第二章 第十九話:神にでも祈れ
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……これで大丈夫ですよね?
「あ・・・ぁ・・・」
シスター・ヴァーシルはこれまでの人生で最大の恐怖を味わっていた。
原因となっているのは目の前にいる悪魔だ。
鎧を纏った骸骨、スケルトンナイト。
それがたった今、彼女の目の前で同じ教会の武闘派達を惨殺して見せた。
いとも容易く、容赦無く冷酷に。
動悸がする。
その光景は正にファンタジー。
ヴァーシルは、自分がまるで夢でも見ているような気分に襲われた。
夢だと信じたかったのかもしれない。
が、彼女が本当に夢見る女となることなど、現実は決して許さない。
ドンッ!
人外であることを証明するかのように大きな足音を一つ立て、骸骨兵が大剣の位置まで一瞬で移動する。
彼女の動体視力では途中の軌跡を捉えることはできなかった。
ランプと松明に照らされて、骸骨兵の影が一瞬だけ元の位置に残像として残る。
それは骸骨兵がこの世の存在でないことを証明しているかのようで、ヴァーシルの恐怖は加速度的に増していく。
(こ、殺される・・・!)
すぐそこに死が迫っていることは嫌でも理解できた。
集団の最後尾、骸骨兵から最も遠い位置にいたヴァーシルはそこから逃げ出そうとして足を一歩後ろに下げた。
ドサッ!
しかしその場で腰を抜かす。
手にしていた剣と盾を握り続ける余裕は既にない。
「ぁ・・・」
(体が・・・動かない・・・!)
恐怖で満足に声も出ない。
激しい動悸を気にする暇などあるわけもなかった。
その間に、骸骨兵は大の大人ほどもある大剣を片手で易々と持ち上げる。
ヴァーシルの仲間から奪った剣は、これでは物足りぬとばかりに地面に投げ捨てられた。
(にっ、逃げないと・・・!)
助かる可能性があるとすれば今すぐここから全力で逃げ出す他にありえない。
頭ではわかっていても、恐怖が彼女の体を縛り付ける。
視線の先には絶対的な死の悪魔。
目を離せば即座に死を与えられる、そんな気がした。
周囲にいる他の聖職者達も、状況は彼女とさほど変わらない。
死の権化が自慢のワルツを披露しようと構える。
「・・・」
一瞬の静寂。
自分たちは審判の時を迎えたのだと全員が感じ取った。
結果など既にわかりきっている。
ドン!
聖職者達が堰を切ったように逃げ出し始める。
舞台の幕が上がったのだとヴァーシルは理解した。
そして始まる死の舞踏。
ドンッ!ダンッ!
拍子は悪魔の足音。
「助けてぇぇぇええええ!」
「ぅわぁああああああ!」
歌は悲鳴と断末魔。
ヒュンッ!ブォンッ!
楽器は大剣。
ガシュッ!ブシュッ!
鳴らすは肉切音。
悪魔と外道たちの共演、幸運にも観客となれたのは彼女ただ一人。
わずか数十秒の演舞。
そして共演者たちが各自の役割を終えた後、主演の男は観客の元へと歩みを進める。
「たす・・・けて・・・」
たった1人の観客から主役へと称賛の声が投げられた。
それは彼女の人生で初めて漏れた、神への祈りの言葉。
即ちアンコール。
「それなら・・・」
救いの声を予感してヴァーシルが期待と共に顔を上げる。
彼女にとって、それはまさしく神の声。
そう、紛れもなく死神の声だった。
主役は観客の期待に応えようと彼女の前で大剣を天高く掲げる。
シスター・ヴァーシルは神からの救いの言葉の続きを待つ。
再びの静寂。
血塗れの神は彼女の望みに答えた。
「それなら、神にでも祈るんだな」
「え?」
冷酷な声と共に大剣が振り下ろされる。
彼女の頭上へと、躊躇うことなくまっすぐに。
彼女自身にその瞬間を感じ取ることはできなかった。
いずれにせよ、シスター・ヴァーシルは死の恐怖から解放された。
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テオラル神父の地下室。
バシン!
歓喜の混じった神父の激しい息遣い。
悲鳴の混じった幼女の呻き声。
そして鞭が肌を叩く音が部屋の中に響く。
部屋の外の出来事になど気付くこともなく、神父は幼女を鞭で痛めつけるのに夢中になっていた。
ベッドに縛り付けられたまま、少女は痛みと恐怖で正気を失いそうになるのを必死に耐え続ける。
目隠しの下からは涙が、猿ぐつわの下からは嗚咽の声が止まらない。
いったい神父がなぜこんなことをするのか。
幼い彼女にはまるで理解できなかった。
神父にとって、それはいつも通りの展開。
少なくともここまでは。
バシンッ!
神父が鞭で少女を叩いた瞬間、同時に神父の背後の扉が小さな音を立てた。
その音に気が付いたのは目隠しをされた幼女だけ、神父は気づいていない。
「ふう・・・」
一息ついた神父は幼女の顔を眺める。
ドスッ!
「?」
「?!!!」
幼女はそれが何の音かわからなかった。
神父もそれが何の音かわからなかった。
だが視界の左下に突如出現した剣の刃、そして直後に胸に訪れた強烈な痛みで事態を理解した。
「あ・・・、が・・・、」
神父が声にならない声を上げる。
痛みの影響で動けない。
唐突な出来事に頭が混乱する、正気を保てない。
ドシュ!
今度は何の音か幼女にも理解できた。
この教会内でたびたび聞く音、肉の切れる音だ。
幼女の体に暖かい液体が勢いよくかかる。
彼女にはそれが神父の血であることまでは考えが至らなかった。
続いて倒れた神父が覆いかぶさってくる。
ビクン、ビクン、と神父の体が激しく痙攣した。
幼女は神父が死んだのだとは気が付かなかった。
それ故に、神父が一体何を考えてこんなことをしているのか益々わからなくなった。
神父が体をゆっくりと離す。
そして幼女の目隠しに手が掛けられた。
ようやく終わりかと少し安堵してから、幼女は目隠しに掛けられた手が冷たいことに気が付く。
生き物の手ではない、金属の感触。
手の冷たさとは裏腹にとても優しく、ゆっくりと目隠しが外されていく。
幼女が目を開けた時、目の前にいたのは全身血塗れの鎧だった。




