいくつもあるが、気にしている暇もない。


 前もって情報を調べてきているが、倒し方は変わらない。


 武器を構え、次々に入ってくるモンスターたち。


 俺は刀を構え、大きく踏み込むと攻撃スキルを心の中で唱える。


 体に力がわいてきて、振るった一撃は狼男の持つ槍ごと斬ってしまう。


 一体が燃え上がる中、次々にモンスターたちが襲いかかってきた。


 大きな蛾や、不気味な鳥が俺の頭上に来る。


 風を切るような音が聞こえてくると、投げナイフがモンスターに突き刺さり落ちて燃えていく。


「忍者凄いな」


 感心していると、ロングソードを持つ狼男の一撃を受け止める。


 刀は受け止めるなどの防御に不向きだ。斬ることに全力を振ったような武器であるから当然だが、材質が違う。


「そう簡単に折れないんだよ」


 そのまま力を込め、刃に手を添えて力任せに狼男は武器ごと斬った。


 千夏がナイフを投げつつ、俺の動きに呆れていた。


「なんでそんなに強いのよ。本当に戦士ジョブ?」


「間違いなく戦士ジョブだ。違うとすればっ!」


 近づいて来た四本腕のモンスターを斬り、そして狼男を刀で突いた。心臓を貫かれたモンスターは、血を吐いて燃えていく。


 その炎に触れても、燃えることはない。


「――毎日馬鹿みたいに技を磨いてきたくらいだ」


 この世界では、ジョブさえ変更出来れば手軽に必殺技が手にはいると思っている。同じジョブでも、ベテランと新人の威力の差は扱い慣れていないだけと思われていた。


 だが、違うのだ。


 ステータスなど目に見えず、数値を知ることはできないが……スキル攻撃も鍛えれば強くなる。


 使い続け、極めようとすれば更に先に辿り着く。


 本来なら、たいして威力のない戦士ジョブの【スラッシュ】が、次々にモンスターを斬り伏せていく理由がこれだ。


 たった一つしかないスキル攻撃を、俺は十年以上も鍛え続けてきた。


 縦、斜め、横、斬り上げと、刀を振り回しつつ心の中でスキル名を呟いていると、頭の中で閃く。


「――【一刀両断】」


 頭に浮んだ言葉を呟けば、それまでとは違いまるで柔らかいものでも斬っているように刃がモンスターたちを斬り裂いていく。


 まるで斬れない物などないかのように、防具の盾も俺の刀の前では無意味だった。


 七体ばかりを斬り伏せ、周囲の炎が消えていくと呼吸がかなり乱れていた。


「……どうだ、見たか! これが俺の力だぁぁぁ!」


 しかし、千夏に後ろから叩かれた。


「痛いじゃないか!」


「五月蝿いわね! いいから、今の内に休んでいなさいよ。ほら、さっさと座って水分補給!」


 千夏はどうやら姐御肌のようだ。


 孤児院で年下たちの面倒を見てきたと言っていたので、俺は孤児院の年下の子供たちのように扱われているのだろうか?


 しかし、流石に疲れた。


 言葉に甘えて壁際に移動して座り込み、水筒を取り出し水分を補給する。


 震える手を握りしめ、俺はようやくここまで来たのだと新しいスキルの実感を思い出しつつ目を閉じる。


 モンスターが来るまでの間、休ませて貰おう。


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[気になる点] 教師はなんで売春とめたの?職業差別はよくないよ。安全な仕事で冒険者よりいんでね?
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