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強くなる方法

 プレハブ小屋では、教師たちが長野冒険者組合の職員から説明を受けていた。


「――ですので、出来れば八月いっぱいまでの滞在をお願いします。こちらも出来うる限り支援しますので」


 高校生――学生を呼び込んでいる理由は、冒険者の不足が理由の一つだ。


 もっと言うのなら、戦える冒険者が不足している。


 ダンジョンは人を食う。


 モンスターに殺された人の死体を食べ、そして大きく成長するのだ。


 武器を持たせた素人を大量に送り込めば、それはダンジョンの規模の拡大を招く。


 ある程度、戦える冒険者というのは貴重だった。


 ただ、桜花学園の代表として参加している倉田以外は、気乗りのしない表情をしていた。


「もうすぐお盆ですよ。それに、夏休みを丸ごとなんてとても……」

「うちは引き上げるように言われていますから」

「生徒たちにも人気がありませんからね」


 職員が色々と支援内容を説明する。


 しかし、どの教師も乗り気ではない。


 そもそも、夏休みをこの場で潰したくないと思っているのは教師だけではなく、生徒たちも同じだった。


 倉田は周囲の表情を見て思う。


(そりゃあ、不便な場所に拠点を置けばこうもなる)


 ダンジョン入口まで数キロ。


 用意された土地は、国道沿いで広く整地されていた。


 倉田は、地元の有力者や、大型スーパーの関係者が土地を見に来ていたのを知っている。


(小遣い稼ぎのつもりで、アレもコレもって手を出して失敗したパターンだな)


 組合の金で整地して、最終的に売り払う。


 移動手段のバスも小遣い稼ぎ。


 それに文句を言うつもりもないが、冒険者にとって不便すぎた。


 遊ぶ場所もなければ、移動するにも金がかかる。


 それに、魔石などの換金率も悪い。


(冒険者離れを起こしていやがる。まぁ、冒険者を捨て駒にしたのは、周りも思うところはあるが納得するさ。けど……子飼いに美味しいところを露骨に与えようなんて、面白くないわな)


 捨て駒にされた冒険者たちも、覚悟があったのだろう。もしかすれば、捨て駒にされていると分かっていたのかも知れない。


 ただ、冒険者にとってダンジョン攻略とはそれだけ魅力があるのだ。


 問題なのは、その後に組合が決めた冒険者たちを送り込んだことだ。


 太陽たちは知らないが、長野の組合幹部の息子。他にも、関係者が混ざっていたらしい。


 そのために、冒険者たちが長野から離れて行こうとしていた。


 オマケに、今度は学生たちまで離れて行く。


 長野の冒険者組合はたまったものではないだろう。


(うちも希望者を帰す事になるだろうな。……あいつらは残りそうだけど)


 あいつら、とは太陽たちの事だ。


 倉田は必死な職員の説明を聞きながら、周囲の冷めた感じを見ていた。






 朝。


 桜花学園の生徒たちの半数以上が、バスに乗って学園に戻って行った。


 拠点となっている施設を見渡せば、初日に訪れたときよりも活気がない。


 冒険者も半数近くが拠点を出て行き、徐々に少なくなっている。


「……一気に寂れたな」


 千夏も同意見のようだが、寝間着代わりのジャージ姿が妙に色っぽい。


「二回続けて失敗したからね。でも、これで動きやすくなるんじゃない」


 俺たちにとっては都合がいい状況である。


 冒険者が少ないというのは、競争相手が少ないと言うことだ。


「その道、俺たちは二学期が始まれば退学だ。夏休みを有効活用しようじゃないか」


 すぐにダンジョンボスを倒せるとは思っていない。


 問題なのは、夏休み中に強くなってダンジョンボスを倒すことだ。


 千夏がポケットから、小さなカードを取り出す。


 記録媒体だ。


「組合の保管していた映像データよ。必要でしょ」


 それは、失敗した第一陣と第二陣の映像記録だった。


「貰って来たのか?」


「こういうのは早い方が良いのよ。あんたも見ていた方が良いわ」


 千夏の表情を見るに、どうにもあまり面白い動画ではないようだ。






「なんだこれ」


 自室に戻ってスマホで動画を見ていた。


 映像データを見る俺は、そんな言葉しか出てこなかった。


 黒い毛皮に白い模様。


 大きな虎が、口から火を噴くと冒険者たちを燃やしていた。


 斬りかかっても、銃で撃ってもたいした怪我を負っていない。


 それどころか、傷の方が再生しているように見える。


 素早く、力強く、火まで噴く。


「おかしいだろ。こいつ強すぎじゃないか!」


 まさか、ダンジョンボスがここまで強いとは思っていなかった。


 ちょっと弱気になってしまう。


「爪や牙は避ければ良いのか? でも、この炎だけはどうにも……」


 第一陣も対処のため道具を揃えていた。


 耐火性の盾などを持って耐えていたが、そんな盾を【黒虎】は容易に爪で割いていく。


 第一陣は、崩れたところで敵の傷が塞がり治癒されているのを見て混乱していた。


 叫び声、断末魔……。


 映像が途切れると、俺は違う動画を再生する。


 スマホの小さな画面を見るのが怖い。


 第二陣の方は、装備も人も多かった。


 ただ、動きがどうにも鈍い。


 第一陣の残した記録から、しっかり対処しているのが分かる。分かるのだが、一人の冒険者が錯乱して逃げ出した所で仲間が庇い死亡。


 そこから、徐々に黒虎を倒しきるだけの攻撃力がなくなり、先に体力が尽きたのは冒険者たちの方だった。


「第一陣も、第二陣も弱くない。むしろ、俺たちなんかよりも強い」


 そんな人たちが容易に殺されていくのが、ダンジョンボスという存在だった。


 人数、装備の質、その他諸々が俺よりも優れているのは明白だった。


 ……だが。


「一つだけ勝っているな」


 部屋に置かれている刀を見る。


 それは、強力な一撃。


「……こいつなら行けるか」


 戦士が最強だと言われたが、確かに強力なスキル攻撃を持っている。


 他にないとすれば、この強力な一撃だろう。


 限界まで鍛えれば……出来るかも知れない。


 そのために必要になってくるのは、俺が強くなるだけの場数だ。モンスターを捜し回って戦っているのでは間に合わない。


 何か良い方法がないだろうか?


 そんな時だ。


「……モンスターハウスって便利だよな」






 地下十三階。


 俺たちが以前閉じ込められた部屋の前には、看板に注意書きが成されていた。


『モンスターハウス 注意』


 通路側に解除スイッチが有る。


 部屋の中からは見えない位置にあるのがいやらしい。


 千夏は俺をジト目で見ている。


「太陽が馬鹿だっていうのは分かったわ。けど、流石にコレはないんじゃない?」


 俺は反論する。


「馬鹿じゃない! それに、倒せれば魔石も大量に手にはいるだろうが! その金で道具を揃えるんだよ」


 強くなれて、大金も手にはいる。


 ある意味、素晴らしいトラップだ。


 この場所を知ることができたのは、俺にとって幸運だ。


 何しろ……このダンジョン、魔法でしか倒せないというモンスターがいない。


 刀一本でどうとでもなる。


 俺は深呼吸をすると、千夏の方を見る。


「危なくなったら逃げろよ。それと、後で俺の回収をよろしく」


「モンスターハウスで稼ごうなんて言うのはあんたくらいよ。いいから行きなさい。危なくなったら、トラップをすぐに解除するから絶対に叫ぶのよ」


 刀を抜いて鞘を腰に下げ、俺は部屋の中へと入る。


 部屋の中央まで来ると、ドアに鉄格子が降りて閉じ込められた。


 壁、床、天井……ワラワラとモンスターたちが姿を現してくる。


 刀を両手で持ち、床から這い出てきたモンスターを横に切断する。


「思い出せ。あの時の感覚を――あの時の俺は絶対に強かった」


 ボンヤリとしながらも、体が勝手に動いていた。


 片手で刀を持って敵を斬り伏せていったのは覚えている。


 その後は覚えていないが、千夏に聞いても教えてくれない。


 すると、床から出て来た小鬼が俺の脚を掴んだ。


「邪魔だ!」


 蹴り飛ばすと床から勢いよく跳び出て、地面に落ちると燃えた。


 意識を集中していないと、どこから攻撃が来るか分からない。


 凄い方法を思いついたと思ったが、誰もやっていないだけの理由があった。


 振り返り、大斧を振り上げていたモンスターを斬る。


「いいぞ。ドンドン来い。お前ら全員倒して……俺は強くなる」


 怖い。確かに怖いが、あの時よりもマシだった。


 あの恐怖と比べるのもおかしいくらいだ。


 消滅とモンスターハウス、どちらを選ぶかと問われれば……迷わずモンスターハウスを選ぶ。






 千夏は太陽が気になり鉄格子の奥を覗き込む。


 そこには一人の修羅がいた。


 黒い刀を振り回し、次々現われるモンスターを斬り伏せていく姿はまさに鬼人だった。


「……太陽、あんた」


 普段は馬鹿なことを言って、今も馬鹿なことをしている。


 だが、その姿はどこまでも真剣だ。


「なんで……私のためにそこまでするのよ」


 千夏が太陽の背中に語りかけるが、声は届かない。


 叫び、そしてモンスターたちの声にかき消される。


 荒々しい動きは、太陽が右手を使えなかった時よりも無駄の多い動きをしていた。


 ベストやプロテクターに傷が目立ち、モンスターたちから攻撃を受けているのが分かる。


 いくら自分たちが普段倒せているモンスターでも、囲まれるというのは危険度が一気に跳ね上がる。


 太陽の言う通り、モンスターハウスで稼げればこれほど効率の良いことはない。だが、それをしないと言うことは……それだけの理由がある。


 太陽と同じような事を考え、実行する者はいる。少ないがいる。


 千夏も、本来ならば止めたかった。


 だが、太陽には一度だけモンスターハウスを切り抜けた実績があり、本人の強い希望もあったのだ。


「私のせいだ……私の」


 千夏が負い目を感じていると、太陽の動きが変わる。


「片腕で交互に使えば、疲れないな」


 右手に刀を持ち、振り回して疲れると左手に持つ。


 刀の重さに振り回されているかと思えば、徐々に動きが修正されていく。


 その姿は、まるで下手な踊りから多少見られる程度の踊りになっているような……。






 地上に戻ると、倉田先生が咥えていたタバコを地面に落とした。


「……お前ら、何をやったんだ?」


 千夏に肩を借りて地上に戻ってきた俺は、もうほとんどボロボロだった。


「いや、ちょっとモンスターハウスで」


 倉田先生の引きつった顔。


 加えて、握り拳を震わせ、今にも俺の頭に落としそうだった。だが、怪我の多い俺を前に我慢したらしい。


「お前は賢いと思っていたが、アレは訂正する。お前は……馬鹿だ」


 聞き捨てならない。


「成功すればこれ以上はない稼ぎになりますよ。二人でどれだけ稼いだと思っているんです?」


「だから馬鹿だ、って言うんだよ。お前、稼ぎたい理由は分かるが、無理をして死んだら意味がないだろうが」


 千夏も同じ意見らしい。


「先生、もっと言ってやって。太陽の奴、三回もモンスターハウスを利用したんだよ」


 口を開けて唖然とする倉田先生は、両手で頭を押さえていた。


「如月、お前も止めろよ!」


「止めたわよ! でも、太陽が絶対にやるって言うから!」


 止める千夏に無理を言って、モンスターハウスに三回も入った。


 理由は簡単だ。


 もう少しで、何かが変わりそうな気がする。


 もう少しで届きそうな気がする。


 ただ、何かが足りない。


「とにかく、すぐに病院で治療を受けろ。まったく、どうしてお前らはもう……馬鹿野郎!」


 心配をかけてしまったらしい。


 申し訳ないと思うが、もう少しだけ迷惑をかけさせて貰おう。


 成功したら、酒でも奢ろう……あ、今の俺は飲めなかったんだ。


 いや、少し待て?


 別に俺が飲めなくても問題ないじゃないか。






 病院帰り。


 お土産店で購入したのは酒だった。


 好景気を良い事に酒一本の値段も高い。


 基本的に物価が高い。


 お世話になった人へのお土産というと売ってくれた。実際、お土産なので俺が飲むわけでもない。


 先生が宿泊している部屋に行く。


「ここか」


 教師たちが使っている宿泊施設は、生徒たちのものより豪華だ。ただ、同じプレハブ小屋である事には変わりがない。


 ノックをすると、ドアが開く。


 タバコの臭いがした。


「なんだ、天野か」


「失礼ですね。差し入れを持ってきたのに」


 酒に合うつまみも購入し、先生に渡すと疑った目で見られた。


「……今度は何を企んでいる」


「……あんた、自分の生徒が信用出来ないのかよ」


「俺はお前が一番の問題児だと今日再認識したばかりだ。まぁ、入れ」


 部屋に入ると割と片づいていた。


 そんな部屋の中に飾られている写真には……。


「娘さんですか?」


 美人で可愛らしい若い女性と倉田先生が肩を寄せていた。


「嫁だ」


「嘘っ! 絶対嘘だよ。だってこの人、凄く美人じゃないですか!」


 俺は写真と倉田先生を交互に見る。


「お前も自分の教師を信用しろよ!」


 そのままお土産を渡した俺は、倉田先生が酒を飲み始めると世間話をする。


 しばらくして、会話が途切れると――。


「それで、何をしに来た」


 どうやら疑っているらしい。


「聞きたいことがあるんですよ。ほら、冒険者の強くなる方法とか」


「地道に体を鍛えて経験を積むのが一番の近道だ」


 そんな事は分かっているが、俺には時間がないのだ。


 地道にやれることはやっている。問題なのはその先である。


「先生は元冒険者ですよね? なら、実際に経験した事はありませんか? 何かスイッチが切り替わるというか、閃くというか」


 ネットの掲示板にもそうした報告は上がっているが、大抵は嘘と切り捨てられる。


「……なんだ、お前も感じたのか」


 どうやら倉田先生は、信じている側の人間のようだ。


「確かにある。今までとは違うように体が動くとか、頭の中で閃く事も何度もあった。攻撃スキルの名前が変わったとか言う奴も多い。まぁ、言えば笑われるけどな」


 やはり経験者の意見はためになる。


「どういう時にそういった感覚が多いですかね?」


 倉田先生は、俺の購入した酒をチビチビ飲みつつ悩んでいるように見えた。


 俺をチラチラ見ている。


「無茶はしませんよ」


「嘘だな。お前は信用出来ない」


 俺は「先生のためにせっかく高い酒を購入したのに」と言いつつレシートをわざとらしくテーブルに置いた。


 値段を見て、先生がむせていた。


「お前! どういうつもりだ!」


「嫌だな~。先生が酒でも奢れ、って言ったんじゃないですか。奮発させていただきました」


 そう。高いお酒である。


 酔ってきたのか、倉田先生の口も軽くなっていた。


「……強い奴。特に、初めて戦うモンスターの時だ。冒険者仲間の間では、壁を越えるとか色々と言い方もある。危機的状況を切り抜けた時。強い奴を倒した時。そんな時は壁を越えた気がする」


「なる程」


「ただ……強くなろうと無茶をする奴の大半が死んだけどな。お前も現場を見たから分かると思うが、強い奴らでも死んでいくのがダンジョンだ。自重しろよ。お前が死ぬと、如月の奴が泣くぞ。たぶん、あの瀬戸も泣くだろうな」


 泣くな。琉生は泣くな。


 千夏は……泣いてくれるだろうか?


「気を付けます」


「そうしろ。それから、賄賂なんて今の内からやるな。大人になったら、嫌でもやる場合があるんだぞ」


「大丈夫です。ほら、刀の整備費とでチャラですから。端数分はお礼です」


 それを聞いて、倉田先生がレシートを見た。


「……おい、端数分が数百円とかどういう事だ? お前の気持ちは数百円か?」


 差額で俺の方が数百円多く払っている。


「先生、生徒に期待しすぎですよ」


 次の日、そのまま酒を飲み続けた倉田先生は、朝になって俺に強くなる方法を教えた事を酷く後悔していた。


 やはり酒は効果があるな。


 口を滑りやすくする。


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