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デビュー

 バスが到着したのは長野県の国道沿い近くの広場だった。


 重機や資材が広場の横に置かれ、急遽用意されたプレハブ小屋が並んでいた。


 バスから降りた俺たちを待っていたのは、クリーム色で半袖の作業着姿の男性だ。倉田先生と話をしている。


「桜花の生徒さんは三十人ですか? これなら余所の学園の方が数は多いですよ」


 俺たちの数を見て渋い表情になる作業着姿の男性は、どうやら長野の冒険者組合から派遣された職員のようだった。


 倉田先生が頭を押さえ笑っている。


「申し訳ない。しかし、一ヶ月前に急に言われても困りますよ。その時期には、もう宿泊施設から色々とレンタルの予約までしている生徒がほとんどでしてね。せめて二ヶ月前に言って頂かないと」


 職員の男性が渋々と引き下がり、俺たちが使用する宿舎に案内すると言った。全員、荷物を持って広場に用意された建物の間を進む。


 プレハブ小屋には、様々な道具を貸し出しているレンタルショップから、冒険者に必要な道具を売っている店の数々。


 地元の人たちが優先してプレハブ小屋を使っているようだった。


 歩きながら、倉田先生が職員に質問をする。


「どこまで攻略したんだ?」


「十二階まで攻略しました。学園の生徒さんたちには、五階までの小物を相手にして欲しいですね。本職の人たちが先に進むのに邪魔ですから」


 こうした場所に学生たちを受け入れている理由は、本職の人たちがあまり相手をしないモンスターを討伐させるためだ。


「こっちはあんたらの小間使いじゃないんだ。中を確認して、危険なら五階まで進ませないし、大丈夫ならもっと先に進ませる。取りあえず、学生たちを休ませたら中に入って確認する」


 倉田先生も元は冒険者で、結構な実力者だったと聞いている。


 職員は嫌そうな顔をしていた。


 荷物を持ち、周囲を見ている如月さんは男子のいやらしい視線を気にした様子もない。


「ここに色々と施設を置くのは良いけど、ダンジョンの入口はどこよ」


 建物の間を、装備を付けた冒険者たちが歩いている。


 剣、盾、弓、槍――背中に大きなライフルを背負っている冒険者の姿もあった。


 プレハブ小屋の一つには、武装した警察官たちの姿も見える。


 職員の男性が、少し鼻の下を伸ばして如月さんを見ていた。その気持ち、凄く良く理解出来るが止めた方が良いだろう。


 如月さんは目を細めていた。


「入口はここから更に上の方になります。坂を登りますが、歩いて二キロほどですね。車も出ているので、一回で五百円になります」


 つまり、往復で千円!


「は? なんでこんな遠い場所に施設を集めているのよ」


 如月さんの不満そうな声に、周囲も同意見だった。普通、こういった施設の集まった場所は、ダンジョンの入口近くに用意される。


 明らかにおかしい。


 職員の男性は何か隠しているような顔をしているが、妙にニヤニヤしている。


「いえ、これには色々と事情がありまして。場所的にはこちらの方が良いわけで」


 その話を聞いた俺は、唖然とした。


「嘘だろ。俺の全財産三千円もないんだぞ」


 如月さんは、そちらの方が驚いたようだ。


「あんた、なんでそんなに持っていないのよ」


 いや、これにはそれなりに理由がある訳で――。


 ただ、倉田先生が職員の言葉に笑顔で付け加える。


「おいおい、わざわざ来た学生たちから金を取るのか? 学生くらい無料でも良いだろ」


「え、あの、それは私の一存では……」


「いいか、こっちは三十人もかき集めてくるのに大変な思いをしたんだ。お前たちの汚い小遣い稼ぎに文句を言うつもりはないが、誠意くらい見せたらどうだ?」


 職員の男性の肩に腕を回し、顔を近づける倉田先生は笑顔が怖かった。震える職員の男性が、視線を泳がせる。


「じょ、上司に相談させていただきます」


「話が分かるね! あんた良い奴だな」


 ガハガハと笑う倉田先生。


 そうしていると、俺たちが寝泊まりする建物に到着した。


 後ろをチラリと見れば、琉生の奴が俺の方を見ている。


 髪をかく。


 本当に、これから大丈夫なのか不安になってきた。






 プレハブで出来た建物。


 部屋はとても狭い。


 ベッドが有り、ロッカーがあるだけで他には何もなかった。


 薄い壁の向こうからは、男子の話し声が聞こえてくる。


「ここで夏休みを過ごすのか」


 幸いなのは、建物の中には業務用のクーラーが備え付けられている事だろう。一部屋一部屋には付いていないが、それでも耐えられる温度だ。


「扇風機くらい欲しいな」


 扇風機すら買えない俺だが、ここでお金を稼いで少しは贅沢をしたい。金持ちになったら、コンビニでデザートを買うんだ。


 荷物を置いて、学園で借りてきた道具を点検する。


 立てかけた黒い刀を見る。


「……いよいよ本番か」


 ここまで来るために準備はしてきたが、万全とは言い難かった。


 この日のためにたった一つの攻撃スキルを使い続けてきた。


 重りのついた木刀を振り回し、ただスキルを使い続けた。


 剣でも駄目。


 槍でも駄目。


 どうして俺が刀にこだわったのか。


 ……それは、剣では重すぎたからだ。


 使う金属量にも影響するが、刀の方が使う金属量を削れた。まぁ、形も影響しているのだが、刀の方がかっこういい。


 そんな理由で木刀を振り回してきた。


 来る日も来る日も、一つだけの攻撃スキルを使い続ける……もう、日課になっているから、やらないとウズウズしてくる。


 他のジョブは、もっと複数のスキルを使いこなしているというのに、俺はこれだけしか使えない。


「これだけで足りると言われたけどさ」


 刀を手に取り、鞘から抜くと黒い刀身が姿を現す。


 生産ジョブを持つ教師や生徒たちが作ってくれた一品は、下手な店やメーカー品で手に入れるよりも出来が良い。


 刃の長さは七十五センチほど。


「戦士にはコレが一番と聞いていたけど、重いな」


 片手で持つとプルプルと震えてくる。


 持てないこともないが、非常に重たかった。


 鞘にしまい、ロッカーに入れて鍵をかける。






 次の日の朝。


 集合場所に向かうと、全員が思い思いの装備に身を包んでいた。男子で多いのは、体に張り付くインナーの上にズボンやベストを着込む一般的とも言えるスタイルだ。


 手足にはプロテクターを付け、上着を羽織っている。


 俺も太もも辺りまで隠す布をかぶり、集合場所でパートナーである如月さんを探した。


 彼女も薄手の上着を用意していた。


 手荷物が少ないように見える。


「おはよう。昨日は眠れた?」


 朝の挨拶に、如月さんは少し冷たい態度だった。


「健康管理は初歩の初歩よ。どこでだって眠れるわ。それより、足を引っ張らないでよね」


 朝から冷たい言葉だ。


 だが、変わり者で戦士ジョブを付けている俺にしてみれば、組んでくれて貰えるだけでもありがたい。


「大丈夫。仕事はするつもりだし。それより、【探査者】だよね?」


 探査者というジョブは、ダンジョン内のトラップなどの発見、解除が出来る器用なジョブである。


 こいつがないと、先に進めないダンジョンも多い。


 一定の需要が必ずあるジョブと言えるだろう。


 ただ、如月さんの返事は素っ気ない。


「そうよ」


 会話が途切れてしまった。


 賑やかな方を見れば、まるでフルプレートの鎧のような装備を身に付け、周りと一緒に写真を撮っている類の姿があった。


 同じ学生の女子も、琉生を見つけると写真を撮って欲しいと声をかけている。


 苦笑いしつつも優しく写真を撮っていた。


 スマホでパシャパシャ、あちらこちらから音が聞こえてくる。


 そんな中、普段は琉生の取り巻きである男子が手持ち無沙汰なのかこちらにやってきた。手にはスマホを持って、俺たちを撮る。


 如月さんが睨み付け。


「何しているの? 止めて欲しいんだけど」


 男子たちはニヤニヤ笑っている。


「お前、金次第で股を開くんだろ。今日稼いだら、早速使ってやるからよ。ついでに写真をみんなに送って宣伝しておくわ」


 そんな男子に止めるように言うと立ち上がると、如月さんが俺の肩を掴む。


「あんたには関係ないから」


 そう言って男子に詰め寄ると、男子たちの後ろから琉生が歩いてきた。


「お前ら、そういうのは感心しないな」


 琉生に同意するように、女子たちが男子に冷たい視線を向けていた。


「男子最低」

「本当よね。琉生君だけ別だけど」


 そんな声にアタフタとしている男子たち。


 如月さんは顔を逸らし、俺は声もかけられずにいると琉生が話しかけてくる。


「天野、引き返すなら今だぞ」


「……こっちにはこっちの事情があるんだよ。いい加減に絡むのを止めろ」


 琉生が拳を作ったところで倉田先生がやってくる。


 普段と違って冒険者の装備に身を包み、大きなハンマーを担いでいた。


 その後ろには、もう一人の引率役の教師がいた。


「お前ら、暴れるならダンジョンの中で暴れろ。まぁ、今日は慣れるのが目的だ。俺も中に入って様子を見るが……うん、天野たちと一緒に回ろう。数も少ないし、小回りも利くから――」


 どうやら倉田先生が助けてくれるらしい。やっぱりこの人、良い人だ。


 しかし。


「困りますね、倉田先生。それでは、天野と如月のためにならないでしょう」


 細身で嫌味そうな教師が、俺と如月さんを見ていた。


「い、いや、しかしですね」


 倉田先生が困っていると、嫌味そうな教師が俺たちに言う。


「二人とも問題児です。少しはやる気を見せて貰わないと、退学して貰うしかありませんからね。瀬戸、お前はこんな底辺みたいな連中を相手にするんじゃないぞ」


 琉生に対して期待しているのか、教師は俺たちの前で露骨な態度を取った。


 琉生が何かを言おうとするが、周りの取り巻きたちが手を引いて離れて行く。


 倉田先生は肩を落とし、離れて行く嫌味な教師を見ていた。


「……まぁ、なんだ。駄目そうなら逃げろ。いいか、生きていれば次がある。若い内に命を無駄にするなよ。特に天野、お前は時々危なっかしいからな」


 ……それは俺が一番危ないと?


 その後、俺たちはバスに乗り込み目的地であるダンジョンの入口へと向かうのだった。






 ダンジョンのへの入口は整備され、何台もの車が止まっていた。


 テントやプレハブ小屋が用意されており、中には医者やらギルドの職員たちがいて忙しそうに仕事をしている。


 冒険者たちが持ってきた魔石を換金している。


 入口の前にはギルドの警備員たちがいて、セキュリティーチェックを行っていた。


 冒険者以外が中に入らないようにしているらしい。


 そんな中、周囲からは明らかに外国語が聞こえてくる。


 オマケに。


『ガクセイサン、ヤスイヨ。ニモツモツヨ』


 ダンジョンに入るような恰好ではない人たちが、俺たちに声をかけてきた。


 国籍は様々だが、全員がギラギラした目つきをしている。


 倉田先生が溜息を吐く。


「雇うなよ。最悪、中で殺しにかかってくる奴らもいる。雇うなら、ギルドに登録した荷物持ちを雇え。まぁ、雇えるほど稼げないと思うけどな」


 桜花学園の入学時に作成した、ギルドカードを取り出してパーティー単位で入っていく。


 パーティーが中に入ると、そのまま少しだけ待ち、また次のパーティーが入っていく。


 すると、入口から血だらけの人が出て来た。


「た、助けて――」


 装備がボロボロで、仲間に肩を借りてここまで戻って来たのだろう。プレハブ小屋から医者たちが出て来て、担架を用意して怪我人をテントへと運んでいく。


 周囲の女子は声も出ず、男子も驚いて青い顔をしていた。


 倉田先生が言う。


「こういう場所だ。余計な事を考えるなよ。生きて戻る。お前たちは無理せず、中に入っても戻ってくるくらいの感覚でいいんだ」


 俺も息をのんだ。


 だが、横目で見た如月さんだけは、周囲の光景に気圧されていない。慣れたように順番を待っている。


 他の生徒とは違っていた。






 ダンジョンに入ると、そこは石畳に壁も天井も石を積み上げ出来ていた。


 学園から借りたドローンを飛ばすと、俺たちの上に来て明かりで周囲を照らしてくれる。


 非常に便利だが、こういったドローンは高級品だ。


 倉田先生も「壊すと修理費を請求されるから、絶対に気を付けろ」と念を押してくるほどである。


 人数が少ないからと、最初に入った俺と如月さんは一本道を歩く。


 やがて、T字路が見えてきた。


「えっと、地図だと……」


 学園から借りたスマホを取りだし、地図を確認する。


 俺は親に頼れないのでスマホを持っていない。


 如月さんも同じだった。


「あんたもスマホを持っていないなんてね。まぁ、冒険者の使う奴は高いし、別に不思議でもないけど」


 実際、こういった場所で使う電子機器はどれも高価だ。


 そのため、ダンジョンの近くでは道具などを貸し出すレンタルショップが多いのである。


 貸し出して紛失しても、冒険者は全員が生命保険に入っている。そこから損害を支払って貰えるので、バンバン貸してくるわけだ。


「このまま右だな」


 歩き出すと、ドローンが赤いランプを光らせ電子音で警戒するように知らせてくる。


 すぐに手に持っていた刀を引き抜き、鞘を腰に下げた。


 重すぎて腰に下げるとベルトなどがずり落ちてしまうため、常に武器は手持ちだった。


 如月さんが俺を見た。


「あんたがやってよ。無理なら交代するわ。どこまでやれるのか見ておきたいわ」


 俺の実力を疑っているようだ。


 まぁ、ほとんど知り合って数日の人間を信用しろというのも無理な話だろう。


 刀を両腕で持ち、暗い通路奥から聞こえる足音に耳を澄ませた。


 大きな頭部は一本の角が額から生えている。


 小さな子供の体に、大人の頭部が付いたような小鬼たちが手に武器を持ってこちらに襲いかかってきた。


 如月さんがナイフを抜いた。


「三体? 流石にこれは協力するべきね。もっと少なかったら実力を見るのに丁度良かった――」


「――いや、一人でいい」


 如月さんより前に出て刀を構え、最初に跳びかかってきた小鬼を縦に斬る。


 攻撃スキル……【スラッシュ】と呼ばれる一撃は、武器の重さもあって小鬼を簡単に両断してしまった。


 飛び散る血。


 驚く残りの小鬼の動きが鈍ると、そのまま踏み込んで更に刀を横に振る。


 持っていた武器ごと小鬼を斬ると、血が舞ってそのまま煙を発して燃えていく。


 モンスターたちは、倒せば燃えて消えていく。


 周囲に飛び散った血も、乾くように消えていく。


 仲間がやられ、頭に血が上ったのか額に血管を浮かべる小鬼が持っていた小さな斧を振り上げてきた。


 振り下ろした一撃を避け、そのまま刀を振り下ろす。


 首が飛ぶ小鬼は、そのまま燃えて消えてしまった。


 後に残るのは、小さな宝石のかけられのような石である。


 如月さんが俺を見て、小さく手を叩いていた。


「凄いわね。全部一撃じゃない」


 小さい頃から道場に通えず、やることと言えば庭で木刀を振り回すことくらいだった。


 自分で基本的な動きを調べ、家にあったカメラで撮影。


 何度も動きを修正しつつ、たった一つの攻撃スキルを鍛えてきたのだ。


「これしか出来ないからね。まぁ、全部スキル攻撃だと思えば、当然の結果?」


 如月さんが目を大きく見開いた。


「……あんた、三回とも全部スキルで攻撃したの? しかも連続で?」


「連続で三回ね。今は連続で最高……十回かな? まぁ、少し休めばまた使えるけど」


 刀を鞘にしまい、そして魔石を拾い集める。


「どうよ。少しは使えるだろ」


 俺は如月さんにそう言うと、初めてまともに笑顔を向けられた気がした。


「調子に乗らないでよね。雑魚をいくら倒せても、自慢にならないわよ。まぁ、けど……戦力になるのは認めてあげる」


 随分と上から目線だが、それでも俺が戦士ジョブと考えれば優しい部類の対応だ。


「はいはい。ありがとうございます。で、これからどっちに向かう」


 余裕を見せているが、先程から手が震えていた。


 肉や骨を切る感触が伝わってきたのだ。


 倒した後に消え去るからと言って、あの感覚は消えない。


 ただ、如月さんは俺の足元を見る。


「……強がるのは良いけど、足も震えているわよ。適当に部屋でも見つけて休憩しましょう。今のままだと、あんたがミスを――天野がミスをするからね」


 名前を呼んで貰った。


 ……どうしよう、滅茶苦茶嬉しいです!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告です。 ・小さな宝石のかけられのような石である。 〈かけられ〉は、〈かけら〉が正しいかと。
[良い点] 誤字報告です 賑やかな方を見れば、まるでフルプレートの鎧のような装備を身に付け、周りと一緒に写真を撮っている「類」の姿があった。 →賑やかな方を見れば、まるでフルプレートの鎧のような装備…
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