第三章 第二十四話:北門の番人
息遣い。
それは生者の証。
青年ピーターは少し離れた建物の陰に身を潜めながら、北門を封鎖する男の様子を伺っていた。
敵の数はたった一人。
だがその戦力は尋常な水準ではない。
既に街の警備隊数十人が一方的になぎ倒されている。
(まったく、とんだバカンスだ……)
腰に差したままの剣を触りながら内心で愚痴った。
柄には貴族である彼の家の紋章が刻まれている。
普段は中央で王国近衛兵として働く彼は、久しぶりに長期休暇を取って故郷であるこの街に戻ってきていた。
それでこの騒動なのだから不満を口にしたくなるのも無理はない。
ピーターは物陰から少しだけ顔を出し、改めて敵の戦力を確認した。
戦場ぐらいでしかお目にかかれないような全身を覆う金属製の鎧、そして長さが人間の身長近くもある厚刃の大剣。
あんな金属の塊を振り回す人間など、ピーターは今まで見たことが無い。
おまけにあの重量の鎧付きで、である。
重装備もいいところだ。
(信じられないな……)
とはいえ、実際に先程の警備隊はそれで一蹴されたのを見てしまった以上は認めるしかないだろう。
下級貴族の家柄である彼とて、家格の向上のための自己研鑽に抜かりはない。
騎士として評価されるために相当な鍛錬を重ねてきた。
だがそれでもあの重装備が使えるようになれると思うかと聞かれれば、答えはやはりノーだ。
(いったいどこの誰なんだ? 名の知れた騎士でも不思議はないが……?)
ピーターは該当する人物を記憶の中に探したが、やはり心当たりがない。
だが、先程の警備隊との戦闘を見た彼には、単独で北門を封鎖するあの男が無名だとはどうしても思えなかった。
出身こそ下級貴族とはいえ、仮にも王国近衛隊に身を置く者として主な武芸者はチェックしているはずなのだが。
「ピーター」
小声がピーターの疑問を遮った。
声の方向は背後。
そこには彼と同年代の青年が立っていた。
「……なんだエバンシェか。脅かすなよ」
「なんだはないだろ。それにしても、とんでもないことになったな。」
エバンシェと呼ばれた男が隙間から北門の様子を確認する。
その腰には装飾された剣が差されている。
どうやら彼もまた貴族らしい。
「こっちも酷いな。五体満足の死体が一つもないぞ……」
「他の所もなのか?」
「ああ、警備隊はたぶん壊滅だ。これはもう軍隊でないと無理だな」
エバンシェが顎を撫でる。
「並の軍隊で勝てると思うか?」
「……無理かもしれない」
ピーターの問いにエバンシェは正直な感想を述べた。
彼もまたピーター同様に王国近衛隊に身を置く貴族だ。
国王を守る最後の砦として、決して状況を楽観視するようなことはない。
「逃げてきた奴に聞いたんだが、どうも他の三つの門も同じように封鎖されてるらしい。それに時計塔付近にも一人。最低でも他に四人はあれと同じようなのがいるってことになる」
エバンシェは手に入れた情報を小声で説明しながら、表情の深刻さを一層深めた。
ピーターも彼の報告に眉をしかめる。
「四人……。あんなのが他に四人もいるのか……。いったいどこのどいつなんだ? もしかして他の国の戦士か?」
「お前もそう思うか? 俺も時計塔にいた奴を見たんだ。顔は見えなかったが、俺の知らない奴なのは間違いない。もしかすると、どこかの敵国から破壊工作のために送り込まれたのかもしれないな」
「おいおい……。一人や二人ならともかく、あんなのを五人も擁する国なんてあるのか? さっきの戦いを見てたが、それこそ神話の英雄と言われても信じられるレベルだったぞ?」
「俺が見た奴もだ。あんなの、近衛隊長だって勝てそうにない。いくら他の国でも、まったくの無名なんて不自然過ぎる」
どうしたらいいものかと、ピーターは剣の柄を掴んだ。
休暇中とはいえ、王国騎士として、貴族として、この街で生まれ育った一人として、この異常事態を前に何もしないというわけにはいかない。
「俺達以外に戦えそうな奴はいるのか? たまたま休暇で帰省してる奴とか」
「そんな運の悪い奴は俺達ぐらいだ。警備隊が壊滅した以上、内側の戦力は期待できない。外から戦力が来るのを待つしかないな」
「来ると思うか? 門は全部封鎖されているんだろ? 中央はまだこの状況を把握していないんじゃないか?」
「だよなぁ……。となるとアレを突破して外に出るしか無いが……、この装備ではな……」
エバンシェは自分とピーターを交互に見た。
二人共、武器は腰の剣のみ。
普段の勤務であれば身につけている鎧も、今はない。
身軽だと言えば聞こえは良いが、重装備で待ち構えている相手を正面突破するにはどう考えても装備が不十分だ。
彼らとて、仮にも王国エリート中のエリートである近衛隊の所属である。
その辺の相手であればこの装備でも十分対応できるのだが……。




