第二章 第十七話:父の一分
シスター・ヴァーシルは自室で次の実験の計画を練っていた。
彼女が研究しているのはゾンビだ。
通常のゾンビは時間と共に腐敗が進み、体を動かす筋肉を維持できなくなってしまう。
時間が経っても動けるゾンビ、それが彼女の今の研究テーマだった。
「5歳じゃ成長が活発すぎるわ・・・。素体は7歳ぐらいがよさそうね」
確かソアラという少女がちょうどそれぐらいの年齢だったと思い出す。
今頃はテアラル神父が地下室で熱心に犯している最中のはずだ。
(使い終わったら譲ってもらおうかしら?)
そんなことを考えていたとき、
ピィイイイイ!
「・・・!」
異常自体を知らせる笛が聞こえた。
チッ、と舌打ちをして剣と盾を取る。
(いいところだったのに)
すぐに昼間の男のことが頭をよぎる。
あの男がまた来たのだろうか?
だとしたらタダでは済まさない、そう思いつつヴァーシルは部屋を飛び出した。
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教会の正面側は平野、裏側は森。
トムは首なしの死体を引きずって森の方へ走る。
今さっき笛を吹いた男、ボルドーの死体はそのままにしておく。
何も知らない仲間は警戒しつつ、ボルドーの所に集まってくるだろう。
この教会の全員が腕利きというわけではない。
味方全員分の死体発見のタイミングを遅らせることで多少は攪乱できると踏んでいた。
トムが森に隠れて数瞬後、扉が開く音と複数の足音が静寂の夜に響いた。
「おい!笛を吹いた奴はだれだ!返事をしろ!」
男の声が響く。
だが返事はない。
あるわけがない。
「ちっ、探すぞ。俺とトムはこっちから、お前たちはそっちからだ」
自分の名前を呼ばれ、骸骨の男は一瞬ドキリとする。
もちろん男が呼んだのは骸骨の方ではない、一緒にいた修道士の方だ。
単に同姓同名だとわかってはいたが、戦いの最中にこういう経験をするのは初めてだった。
松明の灯りが1つ、ボルドーの死体がある方向へ移動していく。
骸骨は夜目を凝らして確認した。
松明に照らされて人影が2つ。
まだ死体には気が付いていないようだ。
大剣に手を伸ばし、再び奇襲を仕掛けるタイミングを伺う。
だが、教会の中から灯りがさらに複数出てきた。
松明とランプが混じっている。
トムハ大剣から手を離した。
この数だと奇襲後に見つかる可能性が高い。
獲物が散らばっているところに仕掛ければ取りこぼしも出るだろう。
既に教会の中も灯りが増えて騒がしい。
ある程度集まってくるのを待つことにした。
「これは・・・!おい、笛だ!」
ピィィィィイイイイ!
再び笛が鳴る。
「こっちだ!ボルドーがやられてるぞ!」
笛と男の叫び声に釣られて教会の内外に散っていた松明とランプ達が集まり始めた。
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「まさかボルドー神父が・・・」
「どういうことなんだこれは!」
ボルドーの周囲に集まった修道者たち。
彼らは教会随一の戦闘狂の死に動揺していた。
ボルドーの実力は周知の事実。
それが上下に切断された状態で目の前に横たわっている。
横に転がっているのは穴の開いた大楯。
正に無残。
既に雰囲気は恐慌一歩手前、あと一押しで雪崩を打つところまで来ていた。
「落ち着きなさい!」
シスター・ヴァーシルが周囲を一喝する。
一瞬の静寂。
「これをやったのが誰かはわかりませんが、まだこの近くにいるはずです。そちらの対処が先でしょう?」
「ボルドー神父を殺したやつが・・・まだ近くに・・・」
数人が息を飲む。
命の危機を実感し、落ち着いたばかりの動揺が再び高まり始めた。
「へっ!おもしれぇ!」
周囲の空気を読むのを辞め、大槌を持った男が歓喜の声を上げる。
「久しぶりに活きのいい獲物じゃねえか!楽しい狩りになりそうだぜ」
「へっへっへ」
隣の痩せた男が薄気味悪い笑みを浮かべながら手に持ったナイフを舐める。
ブラザー・ファルコとブラザー・ベルナンデス。
衣服こそ修道士の格好をしているが、振る舞いはどうみても神に仕える者達のそれではない。
周囲の数人も同類のオーラを発している。
名目上は僧兵。ボルドーと同じく殺戮を喜びとする者たちだ。
彼らを見てヴァーシルはニヤリと笑みを浮かべる。
「さあ!我らに歯向かう不届き者を皆で・・・」
始末しましょう、そう言おうとしたとき
ドシュシュ!
彼女の右側、教会の方向から音がした。
「野郎!」
ファルコが真っ先に反応し大槌を振り上げる。
彼女も釣られて横を見た。
瞬間、彼女の右側にいた3人の上半身が吹き飛び、血飛沫が掛かる。
3人の後ろには大剣を横に振り終えた直後の男が灯りに照らされていた。
「おらぁ!」
「・・・!」
ファルコが大剣の男に大槌を振り下ろす。
ダンッ!ドンッ!
一瞬消えたかと錯覚するような速度で男が後ろに下がった。
ファルコの大槌が地面に叩きつけられる。
修道者たちと襲撃者。
両者が落ちた松明を挟んでにらみ合う。
灯りの数は十分、暗闇に相手の姿を見失うことはない。
「なっ、なんのつもりですかっ!神に仕える我々にこんなことをしてっ!神罰が下りますよ!」
襲撃者が昼間に訪ねて来た男だと確認できた直後、ヴァーシルは思わず喚きたてた。
ファルコを始め、周囲の修道士たちは仕掛けるタイミングを計っている。
「そうか・・・」
トムがヴァーシルの声に答えた。
まさか反応があるとは思わず、ヴァーシルはトムの次の言葉を待った。
「それならちょうどいい。神に喧嘩を売りたいと思ってたところなんでな」
そういってトムは兜のフェイスを開いて見せる。
松明とランプの灯りに照らされて骸骨の顔が露わになった。
一瞬の静寂。
修道士たちはトムの行動の意味がわからず兜の中の顔を注視した。
「・・・なっ!」
最初にベルナンデスがその意味に気づく。
他の修道士たちも遅れて理解した。
人道を外れた行為を日常とする修道士たちにすら、目の前の男の存在は非日常的だった。
「あ、悪魔・・・」
修道士たちに再び動揺が走る。
「怯むな!ハッタリだ!ただの仮面に決まってる!この数なら俺たちに負けはねぇ!」
動揺を抑えるべく、今度はファルコが喝を入れる。
残っている修道士達の数は21、対してトムは1人だけ。
普通ならファルコの言う通り、結果は明白だ。
そう、普通なら。
奇襲で5人を瞬殺されたこと、そして直後に骨の顔を見せられたことで、修道士たちはいよいよ冷静な判断が出来なくなっていた。
故に忘れてしまっていた。
目の前の男が、教会一の手練れであるボルドーを既に殺しているということを。
知らなかった。
目の前の男が人間だった頃に13人を相手にして勝っているということを。
考え付かなかった。
骨だけの体になったことで戦闘力が大幅に上昇しているということを。
修道士たちは気が付かなかった。
今宵、自分たちこそが神への生贄であることに。




