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第三章 第十一話:それが未練とわかっていても

リリーのところから逃げ出した後、俺は街の外から彼女のいるであろう方向を向いて呆然と立っていた。

周囲に道はない。

俺以外には誰もいない。


「・・・」


さっき見たリリーの涙を思い出す。

まさかリリーが今も自分を待っていてくれていたとは夢にも思っていなかった。


自分にとってはほんの数か月、だが彼女にとっては20年だ。


(俺は何をやっていたんだ、くそっ!)


もっと早くに来るべきだった。

目が覚めてから呑気にここまで歩いてきた自分を力一杯殴りたい気分になってくる。

怒りに任せて作った握り拳の感覚は元の体の時とは違っていた。


(せめて体が元のままだったら、リリーと今頃・・・)


再会を喜んでいたはずだ。

体が元のままだったら、俺の顔を見たリリーに浮かんだ表情は恐怖では無かったはずだ。

再会を喜ぶ自分たちの姿が脳裏に浮かぶ。


(体さえ無事ならっ!今頃、俺はリリーと一緒に・・・!)


拳にさらに力が入る。


(やっとわかったよドク。この体は・・・、クソだ!)


ヤケを起こしたやつらの気持ちが今ならよくわかる。

きっと今の俺と同じ気持ちだったはずだ。


鼻先を掠めたわずかな希望、幸せ。

この体がそれを無慈悲に刈り取っていく。


骨だけになった体。

尚も動く体。

人間じゃない。

これが人間と言えるわけがない。

こんな身で人間らしい生活ができるか?


・・・無理を言うな!現実の見えない左翼思想家じゃあるまいに!


ドンッ!


俺は膝をついて拳を地面に叩きつけた。

土が抉れて吹き飛ぶ。


ドンッ!ドンッ!


衝撃音と土の舞う音だけが響く。

周囲には誰もいない。

人にも、獣にも、俺の怒りは誰にも聞こえてはいなかった。


痛みなど感じない。

衝撃を吸収してくれるであろう肉が無くなったにも関わらず、全力で地面に叩きつけられた俺の拳は全く痛まない。

痛む気配もない。


『ハンスは戦うしか能がないんだな』


子供の頃に言われた言葉が脳内に蘇る。

お前は黙って戦ってさえいればいい、ただの駒だ、人並の幸せなど求めるなど贅沢だ、そう言われた気がした。


「畜生・・・」


すぐそこにいるのに。

リリーはすぐそこにいるのに。

他の男の手も取らず、ずっと1人で俺を待ってくれていたのに・・・。


リリーが好きだ。

今も好きだ。

この体に怯えていたとはいえ、リリーだってきっと同じはずだ。

あんなに泣いていたんだから。


なのに・・・。


(リリーとは一緒になれないのか・・・)


心を絶望と失望が埋めつくす。


(・・・)


(・・・いや、待てよ?)


脳裏に1つ閃いた。

それは天啓というには程遠い、だが間違いなく一筋の希望。


(いる・・・。いるぞ、この体でも女と結ばれたやつが)


「・・・アルフレッド」


数日前、ドクやトムさんから聞いた話を思い出す。

直接話したことは無いのでアルフレッドがどんな人間なのかはわからない。

だが、この体になった後に出会った女と結婚したという話だったはずだ。


(もしかしたら、何かヒントがあるかもしれない)


アルフレッド達の関係が特別だったのかもしれない。

こんな体を物ともしないほどに2人の心は深く結ばれていたのかもしれない。

あるいは相手が相当な変わり者だったのかもしれない。


だが、それでも・・・。


俺が知る中で、唯一の成功例。


(行くしかない)


俺はリリーが好きだ、愛してる。

その気持ちに偽りはない。

1点の曇りもない。

あいつのためなら、俺はなんだってできる。

あいつのためなら、世界全てを敵とだって戦ってみせる。


俺は立ち上がって、再びリリーのいる方向に視線を投げた。


俺はリリーを求めている。

わがままでもいい。

傲慢と言われても構わない。

俺はあいつが欲しい。

心が、こんな体のどこにあるかもわからない俺の心があいつを求めている。


俺はドクのいるアジトに向かって全力で走りだした。

ドクならアルフレッドというやつの居場所を知っているはずだ。


もう、これ以上リリーを1人で泣かせるわけにはいかない。


--------------------------


夜。


俺はドクのいるアジトに向け、何もない平野の道を全力で走り続けていた。

普通の体と違って全く疲れない。

それに息切れもしない。


そもそも呼吸そのものをする必要がないということに途中で気が付いた。


戦うための体。

ただ戦い続けるための体。

こんな体になって喜ぶのは狂戦士ぐらいのものだろう。


(・・・)


戦士としての適性以外、全てを否定されている気がした。

コンプレックス、というのだろうか?

戦う以外に取り柄の無い自分、他に適性らしい適性もない自分が酷く惨めだった。


他の生き方はできないのか?

他の生き方をしてはいけないのか?


この体が神からのギフトだとするなら、神は俺達にただ戦い続けろとでも言っているのだろうか?

人並の幸せなどお前たちには分不相応だと、そう言っているのだろうか?


後ろ向きな考えが頭の中をグルグルと周り続ける。

そのせいで一瞬反応が遅れた。


(・・・!人影!)


進行方向正面に人影。

1人ではない。

月明りに照らされたシルエットは、それが堅気ではないことを示していた。

今からではもう身を隠せない。

向こうも既にこちらに気が付いている様子が伝わってくる。


「おっと待ちなぁ!」


人数は5人。その内の1人が声を上げた。

その声に反応して俺は足を止める。


「ここは行き止まりだ。通りたいなら通行料を払ってもらうぜぇ?」


別の1人が目的を告げる。


(なるほど、賊か)


5人は俺の進路をわざと邪魔するように道を塞いでいる。

人数の多さを考えると、きっと商人の馬車のような良い獲物が見つからなかったのだろう。

それでたまたま通りがかった俺の身ぐるみを剥いでやろうということらしい。


(少しは平和になったのかもな・・・)


呑気に俺を威嚇してくる5人を見て、俺はそんな感想を抱いた。

20年前なら、こういうのは有無を言わず殺して奪うのが常識だ。

それが命は助けてもらえる可能性があるというのだから、世の中はかなり平和になったということなんだろう。


(・・・単にこいつらの頭の中が平和なだけかもしれないけどな)


今の俺は鎧を着ている。

つまりどこをどう見ても戦士の類に見える。


そんなやつに仕掛けるのが『自殺行為』だということも20年前なら常識だ。


ダッ、ダンッ!バシュ!


「・・・え?」


俺は数歩で一気に距離を詰め、一番左にいた男の首を右手で抜いた剣で刎ねた。

宙に舞った首は状況を飲み込めないまま血をまき散らす。


相手は賊だ、情けを掛ける理由は無い。


首の行方を追うことなく、俺は2人目に取り掛かる。

防具が邪魔で今度は首を飛ばせそうにない。

もっと剣の上手いやつならできるんだろうが、あいにくと俺のメインの武器は弓だ。

剣はあくまでも補助的な武器でしかない。


仕方がないので俺は喉元に剣を突き立てた。


「ぁっ・・・がっ・・・」


ブシュッ!


剣を抜くと同時に、音を立てて首から血が噴き出す。

この勢いなら助からないだろう。

俺は剣を抜く動作の流れで体を回転させる。

2人目の後ろを通って、次は3人目だ。


(鎧は前だけか)


ドスッ!


相手の背中が鎧に覆われていないのを確認すると、剣を左手に持ち替えて躊躇わずに背中から心臓を突き刺した。


(感触あり!次っ!)


剣を引き抜くついでに、俺は3人目の男を勢いよく蹴り飛ばした。

男は抵抗もできずに蹴り飛ばされる。


「ひっ!」


「は?」


これから俺が狩ろうとしている4人目が恐怖の声を、その奥にいる5人目が戸惑いの声を同時に上げた。


(ちょうどいい、殺してくださいと言ってるようなもんだな)


俺は横に並んだ5人に対して側面から攻撃を仕掛けている。

中途半端にこちらに体を向けたおかげで、4人目の首がちょうどいい位置に来た。


再び剣を右手に持ち替える。

相手が剣を持っているのは右手。

俺は左手で相手の左腕を掴むと同時に、右手に持った剣を首に突き刺した。


ドスッ!ガシュ!


そのまま斬り払うようにして首を横に切り開く。

俺のすぐ右横の空間に血飛沫が勢いよく襲い掛かった。

掴んだ左手を引いて4人目を投げ捨てる。


(最後!)


「うぁああああああ!」


ガァン!ドッ!


最後の1人が発狂気味に振り回そうとした剣を、自分の剣で受け止めた。

そのまま前蹴り。

仰向けに倒す。


「あぁぁぁぁあああぁぁぁ!」


断末魔の声に構わず、俺は首元に向けて剣を突き出した。


ザクッ!ブシュゥ!


「ぁっ、ぁぁぁ・・・」


意識が無くなるまでの数秒、男は力無く俺の剣を掴んで首から取り除こうとする。


(・・・)


動かなくなったのを確認してから俺は剣を抜いた。


(・・・あっけないもんだ)


ネアンドラに行く途中にいた賊もそうだったが、前よりも賊のレベルが下がっている気がする。

どうやら、この20年で世の中も少しはマシになったらしい。

少しだけ心を綻ばせて、俺はアジトへ向けて再び走り出した。

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