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第三章 第九話:将来の夢は3LDK

「やっと着いた・・・」


思わず独り言が漏れる。

トムさん達と別れてから3週間後、俺はようやく故郷のネアンドラにたどり着いた。

どういうことかと言うと、まあ、つまりあれだ。


すごく迷った。

それはもう、ものすごく迷った。


原因はあれだ、夜盗共だ。

あいつらのせいで俺は故郷の方角を見失った。

途中で道案内の標識を見つけなかったら、今頃はきっと別の街にたどり着いてただろう。


全部あいつらのせいだ。

・・・そういうことにしておこう。


俺は街の入口、南門の前に立つ。

せっかく故郷に帰ってきたというのにまるで感慨がない。

それは俺の体感時間基準では数か月しか経っていないからなのか、あるいは単に迷い過ぎて疲れたせいか。


(門番が変わってるな)


その南門の両脇に立つ門番が2人とも知らない奴になっていた。

改めて20年経ったのだと実感させられる。

南門自体も若干改修されているようだ、前よりゴツい感じになっている。

きっと強度を上げたのだろう。


故郷の街の中へと足を進める。

門番達の視線に気付かない振りをしながら、俺は故郷ネアンドラの門を潜った。


(リリー、どこにいるかな)


20年前、リリーはこの街にある彼女の実家に住んでいた。

と言っても、今もこの街にいる保証は当然無い。

結婚して別の街に移っているかもしれないからだ。

まずはリリーの居場所を突き止めるところから始めないとならない。


俺はリリーの実家がある北東の方向へと足を向ける。

本人はいなくても、両親に聞けばリリーが今どこにいるのかはわかるはずだ。


-----------------


街の中心、領主の屋敷の前を通る。

正門前にいる門番達の視線にはもちろん気づかない振りをする。


(相変わらずでっけーなあ)


20年経っても領主の屋敷はでかいままだった。


・・・まあ当たり前か。

倒壊でもしない限りは小さくなるわけ無いよな。


ふと、子供の頃の夢を思い出す。

当時の夢は自分の家を持つこと。

孤児院にいた俺は、将来領主の屋敷みたいにでかい家に住むんだと夢を膨らませていた。

周りの連中が騎士になりたいとか商人になりたいとか言っているのに比べてなんとも子供らしくない夢だが、当時は本気だった。


大事なことなので強調しておこう。

当時は本気だった。

自分の中では絶対的と言っていいほどに揺るぎない目標だった。

それはもう原理主義者と呼ばれてもおかしくないくらいに。


・・・軌道修正されたのはリリーとの結婚を考えるようになってからだ。


領主の屋敷レベルから庶民の家レベルへ。

彼女との将来を自分なりに考える中で、俺の目標は現実的なレベルに変更された。


(何ともあっけないもんだ)


肉と共に表情を失った顔に苦笑いを浮かべる。

フルフェイスの兜を被っていて良かった。

仮に体が普通の体だったとしても、1人で歩きながら顔をにやけさせてる男なんて怪しすぎる。

巡回中の衛兵にでも見られたら職質確定だ。


そんなことを考えつつ、俺は領主の屋敷を通り過ぎた。

もう少しでリリーの実家があるエリアだ。


(そういえば・・・、なんて言って話を聞き出そう?)


まさか本当のことを言うわけにもいかないだろう。

いきなり娘の20年前の婚約者がやって来て、『骨の体になりました、娘さんに会いたいので居場所を教えて下さい』って・・・。


(ホラーだな・・・。俺が両親の立場なら絶対に教えないぞ・・・)


・・・俺自身を探していることにするか。


俺は孤児院出身で身寄りがないから親類を辿ることは出来ない。

孤児院が駄目なら、後は関係のあった人間を当たるのが自然な流れだと思う。


(よし、そうしよう)


俺は人探し屋の振りをすることにした。


-----------------------


ネアンドラの北東。

スラムではないが、かと言って金持ちが住んでいるというわけでもない。

つまりは庶民、中の下ぐらいの人間が住んでいる地域だ。

リリーの実家はここにある。

ついでに俺が借りていた部屋もそこに行く途中にある。


と思ったらもう無かった。

正確に言うと、部屋はあったが既に別の人間が住んでいた。


(払ってないもんな、家賃)


20年も家賃が払われなければ、そりゃあ強制退去になるのも当たり前だ。


(俺の荷物ってどうなったんだ?)


足りない家賃を回収するために売られただろうか?

まあ今更そんなことを言っても仕方が無い。

そんなことを考えている間にリリーの実家である服の仕立て屋に着いた。


(さてどうしようか・・・)


建物の陰に隠れて様子を確認する。

この辺りは人通りが無くて助かる。

知らない人が今の俺を見たら、間違いなく怪しい奴がいると思うだろう。

そしたら衛兵を呼ばれて終わりだ。


ガチャ。


(お、ちょうど誰か出てきた)


リリーの実家のドアが開く。

ドアを開けた手は女の手だ。


(お義母さんか?)


もう義理の母と呼べる関係では無いなと自嘲気味な考えが一瞬だけ頭をよぎる。

だが、出てきたのは母親では無かった。

なぜだか急に胸が高鳴る。


綺麗な茶色のロング。

出てきた人は俺の知るリリーの母親によく似ていた。


手にはじょうろを持っている。

きっと家の前にある植物に水をやろうとしているのだろう。


(・・・あれ?ちょっと待てよ?)


おかしい。


リリーの母親は今50代半ばのはずだ。

その割にはかなり若く見える。

というかほとんど年を取っていないように見える。


(・・・ドク達に騙されたか?)


20年経っているというのは嘘なのだろうか?

南門が改修されているから時間が経ったのは事実だと思うが、実は数年ぐらいしか経っていないのではないだろうか?


(・・・流石にそれはないか)


そんな嘘をついてもドク達に何かメリットがあるとは考えにくい。

俺はその考えを頭の中で否定した。


しかし、そうすると水やりをしているあの人は誰だろうか?

リリーの母親に、年の離れた妹でもいたのだろうか?


それともあれか?

若返りの薬とか飲んだのか?

・・・その割にはあんまり若返ってないな。


無くなったはずの心臓の音がやけに大きく聞こえる気がした。


(・・・そう、じゃないよな)


そうだ。そうじゃない。


母親の妹なんかじゃない。

若返りの薬でもない。


わかってる。

わかってるんだ、本当は。


一目見た時点で、本能はあれが誰かを正確に認識している。

ただ、俺の頭が追い付かなかっただけだ。


俺は自分の頭に現実を見ろと言い聞かせた。

そう、俺の知っている人間の中にも1人だけ条件に合致する人間がいる。

簡単な話だ。


だがそんなことを考える必要すらない。

こうして直接見れば、あそこで水やりをしているのが誰かなんてすぐにわかる。


わかる、わかるんだ。

だって・・・。


(リリー・・・)


だって、自分が惚れた女なんだから。

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