第三章 第十五話:開戦
ネアンドラの街のほぼ中央に位置する時計塔。
領主の館を覗けばこの塔がネアンドラで最も高い建物である。
その塔の内部、最も高い位置にある部屋の窓からロザリーは夜の街を見下ろしていた。
(そろそろか・・・。アルバンのやつはまだなのかい?まさかもう勝手に始めちまってるんじゃないだろうね)
その可能性を考えてロザリーの内心に焦りの色が宿る。
一応街の様子を見渡してみるが、まだ大きな騒ぎは起こっていないこと確認して彼女は少しだけ安堵した。
予定では今回の主役の二人が目標を捕捉した後で状況を始めることになっている。
ロドリゴの方は既に連絡を受けている。
後はアルフレッドの方だ。
(私が行けば良かったかね)
連絡役をアルバンに任せたのは失敗だったかと彼女は後悔した。
タンッタンッタンッ。
足早に時計塔内の螺旋階段を昇ってくる音が聞こえた。
(来たかい?)
アルバンで無かった場合に備え、念のためにロザリーはダガーを一本構える。
足音がすぐそこまで近づいてきた。
「おいおい、俺とやりたいのか?」
声の主はアルバンだった。
ロザリーはその声を合図にダガーをしまった。
「冗談言ってんじゃないよ。で?どうだったんだい?」
「ああ、問題ないぜ。アルフレッドの野郎、早く殺りてぇって顔だったぜ?俺もだけどな」
アルバンの態度はいつも通り。
先ほどアルフレッドに垣間見せたような落ち着きは一切纏っていない。
いつも通りの戦闘狂、殺人鬼そのものだ。
「だったらさっさと持ち場に行きな。十分後に始めるよ」
「五分後でいいぜ?すぐに行く」
そう言ってアルバンが今さっき昇ってきたばかりの階段を駆け下りて行った。
後ろ姿を見送ってから、ロザリーは再び窓から再び街を見下ろした。
開始の始まりまでの僅かな時間を静かに待つ。
(これで最後、か。いよいよやることが無くなっちまうね)
そして始まりの号砲を鳴らすべく、彼女は再び動き出した。
一体どうやって持ち込んだのか、部屋の大半を埋め尽くす爆薬の山。
そこから引き出された導火線を拾い上げる。
右手に導火線、左手に松明。
彼女が次に何をしようとしているかは明らかだった。
先ほどアルバンが駆けて行った階段を彼女もゆっくりと降りていく。
伸びきったところで導火線を一度投げ捨てた。
「ふんっ!」
バキッ!・・・カランッ!
一番近い窓、人が通れるほどの大きさのその窓に取り付けられた鉄格子を、ロザリーは力ずくで引き剥がして床に放り投げた。
片足を窓に掛けてから、そのままの動作で導火線に向かって松明を投げる。
ジュッ!ジジジッ!
着火。
火は爆薬目掛けて勢いよく駆け出していく。
「さあ、始めようか!」
ダンッ!
ロザリーは勢いよく窓から闇の空へと飛び降りた。
体を丸めて勢いよく落ちていく。
普通の人間なら無事で済むことなどありえない高さだ。
・・・ドォォォォオオオオオオオオオオン!
彼女の着地音は時計塔の爆発音でかき消された。
「なんだっ?!」
「・・・見ろっ!時計塔が!」
「降ってくるぞ!逃げろぉおおおお!」
誰もが時計塔の方に気を取られ、落ちてきたロザリーには気が付かない。
塔の爆発に気が付いた人々が落ちてくる破片から逃れようとバラバラに走り出す。
そんな彼らの様子を見ながら、ロザリーは両手にダガーを構えた。
「逃がしゃしないよ、・・・一人もね」
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「始まったか」
爆発音、そして崩落する時計塔を見ながらアルバンは呟いた。
「どれ、俺も始めさせてもらうか。ハッハァッ!」
待ての合図が解かれた犬のように、アルバンは剣を抜く。
街にある門は東西南北にそれぞれ一つずつ。
七人の内、アルバンを含む四人がそれぞれの門を制圧する計画になっている。
彼の持ち場は東門。
ロザリーとロドリゴ、そしてアルフレッドが街の中で暴れている間、人々が街の外に逃げられないようにするのが彼らの役目だ。
ガシュガシュ!
「・・・?」
「・・・?」
東門の内側を守る兵士二人を文字通り瞬殺する。
この二十年が平和だった影響か、門番の彼らは首当てをしなくなっていた。
無防備な首を斬られた二人は自分達に何が起こったのかもわからないまま意識を断たれる。
明かりがあるとはいえ、昼間に比べれば周囲は遥かに暗い。
周囲にいた人々の大多数は直前の時計塔の爆発に気を取られていた上、それ以外の少数もアルバンのあまりの早業のせいで何が起こったのかまでは理解できなかった。
わかったのはアルバンが近づいた直後に門番達が倒れたということだけだ。
アルバンはそのまま門の外側担当の二人も処分しにかかる。
「・・・ん?」
ドスッ!
背後の物音に気が付いた一人がアルバンの方を振り向く。
状況を確認するより先にアルバンの剣が喉を貫いた。
「え・・・?」
ブシュ!ダン!バシュッ!
剣を引き抜いた流れのまま、唖然とするもう一人の首も容赦無く刎ねた。
間髪入れずに門を閉める作業に取り掛かる。
「ふんっ!」
ギギギギッ!
「お、おい、アンタ何やってんだ?!」
混乱した人々に構わず、アルバンは門の扉を動かしていく。
大の大人が数人掛かって動かす扉が一人の男の手で易々と閉められていく様子に、周囲にいた街の人々の混乱は増していった。
「おい、アンタ起きろ、いいのかあれ?おい、起きろって」
中年の男が我に返って倒れている門番を起こそうとする。
アルバンが門を閉じようとしていることを言っているようだ。
酒が入っていたせいか、あるいはアルバンが殺したところを見ていなかったせいか、漢はまだ門番達が死んでいることに気が付いていない。
「私に見せて。これでも看護師なの」
近くにいた若い女も門番の容態を確認しようと近寄ってきた。
「よいっ、しょ」
うつ伏せに倒れている男を仰向けにした。
男の眼は開いたまま、うつろな表情を浮かべている。
女は門番の首の辺りが血で染まっていることにすぐ気が付いた。
「ひっ!もしかして・・・、し、死んでたりしない?」
恐る恐る門番の脈を確認する。
・・・あるわけがない。
「本当に死んでるわ・・・」
「嘘だろ・・・」
二人は顔を見合わせた。
「おいどうした?」
「なんだなんだ?」
「けが人か?」
時計塔の方向を見ていた人々も、自分たちのすぐ近くで起こった異変に気が付いて集まり始めた。
ガシャン。ガチャ。
門に錠が掛けられた音が周囲に響く。
人々は静まり返り、音のした方向を見た。
視線の先には全身鎧を着た男。
ちょうど扉の鍵を腰の袋に仕舞っているところだった。
「さぁーて」
アルバンが再び剣を構える。
人々は彼の意図が未だに掴みきれず困惑した。
「喜べお前ら!楽しい楽しい時間の始まりだぁ!」




