第三章 第六話:捨てきれない良心
ドスッ!
ロザリーは寝ている男の首にダガーを突き立てた。
男は声も上げられずに絶命する。
自分の身に何が起こったかも理解できなかっただろう。
(外が・・・騒がしいね)
ロザリーは外の気配を伺った。
まだ生きている住人が異変に気が付き始めたようだ。
(この方向は・・・アルバンのやつ、またかい?)
騒がしいのはアルバンが担当するエリアだとわかった時点で、ロザリーには状況が想像できた。
住人をわざと起こして恐怖させてから殺しているのだろう。
・・・いつものことだ。
(ハア・・・、今日の主役はアンタじゃないんだよ?)
温厚な性格とまではいかなかったが、少なくとも昔はもう少しまともな奴だったとロザリーは溜息をついた。
だが、それでもアルバンを責めないところに本音が透ける。
(さて、こっちもさっさと終わらせようか)
ロザリーの担当は残り1軒。
引き抜いたダガーの血を払いながら最後の獲物を狩りに向かう。
(ん?)
住人のいなくなった家を音もなく去ろうとした時、ロザリーは町の外れにある最後の家の様子がおかしいことに気が付いた。
(気付かれて・・・はいないね。警戒はされてるか。)
相手は既にこの事態に気が付いているようだ。侵入者に襲い掛かろうとしている様子が容易に感じ取れる。
ロザリーは念のため外の様子を伺った。
この近辺の住人は既に彼女が全員殺している。
アルバン達の担当範囲から流れて来ない限りは誰もいないはずだ。
外に出たロザリーは周囲を警戒しながら、音を立てずにゆっくりと移動していく。
周囲には人影も気配もない。
最後の家にたどり着くと、背中を壁に張りつかせて中の気配を再び確認した。
中からは殺気があふれ出してくる。
(そんなにやる気満々じゃバレバレだよ・・・)
ロザリーは両手に持ったダガーの内、右手の方を鞘に戻した。
代わりに懐から鍵を外すための工具を取り出す。
カチャカチャ、カチャリ。
小さな音を立ててあっけなく正面扉の開錠が成功する。
同時に家の中の様子にも変化があった。
(こっちに気付いたね、正面から行くか、あるいは回り込むか・・・)
ロザリーは懐に鍵を戻しながら少し悩む。
アルバンのいる方向がかなり騒がしい。
静かな夜とはいえ、この状況で鍵の開いた音に即応したところを見ると回り込んで後ろを取れるかは怪しい。
時間をかけた場合、生きている住民がこちらに来てしまうと対応が面倒になるだろう。
(・・・ゴリ押させてもらおうかね)
ロザリーは右手でダガーを抜いてから、ゆっくりと扉を開いた。
静かな空気の中に木の扉が軋む音だけが響く。
開く扉と同時に中の様子を確認していく。
扉の奥では男が1人、剣と盾を構えて立っていた。
既にこちらを睨んで臨戦態勢に入っている。
だが、相手は襲い掛かっては来ない。
(なんだい、やけに行儀がいいじゃないか)
扉を開けた直後に襲ってくると踏んでいたロザリーは若干拍子抜けしつつ、両手のダガーを構えてゆっくりと家の中に入っていく。
もう気配を殺す必要はない。
気配の代わりに目の前の男を殺す体勢に速やかに移行する。
相手は盾を構えた状態でまだ動かない。
(・・・何を守ってるんだい?)
家の奥には行かせない、男の纏う雰囲気がそう語っていた。
ロザリーは目の前の男に警戒しながら家の中の気配を探る。
この男以外に気配は無い。
彼女に気配を悟らせないほどの手練れが目の前の男を囮にして奇襲のタイミングを伺っているのかと疑う。
だが、すぐにその可能性を彼女自身が否定した。
この男の纏う必死さはそれとは明らかに種類が異なっていたからだ。
一瞬の静寂。
遠くで悲鳴が聞こえる。
男はガッチリと左手に盾を構えつつも、ロザリーの放つ強者のプレッシャーに気圧されて一歩後ろに下がろうとゆっくり足を動かした。
(そこ!)
ダンッ!
僅かな警戒度の低下をロザリーは見逃さない。
大きな足音を立てて一気に男に肉薄する。
「くっ!」
男は慌てて右手の剣で迎撃に入る。
ロザリーの突撃に対する反応速度、迎撃の鋭さ、それはこの男が非常に優秀な戦士であることを示していた。
・・・もっとも、『一般的な基準で』という注意書きが必要ではあったが。
ガキン!ガシュ!
「うっ・・・」
ロザリーは左手のダガーで男の剣を受けつつ右手のダガーで男の太腿を切り付けた。
痛みで本人の意思とは無関係に声が漏れる。
男はロザリーを遠ざけようと盾を前に突き出した。
だが男の盾は空を切る。
もちろん手応えは無い。
(甘いよ)
ロザリーは紙一重で盾を躱して男の左側面に回り込むと同時に右のダガーで首を突いた。
ドス!
「ごっ・・がぁっ・・・」
男は首への衝撃で自分の死が確定したことを瞬時に理解する。
それでも必死の形相で敵を睨みつけた。
意識が消えるまで残り数秒、男はロザリーを仕留めるべく右手の剣で突きを繰り出す。
(・・・!)
最後まで戦おうとする男の姿勢に僅かに驚きながらもロザリーは易々と男の攻撃を避ける。
空を切る自分の剣を見ながら、男の視界は暗転した。
ドサッ!
そのまま男は床に倒れ込み、そして動かなくなった。
(・・・そういうことかい)
男の最後の攻撃を見てロザリーは彼の事情をなんとなく理解した。
(殿ってとこか。どこぞのお姫様でも守ってたってのかね。・・・見つからないように気絶させたか?)
気配が感じられないということはその可能性が高いが、耳を澄ませても寝息らしき音は聞こえなかった。
こうなると外が騒がしいのが邪魔になってくる。
(ええい!アルバンの野郎!)
その後もロザリーは家の中で人が隠れられそうな場所を探したが、結局誰も見つからなかった。
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ロドリゴは騒がしくなり始めた町を少し離れたところから見ていた。
町の中で住民を殺しているのは3人。
ロドリゴを含む残りの4人は逃げようとした人間を町の外で仕留めるのが役目だ。
今のところ、ロドリゴの担当する方向には誰も来ていない。
町からは何人もの悲鳴が聞こえている。
(あっちはアルバンか。・・・ん?)
悲鳴の聞こえる方向とは逆、ロザリーの担当する方向から2つの人影が町の外に出てきた。
(あいつが取り逃がすとは珍しいな)
ゆっくりと弓を構えて人影に狙いをつける。
視界の奥でもう一人、ロドリゴと同じ役目を担当しているポールも弓を構えているのが見えた。
既に2つの人影に狙いをつけている。
(ああ、ちょうど境界なのか。・・・あいつと俺で1人ずつ仕留めればいいか)
ロドリゴの担当範囲とポールの担当範囲。
2つの人影はちょうどのその間を走っていく。
人影がやけに小さい、ロドリゴが狙いをつけながらそう思った瞬間、2つの人影の内の片方が消えた。
もう一つの人影がそれに気づいて駆け寄る。
「早く立って!見つかる!」
(ん?)
どうやら転んだらしいが、倒れた人影に掛けられた声は明らかに大人のものではない。
小さな女の子の声だ。
(子供、か・・・)
2つの人影が再び走り出した。
ロドリゴはいつでも撃てるように狙いをつけながら観察する。
片方は小さな女の子、5歳ぐらいだろうか?
転んだのはそれよりもさらに小さい。
こちら多分男の子だろう。
向こうはこちらに気付いていないようだ。
もちろんポールにも。
弓を引く手に躊躇いが生まれる。
ロドリゴはチラリとポールの様子を伺った。
向こうもまだ矢を放っていない。
普段のポールならとっくに仕留めているはずだ。
ポールも躊躇っているのだと感じた。
そうしている間にも子供達は走っていく。
逃げる先にあるのは森だ。
この森を抜ければ隣町に辿り着ける。
ロドリゴとポールは視線を交わしあい、互いに周囲を確認した。
他のメンバーはいない。
結局、2人は森に入っていく子供達を見送った。
2人の姿が見えなくなった直後、ロドリゴの脳裏に懸念が浮かぶ。
(森には野生の獣もいるはずだが、・・・無事に抜けられるか?)
いつの間にか町から聞こえる悲鳴は無くなっていた。
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「逃げたやつはいなかったかい?」
「あ、ああ、大丈夫だ。誰も逃げて来なかった。楽な仕事だったよ。な?」
仕事を終えて町の外へ出てきたロザリーの問いに答えたポール、彼がロドリゴに同意を求める。
「ああ、何もすることは無かった」
ポールの方を向いていたロザリーがロドリゴに視線を向けた直後、ロザリーの視界から解放されたポールが森の方へ一瞬だけ視線を投げた。
ポールも森に入った子供達が気になるようだ。
ロドリゴも視線こそ向けないが意識を森の方へ向けていた。
「・・・はあ。まったく、相変わらず嘘が下手だねアンタ達は」
ロザリーががっくりと肩を落とす。
「な、なんのことだ?」
ポールが一層慌て出す。
普通の体だったら脂汗が大量に噴き出しているであろうことは想像に難くない。
「なんでもないよ」
如何にもなんでもありそうな様子でロザリーが答えた。
「そうか、今回はもう終わりだな?」
ロドリゴはそれに気が付かない振りをして今回の仕事の進捗を確認する。
「ん?ああ、ベンがどうするかわからないけど、私達の出番はもうないだろうね」
「ならもう行くぞ?その・・・、少し用があってな」
「なんだい、今からあの森で狩りでもしようってのかい?」
「それは・・・」
ロザリーのいじわるそうな言葉にロドリゴは言い淀む。
彼女は間違いなくわかっていて聞いている、ロドリゴにはそう思えた。
「・・・行くんならさっさと行きな、急ぐんだろ?」
「ああ、すまん」
言い終わると同時にロドリゴが森に向かって走りだす。
「あ、そうだ、俺も用があったんだった!」
ロドリゴを呆然と見送ったポールが我に返る。
「アンタはなんの用があるんだい?」
「え?えーっと・・・。そうだ!あの森に珍しい昆虫がいるらしいんだ!今の時間なら捕まえやすいはずだ!」
「はあ・・・、早く行きな」
「行ってくる!」
ポールもロドリゴの後を追って慌てて森の中へ走っていく。
ロザリーも逆方向、町に向かって歩き出す。
(せめてもう少しマシな言い訳を考え付かないもんなのかね。珍しい昆虫ってなにさ・・・)
ロザリーは改めて溜息をついた。
「甘いね、私も・・・」




