第二章 第十五話:賭けの勝者は
マルティとトーマスはアジトの中で暇を持て余していた。
「トムさん、家族に会えたっスかねー?」
「どうだろうな。会えたとしてもその後が、な」
しばしの静寂。
マルティは故郷に帰った、その結果。
トーマスも故郷に帰った、その結果。
2人共今ここにいる。
その理由は、もちろん互いに知っている。
骨の体で目覚めたことが確認できたのは、自分たちを入れて15人。
トム以外は既に故郷へと足を運んでいた。
その結果がどうだったのか、トム以外の14人に関しては全て把握していた。
もちろん、直接そのことを口にしたりはしない。
「・・・賭けてみるっスか?」
「いいぜ。家族が待ってる方に大銅貨1枚だ」
「俺も待ってる方に1枚っス」
「・・・。それじゃ賭けにならないだろ」
「じゃあマルティさんが反対に賭けるといいっス」
「・・・」
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昼過ぎ、ロッシの家。
「わ、すごいことになってるね。埃まみれ」
ノエルが俺の家を訪ねてきた。
俺はとっさに腰袋に指輪を隠して彼女を出迎えたのだが、家に入るなり出てきた言葉がこれだ。
事実だけに否定もできない。
ずっとプロポーズの練習をしていたので掃除をしていなかった。
「手伝うよ。雑巾とかある?」
「ああ、こっちだ」
ノエルは早くも奥様モードで掃除を始めた。
(いい子だよなぁ・・・)
性格は元々よかった。
しかも5年の間に別人のように美人になったときたもんだ。
正直プロポーズしない理由がない。
腰袋に入れた指輪の箱を触る。
(とはいっても・・・)
俺はノエルの言う通り埃まみれの部屋を見る。
(ここじゃあ、ムード無いよなぁ・・・)
結局、この日の午後はノエルと部屋の掃除をして終わった。
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サン・マルボ教会
俺は神父に事情を説明していた。
「なるほど、そういうことでしたか」
初老の男、テオラル神父が唸る。
「確かに、トニー君は私が奴隷市場で見つけて引き取りました。あまりにも不憫だったもので」
「それで・・・。トニーは今どこに?」
そう聞きつつも、トニーがいるところは一つしか考えられなかった。
さっきの子供たちのところだ。
何かに怯えるように祈っていた、あの子供たちの1人がトニーなんだ。
自分が熱くなっているのがわかった。
何かに取りつかれているような気分だ。
「まあまあ、トムさん落ち着いて」
「ああ。すいません」
思わず前のめりになった俺を、神父がなだめた。
ふぅー、と神父が溜息をつく。
「いいですか、トムさん。落ち着いて聞いて下さい。興奮するのはわかりますが落ち着いて」
「ああ、大丈夫、大丈夫だ」
自分でも落ち着けていないのは自覚しているが、早く続きを聞くためにそう答えた。
「よろしいですか?トムさん。私がトニー君を見つけた時、彼は既にかなり衰弱していました」
「はい・・・」
確か、奴隷商に売られてから神父に買われるまでに1か月ぐらいあったはずだ。
(あるいはマーガレット達に売られるまでの間にはもう・・・。)
俺はテーブルの下で拳を握りしめた。
いずれ、『礼をしないといけない』だろう。
「残念ですが、私達が引き取ってから1年と経たない内に天に召されることとなってしまいました」
(その間のトニーの面倒は、最悪ルーミアばあさんに見てもらうとして・・・。え?)
「あの・・・、今なんて?」
「ですので、ここにきてから1年と経たずに天に召されることに」
「え・・・?は?天に召されるって、それってつまり・・・」
神父がゆっくりと頷く。
「冗談・・・だろ?」
神父が今度はゆっくりと首を振る。
背筋が一瞬で凍りついた。
「死ん・・・だ・・・?」
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「ここがトニー君のお墓です」
俺は教会の横にある墓地に案内された。
気を遣ってくれたのか、シスター・ヴァーシルは教会の中へと入っていった。
トニーのものだと言われた墓石の前で1人立ちすくむ。
自分の知っている息子の姿なんてどこにもない。
目の前にあるのはただの石だ。
俺はしゃがみこんでトニー代わりの石を撫でた。
「トニー・・・」
いったいどんな最後を迎えたのか。
いったい何を思って死んでいったのか。
何もわからなかった。
俺は墓石を抱きかかえる。
トニーだってそうだろう。
何もわからなかったはずだ。
何もわからない年だったはずだ。
(なのになんで・・・)
「なんでなんだぁああああ!」
俺はこの体になってから初めて全力で叫んだ。
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「・・・帰ったか?」
「はい、確かに」
テオラル神父の問いにシスター・ヴァーシルが答える。
「危ないところでしたね」
「まったくだ。今夜は見張りを増やすか。まさか今頃になって父親が出てくるとは、念のために墓まで作っておいて正解だったな」
そういいながらテオラルはワインを口にする。
「ええ。墓を掘り起こしそうな勢いだったので、正直少しヒヤリとしましたが」
ヴァーシルもテオラルの正面に座ってワインを飲み始める。
「何に『使った』んだ?」
「確か、ゾンビ化の伝染実験の材料に」
「ゾンビの肉を食わせてゾンビ化させるというんだったか?」
「ええ。老人のゾンビでは活性化しないのでもっと若ければと思ったんですが、今度は逆にゾンビ化しにくくて。試しにそのまま虫達のエサにしてみたんですが、ダメでした。見世物にしかなりませんね」
ヴァーシルはわざとらしくと肩を落とす。
「子供を虫に喰わせるのが見世物になるのか?」
「あら、なかなかのものですわよ?泣き叫ぶ子供が時間をかけて喰われていくのは」
「君の趣味はわからんな」
「そうですか?私には実験用の幼女を犯す趣味の方がわかりませんわ」
「それは紳士の嗜みというものだよ、はっはっは」
「ふふふ、それじゃあ私にはわかりませんわね」
2人の笑い声が部屋に響く。
突然の招かれざる来客に対して、テオラル達の対応はほぼ完璧と言えた。
ミスがあったとすれば1つ。
教会へと戻ってきて窓の外にいたトムに会話を聞かれていたことだ。




