後始末
新学期を目前に控えた桜花学園。
学園長室には、スーツ姿の男性が組合本部からやってきていた。
ソファーに座る男性は、足を組んで目の前に座っている学園長と第一校舎一学年主任教師を見る。
ローテーブルに置かれている資料や証拠品は、太陽が倉田を通して提出した物だった。
眼鏡をかけた細身の男性は、忌々しそうにしていた。
「SNSの一件で注意をしたはずなんですがね。未だ炎上している中で、このような行動に出るという意味が理解出来ていないようで、大変悲しく思いますよ」
嫌味な教師が、露骨な冒険者軽視の発言をした。
冒険者を育成しようとしている学園の教師の発言ではないと、厳重注意をしていたのだ。
減俸三ヶ月。
学園のホームページには、経緯や謝罪文の掲載も行っている。行っているが、冒険者――特にOBからの苦情も馬鹿に出来ない。
縮こまった嫌味な教師が、ソファーから離れて床で土下座をする。
「大変申し訳ありませんでした!」
しかし、スーツ姿の男性は嫌味な教師を見ない。
学園長を見ている。
学園長は、土下座をしている教師を見つつ。
「彼も反省しています。今回は穏便に済ませていただけないでしょうか?」
スーツ姿の男性は小さく笑う。
「おや、ついこの前も聞いた台詞ですね。ご自身の立場を理解されていないようだ」
「え?」
学園長が驚いている顔を見つつ、スーツ姿の男性は吐き捨てるように言う。
「今までご苦労様でした。お二人には自主的に退職して頂けるようで嬉しく思います。退職金はお支払いしますので安心してください」
二人があたかも自主的に退職することが、決定しているかのような口ぶりだった。
嫌味な教師が顔を上げる。
「ま、待ってください。いくらなんでも酷すぎます。わ、私がこの学園にどれだけ尽くしてきたと思っているんですか!」
学園の目的は、将来的な人材確保に重点が置かれている。
慈善事業だけではなく、将来の組合のために必要な人材を育成するための場所だ。そのために、組合は大金を出しているのだ。
だが、高校でもあるので、一般の授業も行う必要がある。
現場を知らない教師が大勢いるのは、元冒険者で教員免許を持っている人が少ないからだ。
倉田は例外であり、教員免許を持っているために組合から学園に押し込められた。
学園長も慌てて抗議する。
「いくらなんでも横暴じゃないですか。こんな事が許されると思っているんですか!」
しかし、スーツ姿の男性は表情を変えない。
「……まだ分かっておられない様子だ。我々は穏便に済ませたいと思っている。だから、こうして責任者である貴方と、そこの教師をクビにするんです。何しろ、本部は天野太陽、如月千夏を高く評価しています。組合の大きな利益になる存在ですからね」
嫌味な教師が声を荒げていた。
それは、見下していた二人が評価された事への怒りだったのかも知れない。
「あ、あの二人が文句を言うから、組合はそれに従うのですか! それでも、貴方は幹部ですか!」
スーツ姿の男性は、若くして幹部になったエリートだ。
「当然の判断です。若く、そして強い冒険者を我々は喉から手が出るほどに求めている。簡単に説明するとですね……二人の代わりは簡単に見つからないが、貴方たちの代わりはいくらでもいる訳です」
元冒険者の教員が不足しているから、組合は教員免許を持つ冒険者でもない教師を採用しているのだ。
豊かな日本で、いくらダンジョンが多く一攫千金を狙えるからと言って――誰もが冒険者になる訳ではない。
欲しいジョブを手に入れたら、冒険者をサポートするか一般人として生活するのがほとんどである。
「最近多いんですよ。冒険者軽視をする教師というのがね。ここは、引き締めの意味も込めて貴方たち二人には見せしめになって貰いたいわけです」
学園長が顔を真っ赤にして、立ち上がった。
自分より年下の男性に舐めた事を言われ、憤慨しているのだろう。
「さ、さっきから聞いていれば……そんなに殺しが上手いのが自慢か! 日本は法治国家だ。私は絶対に屈しない。組合だろうが、なんだろうが訴えて――」
幹部の男性はニヤニヤ笑う。
「ほぅ、訴える? では仕方がありませんね。こちらは穏便に済ませるつもりでしたが、方向を変えましょうか。……では、お二人と数名を横領の件で訴えさせて頂きますね」
テーブルの上に投げ捨てた資料には、学園での横領に関する証拠が記されていた。
学園長も、そして嫌味な教師も顔が青ざめる。
「常習化していますね。備品として注文し、そのまま備品を売り払う。キャバクラや風俗……女性教師はホスト通いですか。まぁ、微々たる金額なので本部も放置していましたが、流石に黙っていられませんね」
金額は、年で一人数百万。
冒険者の扱う道具はとにかく高価だ。過酷な現場での使用が求められているので、スマホにしても桁違いの値段になってくる。
そんな道具を少し多く注文し、業者に売って利益を得ていた教師たちがいた。
幹部の男は笑っている。
「我々が知らないとでも? 最近は随分と金額も大きくなっていますね」
学園長が崩れるようにソファーに座る。
「……辞表を書きます」
だが、幹部は首を横に振った。
「いえ、結構です。この際ですから、お二人と主要な教師の方たちには消えて頂きましょう。あ、そうだ」
幹部は嫌味な教師を見ていた。
「その年齢で前科持ちでは再就職は絶望的ですよね。教師としても人生が終わりますし、組合で仕事を紹介しますよ。冒険者のサポートで荷物持ちはいかがです? アレも馬鹿にした仕事ではありませんよ。何しろ、貴方は借金もありますからね。少しでも働いて返さないと」
冒険者の荷物持ちは、この世界で過酷な仕事に数えられている。
「前科持ちでは武器の購入も難しいですからね。稼げるとしたら、残っているのはマグロ漁船か、荷物持ちくらいです」
嫌味な教師が土下座をする。
「許してください。本当に許してください」
幹部の男は興味もないのか吐き捨てる。
「……自分はそういう時、人を切り捨てておいて図々しいですね」
二人が泣き出してしまうと、幹部はとても良い笑顔で立ち上がると部屋を出ていく。
倉田は、学園に戻ってくると喫煙所でタバコを吸っていた。
スーツ姿の幹部が近付くと。
「なんだ、来ていたのか。本部の職員も大変だな」
幹部の男性は苦笑いをしていた。
「まぁ、これも仕事でして。それより倉田さん、最近調子はどうです?」
倉田は肩を落とす。
「問題児のせいで精神的にボロボロだ。まったく……教師なんてやるもんじゃないな」
「それは困りますね。倉田さんにはもう十年は最低でも頑張って貰わないと」
「おい、俺は十年過ぎればとっくに定年だぞ」
「安心してください。本部は倉田さんの事を評価しています。次のボーナスは期待して貰って構いませんよ」
倉田はタバコの煙を吐くと、白い煙は換気扇に吸い込まれていく。
「嫌だね。俺はもう、天野で懲りた」
幹部の男性は、倉田に自分が幹部である事を伝えていなかった。
昔、冒険者時代に倉田に面倒を見て貰ったので、今でも会えば話をする。
「そうだ、聞きたかったんですよ。その例の問題児たちはどうです? 倉田さんの目から見た感想を聞きたいんですよ」
学園長や学年主任の件は、情報を聞き出すための前座のようなものだった。
本命は、太陽と千夏に関する情報だ。
「……如月はともかく、天野は駄目だ。あいつ馬鹿だから」
「成績は天野君の方が良かったですよね? あの子、ジョブが戦士でなければ第一校舎に振り分けられたと聞きましたし」
倉田は深い溜息を吐く。
「そう思うだろ。思うよな? でも、あいつは馬鹿なんだよ。いいか、馬鹿は本当に危ないぞ。よく考えろ。ダンジョンボスに一人で挑むとか正気じゃないぞ」
倉田の評価に、幹部の男は「確かに」と苦笑いをしつつ頷いた。
ただ、倉田が気にかけているのを見るに、悪い人物ではないのだろうと幹部は想像する。
「エリクサーの件は上層部も揉めていましたね。まぁ、手に入れた冒険者がどう扱うかは基本的に自由ですけど」
「本当に勘弁してくれよ。俺は胃が痛くてしょうがないぜ」
エリクサーを持ち帰れば、いったいどれだけの利益が組合に入ったか。
しかし、逆を言えば――たった一人でダンジョンボスを倒せる太陽という、強力な冒険者を組合が手に入れた事になる。
今後、内部の派閥で引き抜きが激化するかも知れない。
「しっかり育ててくださいね。期待していますよ」
「……俺は出来れば、進級したあいつと関わりたくねーよ」
倉田が本音をこぼした。それだけ、心配して疲れたという意味だろう。
幹部の男は知っているので、倉田に心の中で謝罪するのだった。
「どうですかね。規格外の問題児なら、このまま倉田さんに任せるかも知れませんよ」
「ないって。俺、万年平教師だぞ。三年生を受け持ったことなんかないし」
それでも、元は一流の冒険者。
組合に言われなければ、教師もせず悠々自適な生活を送っていられる人物だ。
幹部の男はついでとばかりに言う。
「それはそうと、如月って子の話は聞きました? ほら、エリクサーが少量で身体の異常が治った、って」
倉田が安堵した顔をしている。
「聞いた。本当に良かったよ。天野の数少ない善行の一つだな」
本人が聞けば憤慨する事だろう。
「話は変わりますが、その如月って女子も倉田さんが面倒を見てください」
倉田が妙な顔をしていた。
「なんで俺なんだ?」
「二人はパーティーですよね? 聞き取りをしたら、そのままパーティーとして続けるみたいですし、クラスも一緒の方が良いでしょうから」
監視対象をまとめておきたい組合の都合がそこにあった。
「別に構わないが……二学期に一人クラス替えとか面倒だな」
「あ、実は一人じゃなくてですね」
その後、幹部の男の爆弾発言に、流石の倉田も絶句するのだった。




