第三章 第二十九話:平行線
西門前。
危なげなく周囲を制圧し終えたロンは、門の前で暇そうにして立っていた。
(これが終わったら何しましょうかね……?)
その内容の是非は別として、彼に今後の予定が一切ないのは事実だ。
遠くでは激しく金属がぶつかる音が響いている。
彼はそれを他の”誰か”が暴れているのだと判断した。
「……見られているのは気分のいいものではありませんね」
ロンは先程からずっと視線を感じていた。
明らかに素人だ。
距離が少し離れているので他の誰かに任せて放置しておこうと思っていたのだが、こうもジロジロと見られていればそんな気分も変わってくる。
(この辺りに人の気配は無し……。しばらく離れても大丈夫でしょう)
エアリスとは異なり、彼はどちらかと言えば索敵の類が得意な方だ。
攻めてくる敵の動向を把握するのは守りを担当する上で特に重要な能力だというのが大きい。
その彼が見つけられないと言うのだから周辺には本当に誰もいないのだろう。
――そう、生きているものは誰も。
これで生きている者が隠れていたとすれば、素直にその者を称えるべきだ。
タンッ!
軽快な足音を立ててロンが跳ぶ。
狙いは数百メートル先。
実力差を考えれば接触は一瞬で終わるだろう。
こちらの動きに気づいて慌てて逃げようとしてももう遅い。
移動速度は雲泥の差、さらに周囲に誰もいない影響で物音を辿るのも容易い。
「ひっ!」
「逃しませんよ?」
ロンが追いついた視線の持ち主は若い女だった。
さっさと逃げるか、せめてこの場で大人しく隠れていればよかったものを……、好奇心に負けたのだろうか?
「……」
一瞬、その姿が自分を裏切った恋人の姿と被った。
僅かに震える手。
ロンはその手で剣を抜いた。
そして荒ぶる想いを沈めるかのように女の喉元を狙う。
……彼は索敵の類が得意な方だ。
故に、もしも気配を殺して彼の警戒網をやり過ごすことが出来たとすれば、それは相手の方を称えるべきだ。
つまり今は……。
――トーマスを称えるべきだ。
キィン!
「――!」
女の首先とロンの剣の間にもう一本の剣fが割り込んだ。
予想外の事態にロンの警戒レベルが一気に最大まで跳ね上がる。
「間一髪っすね」
その声、その話し方。
ロンは相手を確認する動作をしつつも、それよりも前にその正体を理解した。
「……なんのつもりですか?」
ギリギリで女を助けた”敵”。
それはアルフレッドの後輩、トーマスだった。
「見ての通りっすよ。女の子を助けるっす。あ、今のうちに逃げた方がいいっすよ?」
「は……」
震えて返事をすることも出来ない女は慌てて逃げ出した。
反射的に追いかけようとしたロンをトーマスが剣で静止する。
「……この件に関しては不干渉のはずでは?」
ロンが不機嫌そうにトーマスを睨む。
先程まで女に向けられていた殺気は彼に矛先を変えた。
だがトーマスは意に介す素振りも見せない。
「事情が変わったっす。だから中止するっすよ」
「事情? はて?」
ロンは可能性を考えてみたが、それらしいものは見当たらない。
「行方知れずだった一人がこの間復活したんすよ。その婚約者がこの街にいるっす」
「……はっ! 何かと思えば、そんなことですか」
肉の無くなった鼻で笑う。
「そんなもの、結果を見るまでもないでしょう。どうなるかなんてわかりきってる」
「わからないっすよ。聞いた話じゃまだ待っててくれたらしいっす」
「どうだか。どうせ『実は結婚して子供もいるけど言い出せなかった』とかなんとか言って終わりですよ。話になりませんね」
「まだ決まったわけじゃないっす。可能性が残ってるならまだ希望はあるっすよ」
――平行線。
残った希望に望みを託すトーマス。
もはや希望そのものに見切りをつけたロン。
どちらも共に恋人に裏切られた身。
スケルトンとなり故郷に帰って現実を見せられた後、二人の心情は極めて近いものになっていた。
だがしかし……。
一度は交わった二人の道は再び分かれ、その距離を大きく開いてしまったらしい。
自分達は絶望的なまでの対極に立ってしまったのだとロンは理解した。
無言で剣を鞘に収める動作をする。
「……そうですか。それっじゃ仕方ありません……、ねっ!」
「おっと!」
キィン!
ロンは収める振りをした剣を横薙ぎに振った。
その可能性を感じていたのか、トーマスは余裕を持ってそれを受け止める。
「……やめてくれる気はないんすか?」
「……ない」
拒否、そして決別。
一度は交わり離れていった二つの道は、今ここで正面から衝突した。




