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第三章 第三十四話:二十年前の戦友は今日の敵

 崩壊した時計塔のある街の中央を抜け、ハンスはリリィの家がある北東へと向かった。

北と東の方はかなりの建物が破壊されているが、その間に挟まれたここは幸いに被害を受けていない。

ちなみに北の方を破壊したのはエリアスだが、東はトムとアルバンの戦闘に巻き込まれる形で壊されている。 

 

(リリー、家にいてくれよ?)


 この辺りの建物が無傷ということは、家の中にいれば彼女も大丈夫ということだ。

ハンスは強者に怯えるような静けさを保った街中を走った。

彼女との先日の別れが脳裏をよぎる。


(なんて言えばいい? いまさら……)


 もしかしたら自分を受け入れてくれるのではないかという期待感、そこに拒絶させるかもしれないという恐怖が入り混じる。


(いや、違う。違うだろハンス)


 ハンスは自分自身に言い聞かせた。

今考えるべきはそういうことじゃない。


(重要なのはリリーが無事かどうかだ。俺のことじゃない。……守るんだ、リリーを)


 先日も通った道に差し掛かった。

周囲の民家の中では人々が息を潜めているようだ。

だがここから逃げ出した者もいるらしく、無人になっている民家も多い。


(よかった、ちゃんといた)


 リリーの家に到着したハンスは、家の中で誰かが一人で息を潜めているのを確認して安堵した。

家の前に立ち、ドアをノックするべきかどうか迷う。

ただでさえこんな時間だ。

先日のあんな別れ方をした相手にこんな時尋ねられても困るだろう。 

ハンスはノック手前まで行った右腕を下ろした。


(……リリーが無事なだけでも十分だ。ここで守ろう)


 だがその直後、ハンスの脳裏に嫌な想像がよぎった。


 ――彼女は本当に無事だろうか?


 家の中に誰かがいるのは間違いない。

だがそれは本当に彼女なのだろうか?

実は彼女はここから別の場所に逃げ出していて、中にいるのは空き巣だったとしたら?

もしも彼女が本当に街中を移動しているとすれば命が危ない。

あるいは家の中にいるのが彼女だったとして、助けが必要な状態になっているかもしれない。


 トントントン。


 体が勝手に反応した。

リリーの危機かもしれない、そんな時に自分はどんな行動を取るべきか。

頭で考えるよりも先に、体が答えを出した。 

家の中にいる誰かがノックに反応して、恐る恐るこちらにやってきた。


「どちらさま……、ですか?」


 リリーの声。

それを聞いたハンスの心は今度こそ安堵した。

そして即座に違う理由で高鳴り始める。


(……なんて名乗ったらいい?)


 先日は自分の姿を見て悲鳴を上げた彼女から逃げるようにしてここから立ち去っている。

ここで正直に自分の名を名乗ったところで同じことになりはしないか……?


「あの……?」


 反応がないことにリリーは不安そうな声を出した。

非力な女の一人暮らし、そしてこんな時間の来訪者、街中はこんな騒動の真っ最中だ。

少しでも怪しいところがあれば不安を感じて当然だろう。


「……俺だ。ハ――」


 ハンスは覚悟を決めて自分の名を名乗ろうとしながら、最寄りの監視塔の方に視線を流した。

それは自分の意思というよりも反射的な行動だった。

優先的に”そこ”を確認しようと無意識に体が動いていた。


「……」


 名乗ろうとしていたハンスの言葉が途切れた。

視線は監視塔の一番上に立つ人影に釘付けにされている。

月明かりに照らされたそのシルエットから読み取れるのは、それが騎士か戦士の類だということぐらいか。

どこの誰かはわからない。

だが、ハンスの本能はそれがどういう性質の持ち主であるかを正確に理解していた。


「家の中に隠れていろ、リリー」


「え?」


 ――敵だ、間違いなく。


 ハンスは矢筒から矢を二本抜き、弓を構えた。  

 


 四人が街の四方の門を塞ぎ、残りの三人で中の住人を殺しつくす。

それが”彼ら”の今回の作戦だった。


 領主の館で自分の復讐を遂げたアルフレッドは、その約束を果たすべく街の北東へと向かった。

ロザリーが街の中央、ロドリゴが南西の方からやることになりそうだと聞いていたからだ。

近くにあった監視塔の昇って周辺を確認してみると、確かに北門と東門の周辺以外は手つかずのままのように見えた。

妻の仇をとり、かつての婚約者を手にかけた直後ということだけあって、精神的には平常運転とは言い難かったのは否めない。

どうせエリーゼ達を殺すのなら、もっと早くにやっていればヒルダはまだ生きていて幸せになっていたのではないか。

そう思うたびに苛立ちが増していく。


 ――誰に苛立つ?


もちろん自分にだ。

荒ぶる魂がぶつかる何かを求めている。

それが八つ当たりなのはよくわかっていたが、もう自分でも止められない。

婚約者だったエリーゼはこの手で殺した。

妻となってくれたヒルダはもういない。

正常な意識を赤黒い何かが包み込んでいく。


 眼下には無傷の街とその住人達。

アルフレッドは虚無感から逃げるように剣を抜こうとした直後、視界の中に一人の戦士を捉えた。

何をしているのかはわからないが、民家の前に突っ立っている。


「……」


 どうやら向こうもこちらに気が付いたらしく、視線が交わった。


 ――見つけた、魂をぶつけるに丁度良い相手を。


 正気を狂気が飲み込んでいく。


 スケルトンとして最初に復活した男、アルフレッド

 スケルトンとして最後に復活した男、ハンス。


 かつては共に腐竜と戦った者同士。

 二十年後の今、その両雄が月明かりの下でぶつかった。



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