第二章 第五話:5年後の世界
「5年・・・、そんなに経っているのか?冗談だろ?」
信じられない。
ドラゴンゾンビと戦った後、すぐに目が覚めたのだと思っていた。
「からかってるんじゃないよな?」
俺はマルティとトーマスを交互に見た。
「トム、残念だが・・・」
「本当の話なんス」
2人の様子から冗談ではないことを理解した。
トーマスはわからないが、少なくともマルティはこういう冗談を言う男じゃない。
「そうか・・・。5年か・・・」
ドラゴンゾンビを倒してから目覚めるまでが精々1日。
それが昨日のことだから合計で2~3日ぐらいしか経っていない気がしていた。
自分の感覚というのは、まったくあてにならないようだ。
愛する妻と子供の姿が思い浮かんだ。
今頃どうしているだろうか。
(帰らないと)
俺はゆっくりと立ち上がる。
トーマスとマルティが俺の次の言葉を待つ。
「故郷に・・・、帰るよ」
「そうか」
「言うと思ったっスよ」
2人とも、俺が何を言うのか大体予想はしていたようだ。
今度はトーマスが席を立つ。
「少し待つっス。人前に出るための準備をするっスよ」
「準備?」
「おいおい、まさかその姿のまま故郷に帰るつもりか?悪霊が襲ってきたと思われるぞ」
「あ・・・」
そういえばそうだった。
この姿のまま故郷に帰れば家族と会う前に大騒ぎになること間違いなしだ。
トーマスが入口とは別の扉に入っていった。
「準備はトーマスに任せるとして、まあ取りあえず座れよ」
マルティに促されて、俺は再び椅子に座った。
早く出発したい。
家族のことが頭の中を繰り返し駆け回る。
(準備はまだか?)
トーマスの方が気になって仕方がない俺をマルティがなだめた。
「焦るのはわかるけどな。どの道、もう5年経ってるんだ。今更1日2日遅くなっても大して変わらんさ」
「そんなこと、わからないだろう?」
「落ち着け。他のやつらだって焦って故郷に帰ったんだ。みんな・・・、無事だったよ」
「俺の家族も無事とは限らないだろ」
なんでマルティがそんなことを言うのかわからない。
俺の知っているマルティなら急げと言ってくれるはずだ。
「だから落ち着けって。どの道、準備が終わるまでは出発できないんだ。今の内にできることをやっておこう」
「できることって、・・・何をするんだ?」
一体何をするというのだろうか。
「情報交換だ」
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情報交換。
交換と言いつつも、実際にはマルティから俺への一方通行だった。
それはそうだ。俺はマルティに渡せるような情報なんて何も持っていない。
俺はトーマスの準備はまだかと思いつつ、マルティの話を聞くことになった。
「俺たちの体に関してなんだが・・・。はっきり言っておこう、元に戻る方法はまだ見つかっていない」
「そうか」
なんとなく予想してはいた。
どれぐらい先に目覚めたのかは聞きそびれたが、俺より先に目覚めたはずのマルティ達が今も骸骨のままということはそういうことだろう。
俺にとってももちろん他人事ではないのだが、今は家族の安否の方が気になって仕方なかった。
「俺たちは今、元に戻る方法を探して活動してるんだ。家族に会った後でいい、お前も協力してくれ」
「ああ、わかったよ。俺もずっとこの体で家族と暮らすのは勘弁だからな」
「・・・。故郷に帰る途中でも何かヒントが見つかるかもしれない、できる範囲でいい、注意は払っておいてくれ」
その後はマルティからこの体のことをいくつか教えてもらった。
飲まず食わずでも大丈夫、寝る必要もなく疲れ知らず、というところまでは予想通りだったが、なんと骨にヒビが入ってもしばらくすれば治るそうだ。
副作用は今のところ確認できていないらしい。
「骨が折れたりした場合はどうなるかまだわかっていないんだ。注意はしておけよ?」
「ああ、わかってるさ」
マルティ達が大丈夫ということは、俺の体もすぐにどうこうということも無さそうだ。
これなら故郷まで全力で走り続けても大丈夫だろう。
(一日8時間歩いたとして、街までは35日、そこから俺の村まで3日だから・・・)
俺が故郷までの日数を計算し始めた時、
「よっと、お待たせっス」
ガチャガチャと両手で鎧を抱えたトーマスが戻ってきた。
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「全部脱いでくれっス」
そう言われて、俺は鎧も服も全部脱いだ。
元の体なら恥ずかしいのだろうが、文字通り骨だけになった自分の体を見てなんとも言えない気分になる。
それからマルティとトーマスが俺の体に包帯を巻いていく。
「包帯について聞かれたら、全身火傷したって言うんスよ?」
その上からトーマスが持ってきた服と鎧を着た。
両方とも露出は最小限に抑えられている。
兜は当然フルフェイスだ。
「どうっスか?」
トーマスが鏡で俺の姿を見せてくれた。
鏡には完全フル装備の男が立っていた。
如何にもこれから戦いに行くと言わんばかりの格好だ。
「これ・・・、逆に目立つんじゃないか?」
平時からこんなやつが全力疾走してたら注目してしてくださいと言っているようなものだと思うのだが・・・。
「ばれるよりはマシだろう?」
マルティの骨だけになった顔からは表情を読み取ることはできない。
が、こいつとはそれなりに長い付き合いだ、声の調子で大体わかる。
「お前、今笑ってるだろ?」
「んなこたぁねえよ」
間違いない、笑ってやがる。
だが贅沢を言っている場合でもない。
骨の部分を隠せる以上はこれで良しとしよう。
少なくとも、最初に自分で考えていた案よりはかなりマシだ。
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「じゃあ、行ってくる」
「おう、ちゃんと報告しに戻ってこいよ?」
「家族に『骨のままでも良い』って言われても戻るっスよ?」
「わかってるよ、ありがとう」
俺は洞窟の入口で2人から見送りを受ける。
俺だっていつまでもこの体でいる気はない。
家族に会ったら、その後はここに戻って一緒に元に戻る方法を探すつもりだ。
(さてと、行くか)
見送ってくれる二人に感謝して、俺はアジトを出発した。
もちろん全力疾走だ。
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トムの姿が見えなくなった後、マルティは再び洞窟の中に入っていく。
トーマスはトムの走っていった方向をまだ見ていた。
1年前の、自分の姿が重なる。
「待っていてくれると・・・、いいっスね」
その言葉は誰にも聞こえなかった。
仮に聞こえていたとしても、マルティなら聞こえない振りをしただろう。
『死んだら一緒にお墓に入るんだからね?永遠に一緒だよ?』
空洞になった頭の中に、自分の愛した少女の声が響く。
子供の頃からの付き合い。
ずっと一緒にいるのだと思っていた、少女の声。
『おれ、この戦いが終わったら結婚するんだ。』
先輩がそう言った時は黙っていたが、実は自分も彼女にプロポーズをするつもりだった。
付き合い始めて5年。
年齢的にもそろそろの時期だと思っていた。
腐竜討伐に行かなければ良かったのかもしれない。
もしかしたら、全てがうまくいったのかもしれない。
だが、もう遅い。
プロポーズすることはできなかった。
頭の中で何度も繰り返された彼女の最後の言葉。
再び思い出す。
『実は・・・、3年前から、この人と同棲してるの』