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三度目の正直

 夏休みも後半に差し掛かると、冒険者の数は大きく減った。


 学生はほとんどいなくなり、大学生たちも遊ぶ金を稼いだのかいなくなる。


 オマケに、冒険者向けのサービスが悪いのと、いつまでもダンジョンボス討伐の第三陣が決まっていない。


 第一陣を捨て駒にし、準備を整えた第二陣が全滅。


 これにより、組合幹部の息子や関係者を大勢失っている。


 上層部がゴタゴタしているらしく、第三陣を募っても集まりが悪いらしい。


 倉田先生が言うには「このまま長野の組合でどうにもならないなら、本部から凄腕が送られてくる」のだとか。


 出来ればその前に全て終わるのが望ましいらしい。


 冒険者が減れば、それを支える人たちも数が減る。


 プレハブ小屋の並んだ寂れた拠点では、初日の面影はほとんどなかった。


「静かだな」


「……そうね」


 千夏の態度が素っ気ない。


 これも琉生の奴が、空気を読まずに乱入してきたのが悪い。


 アレから少し距離を感じてしまう。


 せっかくのチャンスがぁぁぁ!


 ……まぁ、それはそれとして、だ。


「もう頃合いだな」


 アレから二度もダンジョンに挑んだ。


 どんなモンスターとも戦い、戦っていない種類はいないくらいだ。


 兜に飾りのついた鎧武者とも何度も戦った。


 斬って、斬って斬りまくり、一日の稼ぎが結構な金額になっている。


 ダンジョンボスとの戦闘動画を見て用意した道具も届いた。


 刀の整備も終わっている。


 体も十分に休めた。


 ……後は覚悟を決めれば良い。


 千夏が俺を見る。


 先程のツンケンした態度とは違い、どこか申し訳なさそうにしていた。


「太陽、やっぱり止めよう。もう十分に稼いだし、それに……これ以上無理をすれば、太陽が死んじゃうよ」


 俺は髪をかく。


「借金の返済……待って貰えるのは夏休みまでだろ? それまでに終わらせる必要があるからな」


 出来れば、千夏の情報を売ったあの嫌味な教師もどうにかしたい。この世界、元の世界で格闘家が暴力を振るえば罪が重くなるのと同じように、冒険者が一般人と喧嘩すると罪が重い。


 暴力を振るった場合、問答無用でこちらが悪い流れにされてしまう。


 なんとか復讐してやりたいが、方法が思いつかない。


 ……社会的に潰したいから、後で方法でも探してやろう。あいつの言動はろくでもないから、録音して晒してやろうか。


 千夏が不安そうな顔をしている。


「……なら、一つだけ頼めないか?」


「な、何? 私に出来ることならなんでもするわよ」


「あぁ、お前にしか出来ない事だ。お前の処女をくれ。俺の童貞とトレードだ」


 第二の人生、まだ女性を抱いていない。


 このまま死んだ場合、第二の人生は童貞で終わってしまう。


 ……そんなの嫌だ。


 千夏が一気に冷めた目になった。


 まるで汚いものでも見ているような顔だ。


「あ、間違った。不安だから、一晩慰めて欲しいって言いたかったんだ。ほら、ダンジョンボスと戦うのが不安だし! 心の準備をしたい。ほら、人肌って落ち着くらしいし!」


 千夏が俺と距離を取る。


「心配した私が馬鹿だったわ。やっぱり男って最低ね」


「異議あり! 女を求める男が最低か? これは本能だ! 遺伝子に刻まれた由緒正しき行動だろうが!」


 俺が一歩近付くと、千夏が一歩下がった。


「寄るな、スケベ」


「生憎だが、俺はドスケベだ」


「五月蝿い、変態!」


 顔を赤くして怒り「心配して損したと」歩き去って行く千夏を見た。


「……そこで顔を真っ赤にするからお前は処女なんだ」


 スレた女子と違って、千夏の反応は実に分かりやすい。


 見ているだけでニヤニヤ出来る。


 あの男を漁りまくっているような体で、中身は乙女だ。性格だって、見た目以上に優しい。


 暗い過去を持ちながら、それでも一生懸命生きている姿は好感が持てる。


 千夏が見えなくなったところで、俺は背伸びをする。


「まぁ、だから助けてやりたいわけだが」


 千夏のためだけではない。


 俺がこれからやっていけるのか、ここで示すためにやるのだ。


 ……これは、俺のためでもある。


「成功すれば、富と名声……それに良い女も手にはいる。最高じゃないか」


 この状況、指をくわえてみている方がおかしい。


 そうだ。きっとそうに違いない。


 俺が独り言を呟いていると、後ろから倉田先生の溜息が聞こえてきた。


「いつからそこに!」


「成功すれば~とか言って高笑いをしている馬鹿がいると思えば、やっぱりお前か、天野」


 倉田先生の中で、俺の評価がどんどん下がっているのが分かる。


「……そういう時は、黙って見なかったことにするのが大人ですよ、先生」


「大人に期待しすぎると後悔すると教えてやる。まぁ、それはそれとして、だ。お前は本当に馬鹿だな」


 馬鹿と言いだした倉田先生は、タバコを吸い始める。


 元の地球では日本もタバコを強く規制する方向に進んでいたが、こちらでは最近になって分煙を言いだしていた。


 世の冒険者たちにとって、タバコや酒は必需品らしい。


 まぁ、それでも分煙の波が来ているわけで……。


「フォローしろとは言ったが、ここまでしろ、なんて言っていないぞ。他人の事情に首を突っ込みすぎだ」


 倉田先生は、千夏のことを言っているのだろう。


「いやですね、先生。男なら一攫千金を狙って、良い女も地位も名誉も欲しいものですよ」


「誤魔化すな。お前、千夏のために無理をしているだろ」


 ……これだから、本物の大人は嫌になる。


 俺のように年齢だけ大人になったような、中身は子供という大人とは違う。


「ハッキリ言う、今のまま挑めば二人とも死ぬぞ」


「……先生、俺は強いんです」


「だろうな。俺が思っているより強かった。ソレは認める。だが、ダンジョンボスは別格だ」


 千夏の抱えている借金は、返済しようと思えば何年もかかってしまう。


「強い俺が、なんで色々と我慢しないといけないんですかね」


「……それが人生としか言いようがない」


 世の中は理不尽だ。


 俺がいくら強くなろうとも、人は肩書きで人を判断する。


 この世界の人たちは、加えて【ジョブ】を重視する。


 俺がいくら強くとも、しょせんは【戦士ジョブ】と見下してくる。


 だから、誰もが認める功績が必要なのだ。


 ダンジョン攻略が一番手っ取り早い。


 それに……俺は諦めると消滅する。


 ここで躓けば、きっと今後も準備とか運が~などと言って何もしなくなる。


 俺は自分に対して言い訳が得意だ。


 千夏を助けたいと思うが、助けられないとも思っている。


 助ける義理はない。もう十分にやったじゃないか。


 そんな言葉が聞こえてくる。


 それが嫌になる。


 今後、俺は強くなっても自分に言い訳をするのだろう。そうして、最後には諦めた姿が見えてきた。


「……死んだように生きるのは嫌です」


 消滅に怯えながら生きていくのは耐えられない。


 第二の人生、色々と我慢してきた。周りにも迷惑をかけてきた。なのに、これ以上なにを耐えろというのか?


「やっぱりお前は馬鹿だな」


 倉田先生の、悲しそうな声が心に突き刺さった気がした。






 長野に突如出現したダンジョン。


 規模的には大きな部類ではない。


 だが、ダンジョンとして特徴があるとすれば……ダンジョンボスがダンジョンの規模と比べ不釣り合いに強い事だろう。


 準備を整え、到着したのは地下十七階。


 そこは迷路になどなっていない。


 見えるのは、大きな扉だ。


 ダンジョンボスが待ち構えている部屋である。


 吐く息は白い。


 地下に進むほどに寒くなっていた。


 千夏が道具の確認をしている。


「ねぇ、なんで太陽がそんなに道具を持つのよ。私の方が色々とサポート出来ると思うけど?」


 俺の持っている荷物が多いのを気にして、自分が持つと言い出す千夏。


「あぁ、これでいいんだ」


「太陽?」


 俺は扉を手で押すと、千夏が叫ぶ。


「ちょっと! まだ心の準備とか、点検とか終わって――」


 大きなドアはとても重い。


 少し開けて隙間が出来ると、俺は先にドローンを入らせて体を滑り込ませる。そのままドアを閉めると、千夏が迫ってきた。


「な、何をやって――」


 最後に、隙間からアイテムを一つだけ投げる。


 帰還用のアイテムだ。


「俺が死んだら使え」


「……太陽?」


 ドアが閉まっていく。


 千夏がこじ開けようとするが、そのままゆっくりとドアは閉まっていく。


 最後に聞こえたのは。


「馬鹿! なんでこんな事をするのよ! あんた、本当に馬鹿じゃ――」


 ドアが閉まり、千夏の声が聞こえなくなると俺は振り返って部屋を見渡した。


 部屋の奥には黒い虎がいて、ゆっくりと起き上がっている。


 俺は左手に持った刀を抜き、鞘を腰に下げた。


「来てやったぞ、虎野郎。……あ、あれ? ちょっとでかくない?」


 格好良く、一人で挑んでは見たものの、動画で見たダンジョンボスの姿よりも大きくなっていた。


 黒い毛皮に白い虎柄模様は同じだ。赤い目も同じ。


 だが、牙が大きくなり、オマケに体も大きくなっていた。


 背中から大きな翼が姿を現す。


「……嘘だろ」


 そう言えば、一度だけ聞いたことがある。


 確か、授業で習った。


 ダンジョンボスに冒険者が挑み続けた場合だ。


 何度も冒険者を倒すようなボスは、時折強くなってしまい厄介さを増すのだとか。


「もしかして、第三陣が送り込まれなかった理由は……」


 翼を手に入れた黒虎が、首を下から上に動かして天井に向かって咆吼する。背にした壁には装飾が施され、その雰囲気は本当のダンジョンの主という感じだった。


 耳が痛くなる咆吼が止むと、黒虎は俺に向かって襲いかかってくる。


 一瞬で距離を詰められた俺は、前に跳び込んで黒虎の一撃を避けた。丁度、黒虎の真下を抜ける感じだ。


 すると、黒虎の尻尾に叩かれ吹き飛ぶ。


 床を転がり、受け身を取って立ち上がると黒虎の大きな口から火が出ていた。


 荷物の中から道具を取りだし、床に叩き付けると俺の周囲に青白い光が発生する。


 体温が一気に下がる。


 火炎系の魔法に対する防御に優れたアイテムだ。


 その後、周囲を炎が埋め尽くし、俺は炎にのみ込まれた。


「熱っ! 熱い!」


 刀を右手に持ち、左手には道具を持つ。


 炎が途切れると、真正面に黒虎はいなかった。


 首を横に振って黒虎を探すが見つからず、上を見ると黒虎が降下しているところだった。


「空を飛ぶとか聞いていないんですけどぉぉぉ!」






 地上では、琉生たちがダンジョンから出て来たところだった。


 早めに引き上げた理由は、これ以上は無意味だったからだ。


 琉生は笑顔で全員にお礼を言う。


「付き合わせて悪かったな」


 男子二人は笑顔だった。


「別に良いって」


「そうだぜ。俺なんかジョブの変更も出来たからな」


 二人とも金も稼げて、良い経験になったと喜んでいた。


 女性陣も琉生に対して笑顔だ。


「気にしなくて良いよ、琉生君」

「でも、本当に良かったの?」

「最終的な分け前、琉生君だけ少ないけど」


 琉生は晴れやかな顔をしていた。


「付き合わせたお詫びだからね。それにしても、夏休みのほとんどを使ったな」


 夏休みも残り一週間を切っている。


 男子二人は笑っていた。


「課題も手伝って貰ったから終わったし、これから海にでも行こうぜ」

「いや、山だろ。長野なんて一杯山があるし、観光地だぜ。ついでに観光してから帰ろうぜ」


 女性陣は、類と一緒に夏休みが過ごせて嬉しそうにしている。


 少しギラギラした目をしているのだが、琉生は気にした様子がない。


「あぁ、でもその前にみんな一度は家に帰らないと。家族も心配しているだろうし――あれ?」


 そんな琉生たちが地上に戻ってきたのだが、昼間から髪を乱し俯いて座っている倉田の姿が目に入った。


「倉田先生、落ち込んでいるわね」

「もしかして、あいつら怪我をしたのか?」

「随分無理をしていたからね」


 琉生は焦って倉田に駆け寄った。


「先生!」


 倉田は顔を上げると、随分と悩んだ顔をしている。オマケに疲れた顔をしていた。


「よう、戻ったか。今日は随分と早いじゃないか」


 いつもと違う雰囲気の倉田に、琉生は不安を拭いきれなかった。


「……なんで、こんな時間にここにいるんですか?」


 倉田はタバコも吸わずに座って待っている。


 普段なら、タバコを吸っているはずだ。


 琉生の不安は大きくなっていく。


「やっぱり天野は馬鹿だよな。大馬鹿野郎だ。止めたんだけどな……死んだように生きたくない、って言われたよ。あいつ、今頃はダンジョンボスに挑んでいる頃だろうな」


 行かせてしまったのを後悔しているのか、倉田は疲れ切った顔をしていた。


 蝉が鳴き、以前よりも人がいなくなったダンジョンの入口。


 琉生は持っていた盾を地面に落とした。


「如月の奴も、天野を放っておけないってよ。俺は教師失格だな」


 倉田は淡々と口にする。


「教員免許なんか持つものじゃないな。大学を出て冒険者になって、引退したら学園の教師を押しつけられた。元冒険者の教師は貴重だから、ってよ。別に問題ないと思ったが……」


 太陽を行かせてしまったのは、教師として失格だろう。監督責任を放棄しているようなものだった。


 だが、元冒険者として、這い上がろうとしている太陽を止めることが出来なかった。


 琉生がその場で崩れ落ちる。


「なんで……なんで行かせたんですか!」


 そんな琉生の叫びを、倉田は黙って聞いていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告です。 ・〈女性陣は、類と一緒に夏休みが過ごせて嬉しそうにしている。〉 正しくは〈女性陣は、琉生と一緒に夏休みが過ごせて嬉しそうにしている。〉かと。
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