第三章 第二十七話:過去の戦友
激しく弾ける金属音。
それを合図に北門の周辺は暴風圏へと姿を変えた。
風を生み出しているのは二本の大剣と二人のスケルトン。
常人の動体視力では捕らえきれない速度で激しくぶつかり合う。
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
「いやぁぁぁぁぁ!」
街の外への脱出を期待して北門に向かってきた人々は、目前で始まった戦いを見て慌てて今来た方向へと走り出した。
(ひとまず最低限の役割は果たせたか)
マルティは遠ざかる人々の気配を感じながら少しだけ安堵した。
彼が介入しなければ、彼らは今頃ただの肉塊になっていたことだろう。
「なぜ邪魔をする! マルティ! あいつらを助ける義理がどこにある?!」
剣を撃ち合いながらエリアスが叫ぶ。
互いの復讐には不干渉、それが了解だったはずだ。
「別にあいつらに用があって来たわけじゃないさ」
「……?」
それではいったい何をしに来たというのか。
エリアスにはその候補が何も思い浮かばなかった。
「あいつらで無いならなぜ邪魔をする!」
更地になった北門前の中央で二人がぶつかった。
叫びの木霊を励ますように金属音が鳴り、そして鍔迫り合う。
「俺達に何の救いも無いと諦めるには、まだ少しだけ早かったってことさ」
「なんだと?」
力比べはほぼ互角。
似た装備、似た戦い方。
当たり前だ、かつては同じ釜の飯を食った仲間なのだから。
スケルトンとなって以降は肉体の成長や老化が止まっているため、二人の基本的な身体能力は当時のままだ。
現在の肉体による能力の強化具合もほぼ同等。
戦闘技術に関しても極端に差があるわけではない。
となれば戦力が拮抗し会話をする余裕ができるのも、そう不思議な話ではない。
「最近になってようやく目覚めたやつがいるそうだ。そいつが……、もしかするともしかするかもしれん」
「ふん! そんなことか!」
ギィン!
エリアスは話を聞く気は無いと言わんばかりに大剣を払った。
「いまさら一人残っていたところで何になる! 結果はどうせ同じだ!」
「それは……、最後までわからんさ!」
ギィンッ!
希望に掛けるか否か。
対立する二人の意思を代弁して大剣が再びぶつかりあう。
「望みを掛けて何になる? みんな同じだ。いいように使われて最後は捨てられる」
「それが世の中の全てと決まったわけじゃない。……少なくともまだな!」
マルティは大剣の力を受け流しながらエリアスを蹴り飛ばした。
ダメージはない。
だがエリアスは体勢を崩さないまま後ろにふき飛ばされた。
「だからと言って、それが俺達にどう関係がある!」
エリアスは逆にその力を利用して地面を強く蹴ると、大剣を横に構えて突進した。
マルティもそれを迎え撃つ。
ガキィンッ!
エリアスの勢いで押し込まれるマルティ。
ザザザザザッ!
こちらも力一杯踏ん張るが、静止状態からではそばに留まることはできなかった。
土の大地に両足で軌跡を作りながら、そして大量の土煙を上げながら、数十メートル後ろまで押し込まれたところでようやく止まった。
さらに押し込もうとエリアスが力を込める。
マルティの背後には崩れ落ちた家屋の壁。
大きな武器を振り回すには不利な位置へと追い込んだことになる。
「関係ならある。……まだ世の中に絶望しなくて済むからな」
「何を今更……。それで俺達が救われるとでも言うつもりか?! マルティ!」
「救われるさ。それだけで俺達の生きた意味はある」
「利用されているだけだ! 報われない人生に救いはない!」
「さあ……、それはどうだかな」
「なんだと?」
ギィン!
再び響く激しい金属音。
マルティは不利な体勢から一気にエリアスの剣を押し返すと、重心が上に上がったタイミングに合わせてそのままの勢いでタックルした。
「くっ!」
倒されまいとつま先で地面を抑えて抵抗するエリアス。
マルティはダメ押しとばかりに彼を突き飛ばすと、着地地点を狙って右手だけで大剣を振り下ろした。
ドンッ!
大きな土煙と共に鈍い振動が地面を伝わっていく。
だがエリアスはそれを辛うじて横に避けた。
お返しとばかりに同じような軌道で自分の大剣を振り下ろす。
マルティもまた地面を這うような動きでそれを回避した。
チュンッ! ドンッ!
大剣が鎧を掠めて火花を散らす。
二回に分けて巻き上げられた土煙の左右から二人が飛び出した。
「……」
「……」
互いに体勢を立て直して大剣を構えた。
静かに周囲を警戒しながら視界を覆う土煙が収まるのを待つ。
そして途切れ始めた土煙の隙間を縫うようにして二人の視線が交差した。
「自分以外の誰かが救われる為に戦う。……それが俺達の原点じゃなかったか?」
「欺瞞だ。奉仕するのと利用されるのは違う」
同じ釜の飯を食った戦友。
共に戦い、共に同じモノの為に命を掛けた。
互いに裏切られた者同士。
酷く似通っていた二人の人生は、これまでずっと同じ方向を向いていた。
だがそれももう過去の話。
二人はついに正反対から向き合った。
それは単に物理的な方向と言うだけではない。
理想と生き方と、両者の選んだ道が相容れないということ。
いや、両者がついに違う道を選んだということを告げていた。
それをわざわざ言葉で確認する必要はない。
正義も肯定も無く、周囲の静寂はただ二人の答えを待っている。




