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第三章 第五話:最後の夜

運営にR18認定されたので修正しました。

アルバンの見せ場が……。

ベンは鍛冶屋を営んでいた。

朝は町の誰よりも早く起き、普段使いの小さな炉に火を入れる。

妻と2人の子供の4人で朝食を取ってから、受けた分の依頼をこなす。

アシスタントは15になったばかりの息子、ベックだ。

子供の頃から度々手伝ってくれることはあったが、最近になって家業を継ぎたいと言って少しずつ仕事を覚え始めた。

息子と並んで仕事をする嬉しさで顔がにやけるのを必死にこらえて仕事をする。


昼食を取ってから、午後は隣接する小さな店先に並べる分の商品を作る。

ちなみに店番は妻のローザと12歳になった娘のローラにお任せだ。

2人がいないときはベックに頼む。


そして夜。

町の住民が寝始める頃、ベンは自室で日記をつけ始める。

その日に気が付いたことや反省点を整理するためだ。

1人だけの反省会を終えて初めてベンの一日は終わる。


ベンがこの町の住人となったのは20年近く前、炉を用意するから鍛冶屋をやらないかと誘われたのがきっかけだった。

町には鍛冶屋がいないのだという。

ベンは鍛冶屋の三男。

実家を継がせてもらえる可能性は限りなく低かった。

小さいとはいえ自分の炉を持てると聞いて、彼はこの話に飛びついた。


町の小さな工房に案内された時、彼は自分の目を疑った。

そこにあった炉は彼の予想の遥か上をいくものだったからだ。

小型の炉だけでなく、もう1つ中型の炉まである。

どちらも非常に珍しい構造だった。


当時の町長の『ベンの炉だ』という言葉を、不器用な彼は『特注品を用意した』という意味で受け取った。

改めて炉を観察してみると、その構造が様々な工夫を凝らした結果であることがすぐに理解できた。

少し使用感があったのが気になったが、珍しい構造故に多めにテストをしたのだろうと彼は思った。


それからはトントン拍子だ。

町の鍛冶屋としての生活はすぐに軌道に乗った。

それが認められたのか、当時の町長の孫娘、つまりは今の町長の娘を嫁に貰うことになった。

美人で気立てのいい女性だった。

色恋沙汰に夢中になるような性格ではなかったが、この時ばかりは流石のベンも舞い上がった。


昼は鍛冶場で、夜はベッドで汗をかく毎日。

子供が生まれるまでに少し時間がかかったが、その分だけ新婚生活を満喫した。


順風満帆。


毎日鉄を打つだけの面白味のない生活だと言う者もいたが、根が実直なベンはこの生活が気に入っていた。

この町一番の働き者。

それが『ベン』という男に対する町の住人の評価だった。



・・・だが彼は知らない。

彼がこの町の住民となる前、その評価は別の男に対して向けられていたということを。


この町に来てから20年弱。

先代の町長によって緘口令が敷かれ、その存在を抹消された男がいることに彼は未だ気が付いていなかった。


ベンが使っている2つの炉。

それは彼を町に迎えるために作られたわけではない。

身寄りの無い『その男』が鍛冶屋になる夢を叶える為、苦労に苦労を重ねて独学で完成させたものだった。

先代の町長は何を思って、『ベンの炉だ』と言ったのだろうか?


ベンにとって最初の子供であるベック。

だが妻のローザにとって、ベックは『最初の子供』では無い。

いったいその子供は『どうなった』のだろうか?


町長達と距離を置き、ベンがこの町の住民となった数年後には町を出て行った人々。

彼らはこう言っていた。

「『ベン』は働き者『だった』」

彼らはどうして昔を懐かしむかのような表情で、しかも過去形で言ったのだろうか?



ベンは気付くべきだった。

それは彼が無事に明日を迎えるための、最低条件だったのだから。


--------------------------------


「その内、どこかに修行に出すか・・・」


ベンは静かに扉を開けて部屋に入る。

この日の夜も、ベンはいつものように自分の部屋で今日の反省と明日の計画をしていた。

自分の独り言が漏れていることにも気づかずに机に向かう。

ここ最近の関心事筆頭は息子ベックの教育だ。

かなり早い段階で独立したベンは、鍛冶師としての自分の実力に未だ自信を持てないでいた。

基本的な仕事は一通り教えられるとしても、そこから先どこまで見てやれるか不安だった。


「今度に兄さんにでも頼んで・・・」


ガシッ!


「・・・?!!」


急に誰かの左手が後ろからベンの口を塞いだ。

それが女の手ではないのはすぐにわかった。

ベックのいたずらかと思った瞬間、その手が凄まじい力でベンの頭を後ろに引き寄せる。


「?!」


ベンの顎に掛けられた何者かの小指がベンの視線を強制的に上に向けた。


ザシュザシュ!


「・・・!!!」


何者かの右手がベンの首元で素早く動く。

直後、ベンの首元で肉が切れて液体が勢いよく噴き出す音がした。

痛みと共にゴボゴボと音を立てながら首から液体が溢れ出す。

ベンは咄嗟に両手で首元を抑えた。


「グ、が、」


息が出来ない。

苦しみに悶えながら右手で何者かの手を必死にどけようとする、が、その手は微動だにしない。

首からは尚も血が溢れ出る。


数秒後、ベンの意識は暗転した。


---------------------


暗く静かな部屋に男女の吐息とだけが響く。

ローラは夫のジョルジュと同じベッドで眠っていた。


「うっ!」


ジョルジュが呻き声と共にビクンと大きく跳ねた。

横にいたローラは目を閉じたままジョルジュの体を抱きしめる。

背中に回した手にぬるぬるとした感触が伝わってきた。


(すごい汗。悪い夢でも見てるのかしら?)


ローラはそんなことを考えつつ、ジョルジュの背中に手を滑らせる。


グチュ。


(・・・?)


なんとも言えない生肉のような感触と共にローラの指がジョルジュの背中にめり込んだ。


グチュグチュ。


めり込んだ指を少し動かしてみる。

抱きしめているジョルジュに反応は無い。


(なんだろう?)


確認しようとローラが目を開けてジョルジュの背中の方を見た時、ベッドの足元の方向に月明りに照らされた人影が見えた。

鎧を着た男。

手には剣を持っているのが見える。


「ひっ!だ、だれ!」


ローラは上に乗っているジョルジュをどけて慌てて上体を起こした。

視線は目の前の男から離せない。


「ああ、こんばんは。俺はアルバンっていうんだ。一緒に寝るなんて仲がいいんだな?」


ローラはやけに陽気な声で自己紹介する男に気味悪さを感じた。

慌てて夫を起こそうと、体を揺する。


「ジョルジュ!起きて!変な男が!ジョル・・・ジュ?」


つい先ほど疑問に思った、ぬるりとした感触。

月明りに照らされた夫の背中を見て、ローラはその感触の意味を理解した。

ジョルジュの背中、ちょうど心臓の後ろ辺りに穴が開いていてそこから血があふれ出していた。

既に脈は無い。

ローラは動かないジョルジュの顔を確認する。

カッと目を見開き、苦しみを体現するような表情で固まっていた。


「ひっ!・・・。ジョル・・・ジュ・・・、うそ、でしょ?・・・死んでる・・の?」


返答は無い。

再び動きだす気配の無い夫に、ローラはその死を確信した。


「い、い・・・、いやぁぁぁぁああああああああ!」


ローラの絶叫が響き渡る。


「ジョルジュ!なんで?!なんでこんなこと?!」


ローラは混乱して必死にジョルジュの体を揺さぶりながら目の前の男を睨みつけた。


「なんでって?そりゃあ、お二人さんがアツアツなのが羨ましくてなぁ、嫉妬しちまったんだ」


そう言ってアルバンが兜に手を伸ばしてカチャリと兜のフェイスを上げる。


「何で俺たちだけ・・・、こんな目にあってるのかってよぉおお!」


フェイスに隠れていた骸骨の顔がローラの視界に姿を現した。


「ひっ・・・!」


仮にローラが冷静であったなら、それが仮面か、あるいは何かのトリックではないかと疑ったかもしれない。

だが幸か不幸か、混乱の渦中にあった彼女はそれをそのまま事実として受け入れた。


一瞬遅れて彼女の体が防衛本能を発動させる。


「キャァァァアアアアアアアアアアア!」


「ハハッハァ!お前らも一緒に不幸になろうじゃねぇーかぁ!」


タンッ!


アルバンが軽快なステップでベッドの上に飛ぶ。

着地と同じ動作で、叫ぶローラの口に剣先を差し込んだ。


「あっ、ぁぐ・・・」


ズッ!


口の中からまっすぐ下に剣を突き刺す。


グッ!ガシュ!


アルバンは真下に向けた剣先を起点にして裁断機のように剣を下に降ろす。

ローラの体の顎から下が真っ二つに切り裂かれて勢いよく血が噴き出した。


「ハッハァ!てめーらだけ楽しくやろうとしてんじゃねーよクソがぁ!」


勢いよく剣を振ってローラの血を払う。

近所が少し騒がしくなってきたおかげで人の気配が探りやすい。

アルバンは早速次の獲物を求めて家の外へと駆け出した。


(やっぱ起きてるやつを殺す方が面白れーぜ!寝てる間に殺してやるなんざ甘すぎなんだよ、ロザリー!)



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