第二章 第一話:目覚め
トム=ロジャースは夢を見ていた。
愛する妻と息子の夢だ。
「ぱっぱ、ぱっぱ」
「よーしよし、パパだぞー?そーれ、たかいたかーい」
「うぁー♪」
「もう。落としたりしないでよ?」
「わかってるわかってる。ほーれ、ほっぺすりすりー」
「あぅー♪」
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「うぅーん。ほっぺしゅりしゅりー・・・」
俺は瞼を通り抜けてくる日光と固い地面の感触で意識を取り戻した。
地面で横になっていたからだろうか、体がギシギシする。
(まぶしい。)
俺は顔を横に向けてゆっくりと眼を開けた。
(ここは・・・?)
目の前には草の生えた岩。なんでこんなところで寝ていたのだろう?
(飲みすぎたか?)
飲みすぎて記憶が飛んだかと思いつつ、首を反対側に向ける。
目の前にグレートソードが転がっているのが見えた。
それを見てだんだんと思い出してきた。
確か、仲間と一緒にドラゴンゾンビに止めをさしたのだ。それから光に包まれて・・・。
(そうだ、ドラゴンゾンビっ!)
やつがまだ生きているとしたら、呑気に寝てる場合じゃない!
ガバッと上体を起こして周囲を確認する。
周りには岩や草木、平和な自然が広がっていた。
ドラゴンゾンビの姿はどこにも無かった。
ドラゴンゾンビだけではない。
戦友たちの姿すら、影も形も見当たらなかった。
俺は少しだけ気を緩めた。
そして落ちているグレートソードを拾おうとして・・・、気がついた。
視界に入った自分の腕が骨だけになっていることに。
「はぁっ!?」
思わず声を上げてしまった。
呆然と自分の腕を眺める。
慌てて自分の体を確認した。
体の露出している部分全てが骨になっていた。
首元の隙間から中を覗いてみる。
骨しかなかった。
「な・・・、なんだこりゃぁぁあああああ!」
俺の声が山中に響き渡った。
自分の声で少し我に返る。
(おいおい、どうなってんだ、これ・・・)
夢か?だとしたら、なんて現実感のある夢だ。
これが夢ならさっさと覚めてくれ。
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しばらくして俺は落ち着きを取り戻した。
(これから・・・、さてどうするか)
付近に人の気配はない。
自分と一緒にドラゴンゾンビへ突撃したやつらはもちろん、あれだけいたはずの戦友達も誰一人だ。
弓の奴らから大量に放たれたはずの矢すらも姿を消していた。
改めて自分の体を見る。
何か異常事態が起きているのは間違いないだろう。
原因として考えられるのはドラゴンゾンビが断末魔と共に放ったあの光だ。
他の連中にもきっと何かがあったに違いない。
さっき夢に見ていた家族の姿が浮かぶ。
ドラゴンゾンビ討伐に出発して既に一か月半が経っている。
無性に家族に会いたくなった。
(よし、)
「帰ろう」
もしかしたら、ここで何かやるべきことがあるのかもしれない。
だが何もわからない以上、ここにいても無為に時間を潰すだけだ。
(その前に、この体をどうにかしないとな。)
元に戻れるかどうかはわからないが、せめてこの姿を隠さないと人里には入れないだろう。
ドラゴン相手に下手な防具は無意味だと思って一部を外してきたのだが、まさかこんな形で裏目に出るとは思わなかった。
肉が無くなってブカブカになった鎧の感覚に戸惑いつつ、腕組んで考える。
どこかで体全体を隠せる服を調達しないとならない。
とはいえ、この体ではそもそも服屋にはいけないわけだ。
(・・・そうだ)
一つひらめいた。
名案とは言えないが、割と現実的な方法だと思う。
俺は早速出発することにした。
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山の中を故郷に向かって歩く。
もちろん目当ての獲物を探しながらだ。
とは言っても、そうそう都合よく見つかるわけもない。
ガサッ
(・・・!)
俺はとっさに気配を殺した。
背中のグレートソードを抜いて構える。
音のした方を中心に周囲を警戒する。
音のした方から来るとは限らない、陽動かもしれないのだ。
そういう狩りをする獣を何度か相手にしたことがある。
もちろん人間も。
ガサゴソ
ガサッ、ガサ。
「クマー」
茂みから出てきたのは俺の腰辺りまでの大きさのクマ(?)だった。
なんというか、こちらを警戒する様子も無い。
俺は一瞬だけ目が点になった。
無防備になった自分を諫めつつ、出てきた獣を観察する。
・・・こいつはクマ、なのだろうか?
本人はクマーと鳴いていたが、どう見ても俺が知っているクマと違う。
尻尾はアライグマみたいな感じだが本体が明らかにおかしい。
まんまるな体で首がどこなのかすらわからない。
坂道の下りは走るより転がった方が間違いなく早いだろう。
(クマって2足歩行だっけ?)
俺が知っているクマも2本足で立ったりはする。
が、こいつはそもそも4足歩行をする雰囲気なんて微塵も感じさせない。
ていうか手足が短すぎて多分無理だ。
出てきたクマ(?)は俺に気づいた様子もなく歩いていく。
この辺りはわりと猛獣なんかが出るはずなのだが、こいつはものすごい場違いな呑気さを纏っていた。
俺は毒気を抜かれて呆然とクマ(?)が去っていくのを見送ってしまった。
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「しまった、毛皮!」
クマ(?)を見送ってからしばらく歩いた後、
俺はクマ(?)をあっさりスルーしてしまったことを早速悔やんでいた。
野生の獣の皮で姿を誤魔化そうと思っていたからだ。
全身を隠すのは無理そうだったが、あいつの毛皮ならかなりの面積を隠せただろう。
惜しいことをした。
ちなみに、これが俺の考えた計画その1だったりする。
もっと頭のいい奴なら他にも考え付いたんだろうが、そこまで賢くないのは自覚している。
ついでに言うと、計画その2は『盗賊の類から奪い取る』だ。
どちらにせよ獲物を見つけないといけない。
立ち止まって少し考える。
このまま人里に向かって移動した場合、獣や盗賊に遭遇する可能性はどんどん少なくなっていくはずだ。
獣はこの辺の方が大型だし数も多い。
盗賊やってる連中にしても、ある程度身を隠せる場所に拠点を構えることが多い。
移動しながら遭遇したやつをぶっ殺して奪えばいいと思ったが、先に進むほどこの姿を人に見られる可能性が増していく。
段々と、先に装備を確保した方がいいと思えてきた。
(よし、計画変更。家族に会うのはしばらく我慢だ。)
如何に俺の家族と言っても流石に骸骨人間が帰ってきたらビビるだろう。
少なくとも説明する時間を稼ぐぐらいの準備は必要だ。
急がば回れ。
「さっきのクマ、はどこいったかわかんねーか」
1人で野生の獣を狩るなんて久しぶりだ。
駆け出しの頃を思い出す。
俺は胸が高鳴るのを感じていた。