第三章 第十三話:羨望と後悔と
(見ない顔だな・・・)
ベンは自分のすぐ後にこのアジトへとやってきた男を見てそう思った。
討伐隊の参加メンバーの内、ハンスが先日復活したことを知っているのはドクとトムだけだ。
ベンを含め、ドクとトム以外のメンバーが知っている範囲ではここ5年前を最後に復活した者はいない。
まだ行方の分からないメンバーが何人かはいたが、それは単に接触できていないだけか、あるいは『幸運にも』復活せずに死んだのではないかと思われていた。
腐竜討伐隊のメンバーがスケルトンとなって復活するという現象自体は5年前に終わった、というのが大方の見方だった。
「ハンス、どうだった?」
ドクがハンスに訪ねる。
ベンにはドクの言葉の中に、若干の躊躇いがあったように感じられた。
ハンスが今どういう状況にあるのか、それをベンが理解するには十分だった。
つまりは再現なのだ、かつての自分たちの。
この体で目覚め、故郷に帰り、そして結果を仲間達に報告する。
何度も繰り返した光景。
「いたよ、リリーを見つけた」
「そうか・・・」
2人とも声が少し震えていた。
ベンにはドクの声が震えている理由がすぐに理解できた。
彼もハンスの報告の続きが明るい内容ではないことなどわかっているのだ。
・・・今までだってずっとそうだったのだから。
生きているとは思えないほどボロボロの息子を抱えて帰ってきたトムがダントツでマシだったという有様だ。
喜ばしい報告が来ることなどないのだと、みんなが諦めていた。
婚約者が他の男と結婚していたとか、子供の父親が実は自分じゃなかったとか、どうせ今回もそんな結果に違いない。
ベンもドクも内心ではそう思っていた。
だからこそ、続けられたハンスの言葉に2人は耳を疑った。
「待ってた。ずっと俺を待ってた。この体を受け入れては貰えなかったけど、あいつは今でも1人で俺を待ってる」
「・・・何?」
「なんだと?」
予想外の事態にドクとベンは互いに顔を見合わせた。
ハンスは2人の様子に気が付かない。
自分がリリーに受け入れてもらえる可能性は果たしてあるのかどうか、その不安が彼の冷静さを鈍らせていた。
構わずに言葉を続ける。
「だから教えてくれ。この間、普通の女と結婚した奴がいるって言ってただろ?そいつのことを教えてくれ、参考になりそうことならなんでもいい」
「アルフレッドのことか?相手のヒルダさんが賊に襲われてたところを助けたんだ。って言ってもヒルダさんも相当の・・・!!」
物好きだ、そう言おうとしたドクの中で点と点がつながった。
「・・・おいハンス。お前の婚約者は今どこにいるんだ?まさかネアンドラじゃないだろうな?」
「え?ああ、そうだけど。それがどうした?」
再びドクはベンと顔を見合わせた。
ハンスはその意味を計りかねて首を傾げる。
「ベン、『決行の日』はいつだ?」
「わからない。具体的にはまだ決めていなかったはずだ」
「・・・ハンス、すぐに故郷に戻れ。無理矢理でもいい、今すぐ女を連れ出すんだ」
「え?おいおい何言い出すんだ急に。無理矢理って何でだよ?」
ドクの切羽詰まった雰囲気を見て、何か悪い事態が迫っていることは理解できたものの、ハンスにはそれ以上がわからなかった。
まさか7体の骸骨兵達がハンスの婚約者のいる故郷で無差別な殺戮を計画しているなどとは想像できるわけがない。
「前に町や村を襲ってる奴らがいることは確か言っただろ?そいつらが今度はネアンドラを狙ってるんだ。具体的な予定はわからないが、たぶんそう遠くない内に決行される」
「なんだって?!本当なのか?」
さっきまでハンスの中で芽を出し始めた不安の種はドクの言葉で吹き飛ばされた。
「残念ながら本当だ」
「わかった、急いでリリーを・・・」
そう言いかけたハンスの脳裏に、先日助けた女の声が響く。
『こんな骨しかないやつを人間扱いするのかい?こんなバケモノいない方がいいじゃないか』
「リリーを・・・」
(連れてどうする?またこの間みたいに拒否されて、それでどうする?今度こそ、希望は無くなるんじゃないのか?)
「ハンス?どうした?」
ハンスが途中で黙ったので、どうしたのかとドクは怪訝な顔をした。
「・・・」
リリーに拒否された時のことを思い出してハンスは少し躊躇っていた。
うつむいた視界に入った左手になぜか惹かれ、おもむろに籠手を外す。
骨だけになった左手の薬指、そこには指輪がはめられていた。
リリーとの婚約指輪だ。
彼女の左手には、これと対になる指輪が今もまだはめられている。
『俺が、何があっても君を守る』
リリーにプロポーズした時の言葉が頭の中で繰り返された。
(・・・そうだ、誓ったじゃないか。守るんだ。拒否されたっていい、俺が選ばれなくたっていい、守るんだ、あいつを。・・・そう誓ったじゃないか)
決意の色と共にハンスが顔を上げる。
「行くよ。俺がリリーを守る」
「ちょっといいか?」
ハンスの決意に水を差すようなタイミングでベンが割り込んだ。
「俺が言えたことじゃないんだが、その、ネアンドラへ行くんだよな?それだと最悪の場合はロザリー達とぶつかることになる。・・・1人で大丈夫か?」
「・・・そんなに強いのか?」
名前を聞くタイミングを逃したと思いながらハンスはベンに訪ねた。
腐竜討伐に参加した以上は弱いわけがないのだが、ハンスはロザリーを中心とする復讐組の詳細を知らない。
ロザリーやアルフレッドとも直接の面識はない彼には、現状での復讐組の戦力を見積もることができなかった。
「・・・確かにそうだな」
ドクがベンの意見に同意した。
「ロザリーとアルバンだけじゃなくアルフレッドまで加わったとなれば、遭遇した時点で女を守り切るのは厳しいだろうな・・・。よし、無駄になるかもしれないがこっちも人を集めるぞ。ハンスは先に行け。手を貸してくれそうな奴らを探してネアンドラへ向かわせる」
「わかった。リリーの家は街の北東だ。たぶんその辺りでぶつかる可能性が高いと思う」
「よし。いいか、女を連れ出したら絶対に無理はするな?あいつらが相手じゃまず女を守り切れない。特にアルフレッドだ、今のお前じゃ絶対に勝てない。女がいない時でもあいつだけは絶対に避けるんだ、いいな?」
「わかった」
絶対に勝てないと言われてハンスのプライドは少し揺さぶられたが、今はリリーを助けることを優先した。
優先順位を間違えない程度には冷静だ。
ベンが無言で自分のメイスをハンスにそっと差し出した。
人の腕ほどの長さの鉄の棒、その先端に鉄の塊がついている。
戦いに装飾など不要と言わんばかりの武骨な外見だ。
「これを使ってくれ」
「こんなの、使ったことないぞ?」
ハンスはベンの行動の意図を計りかねた。
彼のメインの武器は弓だ。
補助的に剣も使うが、メイスのような打撃武器はまったく経験が無かった。
「俺達は肉が無いんだ、刃物は効果が薄い」
「・・・ああ、ありがとう。えっと・・・」
「・・ベンだ」
「ハンスだ。ありがとうベン」
「礼はいい。俺も・・・あいつらと同じ穴の貉だ」
「・・・?」
その言葉の意味を理解できたのはドクだけだった。
ハンスはベンからメイスを受け取って何度か素振りしてみる。
ビュンビュンと風を切る音が洞窟の中に響いた。
「頭だ。頭蓋骨をある程度破壊されれば俺たちは死ぬ。逆にそれ以外はほとんど意味がないと思っていい。骨が折れたって時間が経てば治る」
ドクの言葉にハンスはただ頷いた。
過去に頭蓋骨を粉砕されて死んだ奴がいたのか、という疑問は全てが終わってからでいい。
そして3人は洞窟の外に出た。
空は夕焼けで赤く染まっている。
「・・・じゃあ行ってくる」
「ああ、俺達にも婚約者を紹介してくれ」
「わかった、必ず」
ドクの言葉に頷くと、ハンスは再び故郷へと走っていった。
「よし、俺達も仲間を集めるぞ。・・・ベン、お前は強制参加だ」
「いや、だが俺にはあいつらを止める資格が・・・」
「悔やんでるんだろう?それで十分だ」




