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第二章 第十二話:心の準備

グラトンを出発した次の日。

俺は森の中の道を西に向けて走っていた。


時間帯は昼、だが森の中は暗い。

それだけじゃない。

足場が固まってない上に道がうねっているせいで早く走れない。

結果として、俺の走る速さは駆け足程度になっていた。


(ん?)


前方に人影を見つけた。

普段なら警戒して少し速度を緩めるところなのだが、今回はもう十分遅いスピードで走っている。

俺はそのまま通りすぎることにした。


追い越すまでの間、前を歩く男の様子を観察する。

背中に弓矢を背負っている、どこかで見たことがある格好だ。


(と思ったら国軍の鎧じゃねぇか)


こんなところにいるということは地方勤務か、あるいは俺と同じ予備役だろう。


(・・・なんだ?)


何か違和感を感じる。

俺は走りながら男の後姿をじっと観察した。


(・・・)


そうだ、肌の露出が少ない、というか無い。

鎧は俺もよく知っているものと同じだが、鎧から出ている部分も全てが服や包帯で隠れていた。


(何かワケありか?)


「・・・・・・!」


男の腕の振り方が少し変わった。

どうやら向こうもこちらに気が付いたようだ。

腰の剣をすぐに抜けるように腕が動いている。

視線も少し下に落ちた。

視界の下側で後方の様子を探っているのだろう。


やるつもりはない。が、相手も同じとは限らない。

俺も警戒して様子を伺う。


向こうが歩いているのは道の右側、剣も右腰に差さっている。

対して俺の短剣は腰の左側、最短距離で仕掛けられると防げないかもしれない。


(先手を取られると不利か)


背中の大剣なら右肩から振り下ろせるが、対人戦で後手に回るには速さが足りない。

威力はあるので気に入っているが、こういう場面には酷く不向きだ。


ザッザッザッ


ザッ、ザッ


「・・・」


「・・・」


無言で詰まっていく距離。

静かな森に2人の足音だけが響く。


残り10メートル・・・。


5・・・・


1・・・。


互いの挙動に気を払う。

俺は相手の手元に、相手はおそらく俺の足元に。


(・・・ん?!)


横に並ぶ直前、俺はある事実に気が付いた。

俺はそのまま横を通り過ぎる。

ここですぐに足を止めてしまうと、勢いで一戦交えることになるかもしれない。

俺は少し進んでから足を止めた。


「・・・!」


相手の警戒度が一気に上がった。

俺は振りむいて両手を軽く上げる。

もちろん、戦う気はないというサインのつもりだ。


「なあアンタ、ちょっと聞いてもいいか?」


「・・・何か用か?」


互いに相手の緊張を感じ取る。

俺は慎重に言葉を選んだ。


「もしかしてと思ったんだが、腐竜の討伐隊にいなかったか?」


「・・・それがどうかしたのか?」


この反応。

どうやら、あの時の誰かで間違い無いらしい。


「実は俺も討伐隊に参加してたんだ。だから・・・」


俺は一瞬の躊躇いを振り切って兜を開いた。

骨だけになった顔を相手に見せる。


「アンタも『同じ目』にあってるんじゃないかと思ってな」


「・・・!」


------------


ロッシは狼狽していた。

故郷へと帰る道中で、『自分同様に』骨の体をした男が現れたのだ。

自分の体だけでも十分過ぎるというのに。

他にも動く骸骨が出てきたとあっては、むしろ狼狽えるなと言う方にこそ無理があるだろう。


探り合いのうまいやつなら動揺を隠せたかもしれない。

が、ロッシはそういうのが苦手だった。


剣を抜くことなどすっかり忘れてトムの顔を見る。

普段ならこの距離での油断は命取りだが、今回に関しては逆に働いた。


ロッシの獲物は片手剣と弓。

トムの獲物は短剣と大剣。


この距離では、先手を取らなかった時点で圧倒的にロッシの分が悪い。


「あ、あんたは?」


「トムだ。アドリアーノ分隊にいた。ドラゴンゾンビにとどめを刺しに行った」


ああ、あの時の・・・、とロッシが反応する。


「俺はロッシ、サルチェ小隊だ。悪かったな、まさか俺以外にも同じことになってるやつがいると思わなかったんだ」


そう言ってロッシは警戒を緩める。

トムも警戒を解きつつ、ロッシの言葉に反応した。


「いいさ、そこはお互い様だしな。マルティ達には会わなかったのか?」


「いや、会ってない。・・・マルティってのは?」


ロッシはトムへの質問と共に再び歩き出した。

トムを並んで歩き始める。


「同じ分隊の仲間だ。他にトーマスってやつもいる。両方とも俺達と『同じ』だ」


「そうか・・・、結構いたんだな」


「起きたのは竜と戦った場所か?」


「ああ、確か2~3週間ぐらい前だったかな?眠くならないからずっと歩いてるよ」


「あそこの近くにアジトがあるんだ。そこを拠点に元の体に戻る方法を探してるらしい」


そこまで言って、トムは自分がそのことをすっかり忘れていたことに気が付いた。


「それは気づかなかったな。探してるってことはまだ戻れないのか?・・・まいったな、ノエルになんて言おう」


「嫁か?」


「もう少しでな。帰ったらプロポーズしようと思ってるんだ。指輪も買ってある」


「・・・」


トムはマルティ達の気持ちが少しわかった気がした。

あれから既に5年が経過していることをロッシは知っているのだろうか?

知った上で言っているのならいいのだが、おそらく彼はまだそのことを知らないだろう。

トムはそう感じた。


トムの脳裏を一瞬の逡巡が過る。


「あー、ロッシ?」


「なんだ?」


既に無くなったはずの胃が痛い。

自分に事実を告げた時のマルティが何を思っていたのか、トムはそれを理解した。


「その、実はだな・・・」


------------


「嘘・・・だろ・・・。」


ロッシは思わず歩みを止めていた。

もちろん自覚は無い。


「じょ、冗談はやめてくれよ。俺、もうすぐプロポーズするんだ。人生のビッグイベントが控えてるんだぜ?」


ロッシの声は震えていた。

トムは黙って首を振る。


「言おうか少し迷ったんだけどな。やっぱり・・・、心の準備はしておいた方がいいと思ったんだ」


その方が心の傷も浅いだろう。トムは内心で呟く。

ロッシはトムの態度で真偽を判断した。


「5年・・・」


そう呟いたロッシが次にどんな行動に出るのか、トムには大体予想がついていた。


「・・・急いで帰らないと」


他の誰に向けたわけでもない。その言葉はロッシ自身に向けられていた。


「故郷はどこだ?」


「・・・ナシュラだ」



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