第三章 第二十話:経験の違い
トムとアルバン、二人の剣と剣が押し合ってギリギリと音を立てる。
アルバンは城壁の上に突然現れた気配が建物の屋根に向かって飛んだことに気が付いた。
常人離れした跳躍力だ。
(三、四・・・、五人か)
正面のトムから目を離さずに気配で数を数える。
直接確認するわけにはいかない。
だがトムが仕掛けてきた直後のこのタイミングで露呈した気配、そしてこの跳躍力。
自分の目で確かめなくとも彼らの正体は想像がついた。
「お前たち、どういうつもりだ。互いに干渉しない約束だったはずだろう?」
今度はトムだけではなくトム『達』全員に対してその言葉を向ける。
声が少し震えているのは約束を破られたことに対する怒りか。
「みんなめでたい話に目がないそうだ」
「めでたい?なんの話だ?」
「まだこの街に女を待たせてるやつがいる」
その言葉を聞いたアルバンは即座に過去の惨憺たる結果を記憶から引き出してきて笑う。
「まだそんな奴がいたか?だが結果は見えてる、どうせ今までと同じさ」
そう言いつつもアルバンはスケルトン化した者たちのプロフィールを頭の中で確認していた。
(・・・誰のことだ?まだそんな奴が残っていたか?)
アルバンはまだハンスのことを知らない。
故に該当する人物が思い当たらなかった。
何かはぐらかされているような気がしてトムの言葉を疑う。
そうしている間に他の五人は街の中へと入っていった。
(すぐに後を追いたいが・・・、相手がコイツではな)
アルバンは正面にいるトムを睨みつける。
勝てない相手だとは思わない。
だがこれまでのように余裕綽々でどうにかできる相手でもないのは事実だ。
(力はトムが上、相性と練度では俺だな)
トム本来の武器は大剣だ。
威力は大きいがその分スピードや小回りでは劣る。
アルバン相手では相性が悪いと見て剣に変えてきたようだが使い慣れているとは言い難い。
・・・少なくともこの戦いのレベルにおいては。
アルバンは体を右に傾けると同時に自分の剣を引きながら傾けてトムの剣を受け流す。
そのまま撫で斬るように剣を払った。
トムは咄嗟に体を屈める。
キィン!
剣が兜の後頭部を掠めて火花を散らす。
ドンッ!
トムは曲げた膝を伸ばす動作でアルバンに向けてタックルを仕掛けた。
マスケット銃の弾よりも早いのではないかという速度でアルバンに迫る。
掴むか倒すかしてしまえば力で勝るトムが有利だ。
ダン!
だがアルバンは余裕を持って躱す。
これほど高速で突っ込んできた相手は初めてだったが、同じような展開になったことは一度や二度ではない。
この戦闘スタイルにおける熟練度の差が如実に出ていた。
ドンッ!ダンッ!
アルバンはトムに一撃を入れようと右足を踏み込むと同時に右手の剣を振り下ろす。
同時にトムもまたアルバンに一撃を入れようと右足を踏み込んで右手の剣を救い上げるように振り上げた。
ギィンッ!ダンッ!ドンッ!
再び両者の剣が交差し、人間の力ではありえないような激しい金属音が響く。
剣を止められたことを確認すると、事前に申し合わせたかのように二人は同時に距離をとった。
ドンッ!ドンッ!ギィンッ!ガギィンッ!
再び地面を蹴って加速しては互いの剣をぶつけあう。
二度、三度、他に人の気配が無くなった東門の周囲に地面が吹き飛ぶ音と異常な金属音だけが鳴り響いた。
その音を聞いているのは本人達以外にはいない。
二人の一動作毎に土煙が舞う。
(さて、どうするか)
トムはアルバンと剣を打ち合いながら自分の劣勢を悟っていた。
やはり武器の練度の差が大きい。
そして対人戦闘の経験も。
元々人間以外を相手にすることが多かったトムに対し、アルバンは王国騎士として対人戦に特化した戦闘スタイルになっている。
とりあえず剣を持ってみたところで、元々体に染みついた戦闘スタイルの違いはどうにもならなかった。
とにかくアルバンが相手では相性が悪い。
ここで味方の援護でもあればどうにかなるのだろうが、他の五人は先に街の中へ行かせてしまった。
トムは『ここは俺に任せろ』と格好つけたことを内心で後悔した。
帰ったら息子のトニーに自分の武勇伝を聞かせようと欲を出したのが間違いだったのかもしれない。
だが、そんなトムの心中を知らないアルバンはトム相手に一歩踏み込めずにいた。
アルバンの剣では鎧を着こんだトムに対して致命傷を与えにくいというのもある。
これが普通の人間であればどうにでもなるのだが、骨の体となると半端な攻撃では意味がない。
だがそれ以上に気になるのはトムの装備だ。
(・・・何を企んでる?)
彼の普段使っている大剣がこの局面に向いていないのは確かだ。
だがそんなことは事前にわかっていたはず。
にもかかわらず代わりに剣一本というのは明らかにおかしい。
もしアルバンが知能の低い猛獣を相手にしてきた戦士であったなら、ここで一気に勝負を決めにいっていただろう。
なぜなら彼らの戦いにおいて罠というのは自分達が相手に仕掛けるものであって、相手が自分達に仕掛けるものではないからだ。
だがアルバンは違った。
何かの罠かもしれない、人間同士の戦いが体に染みついているアルバンはそう考えてしまっていた。




