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第三章 第十四話:戦場のマナー

夜。

ネアンドラ領主の館では周辺の貴族たちを集めてのパーティが開かれていた。

名目は領主の息子の18歳の誕生パーティ。

とはいえ、実際にはネアンドラ領主の後継者を紹介するという意味合いが強く、貴族達は互いに顔を繋ごうと必死になっていた。

その様子を外の闇の中から眺める視線が2つ。


「わざわざ死にに来たとも知らずに。ご苦労なこった」


視線の持ち主の1人、アルバンが愚痴る。

高い城壁の上に立つ2人に気付くものはいない。

言葉の向かう先は隣にいるもう1人、アルフレッドだ。


怒気。


殺気。


彼は剣呑な雰囲気を纏いながらパーティの中心人物達を一心に眼で追っていた。

アルバンの愚痴は彼なりの気遣いだったのかもしれない。


パーティの参加者の中には10代になったばかりぐらいの子供達の姿も見える。

それを確認したアルフレッドの瞳に一瞬だけ躊躇いの色が差し込んだ。


「・・・落ち着けよ二枚目」


そんなアルフレッドの変化をアルバンが見逃すはずもない。


「あいつらにはあいつらの、俺達には俺達の事情がある。そうだろう?もうお互いの利益に配慮するような関係じゃないんだ。お前の都合で動けばいい。あいつらだってあいつらの都合で動いてる。俺達に配慮なんてしちゃくれないさ。互いに遠慮はいらない、・・・それが戦場のマナーだ」


「あ、ああ・・・」


アルフレッドはアルバンの意外な言葉に戸惑った。

少なくともアルフレッドの知っているアルバンという男はこんな冷静なことは言わない。

戦闘狂、殺人鬼、狂人、そんな言葉がぴったりの男だったはずだ。

だが目の前にいるこの男は、まるで歴戦の戦士のような誇り高い風格を纏っている。


『どうしちまったんだいあいつは』


10年以上前のロザリーの言葉がアルフレッドの脳裏をよぎる。


(王国近衛騎士、か・・・)


戦士としての評価はともかくとして、腐竜討伐隊メンバーの社会的な地位はそれほど高くはない。

多くは傭兵や狩人、あるいは有事のみの予備役、良くて国軍の地方部隊や各地の貴族の私兵といったところだ。

エリートとされる国軍中央部隊に所属していたロザリーやアルバンは数少ない例外だった。

アルフレッドはロザリーから聞いたアルバンの経歴を思い出す。


アルバン=ドレイク。

本来は貴族出身者しか入隊を許されない王国近衛隊に特別に入隊を許された男。

ロザリーの話では国王陛下から直々に勲章を授与されたこともあるらしい。

人間だった頃のアルバンを知らないアルフレッドはロザリーの冗談かと思っていた。

だが、目の前にいる男の様子を見ると途端に彼女の話が現実味を帯びてくる。


アルフレッドはこれが素のアルバンなのだとすぐに受け入れることができた。

だとすればロザリーの言葉も納得がいく。

確かに素がこれならば普段の振る舞いは気がふれたようにしか見えないだろう。


肉の無い顔に苦笑いを浮かべながらアルフレッドは改めてパーティの様子を確認した。

視線の先にはドレスを纏った1人の女性。


(エリーゼ・・・)


年は取ったが、それでも彼女だとすぐにわかった。

自分がこれから殺そうとしている内の1人、元婚約者。

だが復讐の理由は自分を捨てて他の男と結婚したことではない。

それに関して心の整理は既に済んだ。

婚約した男が死んで帰ってこないと知らされれば、そのうち他の男と結ばれるのはそれほど不思議なことではない。

その相手が単に地元の領主だったというだけの話だ。


そう、問題はその後。


エリーゼは自分の地位を守るため、多くの人間を利用した。

暗殺の危険があれば他の女を影武者として身代わりに使い、好色な領主が他の女を欲しがり始めれば積極的に女を調達して正妻の地位を守ろうとした。

何人もの女たちがその犠牲となった。


そう・・・、ヒルダもその犠牲になった。


エリーゼの代わりに影武者として命を狙われ、ヒルダを気に入った現領主に毎晩のように一方的に犯された。

領主が彼女の体に飽きた後、今度は貴族たちへの餌付けに使われ、下衆な性欲を満たす道具として酷使される日々。

最後は深刻な性病とボロボロの体だけで放り出された。


アルフレッドは思い出す。

彼女は泣いていたことを。

こんな汚れた女でごめんなさい、と泣いて謝っていた。


アルフレッドは思い出す。

こんな穢れた女でもいいかと聞かれたとき、アルフレッドは君こそ骨だけになった男でいいのかと聞き返したことを。

はいっ、と躊躇うことなく返された。


アルフレッドは思い出す。

死んだら一緒の墓に入りたいと言われたことを。

今、彼女は戦友達と同じ場所で眠っている。


夫婦として過ごしたのは短い時間。

彼女の体は既に手遅れだった。


アルフレッドの拳に力が入る。


俺の妻は誰だ?


(ヒルダだ。エリーゼじゃない)


何もできなかった。

何もしてやれなかった。


この骨だけになった腕で抱きしめてやる以外、俺はヒルダの夫らしいことを何もできていない。


ならばせめて・・・、敵だけは取らなければならない。

ヒルダの夫として、妻の敵だけは取らなければならない。


それが復讐であろうと、八つ当たりであろうと、・・・世の中にとってどれだけ迷惑なことであろうとだ。


「・・・落ち着けよ、二枚目」


アルバンが力の入った拳に手を添えた。

アルフレッドはハッと我に返る。


「すまん・・・」


「いいさ。冷静でいられない時もある。・・・冷静でいたくない時もな」


それはアルバンの本音だった。

少し自嘲気味だ。

あるいは彼自身の事を言っていたのかもしれない。


「俺もそろそろいく。約束の時間まではもうすぐなんだ、・・・早まるなよ?」


「わかってる。ここで開始の合図を待つ」


「それでいい」


それだけ言うと、アルバンは城壁から飛び降りて街の居住区の方へと向かって行く。


雲の隙間から漏れる月明りが2人を照らすことは一度も無かった。



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