第三章 第二十八話:こんなもの
風に攫われていく土煙。
そして姿を表した二人の戦士の姿を、幸運にもピーターは視界の中心で捉えることが出来た。
体中が痛み、まともに動くことなど叶わない。
今はただ城壁を背にしてその場にいるのみ。
視線だけを横に動かせば、そこにあるのは屍を晒す戦友エバンシェ。
その体は二つに分かれている。
やったのはあの戦士の内の片方だ。
――そう、戦士だ。
ピーターはあれこそが本物の戦士なのだと悟った。
自分が今まで見てきたもの者達はただの紛い物だったのだと。
弱い力で唇を噛む。
そして自分もまた紛い物だったのだと。
まるで相手にもならなかった相手。
ただただ強く、自らの主張を力で押し通す者達。
……当然だ、彼らこそが本物の戦士なのだから。
戦って人の上に立つもの。
――それが戦士なのだから。
★
エリアスとマルティ。
向かい合う二人は共に大剣を上段に構えた。
まったく同じ型。
彼らが新人の頃に最初に教わった型だ。
肩に担ぐような格好から全力で振り下ろす。
武器の重量を活かした、最も大剣らしい攻撃。
言うなれば、二人にとっての戦士の原点。
これで決着をつける以外に道はない。
彼らの意見はそれで一致していた。
何も知らない者達が見れば、あるいは話す余地が残っていたように見えるかもしれない。
もしかすると分かり合える余地が残っているように見えたかもしれない。
だが現実は違う。
何十年と共に生きた二人。
共に幾度となく死線をぐぐり抜けた二人。
だからこそ互いの感覚がわかる。
――もう言葉を交わす段階は終わったのだと。
「……」
「……」
静かな空間に強い風が吹く。
二人のちょうど間の空間に飛ばされてきた紙が地面に当たって乾いた音を立てた。
……ダンッッ!!!!!!!!!
二ヶ所の地面が爆ぜる。
同時に両者の姿が消え、二つあるはずの音が重なって完全に一つになっていた。
今使える全力で大地を蹴り込んだエリアスとマルティ。
常人には刹那としか表現しようのない時間の中で二人の距離が縮まっていく。
「ふんっ!」
「ふっ!」
同じタイミングで歯を食いしばり、大剣を全力で振り下ろす。
加減をするなど言語道断。
それは意見の相違や実力以前に無礼でしかない。
既に個人として守るものを失ってしまっていた彼らにとって、戦士としての尊厳を傷つける行為など論外以外の何物でもなかった。
互いにそれは選択肢に入らない。
重力が煩わしいと感じてしまうほどの加速で双方の大剣が空気を切る。
爆ぜた音はまるで追いついてきていない。
左右対象に、まるで鏡合わせにでもしたかのように 同じタイミングで互いの命を狩りにいく。
相打ち。
その結果が二人の脳裏によぎる。
(いいだろう)
(俺の命と引き換えに……)
言葉を発してはいない。
発したところで、声が届く頃にはもう終わっていることだろう。
だがそれでも互いに何を考えているかは察しがついた。
(ここは押し通させてもらう!!)
双方の肩に鉄の塊が叩き込まれる、その瞬間。
カサ……。
二人は相手に向かって全力で大剣を振り下ろした。
それに伴い、その視線は足元付近へと向けられることとなった。
……そう、開始の合図の役割を果たした先程の紙が落ちている場所にである。
『おとうさん』
下手くそな字、下手くそな絵。
そこにはどこの子供が描いたかもわからない父親の似顔絵が描かれていた。
その絵を見て迷いなく剣を振り下ろしたマルティ。
そしてエリアスは……。
無自覚に力を緩めた。
「――!」
時間にして一瞬。
感覚にして刹那。
だがその僅かな時間が、相打ちに終わるはずだった勝敗を大きく動かした。
メキメキメキ……。
エリアスの肩に大剣がめり込んでいく。
彼の剣はまだマルティには届いていない。
そして……。
――ドンッ!!!
地面が一回だけ爆ぜた。
再び舞い上がった土煙。、そして静寂。
風がその結末を確認しようと急かすように吹いた後、姿を表したのは無傷で立っているマルティと胴体を斜めに両断されて仰向けに転がるエリアスだった。
二人の視線が再び交差する。
カサ……。
エリアスの上に舞い上がった先程の絵が降るように落ちてきた。
上半身に唯一残った右腕でそれを掴み取る。
「まさか、『こんなもの』に気を取られるとはな。……耄碌したもんだ」
「『こんなもの』なんかじゃないさ」
マルティは大剣から手を離すと、エリアスの手から絵を取り上げた。
それを両手で広げて眺める。
「俺達は……、『こんなもの』のために戦い始めたはずだ。そうだろう?」
「……忘れたよ、そんなことはもう」
――嘘だ。
よく覚えている。
自分はどこかで道を違えたのかという疑問がエリアスの頭の中に湧き出した。
――いや、そんなことはない。
昔も今も、誰かがどこかで不条理の犠牲になっている。
何も変わりはしない。
気に入らない世の中に抗うだけだ。
「ああ……、そうか」
エリアスは悟った。
同じモノを見ていたわけではないのだと。
同じ釜の飯を食い、同じ死線を潜り抜け、そして『こんなもの』の為に戦った。
……それでも同じ景色を見ていたわけではないのだと。
別に高尚な理想があったわけではない。
だが、それでも確かに信念と呼べるものはあった。
不条理と戦いたいと思っていたユリアス。
不条理から守りたいと思っていたマルティ。
同じ道を歩いてきたのだと思っていた。
だがそれは違った。
単に道が隣り合っていただけだ。
そう、つまりは負けただけだ、他の主張に。
同じ主張の者同士で仲違いしたわけではない。
異なる主張の対立、その果てに敗北した。
ただそれだけのこと。
となれば……。
敗者の道は一つしかないだろう。
「殺せ……」
「断る」
「……殺せ」
「……断る」
エリアスは切断された下半身から短剣を取り出そうと右手を素早く動かした。
もちろん自分にトドメを刺すためだ。
だが抜いた直後の剣をマルティが踏みつけて止めた。
「邪魔をするな、マルティ」
「止めしないさ。ただ……」
マルティは顔をあげると、街の中央へと視線を向けた。
「この結末を見てからでも……、遅くはないんじゃないか?」




