第二章 第九話:家族の行方
「で?誰もいないってのどういうことなんだ?」
俺はルーミアばあさんと再会した後、ばあさんの家に来ていた。
俺の家に誰もいない、その話を詳しく聞くためだ。
出されたお茶はもちろん飲めない。
一口だけ飲むふりをした。
「そのまんまの意味さ。とっくに出て行っちまったよ」
そう言ってばあさんが茶をすする。
「そのまんまって・・・、じゃあ今どこにいるんだよ?」
「さあね。新しい男のところじゃないかい?」
「新しい男って・・・、冗談はいいから教えてくれよ」
「本当にわからないんだよ」
ふーっ、とばあさんが息を吐いて視線を落とした。
俺の記憶にあるルーミアばあさんよりも少しくたびれて見える。
「あんたが出ていってから半年後ぐらいに、あんた達が全滅したって知らせが届いたんだ。それからすぐにマーガレットが知らない男を連れ込み始めてね。2か月もしたら村を出て行ってそれっきりさ」
「そんな・・・、何かの間違いじゃないのか?ほら、夢と現実の区別がついてないとかさ」
「わたしゃまだボケちゃいないよ」
「だよなぁ・・・」
そんなことは最初からわかってる。言ってみただけだ。
このばあさんは性格こそきつめだが、そこら辺はしっかりした人だ。こんな嘘はつかないだろう。
「はあ・・・」
愛妻のまさかの薄情ぶりにがっくりと肩を落とす。
精神的ダメージがそれほど大きくないのは、直接その様子を見ていないからだろう。多分。
「トニーも一緒か?」
「多分そうだろうさ」
「そうか・・・」
(息子との再会も無期限お預けか・・・)
その後は俺のいなかった5年間の村の様子を教えてもらった。
ニックが結婚したこと、シドに子供が生まれたこと、ニヴルじいさんが死んだこと。
なぜか自然と受け入れることができた。
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「これ、よかったら食ってくれ」
ばあさんの家を後にするとき、家族の土産にと買った甘味を一袋渡す。
「おや、悪いね。マーガレット達のために買ったのかい?」
(全部お見通しか・・・)
「ああ、もういらなくなったからな」
昔聞いたことがある。
ばあさんの旦那の話だ。
昔、俺と同じように竜の討伐に駆り出されて帰ってこなかったらしい。
ばあさんは結婚して早々に未亡人。
それから縁談の話もあったらしいが、死んだ旦那に操を立てて全部断ったそうだ。
そいつが少し羨ましくなる。
(こんなにいい女置いて何死んでんだよ)
「これからどうするんだい?」
「取りあえず家の様子だけ確認して・・・、それから2人を探すよ」
「そうかい、また寂しくなるね」
「なに、またすぐに戻るさ」
それだけ言って俺は自分の家に戻ることにした。
2人を探すのを止めなかったのは、きっとばあさんなりの優しさなんだろう。
「あ、そうだ」
ひとつ言い忘れた、と思って振り返る。
「なんだい?」
「俺が村に戻ったことは・・・」
「秘密にしておいてくれって言うんだろ?長い付き合いだ、わかってるさ」
「ああ、頼む」
そう言って俺は今度こそ家に戻った。
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「こりゃあ・・・、ひでぇな」
思わず独り言が漏れた。
生活感がまるで無い。
というか生活用品がまるで無い。
どうやら大半を持っていかれたようだ。
金目の物も無くなっている。
・・・こっちは元々少ないが。
(ん?)
棚の横に何かが落ちているのを見つけた。
・・・写真立てだ。
拾って埃を手で払う。
家族3人が写っていた。
俺とマーガレット、そしてトニー。
グラトンに行ったときに撮った家族写真だ。
この時は俺が無理言って撮ってもらったんだ。
俺は自分が子供の時に死んだ親父の顔を覚えていない。
お袋の顔もだ。
だから、家族の証として形に残るものが欲しかった。
トニーにも俺の顔を覚えていて欲しかったから。
写真の落ちていた辺りを見る。
他には何もない。
この家族写真だけが置いていかれたらしい。
(・・・)
せめて、トニーの成長だけでも確認したいと思った。
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その日の深夜。
俺はみんなが寝静まったのを確認してから村の外へ出た。
ばあさんの言葉を思い出す。
『出ていく直前にポトールイがどうとか話してたね』
(ポトールイ、か)
次の目的地は決まりだ。
他に手がかりもない。
俺はマルティに貰った地図を確認する。
ポトールイに行くのは初めてだ。
まさかこんな形で行くことになるとは思わなかった。
俺は夜の道を走り始める。
相手の男はどんなやつだろう?
幸せに暮らしているのだろうか?
もしそうだとしたら、今更会って俺は何を言えばいい?
考えが頭の中をグルグル回る。
一晩中考えても答えは出なかった。




