第一章 第四話:スケルトンVSトカゲ
俺とトカゲは共に苛立っていた。
俺はクマとの至福の時を邪魔されて、
トカゲはエサを取り逃がして、
俺たちは怒りのやり場を求めていた。
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俺がこのとき平常心を保っていたなら。
あのクマと同じタイミングで逃げ出していただろう。
こんな大トカゲを一人で相手にするなんてバカげている。
早い話がこの時の俺は平常運転では無かったということだ。
きっとトカゲもそうだったに違いない。
平常心を保っていれば、俺みたいに骨に構うことなど無かったはずだ。
俺では空腹を満たすことなどできないのだから。
だがしかし、
理由はどうあれ見つけてしまった。
そう、俺たちは互いに怒りを向ける相手を見つけてしまったのだ。
俺は静かに剣を向ける。
距離は目算で10メートルほど。
俺とトカゲの視線が交差した。
(・・・)
(・・・)
一瞬の静寂。
シャッ!
先に仕掛けたのはトカゲだ。
赤い舌を勢いよく俺に突き刺そうとする。
「甘いッ!」
俺は横っ跳びで回避。
一回転してから着地、そのままの足で突撃する。
トカゲは素早く舌を戻して俺のいるのとは反対に首を振った。
舌で横薙ぎにする意図は明らかだ。
俺は舌が来るであろう方向に剣の刃を向ける。
(ぶった切ってやる!)
トカゲが勢いよく首を振り戻すと同時に舌を出した。
俺は体を屈ませて舌の来る場所に剣だけを置く。
ガシュ!
「くっ!」
「ギャウ!」
(これ、トカゲの鳴き声なのか?)
予想以上に勢いが強かった。
肉を切る感触はあったが、切断まではいかなかったようだ。
舌を戻すと同時に、今度は前足でのスタンピングが飛んできた。
今度は側転でかわす。
目の前にはトカゲの頭、ドンピシャだ。
俺はそのまま体全体で剣を突き出した。
ドシュッ!
肉の感触。少し固めの層は骨だろうか?
そのまま剣の根元まで押し込む。
「ギッ!」
短い断末魔の後でトカゲの体が崩れ落ちる。
(やったか?)
トカゲはもう動いて来なかった。
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剣についた血を払いながら、俺は我に返った。
「やばかったな」
冷静になってみるとかなり危ない橋を渡っていたと思う。
普通なら盾を持って弓屋の支援を受けながら狩るような獲物だ。
モフモフ最強兵の構想者であるアシモフ=ドッペンガー氏によれば、
モフモフで正気を失った兵の戦闘力は1.6倍程度まで上昇する見込みがあるのだという。
アホじゃないかと馬鹿にしていたが、案外本当なのかもしれない。
おかげで助かった。
危うくエリーゼを置いて天国に旅立つところだった。
(今度から気を付けよう。)
「さて、と」
トカゲの血に誘われ別の猛獣が寄って来たら厄介だ。
クマもいなくなってしまったし、ここは早めに立ち去ろう。
俺は鎧を軽く洗ってから出発することにした。
どうせもう錆びてるんだ、多少扱いが雑でも構うまいよ。
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河原を後にして小一時間。
少し日が落ち始めてきていた。
(寝床を探すか)
来るときに使っていた簡易キャンプセットは無い。
文字通り野宿だ。
俺は辺りを見回して寝床にできそうな場所を探す。
「あった」
今日は運がいい。
大きな木の根元に人一人が入れそうなスペースを見つけた。
今日はここで寝よう。
カモフラージュに使えそうな葉っぱや枝を拾い集めている間に日が落ちそうになってきた。
空洞の中に入ってから、枝と葉っぱで入口を塞ぐ。
これでとりあえず大丈夫だろう。多分。
俺は剣を外してごろりと横になった。
故郷で待つ婚約者に思いをはせる。
エリーゼも今頃は寝支度をしてる頃だろうか。
自分みたいに夜更かしはしないだろうな。
少しうるさいところはあるけど、俺と違ってしっかり者だしな。
むしろ俺がいい加減な性格をしているのでちょうどいい。
いいお嫁さんだ。
(早く会いたいな。)
彼女への気持ちが改めて強くなっていく夜だった。
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その日の深夜。
俺は深刻な問題に直面していた。
(眠れない・・・)
まったく眠くならないのだ。
元々寝つきが悪いほうでもあるが、それでもまったく眠気を感じないことなど無かった。
なんというか、寝る必要性を体が感じていないといった感じがする。
(骨だけになったからか?)
そうとしか考えられない。
何せ眠気だけでなく空腹もまるで感じないのだ。
なるほど、これは便利な体だ。
長期遠征をするには一番適しているかもしれない。
(ま、ずっとこのままはゴメンだけどな。)
しかしどうしよう。
何もすることが無い。
寝ないで移動しようかとも思ったが、夜目までは効かなかった。
暗くて道がわからないのではどうしようもない。
さてどうしよう。
(・・・)
骨になった言い訳を考えることにした。
もちろんエリーゼに対してのだ。
(・・・)
(思いつかね)
そもそもだ。
俺よりエリーゼの方が頭がいいわけだ。
しかも結構長い付き合いなわけだ。
ていうかもうじき結婚する仲なわけだ。
半端な言い訳は無意味だと思った方がいい。
というか火に油を注ぐことになるのは目に見えている。
その結果どうなるか?
大体想像はつく。
多くの先人たちを俺は知っている。
そう、小遣いの減額だ。
ただでさえ安月給なのだ、この件が無くても結婚後の小遣いは少なくなるに決まってる。
しっかり者のエリーゼのことだ、絶対に財布のひもをきつくするだろう。
そこからさらに減額・・・。
なんと恐ろしい。
(よし、言い訳はやめよう)
「よし、言い訳はやめよう」
大事なことなので声を出して自分に言い聞かせた。