第三章 第二十三話:守るべきモノ
時計塔付近。
ロザリーは建物の影に隠れて距離と取ろうとするハンスを捕らえるために一度民家の外へと飛び出した。
遠くで金属同士が激しくぶつかりあう音が響いている。
(・・・なんだい?)
音そのものは彼女がハンスを追って民家に突入する前から聞こえていた。
だが先ほどよりも遥かに激しく大きくなっている。
ロザリーは音のする方向を探った。
(この方向は・・・、東門の方か? アルバンの奴、また何かやらかしてるんじゃないだろうね・・・?)
状況は自分達にとって悪い方向へと傾きつつある、そう予感しながらもロザリーは再び目先のハンスを追い始めた。
★
東門付近。
そこでは本来の戦闘スタイルに戻ったトムとアルバンは文字通り激しく火花を散らしていた。
――剣撃の応酬。
ガァンッ!!!
ギィンンンンッッ!!!
ドンッ!!!!!
「ふんっ!!!」
「なんのっ!!!」
――互いの剣がぶつかり火花を散らす。
――アルバンの剣がトムの鎧を掠め火花を散らす。
――トムの大剣が近くの鉄材を打ち火花を散らす。
剣速はこの世界においてはほぼ実現不可能と言っていい水準。
それは剣を振る双方の体の動きに関しても同じだった。
トムが歯を食いしばり大剣を右から左へと全力で横薙ぎにする。
即座にしゃがんで四足になるアルバン。
ガシャァァァァンッ!!!
背後にあった民家の壁がトムの大剣で吹き飛んだ。
粗末な造りの建屋は直後に訪れた大剣の風圧で丸ごと吹き飛ぶ。
振り終わりのタイミングに合わせてアルバンが両足を一杯に踏み込んだ。
大地から受け取った力をそのままに左手の剣を突き出して飛び込む。
――狙うは脇の下。
頭部を破壊されなければ死なないとはいえ、戦闘能力を失ってしまえば展開は大して変わらない。
腕の関節さえ破壊すれば後はゆっくりとトドメをさせばいい。
大剣を振り終わり無防備になったトムの右肩の関節に剣が迫る。
――到達まで残り数センチ。
(いけるかっ?!)
アルバンがそう考えた瞬間、トムはさらに右足を踏み込んだ。
大剣を振り終わり減速していた体が再び加速して横回転を始める。
チュイン!
アルバンの剣がトムの鎧を掠めて再び火花が散った。
(――くそっ!)
トムの体がさらに回転する。
(もう一発、――来る!)
「うおおぉぉぉぉぉっ!」
トムの咆哮。
横に一回転したトムの大剣が再びアルバンの眼前に迫る。
アルバンの体はまだ宙に浮いたままだ、地面を蹴って体の軌道を大きく変えることができない。
(――速い!)
回転による加速が加わった影響か、先ほどをさらに数段上回る剣速で大剣がアルバンの命を狩りに来た。
頭部への直撃コース。
食らえば間違いなく死ぬ。
「こんのぉぉおおお!」
アルバンは地面を力一杯右手で掴んだ。
そのまま腕の力だけで無理矢理体を地面の方向へと引き寄せる。
不自然に下へと加速する体。
ギンッ!!
アルバンの兜の頂点、トサカの部分だけが大剣を避けきれずに吹き飛んだ。
(くそっ! 逃したかっ!?)
トムは千載一遇のチャンスを逃したことを確信する。
アルバンはそのまま右腕で跳ね上がるようにしてトムの背後へとすれ違い距離を取った。
大剣を振り終えたトム。
着地し終えたアルバン。
背を向け合った両者が振り返り、次の打ち合いのために体勢を整える。
トムがアルバンの防御ごと叩き潰そうと、再び上段で右肩に大剣を構えた。
(今度こそ・・・、叩き落す!!)
アルバンはトムの急所をピンポイントで打ち抜こうと突きの姿勢で左肩に剣を構える。
(これで・・・、打ち抜く!!)
一の太刀。
互いに敵を仕留める上で最も得意とする形で向き合う。
――静寂。
・・・。
・・・。
・・・。
・・・カチャ。
ドンッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!
瓦礫の破片が落ちた音を合図に双方が全力で大地を蹴り込んだ。
大砲でも着弾したかのように足蹴にされた地面が吹き飛ぶ。
音を置き去りにする速度で二人の戦士が急接近する。
「うぉおおおおおおおお!」
アルバンが全身を捻るようにしてトムの頭部へと剣を突き出した。
アルバンの剣の先端ががトムの兜に突き刺さる。
位置はちょうど額の付近だ。
このまま突き刺されば間違いなく即死だろう。
――トムの大剣はまだ振られていない。
(勝っ――)
勝った。
アルバンがそう思った瞬間、トムの大剣が振り下ろされた。
人間の限界を超越した彼の感覚ですら、尚も捉えきれない速度で。
ドンッッッ!!!!!!!!
大剣が地面を叩いて土埃を巻き上げる。
数分後、ようやく土埃が収まると、右手に大剣を持ったトムの足元にアルバンが仰向けに転がっていた。
左から袈裟切りにされた彼の頭部にはもう右肩しかついていない。
トムは無言で兜を外した。
頭には野草で作られた冠が巻かれている。
「おいおい、大の男がままごとか?」
既に勝敗は決したと諦めたのか、アルバンは緊張感の無い声で軽口を叩いた。
「・・・出発する前にトニーに貰った」
「そうか・・・」
アルバンは何かを考えるように少しだけ黙った。
「守るべきモノがあれば強くなれる・・・、か。お前もついにアルフレッドと同じ領域に踏み込んだんだな、トム。」
「ああ、どうやらそうらしい。」
「・・・」
アルバンは動かない。
首から上と右肩はまだ動かせるはずなのだが、微塵も動こうとはしない。
「俺には・・・」
視線は天を仰ぎ続けている。
「俺には、何か守るべきモノがあったんだろうか?」
「・・・どうだろうな」
アルバンの視線の先で流れ星が落ちる。
それが何かを彼に思い出させた。
「・・・いや、あった。・・・あったんだ。だが最後は自分で投げ捨てちまった。・・・諦めずにしっかり掴んでおくべきだったんだ」
アルバンは何かに気が付いたかのように残っていた右手の平を眺めた。
そして何かを悟ったかのように再び地面に腕を放り出す。
「守るべきモノを自分から放り出したんじゃあ、騎士失格も道理か。・・・やれ」
その言葉にトムは無言で大剣を天に構える。
「最後に、言い残したことはあるか?」
「そうだな・・・。息子は大事にしろよ?」
「・・・ああ、わかってる」
ザンッ!!
その言葉を最後に大剣がアルバンの頭部へと振り下ろされた。




