第三章 第一話:死亡フラグは立てていない
「俺が、何があっても君を守る」
腐竜の光を浴びて気を失った俺は夢を見ていた。
彼女にプロポーズをした時の夢だ。
リリーにプロポーズしたのは討伐に出発する前日。
答えはもちろんOKだ。
腐竜討伐から帰ったら結婚すると約束した。
討伐に向かう道中、『帰ったら結婚する』と言っていたやつがいたのを思い出す。
死亡フラグだとみんなに笑われていた。
なんとなく、似た者同士のシンパシーを感じる。
もっとも、俺はあいつと違って死亡フラグを立てていないけどな。
「ハンス、私待ってるから」
「ああ、すぐに帰ってくる」
俺とリリーは抱き合って約束の口づけを交わした。
モフモフとした感触が口に伝わる。
リリーの口はとてもモフモフしていて・・・。
(ん?モフモフ?)
俺は異変に気が付いて意識を取り戻した。
ゆっくりと目を開ける。
目の前には白いモフモフの尻尾が揺れていた。
「モフモフの正体はお前か」
カーバンクルが俺の胸の上に乗っていた。
左右に揺れる尻尾が俺の顔を撫でる。
「よっこらせ」
俺はカーバンクルを両手で掴んで上体を起こした。
カーバンクルは一瞬ビクっとしたが、その後は抵抗しなかった。
大丈夫、強くは掴んでない。
「ん?」
カーバンクルを掴んだ自分の両手が視界に入る。
「・・・」
恐る恐る右手をカーバンクルから離して観察する。
手の甲、手の平、どこにも肉がついていない。
見事に骨だけだ。
慌てて腕も確認する。
腕も骨だけになっていた。
「おいおい・・・」
俺はハッとして自分の顔を触る。
骨同士が当たる固い感触。
口を閉じているはずなのに歯に触れることができた。
「な、な、な、」
自分の顔が今どういう状態になっているのか理解した。
予想の遥か範囲外の事態に動揺を隠せない。
「なんだこれぇぇぇぇぇえええええええええ!」
俺の声が山の中に響き渡った。
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「じい、これをどう思う?」
時は朝食時。
西方の街ドミニオンを治める領主、レイナールは傍らに控えていた老人に新聞を差し出した。
「どれどれ」
じいと呼ばれた老人は老眼鏡を取り出して受け取った記事を読み始める。
先代の早逝のために若くして領主となったレイナールは、幼少の頃から付き合いのある家臣達に意見を求めることが多かった。
「ふむ、今度はネアンドラ近くの村が全滅ですか。しかしこれだけの規模の被害が出て犯人につながる情報が無いというのは・・・、やはりおかしな話ですな」
「ああ、何かありそうだ。かなりの規模で動いているはずなのに尻尾を掴ませない。きっと情報を操れる立場の人間が噛んでるんだろうな」
ドミニオン領内の村も既にいくつか襲撃されていた。
村人達は女子供も構わず、たった一晩で皆殺し。
生存者はもちろん、容疑者の目撃情報すらなかった。
このまま被害が拡大すればどういう事態になるのか。
それを想像して、レイナールの内心に焦りが広がる。
「大部隊ではないかもしれませんぞ?」
「ん?」
レイナールは老人の指摘に反応する。
自分が未熟であることを自覚していたが故に、彼は家臣の話にできるだけ耳を傾けるようにしていた。
「相当な腕利きであれば少数でも、あるいは可能かもしれませぬ」
「相当な腕利きって・・・。おいおい、小さい村って言っても数百人はいたんだぞ?1人も逃がさないなんて無理だろ」
「竜の討伐に参加した者達ほどの実力者なら」
竜の討伐。
その単語を聞いてレイナールはいよいよ頭を抱えた。
竜というのは御伽噺の中の存在だ。
自分も小さい頃はよくそういう話を読んだ。
レイナールはこの老人を信頼していたが、流石にもういい年だ。
ついに痴呆が始まったのだと思った。
「・・・まだボケてはおりませんぞ?」
老人は若き領主の心を読んだように答える。
「本人には自覚が無いものなんだってさ」
「これはまた失礼な。竜の討伐は実際にあったのですぞ?50年前と20年前、国中から腕利きをかき集めて討伐隊を結成して派遣したのです。・・・1人も帰ってきませんでしたがな」
「ふーん」
「まだ疑っておられますな?」
「そりゃもう」
「では20年前の帳簿を確認されるとよいでしょう。あの時はドミニオンからも人を出しております。前金と遺族への補償金の支払いがあったはずですので」
そう言いながら老人が新聞をレイナールに返す。
「そうするよ」
それだけ答えると、レイナールは再び新聞を読みつつ朝食の続きを始めた。
その様子を見つつ、老人は嫌な予感が高まるのを実感し始める。
20年前、ドミニオンから送り込んだ人間の人選には彼自身も参加していた。
国軍、地方警備隊、予備役、傭兵、経歴を問わ無かった。
ただ実力だけを基準に選定したのだ。
あの当時の驚愕を、彼は今でもはっきりと覚えていた。
正に天賦の才。
相手が人だろうと獣だろうと、一方的に殺すために生まれてきたとしか思えないような実力者達。
悪魔か死神か、良くて戦の神に愛された者達だった。
仮に他の地域から集められた者達も同等の実力者揃いだったとすれば・・・。
(間違いなく、この国最強の部隊となる。誇張抜きに敵無しと言っていいだろうな)
もし彼らが今もどこかで生きているのだとすれば。
そしてこの国に牙を剥いたのだとすれば。
向こうを圧倒する規模で正面から迎え撃つのでもない限り、勝つのは容易ではあるまい。
老人は自分の背中に嫌な汗が流れていることに気が付かなかった。
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人里離れた洞窟の中。
アルフレッドは墓石の前に立っていた。
周りには似たような墓石がいくつもある。
「少しだけ出かけてくるよ、ヒルダ」
洞窟の中にはアルフレッドの他に誰もいない。
目の前の墓石に語り掛けたのは明らかだった。
それ以上は何も言わずに外へ向かう。
骨の体を覆い隠す、隠密用の鎧と服。
腰には2本の剣。
アルフレッドの目的が決して穏やかなものでないことは、彼のその姿が示していた。
「行くのか?」
洞窟の入口には1人のスケルトンナイトが腕を組んで壁に背を預けていた。
アルフレッドと違って顔は隠していない。
装備も軽装だ。
「ああ、いくよ。俺にだって譲れないところはある」
「そうか・・・。戻って来いよ?」
「同じ墓に入るとあいつに約束した。絶対に戻るさ」
「・・・そうか、呼び止めて悪かったな」
「いいさ」
それ以上は互いに何も言わなかった。
アルフレッドは再び歩き出す。
方向は西。
そう、生者達の住む領域へ向かって。




