第二章 第二十話:5年越しのプロポーズ
ナシュラの街。
ロッシは昼下がりの街に繰り出していた。
ノエルと広場で待ち合わせていたからだ。
(やるぜ!俺は今日こそ決める!)
街に帰ってから既に4日目。
ノエルと毎日顔を合わせているにもかかわらず。
既に何度もそのチャンスが訪れているにもかかわらず。
ロッシは未だプロポーズすることができないでいた。
早い話、ロッシはヘタレだった。
「号外!号外だよーっ!」
広場に到着した直後、男が声を張り上げているのが聞こえた。
声のした方を見ると、新聞屋の周りに人が集まっている。
(約束の時間は・・・。まだ早いな)
広場の時計を見て時間を確認する。
新聞を読んで時間を潰そうと、ロッシも新聞屋の方へ向かった。
「号外、号外!」
せっせと新聞屋が配っている内の1つを自分も受け取る。
(イスは・・・。お、あそこが空いてる)
ロッシは広場で空いているイスを見つけて腰を下ろす。
「よっこらせ」
早速新聞に目を通し始めた。
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サン・マルボ教会で大量殺人事件発生!教会内では日常的に人体実験か?
昨日、街の南はずれにあるサン・マルボ教会の聖職者20人以上が全員殺されているのが発見された。
死体は首無しや上下左右に切断されているものが多いという。
教会に住んでいた孤児たちは全員無事だった。
犯人は不明。
前日に治安隊を訪れた男の依頼で事件が発覚したことから、この男が事情を知っているとみて行方を追っている。
また、教会内からは大量の人体標本が見つかったほか、保護された子供達が教会内で虐待や人体実験が行われていたと証言したことから、治安隊は動員数を増やして教会内の捜査も進める方針。
他にも教会に隣接する墓地の一か所が掘り起こされており、今回の事件との関連を調べている。
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「なんだこりゃ・・・」
サン・マルボ教会、数日前にこの教会へ向かった男の存在をロッシは知っていた。
(トムさんか・・・)
犯人はあの人だとしか思えなかった。
確か大剣も持っていたはずだ。
あの時の討伐隊メンバーならこれぐらいのことも可能だろう。
探していたのは奴隷として売られた息子。
虐待されていた子供達。
皆殺しにされた教会関係者。
一つだけ掘り起こされた墓。
いったい何があったのか、なんとなく想像することができた。
(見つけたのか・・・)
「ロッシ」
「ん?」
ロッシが新聞から顔を上げると、目の前にはノエルがいた。
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「ごめん、待った?」
「いや、俺もさっき来たところ」
事実だ。
仮にそうでなかったとしても、待ったなんて言うわけがない。
「座っていい?」
「ああ」
そう答えるとノエルが俺の横に少し離れて座った。
くっついてくれるかと内心で期待したが、そんなことは無かった。
「・・・」
「・・・」
(どうしよう)
どのタイミングでプロポーズを切り出せばいいか。
心なしか、ノエルもこちらの動きを伺っているように思える。
(待ってるのか、俺のプロポーズの言葉を)
考えてみればそうだ。
戻って来てからチャンスは何度もあった。
それなりの付き合いなんだ、感づいていてもおかしくない。
「その・・・、ごめんね?毎日誘っちゃって・・・」
「いや、別にいいさ。どうせ暇だしな」
「・・・」
「・・・」
(俺のバカァァァアアア!そこはもっと気の利いたセリフを言うところだろうがぁぁあああ!『お前の誘いなら喜んで』ぐらい言えよせめてぇぇぇぇえええ!ノエルがちょっと気まずい感じになってんかねーかぁぁぁぁ!もっといい感じの雰囲気に持って行けただろ今のはぁぁぁああああああ!)
俺は内心で自分に全力ダメ出しをする。
マズい、大変にマズい。
このままだと今までと同じパターンだ。
「あのねロッシ・・・、本当はもっと早くに言わないといけないと思ってたんだけど・・・。その・・・」
「ん?」
「あの・・・、なんていうか、その・・・」
ノエルが俯いてすごく言いにくそうにしている。
その不安そうな姿を見て俺はピンと来た。
(まさか・・・、俺に本当に結婚する気があるのか不安になっているのか?)
・・・冷静考えてみればそれもそうだ。
俺が腐竜討伐に出発する前、その時点でもう結婚も考え始める年だったわけだ。
それからもう5年経ったとなれば、そろそろ結婚を焦り始める年頃だろう。
(やっちまったな・・・)
おそらく同年代が続々と結婚していったであろう5年間、俺はこいつをずっと待たせていたわけだ。
周りが結婚していく中、もしかしたら結婚できずにずっと1人なんじゃないかと不安になりながら。
それでもずっと俺を待っていたんだ。
これは駄目だ。
男として駄目だ。
もう自分1人で勝手にビビってる場合じゃない。
安心させてやらないと。
こいつの気持ちに答えないと。
これ以上待たせるわけにはいかない。
(ここで決める!俺は今すぐ決めるぜノエル!)
俺は袋の中に手を入れて、指輪の入った箱を握る。
覚悟を決めてプロポーズの言葉を口にした。
「ノエル、俺と「結婚したの」
「・・・え?」
一瞬、俺はノエルが何を言ったのかわからなかった。
ノエルはまだうつむいたままだ。
「結婚・・・したの・・・。3年ぐらい前に」
「え・・・。そ、そう、なのか?」
「うん・・・。子供も生まれた・・・双子。最初に会ったときの子達。近所の子って言うのはうそ・・・」
「そう・・・、か」
俺は指輪の入った箱を握ったまま、呆然とノエルの話を聞いていた。
「あ、相手は?相手はどんな男なんだ?」
自分の声が震えているのがわかった。
「・・・お医者さん」
「そっか。いい人なのか?」
「うん・・・。すごくいい人」
「そりゃ、よかったな・・・」
「うん・・・」
よくなんかない。
いいわけがない。
「だから・・・。ロッシとはもう、こういう風には会えない・・・」
ノエルが両手で顔を覆って静かに泣き始めた。
「ごめんね、ごめんね・・・」
消えそうな声で泣きながら謝るノエルを前に、俺は慰めることもできずにただ呆然と見ていることしかできなかった。
指輪の入った箱を握っていた手は、いつの間にか箱を手放していた。
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夜。
ロッシは自分の家で1人佇んでいた。
あれからどうなったのか、どうやって自分の家に帰ったのか、よく覚えていなかった。
部屋の灯りはついていない。
暗い部屋で、指輪の入った箱を手に持ち、それを力無く眺めていた。
中にはもちろん指輪が入ったままだ。
(何が・・・悪かったんだ)
(討伐隊に参加して、それで正規兵になって安定した職を手に入れて、堂々とプロポーズして結婚するはずだったのに)
(先にプロポーズすれば良かったのか?)
(討伐隊に参加しなければ良かったのか?)
(どうすればよかった?)
(どうすればよかったんだ・・・)
(畜生・・・)
ロッシは手に持った箱を力いっぱい握り潰した。
「畜生ぉぉぉおおおお!」
潰した箱を地面に向かって全力で投げつけた。
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その日の深夜、ナシュラの街を1人の男が去っていった。
その姿を見たものはいない。
目立たないように、誰にも見つからないように静かに去っていった。
その男はこの街で生まれ育った。
既に両親は他界している。
男が子供の頃から住んでいた家、その片隅には潰された婚約指輪の箱が転がっていた。




