馬鹿か天才か
「先生、本気で止めた方がいいって! 太陽の奴、十五階まで進んだのよ」
人の少ない食堂。
食事をしているのは俺と千夏、そして倉田先生の三人だ。
随分と人が少なくなった理由は、お盆で実家に帰っているため。
倉田先生も、俺たち生徒がいなければ実家に帰りたかったらしい。
嫌味な教師がお盆で帰省しているため、監督責任者として残らざるを得なかったのだとか。
「こいつはもう駄目だ。如月、いいか……馬鹿って言うのはどこにでもいるもんだ。こいつは話が通じるようで、まったく通じない質の悪い馬鹿だ」
俺に呆れている二人だが、俺から言わせれば二人の方が間違っている。
二人は俺の事を無謀だという。
しかし、段階的に強くなろうと、俺は強いモンスターを一体ずつ丁寧に倒しているだけだ。
いきなりダンジョンボスに挑まないだけ、堅実と言えるだろう。
「二人して言いたい放題じゃないですか。俺から言わせて貰えれば、無謀な挑戦はしていませんよ」
ドン引きしている千夏。
倉田先生は「見ろ、これが馬鹿だ」と、千夏に教えていた。
丁寧な口調で、一つずつ倉田先生が俺の行動を批判していく。
「いいか、良く聞け。まず、俺はお前たちの実力は評価している。してはいるが、先に進むには仲間が必要だ。普通はもっと人数を揃えるものだ」
それは認める。
事実、戦士の俺ではトラップが解除出来ずに、千夏がいないと先に進めない場合が多々あった。
だが、仲間がいないのではどうしようもない。
「百歩譲って、お前たちが規格外に強いとしても、だ。モンスターハウスで荒稼ぎなんて事をする奴を、俺はまともだと思えない」
次々現われる敵。
部屋の中、逃げ場もなく襲われ続ける。
実力的にモンスターの方が劣っているとしても、数はそれだけで力となる。囲まれてしまえば、多少の実力差では歯が立たない。
ただ、俺の場合は敵を一撃で仕留められた。
これが大きい。
「効率が良かったんですよ」
千夏が小声で呟く。
「効率が良いならみんなやっているわよ」
ただ、普通のブレードでは消耗も早く壊れてしまうのを実感した。やはり、俺の相棒である黒い刀と戦士ジョブのおかげで生き残れていると思う。
「最後だ。確かにお前の中では、段階的に強い奴を倒しているのかも知れない。ソレは褒めてやる」
「でしょっ!」
「……普通はもっと時間をかけて、対策を立ててから挑むものだ。お前みたいに、とにかく斬れば良いみたいな脳筋は早死にするぞ」
俺が言い返そうとしていると、倉田先生は一つだけ――。
「まぁ、お前がここまでやれるとは思っていなかった。実際、お前の言っていることが本当なら、冒険者組合の本部を揺るがすくらいの大きな事実だろうな」
戦士ジョブが強いと知れば、今まで見下されていた俺の立場も変わってくるだろう。
「きっと今後は戦士も増えますよ」
俺が勝ち誇った顔をしていると、千夏が「それはどうかな?」などと口にした。
どうにも否定的だった。
「実際に強いだろうが」
千夏はテーブルの下で脚を組み替えていた。
「いや、そもそも戦士ジョブが強いというか、太陽自身が規格外じゃない? 私から言わせて貰えれば、太陽くらいに頑張っている奴の方が少ないわよ」
倉田先生も同意しているのか頷いている。
「分かる。こいつ、普通に生活している分には真面目だからな」
……俺だって、もっと簡単に強くなれるのならコツコツ努力なんかするかよ。ただ、方法がなかったから、頑張るしかなかった。
両親とは、どうにも家族という気がしなかった。
おかげで遠慮して生活し、それが余計に家族の溝を深くしたと思う。
遊ぶ金もなければ、学校にも馴染めず……だって、周りは小学生の男子で「ウ〇コ」とか「チ〇コ」で盛り上がっているんだよ。
低学年の交友関係が、そのまま高学年にスライドしていき……気が付けば、琉生とか少数の友人しかいなかった。
中学では、ジョブを気にするようになって……。
スタートダッシュを失敗した気がする。
転生者としてこれでいいのだろうか?
倉田先生が思い出したのか、話題を変える。
「そう言えば、天野も規格外だが、瀬戸も凄いな。あっちは本当に天才の部類だが」
俺は天才ではないと分かっているが、区別されると腹立たしい。
「あいつも夏休みを使ってダンジョンに挑んでいるが、いったい何が目的なのか……もう、十分だと思うんだが」
琉生たちの成果を考えれば、高校一年生の時点で十分過ぎる。
これ以上、頑張る必要があるのか倉田先生は疑問だったらしい。
そう言えば、あいつは何か探していると言っていたような……。
千夏が時計を見る。
「太陽、そう言えば修理に出した装備を受け取る時間じゃない?」
おっと、忘れるところだった。
「なら先に行くわ。はぁ、装備の維持費で所持金がガリガリ減っていく……」
優秀な道具は、それだけ維持費に金がかかる。
例外は俺の相棒である黒い刀だ。
とても重いことを除けば、本当に優秀な武器である。
太陽が出て行った食堂で、千夏は背伸びをした。
上はティーシャツで、下はジャージ姿。
背中を反るので、大きな胸が突き出される。
周囲の男性陣の視線が、千夏の胸に注がれていた。
「それにしても、太陽の奴はお盆に帰らないでいいのかしら?」
一般家庭に生まれた太陽には家族がいるのに不自然だと、千夏は当然のように口にする。
それを聞いて、倉田は少し俯いた。
「……あいつ、普段から明るいだろ」
千夏は首を傾げた。倉田が何を言いたいのか分からなかったからだ。
「まぁ、スケベで明るいのは知っているけど」
この前は、年齢を詐称して夜の店で遊ぶ方法を本気で考えていた。
千夏は腹が立ち、頭を叩いてやったが……確かに、基本的に性格は明るい。
(でもスケベなのよね)
倉田は温くなったお茶を飲んでいた。
「あいつな……どうも家族と上手くいっていないらしいんだ」
「え?」
倉田はあまり喋らない。
「詳しい事は本人から聞けばいい。俺の口からは言えないが、あいつはあいつで重い物を背負っているんだよ」
そう言えば、前世の時に漫画で読んだ気がする。
練習も大事だが、強い奴と戦うのも大事だと。
練習以上の経験を得られると。
だから、きっと俺も強くなっていると思う。
「かかってこいやぁぁぁ!」
群がってくる敵を刀で斬る。
途中、今の斬り方は良い感じだったと思うようになった。無理な力もいらなければ、力が入る良い斬り方。
強いモンスター。
特に、鎧武者の相手をしていると気が付くことがある。モンスターの方が刀の扱いに慣れている動きをしているのだ。
俺が基本的な動きを練習して来ただけなのに、モンスターの方が多種多様な技を持っていた。
その一つが――。
「こいつ!」
一瞬で間合いを詰められる。
動作が少なく、それでいて距離を一瞬で詰めてくるので防御に回るのだ。
斬られると終わるなら、相手に斬らせなければ良いという判断か?
黒い鎧を身に纏ったモンスターは、仮面の下から血走った両目と口から白い息を吐いている。
生臭く、そして目は殺意が宿っている。
押し返すと体勢を崩されそうになった。
押せば引き、引けば近付く。
金色の前立てを付けているだけ有り、他のモンスターとは強さが違った。ゲームで言えばステータスが他のモンスターよりも多少強いだけ。
しかし、肝心なのはその技にある。
スキル、そしてスキル以外の動き。
それらが他とは違っていた。
刀を横に振るってきたので屈んで避けると、左手に持っていた鞘を突きだしてきた。
左腕で受け止めるが、力が強く後ろに吹き飛ぶ。
直後、後ろにいた千夏がナイフを投げて、鎧武者の気を逸らしてくれた。
左腕が痺れる。
「こいつ、本当に厄介だな」
「もう十六階よ。ダンジョンボス以外なら、こいつがここで最強じゃないの」
つまり、こいつを倒せば――。
「お前を倒して先に進んでやる」
大きく踏み込み互いに刃をぶつけあった。
地下十六階。
通路ではなく部屋に入った俺は、床に座って千夏の治療を受けている。
応急処置だが、左手に包帯を巻いて貰っていた。
この世界、実に便利な傷薬があるので、血止めも出来て傷口もすぐに塞がる。数時間後には包帯を外してもいいくらいだ。
まぁ、大きな怪我をすると、血が流れすぎてどうにもならないのだが。
「これで取りあえず、ダンジョンにいる厄介なモンスターは全部倒したな」
傷口が熱い。
綺麗に斬られたプロテクターを見て、今になって背中が寒くなる。
あの後も鎧武者と斬り合い、どうにか倒せたのだが怪我もした。
横に座った千夏が、俯きながら俺に声をかけてくる。
「太陽……あんたも色々とあったのね」
「……え?」
何を言っているのだろうか? 千夏が思い詰めた顔をして、倉田先生から聞いたらしい話をした。
どうやら、俺の家庭環境を知ったようだ。
「家族と上手く行っていないって聞いたわ。……言いたくないならいいけど、出来れば私も太陽のことは知っておきたい」
……何してんだよ、倉田先生。
「いや、話をするほどのことでもないって言うか」
そもそも、俺の事情など千夏と比べれば恵まれている。
両親もいたし、義務教育はしっかり受けられた。衣食住に困ってなどいなかったし、話しても微妙な感じになる。
「私には話せない?」
寂しそうな千夏の顔を見て、俺は考える。
話をしても呆れられ、話さなければ不満を持たれる。
こんなの……話すしかないじゃないか。
「たいした話じゃない。本当に倉田先生が言う程に悪い環境でもなかった。ただ――」
「ただ?」
「俺以外にも弟や妹がいるし、両親はそっちに期待していただけだ。別に酷い扱いを受けていたわけでもない。学校にも行けた。衣食住に困らなかった。それだけだ」
今にして思えば、戦士ジョブを付けたままの俺にも干渉してこなかった。よく考えてみると、色々と文句を言われるよりもいいのではないだろうか?
「太陽は、それで辛くないの?」
「俺より辛い立場の奴は大勢いる。と言うか、現状を考えればまだマシ? 千夏の方が大変だろうに」
まだ手詰まりの状態ではなく、希望が持てる状況だ。
消滅が決まっている訳でもないし、俺の未来はまだ明るい。
千夏が俯く。
ほら見ろ! だから言いたくなかったんだ。
別に重い過去とか、同情して貰えるほどの過去がある訳でもない。
他と違うのは転生者と言うだけだ。
……いや、あった。俺の暗い過去。
母親が一生懸命祈ってくれたのに、チートでハーレムとかお願いしていたのは消し去りたい過去である。
まぁ、チートでハーレムが叶うなら、叶えてみようと思うが。
千夏が俺の顔を見る。
「太陽は優しいね」
悲しそうな。そして、俺を慰めるためか、笑顔を向けてくれる千夏……お前の方が俺よりずっと優しい!
「千夏!」
この勢いで告白でもするかと両肩に手を置いて相手の目を見る。
体を引き寄せると、千夏の方も顔を赤くしているが抵抗が弱い。
行ける! 行けるぞ!
主人公の暗い過去を語り、ヒロインが同情して優しくしてくれる感じの出来上がりだ!
俺の過去というのが、たいして暗くもなかった。むしろ、話をしている千夏の方が暗い過去を持っている。千夏の優しさにつけ込んでいるが……ここで引けるものか!
徐々に顔が近付く。心臓の鼓動が早くなり、唇が近付くと――。
「……何をしているの、サンちゃん?」
――入口で金属が床に落ちる音が響き渡り、オマケに入口には琉生と取り巻きのパーティーが俺たちを見ていた。
「……お前最低だな。空気を読めよ」
全員の好奇な視線を受け、千夏が俺から恥ずかしそうに離れた。
せっかくのチャンスを、こいつら潰しやがった。
最低だと言われた琉生は、慌てて取り繕う。
「い、いや、ごめん。違うんだ。見つけたら、怪我をしているみたいで――の、覗くつもりはなかったんだ」
こういう時は、見て見ぬフリをするのが友達だろうに。
アレか? お前、実は俺の事が嫌いなのか?
「こんな怪我、唾でも付けとけば治るんだよ。お前、俺のチャンスをどうしてくれるんだよ!」
琉生の後ろにいた女子たちは、ヒソヒソと楽しそうに話をしていた。
「ダンジョン内で芽生える恋だって」
「少女漫画の定番よね」
「いいな~。私も琉生君と――」
一人の女子が頬を染め、琉生とのラブロマンスを想像していると残りの女子が冷静に対応していた。
「ふざけんなよ」
「ソレは有り得ないから」
男子の方は俺に向ける視線が怖い。
「……なんであの変人に」
「ど、どうせ遊びだろ。ほら、なんか軽そうな女だし」
ふっ……馬鹿め。
「千夏が軽い女? 違うな。遊んでいるように見えて、実は真面目な良い女だ!」
男子二人が驚きつつも、悔しそうな顔をしていた。
千夏が顔を赤くしている。
「ちなみに未経け――ぶっ!」
「なんであんたが知っているのよ!」
余計な事を言ってしまった俺は、千夏に平手打ちをくらうのだった。