第二章 第十八話:21対1
「・・・」
一瞬の静寂。
カチャ
僧兵たちが動きを注視する中、トムは左手で兜のフェイスを降ろした。
ダン!ダン!
それを合図に、ファルコとベルナンデスを筆頭に戦闘狂達がトムに突撃する。
仕掛けるなら自分が有利な時に。
彼らは基本を守り、相手の視界がフェイスで狭くなる瞬間を狙った。
他の僧侶達も釣られてそれに続く。
それが誘いであったことには誰も気が付かない。
21人が1人に殺到。
ダダダダッ!
足の速いベルナンデスが最初にトムに辿り着いた。
すぐ後ろからはファルコが大槌を上段に構えて迫る。
ベルナンデスはそのままの勢いでトムの左脇の関節目掛けて右手のナイフを突き出した。
(こいつ、切れるのか?)
その瞬間になってようやくベルナンデスは気が付く。
普段ならこのまま関節を突き刺して動きを止めればいい。
その後はファルコが大槌でミンチにするか、鎧を剥いで自分のナイフで穴だらけにしてやるかといったところだ。
だがこの相手はどうだ?
肝心の肉がない。
服と鎧で全身を隠してあるが、持っている大剣のサイズに対して明らかに体格が釣り合っていない。
顔だけでなく体全体の肉が無いことは容易に想像がつく。
ファルコの大槌はともかくとして、自分のナイフでの攻撃に効果があるかは疑問だった。
ベルナンデスの脳裏を掠めた一瞬の逡巡。
その一瞬の間にトムの姿はベルナンデスの視界から消えた。
「・・・!」
正確には消えていない、いないが、視界の外に移動するトムの動きをベルナンデスは捉えることができなかった。
次の瞬間、ナイフを突き出した右側面から脇腹に大きな衝撃。
体がくの字に曲がりながら飛ばされる。
状況からしてカウンターを貰ったとベルナンデスは判断した。
そのまま視界が横になるが痛みはまだこない。
「・・・?」
視点が下に落ちていく。
体を支えようとするが、足の踏ん張りがまるで効かない。
そもそも感覚がない。
(落ちる!)
ドサッ!
咄嗟に腕だけで受け身を試みる。
地面に落ちた衝撃と共に、腰のあたりからの凄まじい痛みがベルナンデスを襲う。
「・・・!」
ビクンッ、と跳ねてベルナンデスはそのまま意識を失った。
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ファルコはベルナンデスと同時に飛び出した。
動きの速さで言えばベルナンデスの方が上、しかも自分の獲物はこの重い大槌だ。
同然ベルナンデスの背中が前に出る。
ファルコにとってはいつもの光景だった。
ファルコは右肩に大槌を構える。
(ベルナンデスが動きを止めたら、こいつを脳天に力一杯振り下ろす!それでしまいだ!)
ベルナンデスが右腕を前に出したのが見えた。
相手の左脇腹を狙っている。
位置取りは完璧、自分もタイミングを合わせて大槌を振り下ろしにかかる。
その時、
ダンッ!
視界の中心に捉えていたトムの姿が瞬時に視界の隅まで移動した。
既に大剣を構えている。
「・・・!」
(まずい!)
ダン!
ファルコは咄嗟に足を踏み込んでブレーキを掛けて自分から体をくの字に曲げる。
大剣が来るであろう空間から体を逃がす。
ブン!
間一髪、大剣がファルコの腹先を掠めていった。
視界の左端にいたベルナンデスの上半身が吹き飛んだのが見える。
「このっ!」
大剣を振り終えたトムに向けて再び大槌を振りかぶりながら大地を蹴ってトムに迫る。
ベルナンデスとはそれなりに付き合いが長い。
新婚の夫婦、出産間近の妊婦、一緒に色々な殺しを楽しんできた仲間だ。
その仲間をやられた怒りで力がみなぎってくる。
「ふん!」
ファルコは渾身の一撃をトムに振り下ろした。
(入るっ!)
大槌が当たる瞬間、トムの姿が黒い影に変わった。
ドスゥン!
ドスッ!
ファルコの手には地面の感触だけが伝わる。
ファルコの視線の先にはトムの形をした影がまだ残っていた。
同時に横から首に何かが刺さったような衝撃。
ドシュ!
今度は首に刺さった何かが引き抜かれるような感触。
「・・・?」
首に痛みを感じて顔を歪めると同時に、ファルコの視界は暗転した。
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教会ではボルドーに次ぐ手練れだったファルコとベルナンデス。
その2人を瞬殺したトムはそのまま残りの処分にとりかかる。
ダンッ!
「え?」
ガシュ!
「ぎゃっ!」
2人の後ろにいた男に一足で肉薄、ファルコの首から引き抜いたばかりの短剣をアッパー代わりに顎の下から突き上げた。
男の体が一瞬宙に浮く。
意識を刈り取られた体が自由落下するよりも先にトムは突き刺した短剣を引き抜いた。
血が地面に向かって勢いよく噴き出す。
トムはそのままの動作で男の手からこぼれた剣を取って力一杯に投げた。
ドスっ!
「ぐっ!」
投げられた剣はメイスを持っていた男の胸に突き刺さる。
男はそのまま倒れ込んだ。
大剣を易々と振り回すトムの全力の投てき、それに対して皮の鎧は男の心臓を守り切ることができなかった。
後方にいた僧侶達は思わず足を止める。
彼らの顔に再び恐怖の色が滲み始めた。
ドンッ!
その隙をついてトムは前方集団の処理を完遂しにかかる。
カシュ!
「うっ!」
直剣を持っていた男の腕を切り付け、剣を奪った。
腕の健を切られてしまえば抗えない。
男がこれまで経験してきたのは、あくまでも自分が一方的に殺す側だった。
牢の中の子供、縛り付けた女、自分も殺されるかもしれない状況はほとんど経験したことが無かった。
故にこの後に訪れるであろう追撃に考えが及ばなかった。
男が切られた腕を思わず抑えにいく動作に合わせ、トムは短剣で男の首元を迎えにいく。
ドス!
すぐに短剣を引き抜く。
男の首から勢いよく噴き出した血が地面に当たってパタパタと音を立てた。
トムは残りの様子を確認した。
まだ戦意を保っているのは1人だけ。
武器は盾と槍だ。
盾はボルドーほど大きくはない。精々上半身を守れる程度。
トムは女が槍を持っている左手に回り込む。
女は慌てて盾をトムの方へ向けようとする。
その動作に合わせて一気に距離を詰めて無防備な太腿を切り付けた。
ドシュ!
「あくっ・・・!」
足の痛みに釣られて盾が少し下がる。
トムは体を回転させ、逆手に持った直剣を女の首元に横から突き立てた。
「が・・あ・・・」
女は槍と盾を手放して首を抑えた。
既にトムを気にする余裕はない。
彼女はこれまで、殺す相手に対して必ず命乞いの時間を与えてきた。
僅かな希望に縋るもの達、彼らの顔が絶望に変わるその瞬間、それこそが殺人の最も甘美な部分であると彼女は信じていた。
これから殺す相手に命乞いの時間を与える、彼女にとってはそれが当然のこと。
より深い絶望を与えるための希望、命乞い無しで殺すことなど彼女には考えられなかった。
それ故に、いつの間にかこう思い込んでいた。
自分が殺される時も命乞いの時間が与えられる、と。
だが、彼女自身にその時間が与えられることなど無い。
致命傷となったのを確認してから、トムは容赦なく剣を引き抜く。
女は鮮血を撒き散らしながら地面に倒れた。




