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第三章 第三十三話:愛していたよ

 南門の前。

 その周辺には屍が積み上がり、淀んだ空気は静寂さに満ちている。

 動かなくなった人々を視界に入れながら、四人の男達が並んで座っていた。


 一人はこの南門の制圧を任されているポール。

 二人目は自分の復讐を終えたロドリゴだ。

 

 どちらも積極的に狩りをする気にもなれず、最低限の屍を作った後は何もせずに時間が経つのを待っていた。

 そんなところに訪れた二人の男達。


 一人は復讐組を先日離脱したベン。

 そしてもう一人はかつてアルフレッドやトーマスの隊長だった男、モンドだ。


 だが四人集まったからといって話が弾むかと言えばそんなわけでもなく、無言のまま並んで座っていた。

 この中ではモンド以外の三人が自分達の復讐を完遂していることになる。


「ロドリゴ、息子の方はどうだったんだ?」


 沈黙に耐えかねたのか、ベンが口を開いた。


「……うまくやってたよ。いい嫁さんをもらって子供も一人いた」


「そうか……。よかったな」


「ああ……」


 ロドリゴとその息子に血のつながりがないことはベンも知っている。

 だが実の息子が無残な死体となって見つかった彼にはそれでも十分喜ばしいことだと思えた。

 親子として過ごした時間があったのは事実であるし、直接二人が憎み合っていたわけでもない。

 それならば幸せに暮らしていることを喜ぶべきだろうと。

 ロドリゴもそんなベンの感情を察したのか、纏った雰囲気が少し丸くなった。

 ベンの息子の結末を他の三人も知っているだけに、彼に対して異を唱えようとする者はいない。


「ベン。俺は――」


「気にするな。別に他意があって聞いたわけじゃない。咎められる謂れのない人間が幸せになる。……いいことだ」


 ――そんな人間を何人も殺しておいてか?


 ベンの中に矛盾が燻る。

 四人の目の前に屍となって転がっている人々とて、殺される謂れなど無かったはずだ。

 そんな人々がこれから手にしたであろう幸せを壊しておいて、それで”幸せになるのはいいこと”だと?

 

 ――偽善にすらならない。


 自己矛盾を共有したベンとロドリゴが黙り込む。

 そんな二人を励まそうとモンドが口を開いた。


「いいんじゃねぇか? 流れに身を任せればよ」


 その視線はどこか遠くを見ている。


「こんな体になっちまったんだ。誰も普通でなんていられねぇよ。正気を保ってる奴がいたとしたらそいつの方がどうかしてる。……何をやったって、いまさら普通の人間として扱われることなんてないんだ。結局なるようになるしかないのさ」 


 諦観。

 モンドの言葉を聞いた三人が感じた印象はそれだ。 

 仮に無罪の人間を殺したところで、彼らが人として裁かれることは無いだろう。

 もしもそれが有り得るのだとすれば、むしろ積極的に人を殺す理由になると言ってもいい。

 

 罪を犯すことと人間であると認められること。

 殺し合いを生業としていた彼らにとって、その天秤は酷く不安定だ。


「あいつは……」


「ん?」


 それまで黙っていたポールが口を開いた。


「アルフレッドは……、どうなんだろう?」


「あいつか……。あいつだけは……、事情が少し違うからな」

 

 モンドはかつて部下だった男のことを思案した。



 ネアンドラ領主の館。

ここでは領主の息子の誕生パーティが行われていた。


 ――先程までは。


 下は十代ぐらいから、上は棺桶に片足をつっこんだような老人まで、次代の領主に顔をつなごうと躍起になっていた貴族達は全員が屍となり果てている。

さらには給仕のメイドやコック、警備の兵達に至るまで、パーティ会場にいた者達は全員がその命を刈りとられていた。


 暴風雨。

 

 一体何が起こったのかと聞かれれば、中にはそう答える者もいることだろう。

突如として窓から乱入した一人の男、アルフレッド。

彼はガラスの割れる音が室内に響き終えるより先に会場を制圧した。


 圧倒的な速度。


 絶対的な力。


 絶望的な戦力差。


 老若男女を問わず、一撃で容赦なく命を奪った。

手加減する義理などどこにもない。

邪魔な人間を排除した後、アルフレッドは残った三人の足をへし折った。

そして彼らは今、アルフレッドの目の前で地に這いつくばっている。


「な、なんだお前は! 私を誰だと思ってる!」


「そ、そうよ! こんなことをしてただで済むと思っているの?!」


 痛みに慣れ始めた二人の夫婦が叫ぶ。

一人はこのネアンドラの現当主。

そしてもう一人はその妻。


 ――そう、アルフレッドのかつての妻、エリーゼだ。


 年をとったとはいえ、若い頃の面影はしっかりと残っている。

着飾っている分を含めれば、あの頃よりも綺麗だと言えるかもしれない。


「う……、痛い……」


 最後の一人、二人の息子が呻いた。

目の前の脅威は去っていないというのに、ひたすら折られた自分の足を気にしている。

この状況が見えていない辺りに甘やかされて育ったことが伺える。


「そうか、なら少し楽にしてやろう」


 アルフレッドは抑揚のない声で答えると、躊躇いなく彼の足に剣を振り下ろした。


 ドシュ! ガシュ!

 

「ぎゃああああああああ!」


「デニッシュ!」


 絶叫した息子と、思わず彼の名を叫んだエリーゼ。

 アルフレッドの剣は息子の脚を太腿辺りで切断した。


「なんということを! 誰か! こいつを殺せ! 今すぐだ! 誰か! 誰かいないのか?!」


 領主が喚いたが、それに答える者は誰もいない。


「無能は父親譲りか?」


 ドスッ、ドスッ! 


「うぎゃあああああ!」


「いやあああ! あなた! デニッシュが!」


 アルフレッドはさらにデニッシュの腕を切断した。

 血が勢いよく溢れ出す。

 この分ならすぐに出血多量で死ぬだろう。

 その前に痛みでショック死しそうな勢いだが。


「やめろ! 大事なうちの跡取りに何をする!」


「……」


 ドス! 


 ネアンドラ領主のその言葉を聞いた直後、アルフレッドはデニッシュの頭部に剣を突き刺した。

次期領主の体は本人の意思とは無関係に痙攣し、やがて動かなくなった。  


「デニッシュ! なんてことを! あなた! 殺して! この男を今すぐ!」


 上体を起こしたエリーゼが喚き散らす。

だがこちらは後だ。

アルフレッドは領主のところに移動すると、彼を見下ろした。


「な、なんだ? 何をするつもりだ?! わ、私に手を出したらどうなるかわかってるんだろうな?!」


 スケルトンとなったアルフレッドの妻になった女、ヒルダ。

そんな彼女を性奴隷にしたのはエリーゼだ。

しかし実際に彼女を汚したのはこの男。

この男が欲望の限りを尽くしたことで、ヒルダは子供が産めなくなり、深刻な性病にかかって命を落とした。


 ――ヒルダを汚したのはこの男だ。


 ――妻を汚したのはこの男だ。


 この男さえいなければ、ヒルダは今頃きっと幸せな毎日を過ごしていたことだろう。

ちゃんとした人間の男と結婚し、周囲から祝福され、子供を何人も生んで、きっといい母親になっていたことだろう。

アルフレッドは剣を握る手に力を込めた。

ゆっくりを天に掲げるように振りかぶる。

彼がこれから何をしようとしているのか、それに気が付いた領主が慌てて叫んだ。


「ま、待て! 早まるな! そうだ! 欲しいものを言え! 金か?! 地位か?! 欲しいものならなんでもくれてやる!」


「……そうかそれなら」


 ドシュ! ブシュァアアアアア!


「お前の命を貰うことにしよう」


「あなた!」


 男の体は激しい血飛沫と共に左右に真っ二つになった。

大量の血がまるで祝福のようにアルフレッドにかかる。

そしてこの場に残ったのは二人の男女のみ。


「ひっ!」


 剣を持ったままゆっくりと歩いて近づいてくるアルフレッドから逃れようと、エリーゼは傷ついた両足のまま後ずさった。


 ガシッ!


 すぐに壁にぶつかった。

 左右のどちらかに逃げようにも、それよりも先にアルフレッドが近づいてくる。 


「い、いやっ! 来ないで! 殺さないでっ!」


 髪を乱し、汗と涙で化粧をぐちゃぐちゃにしながら、エリーゼは命乞いをした。

目の前の男がかつての婚約者だとは気付く素振りもない。

全身を鎧で包み込んでいるとはいえ、声は変わっていないはずなのだが。 

アルフレッドが再び振り上げた剣から両手で身を守るようにして震えている。

その姿はアルフレッドに昔の彼女を想起させた。


 ――どこで間違えたのだろう?


 ――どこから間違えたのだろう?


 あれから今日まで、幾度となく繰り返した自問自答。

その答えは今も見つかっていない。


 しかし確かなことは一つ。


 ――彼女は自分の妻ではない。


 自分が全てをかけて守る相手は。

 

 自分が世界の全てを敵に回しても守るべき相手は。


 ――それはエリーゼではない。


 視界を閉じてヒルダのことを思い出す。

自分に向けてくれた笑顔。

自分を望んでくれた妻。


 ――いずれにせよ、守るべきは彼女だ。


「……愛していたよ、エリーゼ」


「――え?」   


 アルフレッドは振り上げた剣を振り下ろした。


 あれから二十年。

 これが本当の意味での決別だった。


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