第二章 第四話:年月
「なあ」
「なんスか?」
「さっき遠望鏡で何を見てたんだ?」
トーマスの後ろを歩き始めて数分、俺は会話の無い時間に耐え切れずに切り出した。
本当はさっき俺『達』と言っていたことについて聞きたかったのだが、
ストレート過ぎる気がしたのでこちらを先に聞くことにした。
優先順位で劣るとはいえ、一応こちらも大事なことだ。
「さっき?ああ、ねずみさん達を見てたっす」
「ねずみ?」
河原で見た光景を思い出す。
(もしかして・・・、あれのことじゃないよな?)
「エクササイズファッティラットっていうらしいっス。この時間になると河原でみんな揃って運動してるんスよ」
間違いない、あれのことだ。名前からしてあれしかない。
「なんでそんなのを見てたんだ?」
「そんなのって酷いっスよ。俺の数少ない楽しみっス。癒し要素は大事っスよ?」
「そ、そうか・・・」
なんとなく不憫だ。きっと友達がいなくて動物達に相手を求めていたんだろう。
「なんか失礼なこと考えてるっスね?」
「よくわかったな」
「慣れてるっス」
(かわいそうに)
「これから行くところには誰もいないのか?話し相手になってくれそうなやつの一人ぐらい」
「なんで俺が友達いない感じになってるんスか・・・。アジトにはちゃんと他の人もいるっスよ。アドリアーノ分隊なら多分トムさんの方が知ってるはずっス」
「同じ分隊のやつか?誰だ?」
「それは会ってからのお楽しみっス。この辺にいてもやること無いっスからね。俺は今、娯楽に飢えてるっスよ」
「なんだそりゃ」
トーマスの気楽な態度に少し笑った。
------------------------------
「到着っス」
歩き始めてから10分弱、といったところだろうか。
案内されたのは洞窟だった。
入口は人が2人通れる程度だろうか、それほど広いというわけではない。
ここでは俺の剣は振れないだろう。
トーマスの後ろについて中に入っていく。
少し入ったところに粗末な木の扉がつけられていた。
元々あったのか、トーマス達がつけたのか。
木の程度を見るとおそらく後者だと思う。
比較的最近削られた感じがする。
あまりスムーズに開きそうな感じはしない扉だったが、
トーマスは慣れた手つきで扉を開けた。
先にトーマスが扉を通る。
後から通った俺は扉を閉めようとしたのだが、
「あれ?閉まらねーな・・・」
扉がうまく元の位置にはまらない。
「ああ、俺がやるっス」
「悪いな」
トーマスがあっさりと戻してくれた。
外の音は既にほとんど入ってこない。
俺とトーマスの物音だけが響く洞窟をさらに進んでいく。
少し進んでいくと再び扉があった。
さっきよりは丈夫そうな扉だ。
トントンッ、トントントンッ、トントンッ。
トーマスが扉をノックする。
トントントンッ、トントンッ。
扉の向こうに人が来た気配がしてからノックが返ってきた。
「トーマスっス。一人連れてきたっスよ」
「あいよ」
扉の向こうから聞き覚えのある声がした。
「マルティ?」
「当たりっス」
扉が開いた。俺たち同様に鎧を着た骸骨がいた。
「その声は・・・、もしかしてトムか?久しいな」
「こっちも当たりっス。あっさり当てられるとつまんないっス」
「はっはっは、そこそこ長い付き合いだったからな。まあとりあえず入れよ」
マルティに招き入れられて俺たちは扉の奥に進んだ。
「広いな」
ここまでの通路の狭さに反して中はかなりの広さがあった。
所々に粗末なベッドや木箱が積み上げられている。
外からの光は一切入ってきていないが、松明が設置されているのでそれなりに明るい。
「コーヒーは出ないぞ?誰も飲めないからな、はっはっは」
マルティにはコーヒー豆を探していると思われたらしい。
まあ遠征中の数少ない楽しみなので、そう見えても仕方がない。
中央のテーブルに案内される。
木を削って作られたテーブルは、その作りの粗さから見て手作りだろう。
テーブルの上にはランプとカードが乗っていた。
俺がイスに座ったのを見て二人も座る。
「いつ頃目が覚めたんだ?」
「昨日の昼頃だ。気が付いたらこの姿になってたよ」
「そうか、やっぱりお前もか」
「今のところ、みんな同じっス」
世間話のような軽いノリで始まった情報交換に内心で面食らう。
「みんな、ってことは他にもいるのか?」
「ああ、確認できただけで10人以上いる。全員あの時のメンバーだ」
マルティの言う『あの時』というのがドラゴンゾンビと戦った時を指しているのは明らかだった。
「確認できた範囲での話になるが、最初に目覚めたのは今から2年前、それから断続的にこの体で復活しているようだ」
(ん?)
「おいちょっと待て。2年前ってなんだ?ドラゴンゾンビとはまだ戦ったばかりだろう?」
マルティに疑問をぶつけながらも、自分の中で仮説が一つ立てられていく。
そしておそらくその仮説は正しい、そう思えた。
「あれから・・・、何年経っているんだ?」
一瞬、マルティとトーマスの視線が交わされる。
「・・・、5年だ」