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翼を持つ虎

 もしも少し時間を戻れたのなら……俺はきっと、ダンジョンボスに挑んでいなかった。


「インチキだろうがぁぁぁ!」


 ボスのいる部屋は天井が高く、とても広い。


 ただし、隠れる場所がない。


 逃げ回っている俺の後ろに黒虎が跳びかかる。


 大きな口を広げ、いくつもの火球が撃ち出されてきた。


 どれもこれも、俺の扱う小さな火球とは比べものにならない程に大きかった。


 撃ち出される速度も速く、外れた火球が壁に激突すると燃え広がるのだが――爆発しているように見える。


 一発でも貰えば黒焦げになる。


 荷物からアイテムを取りだし、床に叩き付ける。


 強い光が発生すると、黒虎が目を閉じてもがいていた。


 すかさず、次々にアイテムを投げつける。


 周囲に煙が発生し、部屋の中が白い煙で覆われる。


 煙には強い臭いも混ざっており、動物の嗅覚を狂わせてくれる。モンスターにも効くはずなので、問題はないはずだ。


 そのまま近付く俺は、黒虎の後ろに回ってアイテムを投げつけた。


 手榴弾のようなカプセルが破裂すると、黒虎の体に粘ついた液体が降り注ぐ。


 脚や翼を使えないようにした。


 餅のような粘着力を前に、翼が自由に動いていない。


「しゃっ! これで終わりにしてやらぁぁぁ!」


 テンションを上げていないとおかしくなりそうだった。


 確かにあの時――転生前に経験した消滅一歩手前より怖くはないが、巨大な黒い虎である。


 流石に俺だって怖い。


 刀を振り下ろすと、深々と斬りつけ黒虎の尻尾が宙を舞う。


 後ろから斬りかかり、尻尾や脚を斬りつけると大量の血が噴き出した。


 第一陣や第二陣の冒険者たちよりも、確実にダメージを与えている。


「追加だ!」


 今度は横に刀を振るった。


 刃の届かない部分まで斬撃が及び、自由に動いていた翼の一部が落ちる。


 ……行ける!


 そう思って踏み込むと、黒虎の体は炎に包まれる。


 あまりの熱さに跳び退くと、全身を炎が覆っていた。


 炎の中で尻尾が再生し、脚も地面を踏みしめていた。


 刀の柄を強く握る。


「それがお前の奥の手か」


 咆吼する炎の虎は、炎の揺らめきの中で赤い瞳を輝かせ俺に突撃してきた。


 急いで避けるが、触れてもいないのに装備品の焦げた臭いがする。


 大急ぎでアイテムを使用し、床に叩き付けて体を冷やした。


 黒虎は怪我を負わせた俺を睨み付け、うなり声を上げている。


「……この糞猫が。熱いじゃねーか!」


 刀を両手で持ち、力一杯に振り下ろした。


 斬撃が黒虎を襲い、炎に包まれた体を深く斬りつける。


 距離を取ると危ういと感じたのか、距離を詰めてくる。


「馬鹿が――そこは俺の間合いだ!」


 力一杯刀を下から振り上げた。


 床を切っ先が削り、火花を散らしながら黒い刃は迫り来る黒虎のあごに刃を入れる。


 流石は相棒だ。


 この炎を前に溶けるなど、駄目になることがない。


 炎が斬り裂かれ、黒虎のアゴから目にかけて大きな傷が入る。


 俺を飛び越え、痛みに転がり立ち上がると翼を広げた。


 傷を負うほどに炎が強くなっている気がする。


 部屋の温度も上昇し、寒かったダンジョン内は熱くて仕方がない。


 体を冷やすため、アイテムを自分の近くで握りつぶした。


「……サウナじゃねーんだよ。いい加減に終われや」


 熱でおかしくなりそうだ。


 持ってきたアイテムがいつまで持つか……。


 黒虎が近付き、大きな前足で俺を潰そうとしたところで跳び退く。随分と体の動かし方が変わってきた。


 ダンジョンに入った頃は、震えていたというのにこの成長速度である。


「やっぱり戦士ジョブって強いわ」


 振り下ろされた前足に向かって刀を床と平行に振り抜くと、黒虎の前足を斬り飛ばした。


 重くて振り回されていた刀も、今では十分に扱えていた。


 バランスを崩した黒虎に向かって、何度も刀で斬る。


 もう片方の前足、顔、翼――何度も何度も斬りつけていると、黒虎の炎が徐々に黒くなってくる。


 元の大きさよりも倍以上になり、見上げるほどの大きさだ。


「……ここに来て三回目はないだろ。ソレは駄目だろ!」


 怪我すら再生する黒虎は、黒い炎を身に纏い赤い瞳を光らせた。


 大きな口を開き、赤黒い炎を口から吐き出す。


 慌ててアイテムを取り出すが、直感だろうか――アレは一つじゃ無理だと思った。


 手に取れるだけ。全てを床に叩き付けると周囲が凍った。


 そして、俺には赤黒い炎が降り注ぐ。


 部屋中に不気味な炎が広がっていく――。






 ダンジョンボスのいる部屋の前。


 千夏は壁を背にして座り込んでいた。


 膝を抱え、片手で頭を押さえ涙を流している。


「なんでよ……ここまで来て、なんで私だけ置いて行くのよ」


 最後に太陽に扉から押し出され、渡されたアイテムは帰還用のアイテムだ。


 ダンジョン内でしか使用出来ないアイテムだが、一瞬で帰還出来るため大変貴重なアイテムである。


 ダンジョン内で発見されるアイテムの一種で、値段もそれなりにする。


 規模の小さいダンジョンでしか使えない物でも、一個数十万という値段で取引されているのだ。


「……置いていかないでよ。私を置いていかないでよ」


 千夏は、最後に太陽が自分を巻き込まないように部屋に入れなかったのを分かっている。だが、元は自分が原因である。


 太陽が嫌味な教師に目を付けられたのも。


 孤児院の借金も、太陽には関係ないことだ。


「私が弱いからだ。太陽が無理をして……私が」


 涙を拭う。


 不甲斐ない自分が嫌になってくる。


「……太陽」


 ドアは閉まったままだが、未だに触れると開く気配がない。


 つまり、まだ中で太陽は戦っている事を示していた。


 不安に押しつぶされそうな千夏は、太陽が出てくるのを待つのだった。






 俺は気付いた。


 気付いてしまった。


「あ、こいつ馬鹿だ」


 ダンジョンボスのいる部屋は広い。広いのだが、目の前の黒虎は大きくなりすぎてしまったらしい。


 炎の塊のような存在だが、その大きさは頭部が天井に届きそうだった。翼を満足に開くことも出来ず、動こうにも……部屋が狭すぎる。


 狭いところに閉じ込められた猫である。


 実際、黒虎も俺を潰そうとしているのだが、的である俺が小さくなりすぎて戸惑っているように見える。


 壁にぶつかれば、その体は炎で出来ているのか潰れて消えていた。


 再生はするが、それを嫌がっているように見える。


「……壁に激突すれば、それなりにこいつも痛いのか?」


 部屋の中を走り回りながら様子をうかがいつつ、俺は思った。


 自然と笑みが浮んでくる。


 部屋の温度は異常に上昇しているが、持ってきたアイテムの効果で体は冷やされていた。


 時間はないが、諦めるにはまだ早い。


 立ち止まり、体を支えている前足を斬ると黒虎の目を細まった。


 こちらを見ると大きな口を開くが、すぐさま移動しつつ嫌がらせのように大きな体に斬りつけていく。


 振れば当たる。


 それだけの巨体だった。


 後ろで赤黒い炎が燃え上がっている。


 大きくなりすぎて、体を上手く扱えていないように見えた。


 部屋の大きさに体が合っていない。


「さっきはよくもやってくれたな、この猫野郎が!」


 刀を振り回し、何度も何度も黒虎を斬りつけていく。


 走り回り、斬りつけて黒虎の炎を削っていくような感覚だ。


 これならさっきの方が厄介だった。


 問題があるとすれば、巨大な炎の塊が狭い部屋に存在している。


 部屋の温度が急激に上昇しており、見ている景色が揺らいで見えた。


 アイテムを手に取り、握りつぶすと体が冷えて気持ちがいい。


 小さな俺が動き回り、そして斬りつけてくることに苛立っているのか……黒虎の攻撃が雑になって来ていた。


 感情があるとは聞いたことはあるが、今は有効活用させて貰うとしよう。


 壁に向かって走る俺は、そのままの勢いで壁に足をかけ登る。


 垂直に移動することなど出来ないが、少しだけ登って飛び上がることは出来た。


 空中で刀を両手で持ち、全体重をかけて刀を振り下ろす。


 その先には黒虎の首があった。


「どうだぁぁぁ!」


 黒虎に近付きすぎ、冷えたからだが一気に熱くなった。火傷、着用している装備が焦げ、燃え、駄目になる。


 地面に着地をして、見上げれば黒虎の大きな首がゆっくりと地面に落下。


 そのまま黒い炎が弾け、黒虎の体は崩れていく。


「馬鹿猫が。俺に勝とうなんて十年……おい、マジかよ」


 崩れ去る黒虎の体から床に落ち、黒い炎が床を埋め尽くしていた。


 崩れた灰の中から姿を現すのは、元の大きさを持つ翼を持った黒虎の姿。


 いや、全体的に小さくなっているようにも見える。


 なのに、雰囲気がおかしい。


 先程とは違い、落ち着いているが――瞳からは殺意を感じる。


 黒虎が翼を一度大きく広げると、俺は自分の勘を信じて右に避けた。


「ぐあっ!」


 左手に大きな傷が三つ。


 深く抉られ、骨が見えている。


 振り返れば黒虎の大きな顔があり、大きな口を開くと口の中に赤い炎が集まっていた。


「ふざけっ!」


 最後まで言えないままに、俺は収束されて撃ち出された炎に包まれ吹き飛ばされる。


 壁まで一気に吹き飛ばされ、気が付けば体が床に落ちていた。一瞬の出来事だった。


「おぃ……まじぃか……」


 黒虎は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


 まるで――死が近付いているかのようだった。






 夕方。


 ダンジョンの入口では小さな騒ぎが起きていた。


 冒険者たちが少なくなり、人手不足に困っていた職員たちの下に届いた情報が原因である。


 倉田が様子を見るためプレハブ小屋に足を踏み入れた。


(瀬戸の奴は、クラスメイトたちが引きずって連れて行ったから問題ないとして、後は天野たちだけか。それにしても、この騒ぎは一体……)


 胸騒ぎを覚えた。


 こういう時、自分の勘を信じることにしている倉田は、騒いでいる職員に声をかけた。


「おい、どうしたんだ?」


「え、あ……その、ダンジョンボスの情報が届きまして」


 何を今更と思っていると、長テーブルに広げられた資料を見て倉田は絶句する。


「お、お前ら……どういう事だ。どういう事だよ!」


 その資料は、冒険者組合を束ねている組合の上部組織からの資料だった。


 過去にデータのないダンジョンボスとして扱われていた黒虎だが、その資料は上部組織である本部に保管されていた。


 随分と古い資料だったようで、長野には存在していなかった。


 内容には。


『虎王』

『何度も蘇り、急激に強くなるモンスターの中でも極めて危険な種』

『発見次第、本部に連絡されたし』


 王という名が付いているモンスターはそれなりにいるが、どれも厄介極まりないモンスターたちだ。


 危険だからこそ、名前に王が付いている。


 出くわせば危険。


 過去には異常種。


 今ではイレギュラーと呼ばれる、冒険者殺しとまで言われるモンスターだった。


 そんなダンジョンボスが、このダンジョンで発生していたのだ。


「確認したんじゃなかったのか!」


「こ、こんな古い資料があるなんて知らなかったんです。上は確認したと言っていて、それで……再度確認を取ったら、報告を受けていないと言われまして」


 異様に強いと思っていたが、まさか王と呼ばれるモンスターだとは思わなかった倉田は右手で顔を押さえた。


「やっぱり、止めておくべきだった」


 殴ってでも止めておけば良かったと、後悔する。


 太陽は強くなったが、それでも危険なダンジョンボスに勝てるとは思っていなかった。


 随分といい加減な仕事ぶりに嫌になってくる。


「だ、大丈夫です。本部には連絡しましたから」


「もっと早くにやるんだよ! いったい何人が死んだと思っていやがる!」


 倉田の怒鳴り声にその場が一瞬で静寂に包まれた。


 過去、冒険者として生きてきた倉田の気迫に、多くの職員は声も出ない。


(いや、苛立つ資格なんか俺にもないか)


 倉田はフラフラと外に出ていく。


 ヨレヨレのシャツは汗でベタベタする。


 待っている間にタバコを何本吸ったか分からない。


 倉田は、最悪の事態を想定していた。






 ゆっくりと迫ってくる黒虎を見る。


 立ち上がろうと体を動かせば、体がゆっくりとしか動かない。


 これはアレか?


 集中力が高まって、周りの時間がゆっくり流れているように感じるという……え、俺って凄く危険な状態?


 体を起こすと、黒虎がしなやかな体を縮め伸ばす。


 駆けだしたのだろう。


 俺の方は左腕を見た。


 繋がっているのが奇跡だ。


 皮膚が焦げている。


 アドレナリンが出て興奮状態なのか、痛みがないのは救いかも知れない。右手を見る。こちらは火傷が目立つが問題ない。


 力を入れると刀の柄を強く握れた。


 そう、刀だ。


 既に装備のほとんどが燃えている状況の中で、こいつだけはその姿を維持している。


 なんて頼りになる相棒だろう。


 ゆっくりと近付いてくる黒虎を見る。


 翼を動かしながら地を駆けており、そのスピードは驚きの速さなのだろう。


 右手を上げ、刀を振り上げる。


 俺は頭の中で閃いた言葉を口にする。


「……一閃」


 振り下ろした刀の延長線上――黒虎の翼と前足が斬られ血を噴き出した。


 黒虎の中心――頭部を狙ったのだが、危険と感じ取って避けたのだろう。


「あぁ、いいぞ……また壁を越えた」


 攻撃スキルが昇華した。


 満身創痍ではあるが、周囲の動きが緩やかに感じる。


 俺は……口元を緩め笑った。


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