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第三章 第三十一話:良心達

 ハンスは時計塔付近の建物の間を縫うようにして走っていた。


(くそっ!振り切れない!)


 背後からはロザリーが追ってくる。

移動速度は彼女の方が明らかに速い。

何度も曲がって視界から外れるようにすることでなんとか時間を稼いではいるが、これが直線ならとっくに追いつかれていることだろう。


「ええい! ネズミみたいにすばしっこい!」


 ロザリーもまた舌打ちをした。

どちらに逃げたのか一瞬迷うような場面が多いせいで中々追いつけない。

別に速度が劣っているわけではないという事実が余計に彼女を苛立たせる。


「けど……」


 ロザリーはハンスが逃げる先の地形を思い出して冷静さを取り戻した。

この先は小さな広場になっていたはずだ。


「ここで捉える!」


 彼女の目論見通り、ハンスは小さな広場に出た。

中央には井戸がある。


(しまった!)


 自分の失態に気が付いたハンスは慌てて右に方向を変えたが、建物の死角に入るよりも先にロザリーが広場に入ってきてしまった。

これでは彼女の判断を迷わせて時間を稼ぐことはできない。

 

ダンッ!


「今度こそ――!」


 ハンスを攻撃しようと大地を蹴りこんだロザリー。

だが彼女の耳は自分の足音にぴったりと重なった別の足音を拾っていた。


(これは――)

「上!」


 ギィン!


 振り向くと同時に振った左手のダガーが敵の剣を受け止めた。


(こいつは……?)


 敵はそのままの勢いでロザリーとハンスの間に割り込んだ。

マントを纏い、全身を細身の金属鎧で固めた男。

そこまで認識したロザリーはすぐに相手の正体まで辿り着いたが、彼女の抗議の声よりも先に男が背後のハンスに声を掛けた。


「ハンスさんか?」


「そうだが……、アンタは……?」

 

「俺か? 俺は……、愛の戦士かな」


「愛の……?」


 いきなり夢想家のようなことを言い始めた男にハンスは眉をひそめたくなった。


「とにかく、ここは俺が引き受ける。急がないと、もしかしたら手遅れになるかもしれないぞ、行け!」


「――! ありがとう。誰かは知らないが頼んだ!」  

 

 リリーの危機を仄めかされて、慌ててその場を走り去っていくハンス。

それを追いかけようとしたロザリーの前に愛の戦士と名乗った男が立ちはだかる。

彼の右手には剣が、そして左手にはメイスが握られていた。


「どういうつもりだい、ロッシ!」


「人の恋路を邪魔する者はなんとやら。俺ももう一度だけ信じてみたくなったのさ、真実の愛ってヤツを」


「はっ! ついに頭がおかしくなったのかい? なんならこの次はアンタを捨てた女を殺しにいこうか。嘘っぱちだってはっきりするよ、真実の愛なんてさ」


 挑発しながらもロザリーは冷静にロッシを観察していた。

発言が少々ロマンチスト気味なこと以外にはそれほどおかしなところもない。

むしろ武器を構える姿は堂に入っていると言っていい。

以前からあった迷いが完全に無くなったようにすら見える。


「その必要はないさ。あれは不運な事故だった。あいつはあいつなりに前に進もうとしたんだ」


「なんだい。悟りを開いて聖人君主様にでもなったのかい?」


「かもしれないな。言っただろ? もう一度信じたくなったのさ」


「それとこれに一体何の関係があるっていうんだい」


 ロザリーは最低限の警戒をしつつも会話の中から現在の状況を推測していく。


(さっきの奴に何か関係があるのは間違いないんだろうね。今まであった迷いもなくなり、互いに不干渉だったはずの約束も破る……、何が起こってる?)


 真実の愛を信じたい。

ロッシのその言葉がやけに引っかかった。 


「さっきの人がな、まだ残ってたんだ」


「……? 残ってた?」


 ロザリーはロッシの言葉の意味がすぐに理解できなかった。

それは彼女の理解力が劣っていたというよりも、ロッシの言動によって混乱していたからと言った方が正しい。


「あの時の腐竜討伐。そこにさっきの人もいたんだ」


「――! へえ、そういうことかい」


 ロザリーはおおよその状況を把握した。

ロッシがハンスと呼んでいた男。

スケルトンの特性をほとんど使っていなかったことから推測すれば、まだ復活してから日が浅いことは容易に想像がつく。

ロッシの発言から考えれば、おそらくはまだ自分がいなくなった後の世界のことを知らないのだと彼女は推測した。


「それで? さっきのアイツをどうしようっていうんだい? 絶望の瞬間を見物しようってのかい? 趣味が悪いね」


 ――早く止めなければ。


 ロザリーに残された良心達が叫ぶ。

このままいけば、自分達と同じように絶望的な現実に直面することだろう。


 ――止めてやるべきだ。

 ――たとえそれで恨まれることになったとしても。


「どきな、ロッシ」


「断る」


 睨みつけるロザリーに対して、ロッシは即答した。


「なぜだい? 詳しい事情は知らないけどね、希望を失うのがわかってるのなら、せめていい夢のままで終わらせてやるのが優しさってもんだよ」


「……それは俺達が決めることじゃない。それに相手の女もずっと待ってたって話だ」


「どうだか。どうせすぐに心変わりするさ」


「その時はその時。少なくとも今はまだわからない。だから俺は希望に賭ける」


「負けが決まってる勝負だよ、どきな」


「断る」


 苛立つロザリーに対し、ロッシは迷うことなく宣言した。

譲る意思のない両者の視線が火花を散らす。


「だったら……」


 ダンッ!


 ロザリーが大地を踏み込む。

それに呼応してロッシも駆けた。


「強引に通させてもらうよ!」


「そうはさせない!」


 勝利に賭ける男と敗者を案ずる女。

住民が避難して静まり返った広場で、二人の強者がぶつかった。

 

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