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第三章 第七話:子供の頃の夢を覚えているか?

ベンは自分の作った炉の前に座っていた。

20年近くに渡ってこの炉を使っていたのが自分と同じ名前の男であったことなど、彼には知る由もない。


ギィッ。


ドアの開く音がして誰かが入ってくる。


「ここにいたのかい」


「・・・」


入ってきたのはロザリーだった。

だがベンは置物のように反応を見せない。


「・・・ベン?」


まさか目的を果たして逝ってしまったのかと、ロザリーは慌ててベンの様子を確認しようと近づく。


「ロザリー、子供の頃を夢を覚えているか?」


「え・・・?」


ベンの質問に虚を突かれてロザリーは一瞬戸惑った。


「ああ、覚えてるよ」


ロザリーの子供の頃の夢。

世界で一番強くなることだ。

今になって振り返れば子供の頃からおてんばだったと内心で苦笑いする。


「俺は鍛冶屋になりたかったんだ」


その言葉を聞いた時、ロザリーはベンが何を話そうとしているのかを察した。

何も言わずに次の言葉を待つ。


「でもこの町には鍛冶屋が無くてな。他の街の鍛冶屋に行ってみたんだが、コネもないんでどこにも入れてもらえなかったんだ」


ベンの独白は続く。


「仕方がないんで自分で炉から作ることにしたんだ。それがコイツさ」


言われてロザリーは目の前の炉を少し観察した。

炉については詳しくないが、あまり見ないような形状をしている。

その時になって初めて、ベンの視線が目の前の炉から離れないことに気が付く。


「結局、作ってから2、3回使っただけであの討伐に出たんだけどな・・・」


「これから続きをやればいいじゃないか」


ロザリーは咄嗟にベンに言葉を投げた。

今の話を聞く限り、結局のところベンは鍛冶師としてのまだほとんど経験を積んでいないということになる。


「時間ならいくらでもあるんだ。今から好きなだけやったらいいんだよ」


「・・・そう、だな」


ベンが一言だけ絞り出した。


(こりゃ、もうダメだね・・・)


腕は良いとはいえ、元々荒事が向いている性格の男ではない。


形はどうあれトムが息子と再会して共に時間を過ごしているのを見て、もしかしたら自分の息子も、とベンも淡い期待を掛けていたのだ。

だからこそ今まで耐えることができた。


だが先日。

彼に残された唯一と言っていい希望はついに否定されてしまった。


幼い息子の無残な遺体との対面は彼に復讐を決意させるに十分だった。

だが復讐を終えた今になって、かつての妻を含む故郷の住人をその手で殺したという事実は、やはり彼の精神に深刻な傷を与えてしまったのだろう。

ベンの心の中は良心の呵責で満たされているに違いない、ロザリーにはそう思えた。


・・・初めからわかっていたことだ。


だがそれでも・・・。

自分達にだって自分達の人生がある。


例えこんな体になろうとも。

誰も自分たちの幸せを願ってくれなかったとしても。

それが誰の迷惑になろうとも。


「次からはアルフレッドも来る。あんたはもう戻って休みな」


「・・・え?いや、だが・・・」


ベンがロザリーを振り返る。


「心を折られた男なんて、いるだけ足手纏いだよ」


「それは、そうかもしれないが・・・」


「とにかく、あんたの復讐はもう終わったんだ、これで全部終わりさ。今から新しい人生が始まるんだよ」


「ロザリー・・・」


「時間なら腐るほどあるんだ。鍛冶屋でもなんでも好きなことをやったらいい。その方が私らも助かるからね」


「・・・すまん」


ベンの言葉を聞いてロザリーが出口に向かう。


「私達は戻るけど、どうする?」


「ああ、先に行ってくれ。俺も・・・、もう少ししたら戻る」


「そうかい。騒ぎになると厄介だからね。その前には戻ってくるんだよ?」


「ああ、わかってる」


それだけ言うと、ロザリーはその場を後にした。

外に出て、静かになった街の中を歩いていく。


(もしかしたら、もう戻ってこないかもしれないね・・・)


ロザリーは自分の予感が外れてくれることを願った。

神が自分たちの願いを叶えてくれるとは、もう微塵も信じていなかったが。


---------------------


目覚めてから数日後、ハンスはトムの案内で山の麓まで来ていた。

ドクに渡された服と鎧で骨の体を隠している。

何も知らない人間が見ればそう簡単には気づかないだろう。


「ぁぅー」


「あうー」


ハンスとトニーは互いに両手を上げて熊の戦闘態勢のようなポーズをとる。


「・・・何やってるんだお前らは」


「別れのあいさつ。なっ?」


「ぁぅぁー」


トニーがその通りだぜ!と言いたそうな具合に同意の声を上げて飛び跳ねる。


「どの辺がだ・・・」


常識人のトムには理解できないようだ。


「取りあえず案内はこの辺りまでだな。このまま向こうに行けばネアンドラだ」


そう言って何もない方向をトムが指差す。


「わかった、ありがとう」


「俺たちは山の中に住んでるし、何か用があればドクに場所を聞いてくれ。あいつなら知ってる」


「ああ、悪いな」


「いや、いいさ」


「ぅー」


トニーが気にすんな、といった表情で親指を立てた。


「うはは、生意気なお子様めー。ほれほれーほっぺほっぺー」


トニーに何があったのかはこの数日間でトムに聞かされている。

ハンスは普通の子供よりも体温の高いトニーのほっぺを優しくぷにぷにした。


「あぅぁー」


「うっへっへ。・・・ふう。じゃあそろそろ行くわ」


最後にトニーのほっぺを堪能してから出発を宣言する。


「ああ、気をつけてな」


「ぁー」


トムと手をぶんぶん振るトニーに背を向けてハンスは故郷のネアンドラに向けて歩き出した。


(さて、リリーはどうしてるかな?)



同じように何度も繰り返された場面。

ハンスの後ろ姿を見送りながら、それでもトムは言わなかった。

これまで、同じようにトムに見送られた戦友たちの結末を。


その行動は、僅かな可能性に縋ろうとした結果なのかもしれない。


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