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ダンジョンボス

 長野冒険者組合により集められたのは、地元で活躍する冒険者だった。


 長野には【長野地下迷宮】という管理されたダンジョンが存在している。


 おかげで潤っている訳だが、流石に二つ目のダンジョンを管理する余力はない。


 普段は長野地下迷宮で活躍している冒険者たちを招集し、ダンジョンの攻略を行なう事になった。


 ボスの部屋の前。


 集められた冒険者たちは、三十人ばかり。


 そのサポートに数十人がついてきていた。


 タブレット端末を持ち、偵察用のドローンを飛ばしている男がボスの守っている部屋の様子を見る。


「……こいつは厳しいな」


 偵察に出したドローンは四体。


 しかし、ほとんどすぐに破壊されてしまっている。


 映像から分かるのは、外見が虎に似ていること。


 色は黒。


 そして、口から炎を吐き出していた事くらいだ。


 リーダー格の男がタバコを吸っていた。


「ダンジョンボスで楽な相手はいないからな。それにしても、でかいな」


 ボスの大きさも通常の虎の何倍もある。


 ボスの部屋は、一度入ると逃さないために閉じ込めるタイプだった。


 部屋の奥には装飾された壁が存在しており、そこにある小さな箱を映像で確認する。


「こいつを倒せば何十億……いや、何百億、って金になる。多少の無茶は覚悟するさ。しかし、データのないモンスターっていうのが厄介だな」


 宝箱の中身は、ダンジョン内に配置された通常のものより質が良い。


 財宝など当たり前。


 中には貴重な道具が入っていることも珍しくない。


 種類によっては、金持ちだけではなく企業や国が形振り構わず購入しようとする品もある。


 リーダー格の男は、タバコを床に捨てて踏みつけて火を消す。


(……俺もいつまでも現役なんか続けられない。ここら辺で、大きな箔を付けておくのも悪くない)


 三十代後半。


 まだ現役としてやっていけるが、十年後は分からない。


 それに、いつまでも命懸けの仕事で神経をすり減らし続けるのも疲れていたのだろう。


 リーダー格の男は、仲間の顔ぶれを見る。


(どいつもこいつも長い付き合いだな)


 学生時代から一緒に馬鹿をやって来た奴もいれば、途中で仲間になった仕事上の付き合いの奴もいる。


 冒険者としては成功した部類だろう。


 しかし、リーダー格の男は更に上を目指していた。


(ダンジョン攻略者は組合でも一目置かれる。そうすれば、今後は生活にも困らない……やる価値はある)


 全員が準備を整えたのを確認すると、リーダー格の男がサポートの面々に伝える。


「これから俺たちはダンジョンボスに挑む。しっかり記録して、俺たちの雄姿を録画しておけよ」


 サポートの面々が小さく笑っていた。


 撮影用、照明用のドローンが用意され、これから戦う冒険者たちの周りに浮ぶ。


 サポートの面々が見送る中、三十人の冒険者たちはダンジョンボスの待つ部屋に入っていく。


 そのままドアは固く閉ざされるのだった。






 その日は朝から騒がしかった。


「何かしら?」


 プレハブ小屋が並ぶ冒険者たちの拠点を歩いていた俺と千夏は、騒がしい原因を探るために人の集まっている場所に向かう。


 大きな掲示板に張り出されていたのは、ダンジョンボス討伐が失敗した報告。


 それに伴い、ダンジョンが健在であるため出来れば冒険者たちに残るように、という要望だった。


「失敗した? 腕の立つ人たちを集めたんじゃないのか?」


「それでも失敗するときはするわよ。……どうやら、新種みたいね」


 モンスターの中には、これまで確認されていなかった新種というのも珍しくない。特に、ダンジョンボスに関しては、気を付けなければならないと教わった。


 千夏が張り出された紙を見ている。


「……第二陣は五日後みたいね」


 もう、夏休みも半ばに入ろうとしている。


 ここ数日、自室や食堂で夏休みの課題を処理していたが、どうやらダンジョンにまた挑めるようだ。


「第一陣の後で第二陣か」


 千夏が俺の手を引いて、人混みから離れると歩きながら会話をする。


「もしかしたら、あの第一陣は捨て駒かもね」


「捨て駒? 優秀なのに?」


「馬鹿ね。新種でデータの少ないダンジョンボスよ。データが欲しいなら、戦ってみるのが一番でしょうに」


 ……第一陣が倒せればそれでよし。


 負けた場合は、第二陣が挑む。


 成果は第二陣が手に入れるのだろう。


「嫌な話だ」


「嫌な話だけど、有り触れた話でもあるわ。太陽、あんたも組合を信じすぎたら痛い目に遭うわよ」


 魔石という大きな利権を握る冒険者組合は、それだけ闇も深いという事だろう。


「第二陣は、組合のお気に入りかもね。昔……私も色々と聞いたけど、箔付けのために無理をする人たちは多いから」


 千夏は幼い頃、名前も知らない組織で工作員として育てられてきた。


 だが、途中で組織が壊滅。


 ……俺よりも汚いものを見てきたのだろう。


 転生した俺などより、よっぽど過酷な人生なのは間違いない。


 転生時に、異世界でチートとかハーレムとか言っていた自分が恥ずかしい。


「第一陣の人たちには悪いけど、これならあと二回はダンジョンには入れるな。これからお金もかかるし、道具を借りてまた挑むとするか」


 千夏も金がいるので、俺の意見に賛成してくれる。


「そうね。私たちには私たちの生活があるし」


 悲しんでばかりもいられない。


 実際、組合の方は第二陣の受け入れ準備やら、その他諸々で忙しそうだ。


「太陽、あんた武器は戻って来たの?」


「あぁ、倉田先生から受け取ったよ。グリップの取り替えと磨きで済んだって。なんか軽く感じたけど」


 退院後に持った感想は、自分の刀であるのに軽くなった、だ。いや、実際に重いし、振り回すのは大変だし、俺の刀なのに軽く感じた。


 少しは強くなっているのだろうか?


 二人で歩いていると、スマホが鳴る。


 相手は倉田先生だった。






 プレハブ小屋の会議室。


 千夏と二人で入ると、そこで待っていたのはスーツを着崩した男性二人と、高級そうなスーツに身を包んだ男だった。


 倉田先生が相手をしていた三人は、俺――いや、千夏を見るとニヤニヤする。


「写真で見ましたが、いいですね。体付きも実に良い。これは高く売れますよ」


 高く売れる?


 俺が倉田先生を見ると、相手の事を紹介してきた。


「質の悪い金貸しだ。わざわざこんなところまで来やがって」


 高級そうなスーツに、金の首飾りや時計。ピカピカの革靴を履いた中年男性は、タバコを吸いながら心外だと口にした。


「質の悪い、なんて人聞きが悪いじゃないですか、先生。こっちは貸した金を返して貰っているだけですよ。まぁ、貸したのは私共じゃありませんがね」


 倉田先生が怒鳴る。


「だから質が悪いと言っているんだ! 何も知らない人を騙すようなやり方で!」


 孤児院の借金――その借金回収の権利を、この人たちが購入したというのだ。


 孤児院の園長は言葉巧みに騙したらしい。


「騙したつもりはありませんね。あの婆さんが勘違いをしたかも知れませんが」


 千夏が目を伏せた。


 男性は千夏に言う。


「あの孤児院の借金を支払っているそうだね」


「金なら働いて返すわよ」


 男性は笑っていた。


「冒険者なんていつ死んでもおかしくない。借金を安定して回収出来ない。だから、一つ提案をしようじゃないか。実は風俗店を経営していてね。人を集めているんだ。お嬢ちゃん、聞いていた通り随分と顔も体も良いね」


 こいつら、千夏を……。


 いくらなんでも強引すぎるので、俺も口を出す。


「いくらなんでも強引すぎる。こんなの、訴えれば――」


「訴えれば勝てる? おい、糞ガキ。大人を舐めるなよ。そもそも、返せない借金をしたこいつの知り合いが悪いのさ」


 好景気。しかも随分と長く続く好景気だ。


 だが、こうした理不尽な事がまかり通っている。


「こっちには色々と後ろ盾もあるんだ。新しい店をオープンするのに人手も欲しい。ガキ、金を稼げるようになったら来ても良いぞ。サービスしてやるよ」


 腹立たしい。腹立たしいが、俺も前世でそういう店を利用していた。


 男たちは立ち上がる。


「まぁ、まだ時間はある。このまま孤児院を見捨てても良いだろうけどね。もしも、興味があるならここに連絡してくれ。そうだね……返済期限はとっくに過ぎているが、最後の夏休みくらい楽しむと良い」


 黙って名刺を受け取る千夏の手は震えていた。


 男性は帽子をかぶる。


「怪我をして貰ったら商品価値が下がる。……そこは注意しておくんだね」


 三人の男性が去って行く。


 倉田先生が壁を叩くと建物自体が揺れた。


「……あの野郎」


 倉田先生が怒っている相手は、あの嫌味な教師だった。


「質の悪い連中に、如月の事を伝えやがった。ここまで笑顔で案内してきたよ。封筒を受け取ってすぐに逃げたけどな」


 学園に戻っていたはずだが、どうやら厄介ごとを持ち込んできてくれた。


 千夏の方を見る。


「……太陽、ごめん。私、あいつらのところに行くよ」






 誰もいない食堂は、台所の照明が消えていた。


 薄暗く、活気もない。


 千夏と向かい合って座る俺は、話を聞いている。


「……借金、結構膨らんでいるんだ。元は数百万だったんだけど、色々とあって返済が遅れて増えて」


 孤児院の園長先生は、良い人なのだろう。


 だが、予定よりも多くの孤児を引き受け、更に経営が悪化している。


「私があいつらのところに行けば、孤児院の借金はなくなるし……これでいいんだ。私は、孤児院で初めて大事にされたから。恩返しが出来るよ」


 イライラする。


 有能な千夏を仲間に出来るところだったのに、余計な邪魔をしてくれた嫌味な教師に腹が立つ。


 あの金貸しに腹が立つ。


 そして……何も出来ない自分に腹が立つ。


「私、美人だからね。見た目もこんな感じで、よくオッサンに声をかけられるんだ。きっと人気が出て売れっ子だよ」


「……千夏はソレで良いのかよ」


「良くないけど、どうしようもないよ。残り数回、ダンジョンに入ったくらいで返せそうにもないし」


 好景気で浮かれている日本。


 借金の返済は年利が高いのも当たり前だった。


 それでも成功する人たちが大勢いるから……。


「人気が出たら、すぐに借金なんか返済して自由になるわ。だから、心配しないでも良いよ。ただ……太陽、あんたは会いに来ないで欲しいかな」


 ……え? 俺って嫌われていたの?


 ショックである。


 アレか? 生理的に無理って奴か!


「……嫌いだったのに、付き合わせて悪かったよ」


「違うよ。あんたには……そういうところで働く私を見せたくないから。私、そういう事も触り程度は習っていたからね。男に媚びる方法とか、色々と……もう少し救助が遅れたら、実地で教えられていたくらいだよ。だから、大丈夫……でも、そんな姿は太陽に見られたくない」


 大丈夫という声が、既に大丈夫に聞こえなかった。


 俯いて震えているじゃないか。


「借金の返済が出来ればいいんだな?」


「太陽?」


 せっかく見つけた仲間だ。


 それを奪われてたまるか!


 そうだ、なんで転生してまで理不尽に我慢しなければならないのか。


 俺は強い。


 地位も、金も、名誉も……女も欲しい!


「稼ぐんだよ。ダンジョンには何でもある。宝箱を見つけたら、それが高価な品だった、なんて宝くじを買うよりも確率が高い。ダンジョンには全てがある」


 そう言っていた。そう、言われた。


「……嬉しいけど、無理だよ。それに、太陽が無理をする事になるわ。私じゃ、十三階より先だとお荷物だし」


 悲しそうに笑う千夏の顔を見て、俺は立ち上がって机を叩く。


「いいから黙ってついてこい! 目の前の敵は全部斬り伏せる。宝箱が見つからないなら、一番奥まで進めばいいだけだ!」


 そうだ、必ず財宝がある場所があるではないか。


「本気? 一番奥って言ったら――」


「本気も本気。挑んでやるよ。強かろうが、なんだろうが……ダンジョンボスだろうと斬り伏せてやる」


 前世は地味だったと思う。


 ならば、一度くらい……第二の人生くらい、欲望に忠実に生きてやろうじゃないか。


 与えられた使命を果たせば問題ない。


 こんな理不尽な世界に送り込まれ、何を縮こまっているのか。


 俺は自分の力だけで、チートでハーレムを目指してやる。


「……あんた、本当に馬鹿だよ。私なんかのために」


「馬鹿じゃない! ちゃんと考えているだろうが!」






 それからしばらくして――第二陣がダンジョンボスの討伐を失敗した。


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