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第三章 第十八話:親子の定義

時計塔の爆発すると同時に、ロドリゴはある民家へと押し入った。

入口の扉を力いっぱい踏み倒す。

中で夕食を取っていた家族が一斉に彼の方向を向いた。

この家の住人は全部で5人。

初老の男女とまだ20台前半の男女。

・・・そして2歳か3歳ぐらいの子供だ。


「なんだ?!」

「誰だお前は!」


顔の似た2人の男たちは慌てて武器を取り襲撃者に向けた。

子供を除いた4人全員の背中に嫌な汗が流れる。

大柄な体格とそれを全身を包む金属の鎧が部屋の明かりで鈍く光る。

右手には金属製の弓。

背中に背負った樽のように大きな矢筒と大量の矢は、彼の圧倒的な腕力を誇示していた。


「な、なんだお前は!いきなり人の家に押し入って、た、ただで済むと思ってるのか?!」


初老の男が舌を噛みながら叫ぶ。

その間に青年が幼い子供と妻を自分の後ろに下がらせた。

家族を守ろうとする青年の行動に、ロドリゴは内心で少し微笑んだ。


(大きくなったもんだ。)


ロドリゴは矢筒から弓を2本抜くと、1本を初老の男に向けて引いた。


「ただで済ませる気がないからこうしている。」


言い終わると同時に矢を放った。


ドスッ!


「ぐっ!・・・足がっ・・・!」


矢の刺さった太腿を抑えながら初老の男がしゃがみこむ。


「あなた!」

「お義父さん!」


女2人の声を合図に青年はロドリゴに斬りかかった。


「うぉぉぉおおおお!」


両手で力一杯に剣を振り下ろす。


ガキィィンッ!


ロドリゴは容易く弓で青年の剣を受けた。

金属製の太い弓は折れる気配を感じさせない。

青年は両手で力一杯に剣を押し込むが、片手持ちの弓はびくともしない。


(本当に大きくなったな、レオ・・・。)


突如として命の危険に晒された家族5人に対し、ロドリゴは懐かしい気持ちに浸っていた。

理由はもちろん目の前の青年だ。


名乗りたい。


ロドリゴはその衝動に駆られた。

かつて親子として一緒に過ごした目の前の青年に。


「はぁぁぁああ!」


ロドリゴがレオと呼ぶその青年は、剣を振りかぶって何度もロドリゴに叩きつけた。

その全てを弓で受けるロドリゴ。

彼は腰に刺さった短刀を抜こうとはしない。


(・・・いかんな。)


ロドリゴは自分の頭に浮かんだ欲求を慌てて振り払った。

絶対に名乗らないと決めたのだ。


もう親子ではないのだから。


いや・・・、元々親子ではなかったのだから。


ロドリゴは左手でレオの腕をつかんで持ち上げると、足払いをかけて彼を地面に倒した。

それほど激しくはやっていない。

軽く転ばせる程度だ。

レオが倒れるのを確認した後、ロドリゴがもう1本の矢を初老の男の腕に向けて放った。


ドスッ!


「うっ!」

「あなた!」


狙い通りの位置に矢が刺さる。

ロドリゴは名前も知らないこの男にさらに追撃をかけようと、新たに2本の矢を背中の矢筒から抜いた。

初老の男は怯えた目でロドリゴを見ている。


「やめてください!」


若い女が両手を広げて傷ついた男の前に立った。


「いったい何の恨みがあってこんなことをするんですか!私たちがいったい何をしたって言うんですか!」


もっともな発言だ。

・・・事情を知らなければ、という前提が必要だが。


(いい嫁をもらったんだな)


自分の邪魔をしようとする彼女の行動に、ロドリゴは嬉しくなった。

彼女がレオにとっての何なのかといえば、妻で間違いはないだろう。

さっきから不思議そうな顔で様子を見ている子供が、ロドリゴの記憶にある幼い頃のレオの姿に被った。

敵意の無い目で3人を眺める。


(よかった。間違いなくレオの子だ。)


客観的に見れば証拠はないのだが、それでもロドリゴは確信を持つことができた。

この3人なら、きっと幸せに家族をやっていけるだろう。


・・・そして再び弓を構えた。


残りの2人。

レオの父親。

顔がレオと似ている。

同然だ、本当の父親なのだから。

ロドリゴのような偽者ではない。

血縁上の父親。

ロドリゴの妻を寝取った男。


・・・いや違う。


初めからこいつの女だったのだ、彼の横で一緒に怯えているこの女は。


かつてロドリゴの妻だった女。

他人の子供をロドリゴの子供と偽った女。


托卵、カッコウ。


この2人は初めから男女の関係だった。

そう、ロドリゴと結婚する前から。


この男の存在を隠してロドリゴと結婚し、男との間にできた子供、つまりレオをロドリゴの子供と偽った。


孤児院育ちのロドリゴに、ようやくできた家族。

ついに生まれた息子。

血縁上の家族、血のつながり。


だがそれはまやかしだった。

家族を守るために腐竜討伐への参加を決心したロドリゴに、家族のために自分を犠牲にする覚悟をしたロドリゴに、・・・本当は家族などいなかった。


人の体を失ったロドリゴには、もう子供を作ることなどできない。

彼が子供の頃から憧れていた家族は、もう2度と手に入らない。


ロドリゴの胸に怒りがこみ上げてくる。

自分の体を盾にしたレオの妻がゴクリを息の飲む。


バシュ!


ロドリゴは怒りと共に弓を放った。


ドス!


「ぎゃぁぁぁあああ!」


今度は太い女の声が響いた。

自分に弓が刺さると思っていたレオの妻は慌てて背後の叫び声の方向を確認した。

見れば彼女の義母、つまりロドリゴの元妻だった女の肩に矢が刺さっていた。


レオの妻が再びロドリゴの方向を見たとき、彼は既に彼女の目の前に立っていた。


「ひっ!」


短く引きつった悲鳴が上がる。

ロドリゴは彼女を抱きかかえてレオに向かって放り投げた。


「きゃっ!」


慌ててレオが彼女を受け止める。


「いい嫁さんだ。大事にするんだ」

「あ、ああ。」


ロドリゴの予想外の言葉に、レオは状況を忘れて答える他なかった。


「それから・・・」


ロドリゴが今度は2人の子供をつまみ上げる。


「やめて!その子だけは!」


子供が危ないと思ったレオの妻の叫びを無視して、ロドリゴは彼女と同じように子供を放り投げた。

彼女の時よりも遥かにやさしくだ。

今度はレオの妻が子供をキャッチした。


「子供もな。」


妻を大事に、子供を大事に。

・・・つまりは家族を大事に。

戦いのこと以外にロドリゴにできる数少ないアドバイスだった。


ロドリゴは残る2人の方向を見た。

ゆっくりと近づいていく。


「たっ、助けてくれっ!頼む!」


レオの父親が見苦しく命乞いをした。


「助けて!あなたの狙いはこの人なんでしょ?!私は関係ないわ!だから殺すならこの人だけにして!」


自分の夫を見捨てて命乞いをする妻。

つまりはレオの母親、ロドリゴの元妻。


「お前・・・。」


あっさりと自分を見捨てた女の浅ましさに、横の男も言葉を失った。

仮にも自分の妻だった女の見苦しさに、ロドリゴの心の中に残っていた最後の情熱の火も消え去った。

左手に持った矢を背中の矢筒に戻す。


助かったと思った2人の顔が明るくなる。


ガシュ!ガシュ!


「・・・?」


次の瞬間、2人の首が宙を舞った。

矢を戻したロドリゴの手には腰の短刀が握られていた。


「お義父さん!お義母さん!」


レオの妻が再び叫ぶ。

レオ自身は言葉が出ない。


(これで終わり・・・。こんなもんなのか・・・。)


あっけない幕切れ。

数秒だけ静寂の中に立ち尽くした後、ロドリゴは短刀をレオ達の横を通って外に向かった。


レオ達は呆然とそれを見送るのみ。

ロドリゴが彼を一瞥したことに気がついたのは彼の子供だけだった。

そしてロドリゴが扉の無くなった出入口を通った。


「あ・・・。」


その後ろ姿がレオの記憶をフラッシュバックさせた。

頑丈そうな鎧、背中に背負った大きな矢筒。


昔、同じような光景を見たことがある。

子供の頃、同じような後姿を見送ったことがある。


そう、あれは確か・・・。


「とう・・・さん?」


レオは背筋が震えた。

思い出した記憶。

かつて自分が父と呼んだ、もう1人の人物。

あの時は母親に抱きしめられて追いかけることができなかった背中。


レオはその背中を追って家の外へと飛び出し、周囲に視線を巡らせる。

だが、あの背中は見つからない。


レオは思い切り息を吸い込み、力一杯叫んだ。


「とぉぉぉぉおおおおさぁあああああああん!」


その声に返答は無かった。


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