第三章 第二十五話:生者の役目、死者の役目
北門の封鎖を任されていた男、エリアス。
彼の戦闘スタイルがトムとよく似ていることは、二人がかつて肩を並べた同僚であることを知っているものにとっては特に不思議なことではない。
自分の防御は全身を包む鎧に任せ、大剣を振り回して敵を豪快に薙ぎ払う。
もう何十年と慣れ親しんだ戦い方で、彼は北門を容赦なく制圧した。
もはや周囲に動く者はいない。
それどころか五体満足の者すら一人もいなかった。
(さて、と。後は終わるのを待てばいいか)
エリアスは地面に自分の剣を突き立てると、西門を塞ぐように仁王立ちした。
周囲には誰もいない。
実際には少し離れた所からピーターとエバンシェの現役近衛兵二人が見ているのだが、索敵の類が不得手のエリアスは気が付かなかった。
「……」
何もせずに立っていると、頭に浮かんでくるのはこれからのことだ。
今回で彼らの復讐劇も終わりとなる。
これから一体何をして生きていけばいいのか……。
(結局、あいつらが正しかったのかもしれないな……)
思い浮かんだのは自ら死を選んだ戦友たちのことだ。
悲観した者、失望した者、絶望した者、達観した者。
感情は様々あれど、スケルトン化した体で死ぬ方法がわかった後、彼らは自分達自身で人生を終わらせた。
その当時はただ、彼らが薄情者達に屈したのだと思っていた。
つまりは心を折られたのだと。
だが実際はそうでは無かったのかもしれない。
今なら少しわかる気がする。
(やることを終えたのなら……、生きる上での役目を終えたのなら……)
彼らは生者としての役目を終えた。
少なくとも彼ら自身はそう判断したからこそ、終わりを選んだ。
きっとそういうことなのだろう。
(……俺も、潔く死ぬべきなのか?)
エリアスは地面に転がっている人々を見た。
ついさっき彼が自分の手で屠った人々だ。
彼らの顔に浮かんでいる表情は純粋な恐怖のみ。
永遠の死。
真なる死。
――それは敗北ではないのか?
二つの疑問がエリアスの中で正面からぶつかる。
死が意味するものはなんだ?
裏切られたままの人生、蹂躙された尊厳、惨めな敗北を認めることではないのか?
都合よく利用された、自分の人生はただその程度のものでしか無かったのだと、それを肯定する行為ではないのか?
地面に突き立てられた彼の大剣。
そこには大量の血がこびりついている。
――何人殺した?
拭けばその色は落ちるだろう。
だが血の匂いまでが消え去ることはない。
――何人の人生を終わらせた?
自分の人生が踏みにじられることが容認されると言うのなら。
自分に対して理不尽を受け入れろと言うのなら。
ならば他の者達もそうするべきだと。
お前たちも同じように受け入れろと。
――そう言って何人を殺した?
わからない、だがまだ足りないのは確かだ。
血が足りない。
血を求めてなどいない。
だが血が足りない。
そう……。
――不幸が足りない。
エリアスは剣の柄を握り締めた。
自ら永遠の眠りを選んだ戦友たちが、役目を終えたが故に死んだというのなら。
(俺の役目はなんだ?)
この北門を守ること?
近づこうとする者をなぎ払い、街の外に出ようとする者を叩き潰す。
……それだけか?
いや、違う。
――バラ撒くんだ。
――不幸を。
――絶望を。
――そして理不尽を。
世界が自分に対してそうであったように。
世界が自分達に対してそうであったように。
それこそが平等な世界、フェアな世界。
「それが俺の――!」
それが俺の役目、そう自己完結しようとした瞬間、エリアスは正面から集団が自分の方向に近づいてきていることに気がついた。
慌てて物思いにふけっていた自分を戒める。
地面から大剣を抜いた。
たとえそれが自分の生者として役目なのだとしても、彼には目下の役目がある。
北門の番人。
「今は……、それが俺の役目だ」
エリアスは大剣を肩に担いで正面を睨みつけた。
★
時計塔が崩れ去った後、付近にいた人々はエルザの虐殺から逃れようと四方に散った。
逃れられた者、逃れられなかった者、どちらも多く存在したが、時計塔の北側にいた人々は彼女の恐怖から逃れようと一度身を隠した後、恐怖に耐えかねて街を北上していた。
街の他のエリアに比べて物騒な音が聞こえてこないことに胸を撫で下ろしながら、彼らは完全な安全地帯を求めて街の外を目指す。
……そう、北門でも同様の虐殺が行われていることなど知らずに。
「おい、見ろピーター」
隠れてエリアスの様子を見ていたピーターとエバンシェ。
彼らは再び大剣を担いだエリアスを見て何事かと周囲を確認した。
その答えを先に見つけたのはエバンシェだ。
彼が親指で示した先には北門の方向に走ってくる群衆がいた。
「生き残りか。でもなんでこのタイミングで……?」
「こっちが静まったからだろうな。街の向こう側はまだ騒がしい」
「静まったって……。あいつが片っ端から一人残らず殺したからだろう?」
こんどはピーターが親指でエリアスの方向を示す。
「それを知ってるのは俺達だけだ」
「……止めるぞ。このままじゃ犠牲者が増えるだけだ」
「止まると思うか?」
ピーターはエバンシェの言葉で容易にその展開が想像できた。
自分たちが静止する声を振り切って北門に殺到する群衆。
後は北門に転がる五体不満足な死体の数が増えるだけだ。
ピーターは深い溜息をついた。
そして深呼吸。
腰の剣を握る。
「近衛の仕事は王の盾となり手足となること」
「ああ」
エバンシェも彼が何を言おうとしているのかわかっているといった様子で剣に手を乗せた。
黙ってピーターの言葉を聞いている。
「だがその前に俺も貴族だ。あいにくとあいつらは俺の領民じゃないし、そもそも俺は領地なんてほとんど持ってないが、それでも故郷の民草を見捨てるわけにはいかない」
「そうだな」
エバンシェはピーターの言葉に頷くと、彼よりも先に剣を抜いた。
「……俺が勝手にやることだ、別にお前は逃げてもいいんだぞ?」
「馬鹿言え。俺だって貴族だ、それぐらいの矜持はある」
二人は静かに笑った。
そしてピーターも剣を抜く。
「それじゃあ……。行くか、豪傑退治に」
「おう」
現役の王国近衛兵が二人、北門に向けて一歩を踏み出す。
挑む敵は全身を鎧に包み、大剣を振り回す怪力無双。
それが彼らの認識だった。
……そう、つまり彼らは知らなかった。
これから戦おうとしている相手が、既に死を体現している存在であることを。




