プロローグ
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ファンタジー世界に住む人間にとって、そこはファンタジーではなく現実――リアルである。
どこまでも理不尽な現実という奴だろう。
俺【天野 太陽】の現実も、理不尽である。
“第三職員室”と呼ばれている部屋には、学園の教師たちが放課後も忙しそうに仕事をしていた。
規模が大きすぎる【桜花学園】には、広い職員室がいくつも存在している。それだけ教師が多い事を示しており、生徒数もかなりの数になっている。
……第二の人生、まさか終業式後に職員室に呼び出されるとは思いもしなかった。
呼び出される理由を考える。
黒髪黒目、髪はショートで前髪以外は後ろに流している。背丈は前世より少し高く百七十の後半。体は鍛えている。
制服も着崩していないので、服装関係で呼ばれたわけではないだろう。
顔立ちは前世の面影を残しているが、鍛えているせいか少し調い美形と言えなくもない。だが、際立った美形ではなく、クラスでは目立たないモブのような存在である。
しかし、外見で呼び出される程に酷くはない。
次に成績だが、いくら前世は優秀でなかったとは言え二度目だ。周りに負けるのが悔しくて、それなりに真面目に取り組んでいる。
おかげで成績は悪くない。
……一番でもないが。
だったら生活態度や授業態度?
それもない。何しろ桜花学園は全寮制の学園だ。
生活態度も真面目なら、日々の授業態度だって優等生だ。それに、俺には遊んでいる時間も金もない。
なのに、担任教師である【倉田 大地】先生は、なんとも困った顔で椅子に座っていた。自前の座布団を敷き、上着を脱いだスーツ姿。
ネクタイを外し、腕まくりをしている。
教師とは思えないほどに太く逞しい腕と、歴戦の猛者のような風格のある顔――いや、実際に歴戦の猛者だ。
グレーの髪は白髪交じりだが、五十代には見えなかった。
俺を見て深い溜息を吐いていた。
「先生、そろそろ呼び出した理由を教えてくださいよ」
高校一年の一学期が終わり、周囲ではこれから夏休みをどうやって過ごそうか楽しんでいるときに、俺はこうして職員室に呼び出しを受けていた。
倉田先生が重い口を開く。
「天野……お前の退学が職員会議で決まった」
「え!?」
俺が驚いていると、首を振る倉田先生が項垂れていた。
「え、じゃない。いいか、ここがどんな場所か分かっているだろう?」
桜花学園は、一般の高等学校と大きく違っている。
違っているというか、基本的に学校というのは義務教育でなければお金を払って学びに行く場所だ。
だが、桜花学園や全国でも数校は、生徒の授業料から生活費までのほとんどを負担してくれているありがたい学園だ。
設備も充実しており、下手な学校よりよっぽど恵まれている。
……当然だが理由がある。
それは、桜花学園の経営は国と冒険者組合が行っているからだ。
方針として、将来的に日本での冒険者を確保し、育成するのが目的である。
ギルドに貢献すればいいのであって、別に進学しても文句は言われない。最終的にギルドの利益に繋がれば良いのだ。
そんな桜花学園で、退学を言い渡される俺――。
「冒険者を育成する学園ですよね。だから、俺は冒険者になろうと――」
倉田先生が俺を呆れてみていた。
「お前が真面目なのは知っているし、俺だって出来れば退学にしたくない。だけどな、天野……いい加減に【ジョブ】を外せ」
現代日本の職員室でする会話ではないが、周囲は別に驚いた様子もない。チラチラと俺を見てくる教師もいるが、話の内容を気にしているのではない。
この世界……現代風の日本で有りながら、ファンタジー世界と融合してしまっている。
モンスターがいて、ダンジョンが急に出現して、というような感じだ。
モンスターは倒せば消えてしまうが、倒すと【魔石】というエネルギーの結晶体が手に入る。
これがまたエネルギー資源としてかなり優秀だった。
おかげで、世界中のダンジョン出現率の八割から九割を占めるこの世界の日本は、技術、経済大国であると同時に資源大国でもあった。
現代ファンタジー世界とでも思って貰えれば良いだろう。
「いや、ジョブを外せって……外したら、二度と手に入らなくなりますよね?」
俺の返事を聞いて、倉田先生が「それだよ」と言ってくる。
「お前、高校生にもなって未だにジョブが“戦士”だぞ。周りの連中は、遅くとも高校に入ったらすぐに外している。実際、理由もなく戦士を外していない生徒は全校生徒の中でお前だけだからな」
ジョブ――神がモンスターと戦うため、人に与えた戦う力。身体能力の向上や、特殊な技術や技を使えるようになる。
知識なども与えてくれて、この世界では誰もが一人につき一つ持っている。例外で二つ三つ持っている人もいるが、基本的に一人につき一つだけだ。
そんなジョブだが、最強に関しては色々と盛り上がった話にもなるが、最弱に関しては決定していた。
誰しもが生まれた時に持っているジョブは【戦士】。
特別強いわけでも、際立った技術を持っているわけではない。
魔法にしても、覚えたところで専門のジョブほど上手く扱えない。
生まれた時にみんなが持っており、そして早ければ小学校の高学年から外し、自分が手に入れたジョブをセットしていくのが普通だった。
そう、それがこの世界での常識。
戦士は最弱で、俺の年齢で持っている事は恥ずかしいとされている。
「いや、俺は戦士で強くなりたいんですよ。こだわりがある、って話は倉田先生にもしましたよね?」
倉田先生も小さく頷くが、視線が周囲の教師たちを見ていた。
「俺だって職員会議で言ったさ。だが、外せない理由もなく、ただ戦士を選んでいるなんて戦う意志がないのと同じだと」
「おかしいでしょ! 俺は冒険者になるつもりだし、ジョブが戦士だからって退学は有り得ないですよ! 校則に書いてあるんですか!」
倉田先生が一枚の紙を手にとって俺に見せてくる。
職員会議で配られたものだろう。
「将来的にギルドに貢献する意志がなく、高卒資格を欲している生徒に関しては色々と決まりがあるんだよ。いつまでも戦士のジョブをセットしているお前も、意志がないと判断出来る、とさ」
俺が周囲を見ると、露骨に目をそらす教師がいた。
「そ、そんなの……」
俺が困っていると、倉田先生が優しく声をかけてくる。
「……取りあえず、条件付きだが退学は待って貰う事にした。夏休み中にジョブを変更してこい。そうすれば、退学にならない」
……それが出来るのなら、俺は周りに馬鹿にされてまで戦士を選んでなどいない。
それに退学も困る。
「……それは出来ません」
「おい、意地を張るな。お前みたいに戦士にこだわった奴は何人も見て来た。だが、ほとんど挫折してジョブを変更する。もっと賢くなれ。俺は、お前はもっと賢い奴だと思っているんだが?」
なんの理由もなければ、俺だって周囲の評価にあわせて戦士のジョブを外しただろう。もっと楽に生きたいと思っている。
それが出来ないから困っているんだろうが!
「……無理です」
倉田先生が腕を組む。
どうやって俺を説得しようか、悩んでいる様子だった。
この人は、外見こそ厳ついが、生徒思いの良い教師だ。出来れば困らせたくないが、俺にだって理由がある。
……人に言えないのが辛いところだ。
いや、言ったとしても誰も信じてくれないだろう。
誰も「実は戦士が最強ジョブ」だと言っても信じない。
俺も困り果てて視線を彷徨わせると、職員室の掲示板に目が留まった。
張り替えられたばかりのポスターは、日焼けで色あせた書類や他のポスターと違って綺麗に見えている。
謳い文句は――。
『来たれ、冒険者! ダンジョン討伐で一攫千金! 長野県冒険者組合』
――洞窟を前に、冒険者たちが武器を構えてこれから挑もうとしているイラストだった。
それを見て思ったのは「長野にダンジョンが出て来たのか」程度だ。
ダンジョンが発見されると、取れる手段は二つしかない。
徹底的に管理するか、それとも急いで破壊――討伐するかの二通りだ。
放置など論外だ。
俺がポスターを見ていると、倉田先生が説明してくれる。
「あれか? 二年生や三年生は、この時期に実戦を経験しようとするからな。自分を鍛えたい奴もいるが、多くは小遣い欲しさだけどな」
本来なら、管理されているダンジョンに向かうのだが、今年は長野の組合から人手が欲しいと学園にも声がかかったらしい。
倉田先生が引率するらしく、生徒を集めてダンジョンに挑むらしい。
「一年でも参加出来るが、現場はきついからな。お前も、さっさとジョブを変更して来年は参加したらどうだ? お前も金が必要――」
そんな話を聞きながら、俺は閃いた。
「それです!」
「――え?」
倉田先生が驚いた顔で俺を見ていた。
「夏休み中にジョブを変更すればいいんですよね? ということは、八月三十一日までは俺はこのまま戦士でも許されます。先生、俺を長野に連れて行ってくださいよ」
言いたい事は分かるが、などと言う倉田先生が渋い表情になった。
「お前は真面目だが、まだ早い。来年挑めば良いだろうが。一年の二学期にもダンジョンに挑む機会はあるんだぞ」
分かっているが、それでは戦士のジョブを外すことになる。
それは出来ない。
「夏休み中に、俺が戦士のジョブをつけたままでも戦えると示せば良いんですよね? それなら、この問題は解決しますよ」
真剣に倉田先生の顔を見る。
グレーの髪を指でかき、俺が折れないと分かったのか渋々認めてくれた。
「……出発は三日後だ」
「流石、倉田先生!」
俺が喜んでいると、倉田先生が水を差す。
「それより、お前は一緒に組む奴がいるのか? 流石に一人でダンジョンに入るとか認められないぞ」
俺はすぐに喜んだ状態から、落ち込んだ状態になる。その様子だけで察した倉田先生が、一人だけ心当たりがあると言った。
「問題児だが、そいつも訳ありで参加する。取りあえず紹介してやるから、明日の朝にでも教室に顔を出せ」
どうせ実家には帰らない。いや、帰れないので問題ない。
「本当に助かりました。この恩は忘れません」
俺の言葉に、倉田先生は冗談を交え返事をした。
「卒業して稼げるようになったら酒でも持ってこい。はぁ……また職員会議で吊し上げだよ」
……本当に申し訳ない。
いつか酒をおごれるようになりたいと思いつつ、俺は職員室から出て行く。
そのまま歩いて教室を目指す訳だが、途中の廊下で立ち止まった。
周囲には誰もいない事を確認した俺は、その場に座り込んでしまう。
「よかったぁぁぁ……本当に良かった」
本当に安堵した。
俺は戦士のジョブを外すことも出来なければ、この学園から退学させられるのも避けたかった。
何しろ、俺の命がかかっている。
「……ちくしょう。俺だって、俺だって」
涙が出てくる。
どうして第二の人生、ここまで苦労しなければならないのか。
せめて――せめて、凄い能力やら武器を貰って、もっと俺強ぇを体験したかった。
ジョブを外すことも、この桜花学園を退学になるのも避けたい。
別に学園を退学になったからと言って、冒険者になれないわけでもない。何の資格も持っていない中卒でも冒険者になれる。
つまり、俺だってすぐに冒険者になれる。
「なんでこんな事になったのかなぁ……」
俺は全ての原因を思い出す。
第二の人生……天野太陽として転生する前。
あの時の事を、俺は思い出す。
アレは、交通事故で死んでしまった後の出来事だった。
俗に言う……神様転生の一種だろう。
いや、世間一般的に知られているわけでもないし、相手が神だと名乗ったわけでもない。
だが、あの日――俺は確かに転生したのだ。
前世の記憶が薄れて行く中で、あの日の記憶だけは未だに鮮明に覚えていた。