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仲間

 夏休み初日。


 制服姿で普段通り登校する訳だが、当然のごとく生徒がいないため校舎内は静かだった。


 待ち合わせ時間より少し早く教室に入ると、倉田先生の姿はない。


 だが、夏服の制服を着用した女子が、窓際の席に座っている。


 足を組み、頬杖をついて窓の外を見ていた。


 俺が入ってきて挨拶をすると、こちらに顔を向けてくる。


 緩やかな癖のあるオレンジ色の髪。少し垂れ目だが程よく大きな二重の瞼。身長も高く、百七十を超えているように見える。


 だが、大きな胸と形の良いお尻。


 まるでモデルのようなくびれた腰。


「お、おはよう」


 駄目だ。相手の姿を見ただけで挙動不審になってしまう。


 顔立ちも整っており、バランスも良く美人なので驚いてしまった。てっきり、不良みたいな男子が待っているとばかり思っていた。


「おはよう。あんたが私と組む変わり者? 何度か見かけたけど地味ね」


 いきなり地味と言われたよりも、何度か見かけているという事実の方が意外だった。


 だって、俺の方は彼女の事を知らないから。


「俺の事を知っているの?」


「同じ学年だからね。他の校舎の連中も知っているんじゃない? 未だに戦士ジョブの変わり者、ってね。名前も珍しいから、知っている人の方が多いわよ。あんた【天野 太陽】でしょう?」


 俺は苦笑いしつつ頷いた。


 女子は俺から視線を外すと、また窓の外を見る。


「【如月 千夏(キサラギ チナツ)】よ。短い付き合いになるだろうから、別によろしくお願いするつもりもないわ」


 あまり協力的ではない女子。


 俺は自分の席に座ると、彼女を見た。


 先程は紫色の瞳に、長いオレンジ色の髪――外国人か、ハーフだと思っていたが名前からして違うらしい。


 まぁ、こっちの地球はカラフルな毛根が多いので、今更オレンジ程度では驚かない。日本人でも普通に金髪がいるからね。


 特にあいつは――。


 直後、倉田先生が教室に入ってきた。


 時計を見れば、予定の時間よりも数分早い。


「お、早いじゃないか。さて、それなら互いに自己紹介を――」


「もう済ませたわよ」


 如月さんが倉田先生を見て、早く話を進めろと催促していた。


 外見からすれば、夏休みにこんなところにいるより、街に遊びに出かけている若い子という雰囲気だ。


 遊び慣れている感じが出ているのは、学生離れしたスタイルも影響しているのかも知れない。


「そいつは何より。さて、それなら今後の話をする。出発は明後日。集合場所は校門のところだ。バスが並んでいるが、例年通り管理されたダンジョンに向かうバスもあるから間違えて乗るなよ」


 出発は二日後。


 急遽人を集めているので、参加者は多くないらしい。


 何しろ、ダンジョン攻略のために急遽、周辺に施設が用意されたような場所だとか。それなら、設備の揃っている方に行きたいと思う生徒は少なくはない。


「前準備でいくらか支度金も用意してやるが、基本的に道具に関しては学園の物をレンタルして貰う。自前があるなら別にそれでも構わないけどな」


 如月さんは皮肉を言う。


「そんな装備に金を回せるなら、今頃こんな学園なんかにいないわよ」


 倉田先生が笑う。


「違いない! まぁ、その辺りの事は、二人で話し合ってくれ。おっと、そうだった。天野、工業校舎の先生が、お前の注文していた例の得物が出来上がったと言っていたぞ。代金は後払いで良いから、この後にでも受け取ってこい」


 桜花学園には沢山の校舎と施設がある。


 その中には、ダンジョン内で戦う戦闘職とは別に、生産職やその他諸々の人材を育成する校舎も存在していた。


 欲しい装備があった場合、時間と多少のお金はかかるが依頼することも出来るのだ。


「本当ですか! よし、これで武器に関してはどうにかなる!」


 喜んでいる俺を冷めた目で見ている如月さん。


 倉田先生も呆れている。


「向こうの先生が呆れていたぞ。こんな注文を受けたのは初めてだ、ってよ。しかも刀って……お前、ジョブの侍でも目指すのか?」


 俺が依頼したのは刀だった。


 最初は槍や斧もいいと思ったのだが、行き着いた答えは刀だった。


 剣でも駄目だ。刀でなければならない理由があったのだ。


「その辺は趣味です。ほら、アレって凄く重いじゃないですか」


「そんなアレで武器を作るのはお前くらいだ。向こうの先生や生徒が文句を言っていたぞ」


 大変だったと思うが、こちらも命と魂の消滅がかかっている。今回のダンジョン攻略で成果が出たら、何かお土産でも持っていこう。


 俺は倉田先生に質問をする。


「先生、それより学園からは何人くらい参加するんです? 俺たちもそっちに合流とか出来ませんか?」


 世の中、数は力である。


 二人だけで行動するよりも、三人がいいのは当然だ。


 ただ、如月さんが目を細めて俺を睨む。


「な、何か?」


「……別に。分け前が減るから、人は少ない方が良いと思っただけよ。こっちは金が欲しいの。余計な事はしないでくれる」


 俺だってお金は欲しい。


 だが、それ以上に今回のダンジョン攻略を成功させなければならない。


 倉田先生が手を叩く。


「お前ら、仲良くやれ。それと如月、お前の場合は天野がいないとダンジョンにも入れないことを覚えておけ。天野、仲間に関してだが無理だ。他はもうパーティーを完成させているからな」


 二人だけでダンジョンに挑むことになるのは確実のようだ。


「一年からは……あぁ、第一校舎の一年生グループも参加するな」


 俺はピクリと反応を示す。


「一年生は参加拒否では?」


「教師も一応止めるが、本人の意志だからな。それに、こいつら――というか、こいつなら問題ないな。一年のトップだ。名前は――」


 俺は露骨に嫌な顔をして、先生の前に名前を口にした。


「【瀬戸 琉生(セト ルイ)】ですよね。あいつも参加するのかよ」


 倉田先生が俺の言葉に興味を示す。


「知り合いか? なんでも急に話が決まったようだ。まぁ、学年では頭一つも二つも飛び抜けた奴だからな。良い経験になると、あちらの先生方も思ったんだろうさ」


 知り合いというか、よく知っている。


 何しろ、入学前にジョブ【騎士】を手に入れた男だ。


「知り合いなら仲良くしろよ。さて、では今後の説明だが――」


 倉田先生が説明を続ける。


 それにしても、あいつが参加するのか……顔を合わせたくないんだよな。






 工業校舎で荷物を受け取った俺は、両手で鞘に入った刀を持つ。


 校舎では見せて貰ったが、運ぶ際に大人が二人がかりで持っていた。


 完成したのは、希に出来上がってしまう黒い金属の塊で出来た刀だ。


 使えないゴミとして、校舎裏に積み上げられたそれらを材料に作成して貰った刀はとても重かった。


 反り浅く、実用的作られ飾り気のない刀だ。


「お、重い。本当に重い」


 校舎裏で拾った小さな塊を素振りの道具に付けていたが、その塊である武器の重さは想像以上だった。


「どうにか振れるが、出発前にもっと慣れておく必要があるな」


 工業校舎で調整も受け、振り回しやすくなったが基本的に重い。ジョブで鍛冶士や生産系のジョブを持つ先生たちが、かなり重い武器を振り回す俺を見て驚いていたほどだ。


 ……こんなに重い武器を振り回せる俺を、もっと評価してくれても良いのではなかろうか?


 そんな事を考え歩いていると、工業校舎の方へ向かう一団がいた。


 同じ一年生だが、第一校舎の方から歩いてきているので別校舎の集団だろう。


 その中に、百八十センチを超える身長で、輝くような金色の髪を短く、だがふんわりとセットしている男子がいた。


 翡翠のような緑色の瞳は、強い意志のようなものを感じる。


 結構離れているはずなのに、俺を既に見つけていたようだ。


 廊下なので逃げ場もなく、このまま背中を向けるのも嫌なので覚悟を決め――集団の横を通り過ぎようとした。


 だが、スラリと伸びた細いが鍛えられている腕に行く手を遮られる。


 まさか壁ドンをする側ではなく、される側になるとは思いもしなかった。


「待てよ、さ……天野。久しぶりに会ったのに挨拶もなしか?」


 なんとも良い声で俺に話しかけてくる美形の名前は【瀬戸 琉生】だ。


 こいつと俺は、世間で言う幼馴染みという奴だろう。


 周囲の取り巻きのような男女が、俺を見て笑っている。


「何、こいつ?」

「ほら、例の変わり者だよ。未だに戦士ジョブの人」

「なんで刀なんか持っているんだ? こいつ頭悪いんじゃねーの?」


 周囲の取り巻きたちが、俺を見て馬鹿にして笑っている。こんなのは日常のことなので何とも思わない。


 構っている暇もない。


 だが、目の前の男子だけは話が違う。


 こいつは本当にいつも俺に絡んでくる。


 ……嫌になるほどに。


 琉生が俺の持っている刀に視線を落とした。


「……ジョブを変えたのか? 違うよな。侍なんかそう簡単に手に入れる事の出来ないジョブだ。お前が手に入れているわけがない」


 静かに、だが怒りを込めた声だと長い付き合いの俺には分かっていた。


「関係ないだろ。戦士のまま刀を使ってはいけないって校則も法律もないだろう? 退けよ」


 壁から手を離した琉生が、そのまま俺の胸倉を掴み上げる。


 随分と力が強くなっていた。


 きっと、昔より強いのだろう。


「離せ」


 俺の言葉に、琉生は眉間に皺を寄せた。


「いい加減にジョブを変えろ。お前のやっている事はなんの意味もないんだよ。……お前を見ているとイライラする」


 周りの取り巻きたちが、普段の琉生と違うのか雰囲気がおかしくなっていた。


「琉生君、そんな奴は放って置いて行こう」

「そうだよ。私たちも武具を受け取らないと」

「行こうぜ、琉生。そんなやる気のないゴミ野郎なんか放置してさ」


 琉生が少し震え、俺を乱暴に突き放すとそのまま一人で先に歩いて行く。取り巻きたちは、そんな琉生を追いかけて行く。


 俺は刀を壁に立てかけ、乱れたシャツを元に戻した。


「あの野郎……言いたい事だけ言って突き飛ばしやがった」


 本当に嫌になる。


 刀を手にとって歩き出すと、階段が見えてきた。


 そこに座っているのは如月さんだ。


 どうやら、彼女も工業校舎の方に用事があるらしい。立ち上がろうとした時に、白いパンツが見えたのは黙っておこう。


 ……今日は良い日だ。


「なに、人の下着を見ているのよ。金を取るわよ」


 どうやら気付かれたらしいが、本気で金を取るつもりはないらしい。まぁ、財布の中身は千円も入っていないけどな。


「それにしても、一年のトップに随分と嫌われたわね。知り合いだっけ?」


 如月さんの視線の先には、琉生たちの集団が遠くにみえていた。


 俺は正直に答える。


「腐れ縁」


「まぁ、別に良いけどさ。あんたのせいであいつらに邪魔をされると困るのよ。その辺、ハッキリさせておきたいのよね」


 俺の事よりも、俺の人間関係が気になっているようだ。


「……邪魔はしないと思う」


「随分と頼りない返事ね。まぁ、いいわ。ダンジョンで私の邪魔をしなければ文句は言わないから」


 去って行く如月さんの背中を見ながら、透けているブラを見た。


 今日は良い日だ。


 そして、如月さんが笑顔で振り返ると、真顔になって指でお金を示すジャスチャーをした。


 俺は慌てて逃げるようにその場から去る。






 終業式から三日後。


 予定通り準備を済ませた俺は、校門のところで待機しているバスの前にいた。


 朝早くから集まった生徒たちの数は多く、周囲では楽しそうに話をしている。


「倉田先生はまだ来ないのか」


 座り込み、荷物やバッグを横に置く俺は欠伸をしていた。


 すると、近くにいた二年生の男子たちが話をしている。


 聞き耳を立てなくても聞こえてくる話し声に、俺は驚く。


「なぁ、一年の話を聞いたか?」

「瀬戸だっけ? あいつ凄いよな」

「馬鹿、違うって。如月とか言う女子だよ」


 如月さんの名前を聞いて、俺は耳だけをそちらに向け意識を集中する。


 あれだけ美人なら有名人でもおかしくはないが……。


「あぁ、あの遊んでいそうな女子だろ。可愛いよな」

「お前は本当に馬鹿だな。遊んでいそう、じゃなくて本当に遊んでいるんだよ。その一年、教師に補導されたらしいんだけど、場所がさぁ……」

「マジかよ! え、それって――もしかして体を売っていたとか?」

「マジだよ。後輩から聞いたから間違いないって。普段澄ましているのに、遊びまくりだってよ」


 如月さんが、そういった事で有名な場所で体を売ろうとしていた。


 そんな噂話を聞いていると、その本人がやってくる。


 倉田先生も眠そうに大きな荷物を持ってやってきて、噂話は聞こえなくなった。だが、周囲の生徒たちはヒソヒソと話をする。


「あいつ?」

「金を払えばやらせてくれるのかな?」

「うわ~、なんか本当に遊んでいます、ってオーラが出ているよね」


 周囲のヒソヒソした声を無視して、バスのドアが開くと如月さんはバスに乗り込んでいた。


 周囲も続々とバスに乗り込み、俺も荷物をバスに積み込んでから乗り込む。


 その時だ。


 名簿を確認して出欠の確認を取っていた倉田先生が、最後に乗り込もうとした俺に声をかけた。


「天野、少しいいか」


「なんでしょう?」


 倉田先生は、髪をかきつつバスの中に視線を向けた。


「まぁ、噂は聞いただろうが、そちらについては何も言えない。だが、如月はアレで結構色々と大変な奴だ。入学してからずっと一人だが……あの子は良い子だから、お前もフォローしてやってくれ」


「は、はい」


 どういう意味か分からず、俺はバスへと乗り込む。


 周囲と楽しそうに話をしている、琉生たちの姿も見えた。


 後ろの方で座っている如月さんの隣だけ席が空いている。


 俺は如月さんの隣に座るが、彼女は何も言わなかった。


 倉田先生が乗り込み、運転手さんに出発して欲しいとお願いして俺たちの方を向く。


「さて、これから向かうのは長野県だ。有名なダンジョンを抱えているが、今回向かうのは新たに出現した方のダンジョンだ。修学旅行のような気分でいると怪我するどころか命も落とすからな」


 ――この平行世界の地球が、元の地球と違う事を掲げるのなら命の値段だろう。いや、世界ではなく日本で比較した方がいい。


 命の危険がある日本では、本能なのか出産率が高い。一家族、子供二人では少ない部類と考えられ、三人から四人が普通だった。


 もちろん例外もある。だが、それだけ大勢の子供が生まれ、死んでいく数が多いのもこの世界の日本だ。


 その多くが、ダンジョン内で命を落としている。


「まぁ、みんなで無事に戻って来られるようにしようや」


 軽いようで、この世界ではなんとも重い言葉である。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ジャスチャーになってますよ あと、体型を表現する文の 胸の前のだが、は必要無い。もしくはその下のくびれの文につけたほうが良いかと
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