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第三章 第二話:親子の時間

ハンスは震えながら自分の手を眺めていた。

彼の上に乗っていたカーバンクルは、先ほどの驚愕の叫びに反応して逃げて行ってしまった。


(これはなんだ?俺は死んだのか?)


そう思ってハンスは周囲の様子を確認した。

地獄にはとても見えない、普通の山の風景だ。

腐竜と戦った場所とは少し違うように見える。

少なくとも戦った形跡は見当たらない。

地形は何となく同じにも思えるが、この辺りの土地勘がないハンスには判断できなかった。


再び自分の両手を見る。


(・・・リリィ)


ここが死後の世界だとすれば、彼女にはもう会えないのだろうか?

一瞬だけ考えてからハンスは立ち上がった。

ここでずっと悩んでいても仕方がない。


(仮にここが同じ場所だとすると・・・、あっちか?)


ハンスは自分の記憶を頼りに、帰路と思える方向に向かって歩き始めた。


------------------------


「なんだこれ・・・」


正しいかどうかもわからない帰り道を歩き出してしばらくした後、俺は河原に来たところでうっかり声を出していた。

狩りを生業とする者にとっては迂闊に声を出すなんてのは言語道断なわけだが、目の前の光景はそれぐらい衝撃的だった。


(ネズミが踊ってる・・・)


大きさは俺の膝ぐらい。

まるまると太ったネズミ、いや、太りすぎてシルエットが既にネズミじゃなくなってるが、とにかくそいつらが掛け声に合わせて踊っている。


「チュッチュ!チュッチュ!」


その数20以上。

ネズミ界を代表するデヴ達が隊列を組み、一糸乱れぬ動きでエクササイズに勤しんでいた。


(俺、疲れてんのかな・・・)


死後の世界と言ったら、いいことだらけの天国とか恐ろしい地獄とか、そういうのを想像していた。

ここまで予想の斜め上をいかれると、正直どう反応していいかわからない。


「ぁー、ぁー」


(ん?)


ネズミ達の掛け声に混じって子供の声が聞こえた気がする。


「・・・」


「ぁぅー、ぅぁー」


(空耳じゃないな)


ネズミの集団を12時方向とすれば11時ぐらいの方向から聞こえてくる。

俺は気配を殺して声のする方向へゆっくりと移動を開始する。


罠かもしれない。

今の俺を狙う理由があるかは疑問だが、それは相手が決めることだ。


骨と鎧が当たってカチャカチャと音を立てる。


(やりにくいな・・・)


狩人仕様で音があまり鳴らない鎧だが、これだと意味がない。

俺は大きな音を立てないようにいつもよりゆっくりと木の間を移動していく。


「ぅーぁ、ぅーぁ」


子供の声が近い、多分この先にいる。

俺は木の陰からそっと様子を伺った。


「ぅ、ぁ、ぅ、ぁ」


「・・・」


フルプレートを着た男が小さな子供と一緒にネズミを見ていた。

子供は2歳ぐらいだろうか?

ネズミを見ながら嬉しそうに体を動かしている。


親子でネズミ達を見に来たのだろうか?

俺はほのぼのとした光景に一瞬毒気を抜かれた。

自分もリリィと結婚して子供が生まれたら、あんな風になるのだろうか?


「・・・俺達に何か用か?」


「・・・!!」


父親が俺の方へ視線を向けて声を掛けてきた。

間違いなく自分を見ている。


(見つかった?!今ので?)


俺は自分の気の緩みを自覚すると共に、相手が相当な実力者であることを理解した。


(戦うのは・・・やめた方がいいな)


いくらなんでも今の一瞬で感づくのは並みのレベルではない。

それに・・・。


(子供の前じゃあな・・・)


仮に敵であったとしても、わざわざ親子の時間をぶち壊すほど野暮な真似はしたくなかった。

俺は両手を上にあげてゆっくりと木の陰から出た。


「いやすまない。邪魔をする気は無かったんだ」


そこまで言ってから俺は気が付いた。


(やばい。俺、骨じゃん)


地獄ならスケルトンぐらいいても不思議じゃないかと思ったが、向こうは多分普通の人間だ。

子供の方は間違いなく人間、父親の方も鎧で肌が見えないが多分そうだろう。


いきなり姿を現した骸骨兵。


(怪しすぎるだろ・・・)


やる気満々だと思われても仕方がない気がした。


「なんだ、この辺りじゃ見ない顔だな。旅行か?」


「そんなところさ。少し道に迷ってね」

(あれ?反応が普通だ)


「ああそうか。悪かったなこちらこそ。見ての通り子供がいたんでな」


「ぁぅー」


父親の方が若干戸惑った雰囲気を見せた。

子供が何事かと俺達の顔を見比べている。


「息子さんかい?」


「ああ、息子のトニーだ。トニー、あいさつは?」


「ぅー」


父親に促されて小さな息子がお辞儀をする。


「俺はトムだ。よろしくな」


「トムさんか、よろしく。俺はハンスだ。この辺りに詳しいなら道を教えて貰えないか?」


「ああ、それは別に構わないが・・・。あんた、第一アジトに行ったことはないのか?一応ここはその近くなんだが」


「アジト?なんのことだ?」


「・・・。アンタ、まさかとは思うが・・・」


トムは少し考える素振りを見せて兜のフェイスを開いて見せた。

兜の中には俺と同じ、骸骨の顔があった。


「・・・!アンタもか」


「その反応からすると、他の奴らには会ってないみたいだな」


フェイスを閉じながらトムさんが話を続ける。


「他の奴らって。他にもいるのか?」


「ああ。お前さんもドラゴンゾンビの討伐隊に参加しただろう?あの時の面子はおそらく全員だ。目が覚めたのはいつだ?」


「たぶん2、3時間前ぐらいだ」


「・・・何?今日か?そりゃ驚いた。まだ目覚めていないやつがいたんだな」


「まだ、って。トムさんはいつ頃?」


トムさんが一瞬ためらう素振りを見せてから答えた。


「・・・15年前だ」


「は?」


一瞬、俺はトムさんが何を言ったのか理解できなかった。

それぐらい、トムさんの答えは俺の想定した範囲を大幅に逸脱していた。


「15年だ。あのドラゴンと戦ってから、もうそれだけ時間が経っているんだ」


「いやいやいや、・・・冗談だろ?」


「そうだと俺もうれしいよ。だが残念なことに現実さ。ここで長話もなんだ、とりあえずアジトへ案内しよう。トニー、おいで」


そう言ってトムさんがトニーの手を引こうとした。


「うー。ぁー」


だがトニーは父親の手を引き返して抵抗する。

もう片方の手でネズミ達の方を熱心に指差して主張している。

まだネズミ達を観戦したいらしい。


「・・・。移動はあれが終わってからにしよう」


「・・・」


俺は父親になった自分の姿を見た気がした。


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