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第三章 第三十二話:ワルツなんて踊れない

 ガキィン! ギギギギギィン!


 小さな広場の静寂を、金属音が小刻みに切り裂いていく。

その音色を聞く観客は一人もいない。

ロッシとロザリー。

譲らない両者が激しくぶつかり合う。


(こいつ……! ここまでできる奴だったのかい?!)


 ロザリーはロッシの速度と技量に舌を巻いた。

劣っているとまではいかないが腐竜討伐隊の中では平均的な水準だというのが、彼女のロッシに対するこれまでの評価だ。

しかし今こうして彼女と戦っている彼は明らかにその水準を超えている。

なにせ討伐隊でも上位に入る戦闘力を持つロザリーを正面から止めているのだから。

規格外の力に覚醒したアルフレッドは別格としても、それ以外では間違いなく討伐隊最高クラスの水準と言っていい。 


(とはいえ、負けてやる気はないけどね!)


 ロザリーが二本とも速度に優れたダガーであるのに対し、ロッシの武器は片方がメイスだ。

打撃系の武器はある程度加速しないと十分な威力が出ない。

このスピードレンジでの攻防においてそれは大きなハンデとなる。

実際、ロッシは剣を攻撃に、メイスを盾の代わりとして頻繁に使っていた。


「攻めが単調だよ!」


 手数の多さというのは、それだけ相手に情報を与えやすいということでもある。

自分自身の弱点でもある故にそのことを熟知していたロザリーは、ロッシの攻撃パターンを早々に把握し始めていた。

この高速戦闘においては参考になる情報はすぐに集まる。

いかにロッシが一皮剥けたとはいえ、経験の差そのものはどうにもならなかった。


 ガチャッ、ドッ!


「――!」


 ロザリーはロッシの剣を自分のダガーで受け流すと、もう一本で攻撃すると見せかけて前蹴りを叩き込んだ。

メイスでダガーを受け止めようとしていたロッシはそのまま後ろに飛ばされる。


(このまま首を刎ねて終わりだ!)


 宙に浮いたままのロッシを追撃しようとロザリーが迫る。

彼女の狙いは着地直後の硬直だ。

その一瞬のタイミングに合わせて鎧の隙間にダガーを差し込もうとした。


「ふっ!」


 彼女の意図を察したロッシは体をねじって首の位置を移動させる。


 ガンッ!


「チッ!」


 鎧でダガーを弾かれたのを見て舌打ちするロザリー。

そんな彼女に対し、お返しとばかりにロッシの剣が迫る。

狙いは彼女の左肩。

両手のダガーによる手数の多さを武器とする彼女が関節を破壊されれば、その時点でほぼ負けが決まると言っていい。


「甘いよ!」


 カァン!


 ロザリーは腰を捻って肩の鎧でそれを弾くと、そのままの勢いで横に一回転して突き出されたロッシの腕を叩き切ろうとした。

伸びた腕に彼女のダガーが振り下ろされる。


「くっ!」

 

 バキッ!


 ロッシは左手のメイスを盾代わりに割り込ませようとしたが、間に合わずに右肘から先を切り落とされた。

勢いのまま地面に沈んでいくロザリーの姿を見て、下からの攻撃を警戒しながらバックステップで大きく距離をとる。


 ドサッ!


 飛んでいったロッシの腕が地面に落ちた。


(腕を取ろうとして逆に持っていかれたか。……流石に強いな)


 世間一般の基準で見れば腐竜討伐隊に参加した面々は全員が十分に強いと言えるだが、その中でも彼女はやはり別格だ。

伊達に平民、それも肉体的に不利な女であるにも関わらず実力で王国騎士にまでなったわけではない。 

他の上位陣が力や速さといった身体能力を強みとしているのに対し、彼女の強さの源泉はあくまでもその技量にある。

手数の多さはあくまでもそれを活かすための手段に過ぎない。


「勝負は決まりだ、どきな」


「断る」


ロッシは尚も戦おうと左手のメイスと構えた。


「強情な奴だね」


「言っただろう? 真実の愛を信じることにしたんだよ」


「やっぱり頭がおかしくなっちまったんだね。そんなことをしてアンタにいったい何があるっていうんだい? 負け犬であることに変わりはないんだよ。……私もアンタもね」


 ロザリーの言葉は少し自嘲気味だ。

   

「そんなことはないさ。信じたいものを信じる。そのために人生を掛ける。たとえ結果がどうなろうと、それをやる意味はある。……命を捧げる価値がある」


 ――正論だ。


 国家に、あるいは王に忠誠を誓う身であった彼女にとって、その理屈の正しさは完璧だと思えた。

物事は勝敗や損得だけでは決まらない。

理想や美学を行動原理とするならば、彼の行動こそが正統派だ。


 だが――。


 ロザリーは奥歯を噛みしめた。

まるで昔の自分を見ているような気分だ。

それが酷く彼女を苛立たせる。 


「ロッシ……、いいんだね?」


「そっちこそ」


 真正面から対立する思想と意思。

戦士として人生を歩んできた二人にとって、それを解消する手段は一つしかない。

戦士という人種は物事を解決する手段を一つしか持たない。


 ――抗う者を叩き潰せ!


 ――その肉体を、そしてその意志を!


 両者の視線が再び正面からぶつかった。

互いに致命の一撃を放とうと武器を構えなおす。

ここで手を抜くなど言語道断、それはもう主張の対立以前に戦士としての礼儀の問題だ。 


 静寂。


 戦場となった広場には再び静けさが訪れた。


 カサ……。


 地面に落ちていた紙が風でわずかな音を鳴らした。


 ダンッ!!!


 それを合図に二人の戦士が大地を踏みしめる。

人々の往来によって踏み固められたはずの地面が吹き飛び、空気が爆ぜた。

ロザリーは右腕を前にしてロッシのメイスを迎撃する構えだ。

片腕を失った彼と違い、両手にダガーを持った彼女には致命打を二回放つ機会がある。

その優位性を使わないという選択肢はない。

 

(右腕は最悪くれてやるよ!)


 刹那の時間の中で急接近する両者。  


「……」


 ロザリーはロッシの一撃に合わせようと出方を伺うも、彼のメイスが振られる気配はない。

 

(……来ない?!)


 距離は彼女にとってとっくに射程圏だ。

となればリーチに勝るロッシにとっては言わずもがな。

しかし彼はメイスを構えたままの状態で目前まで迫ってきた。 

このままではたがいに仕掛けることなく正面衝突だ。


「……」


「……ええい!」


 焦れたロザリーが右手のダガーを突き出した。

勢い、タイミング共に十分。

 

(貰ったよ!)


 もう手遅れだ。

それこそアルフレッド並みの速度でもなければこれをかわすことはできない。

ここでロッシの首が飛ぶ未来は確定した。


「……」


 戦いにおいてもっとも油断していけないのはどんな時か、という問題がある。

有力候補は色々とあるだろうが、その中に”勝利を確信した瞬間”というのが含まれるであろうことはまず間違いがないだろう。

そう、まさに今の彼女のようにだ。


 ロッシの左手に握られたメイス。

それはロザリーのダガーが獲物をしとめる未来を確定したことを確認してから動き出した。

加速、加速、そしてまた加速。

その軌道は迷うことなくロザリーの頭部を捉えている。


(コイツ……、まさかっ!)


 視界の端から自分に向かってくるメイスを見ながら、ロザリーはロッシの意図にようやく気が付いた。


(自分の命と引き換えに、こっちの命も断つつもりかい!)


 自分の失策を悟る。

ロッシを倒した後でさらにハンスを追いかける必要があるロザリーに対し、彼はここで彼女を止めさえすればいい。 

自分を捨て駒にする覚悟さえあるのならば、ロッシの取った行動は十分に有り得る選択だ。 


「うおおおおおおおおおおおお!」


 ここで初めてロッシが吼えた。

瞬間、かつての恋人ノエルの姿が脳裏をよぎる。

あの時以来、彼女の姿を見てはいない。

だがきっと幸せになっているはずだ。


 ――ならそれでいい!! 


 未練を断ち切るように、ロッシは残り全ての力を使ってメイスを加速させた。

ロッシの首にダガーが、ロザリーの頭部にメイスが迫る。


(甘く……、見すぎてたね……)


 ロザリーは目前で吼えたロッシを見て自分の考えの甘さを自覚した。

気持ちだけで強くなれるほど世の中は甘くない。

しかし気持ちが強くなければ選べない選択肢は確かにある。

彼はそれを選んだ。

そして彼女は――。


 ガシャッ、ガァンッ!


 ロッシの首が飛び、一瞬遅れてロザリーの頭部が兜ごと叩き潰された。

激しくぶつかった二人の体が宙を舞う。


(ああ……私は……)


 薄れゆく意識、暗くなった視界。

ロザリーはスケルトンとして復活した直後のことを思い出していた。

 

 男勝りな性格、女っ気のない服装。

化粧もしないし洒落た料理もできない。

パーティでワルツなんてもちろん踊れるわけがない。

そんな彼女にプロポーズをした物好きな男。

自分が誰かの妻になるなんて思いもしなかった。

純白のウェディングドレスを着て、左手の薬指には指輪を。

子供は何人がいいだろう? 

一人? 二人? 三人?

王宮のメイド達に頼んでこっそり家事や料理を教えてもらった。

自分が女なのだと初めて自覚した。


 彼は自分を受け入れてくれるだろうか?

肉体を失った自分を。

スケルトンになってしまった自分を。

目覚めたばかりの彼女は、骨だけになった左手にはめられた婚約指輪を握りしめて彼の元へと真っ先に向かった。


 純白のウェディングドレスを着て、左手の薬指には指輪を。 

結論から言えばそれは実現した。

想像と違っていたのはただ一点。

彼の横にいた花嫁が自分ではなかったということだけだ。


 見たこともない知らない女。

柔和な笑みと華奢な線。

淑やかで家庭的、自分とはまるで正反対。

結婚式の主役、純白の花嫁となる未来は空想だけで終わり、現実の彼女は誰にも気づかれず遠くからそれを眺めるだけの観客でしかなかった。


(なんで……、なんでなんだよ……)


 ガシャ、ガシャン!


 力と意思をを失った二人の体が地面に落ちて音を立てた。

やりきって満足の笑みを浮かべたロッシ。

それに対してロザリーが浮かべた表情はなんだったのか。

頭部が破壊され、彼女の意識も失われた今となってはそこに確信のある答えを返せる者は誰もいないだろう。

 

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