第三章 第十二話:受け入れてもらえると思っているのか?
5人組の夜盗を始末した次の日の夜、俺は再び夜盗に遭遇していた。
もっとも、今回は自分が襲われたわけではなかったが。
夜盗に襲撃されている真っ最中の馬車を見つけた俺は弓で狙いをつけながら様子を伺っていた。
時々月明りに照らされながら人影が交差して金属音を鳴らす。
「こんのぉ!クソ野郎どもがぁ!」
ガキン!
さっきからの叫び声は女のものだ。
(柄悪いな・・・)
どうやら襲われている側のようだが、その叫び声はお世辞にも上品とは言えない。
それどころか相当に育ちが悪そうな印象を受ける。
襲っているのはどうやら1人、こちらはおそらく男だ。
他に人影は見当たらない。
それに対して女が1人で悪態をつきながら剣を振り回して抵抗している構図だ。
これならさっさと女を殺して終わりにできそうなものだが・・・、油断したか?
どうも夜盗側の動きが悪い、というより慣れていない印象を受ける。
女が振り回した剣をまったく捌けていない。
バシュ!
俺は夜盗に向けて矢を放った。
ドス!
「うっ、痛てぇ!なんだ?!」
「おらぁ!」
痛みで動きが止まったところに女が突進した。
ドス!
「死ねぇぇぇぇっっ!」
「ぐあぁぁぁっ!」
・・・ドサッ!
絶叫と共に地面に倒れた男はそのまま起き上がってこない。
どうやら終わったようだ。
俺は生き残った女の方に近づいていく。
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ、アンタかい?さっきの矢は?」
「ああ。襲われてたみたいだったんでな。迷惑だったか?」
「そんなことないさ、助かったよ。ったく、人様の持ち物を奪い取ろうなんてクソ野郎が!」
ガシガシと女が夜盗の死体を踏みつける。
(おいおい・・・)
「いったいどんなツラしてやがるんだ!」
そう言うと、女は夜盗の顔を隠していた布を取り始めた。
あまり感心はしなかったが、夜盗の脇腹に刺さっている矢を回収したかったので少し待つことにした。
「げっ!なんだコイツ!」
「ん?」
声に釣られて、俺も夜盗の顔を見た。
「これは・・・」
右目の部分にぽっかりと穴が開いていた。
顔の右半分は大きく変形していて、しかも手術で縫い合わせたような跡がある。
左半分は普通にあったが、酷くやつれていて皮が骨に張り付いているようだった。
俺はもしかしてと思い、矢の刺さった胴体を探った。
(やせ細ってる・・・)
腹部の引っ込み具合を見る限り、碌なものを食べていなかったことが推測できた。
男の手も確認してみる。
どう見ても日常的に武器を持っている人間の手ではなかった。
・・・この男の事情がなんとなく推測できた。
つまりは食うに困っての夜盗だ。
それなら手際が悪かったのも頷ける。
元々は夜盗に身を落とすような性根では無かったのだろう。
覚悟を決めて馬車を襲ったはいいが、夜盗なんてやったことも無ければ空腹で体は満足に動かない、それで女一人に手間取っていたわけだ。
「このバケモノが!人間様舐めんじゃないよ!地獄に落ちろ!」
女は尚も男の死体を足蹴にする。
「おいやめろ!もう死んでるんだぞ?」
「ハッ!だからなんだってのさ。こんな骨しかないやつを人間扱いするのかい?こんなバケモノいない方がいいじゃないか。人間様の世界に二度と関わらないように粉々にするのが世の中の為ってもんだよ!」
その言葉に俺は愕然とする。
勿論、彼女は俺に向けていったわけでは無い。
だがまるで自分の事を言われているように感じた。
骨だけの体になった自分のことを。
目の前に倒れているこの男への彼女の態度、それこそが世の中の現実なのだと突きつけられた気がした。
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ギィッ!
軋んだ音を立てて扉が開く。
スケルトンとなった者たちのアジトの一つ、ドクが常駐している洞窟に男が訪れた。
彼の名前はベン。
つい先日、復讐を終えたばかりの男だ。
「ドク、いるか?」
返事はない。
ベンは薄暗い洞窟の奥にある扉を開けた。
この先はドクの研究エリアだ。
「ん?誰だ?」
ベンの訪問に気が付いたドクの声が奥の方かした。
「俺だ、ベンだ」
「ベン?!」
来訪者の名前を聞いて慌てたドクが奥から飛び出してくる。
「どうしたんだベン。お前はその、故郷の方に・・・」
復讐に行ったとは言いにくく、ドクは言葉を詰まらせた。
「終わったよ・・・。戦力外通告されたんでこっちに来たんだ」
「・・・戦力外通告?」
ベンの言葉の意味が掴みきれず、ドクはベンの言葉を繰り返した。
「向いてないとロザリーに言われた。戻って鍛冶師にでもなれ、だそうだ。それでまずは道具を手に入れようと思ってここに来た」
「そうか・・・。他の連中は?」
「ロドリゴとポールが昆虫を捕まえるとかでどこかへ行ったよ。他は5番アジトに戻った」
「昆虫?なんだそれ?」
「新しい楽しみを見つけたらしい。2人が戻ったら、次はネアンドラを襲うと言っていた」
「・・・ネアンドラ?」
次の標的となった街の名前を聞いてドクが驚く。
これまで彼らが襲っていたのは比較的小規模な村や町だった。
ネアンドラは遥かに規模が大きく、これまでとはワケが違う。
それに・・・。
「ハンス・・・」
ネアンドラにはちょうどハンスが向かっているはずだ。
これまでの自分たちの経験で言えば、おそらくハンスも故郷に帰った結果は芳しくないものとなるだろう。
だから仮にロザリー達がネアンドラの住民を皆殺しにしたとしても、それほどショックは受けないはずだ。
だが・・・。
「ドク?どうした?」
嫌な予感がする。
ギィッ!
ドクの予感を裏付けるかのように、再び入口の扉が開く音がした。
2人は新たな訪問者を確かめようと入口に向かう。
そこにはドクのよく知っている男が立っていた。
「ハンス・・・。戻ってきたのか・・・」




