第二章 第三話:もう一人
俺はねずみ?達の運動場から歩き始めた。
と、その時だ。
キラッ
(・・・!!)
視界の隅で何かが光った。
光のした方を見る。森の中だ。キラッ、キラッと不規則に光っている。
(・・・遠望鏡か?)
俺はできるだけ動きが目立たたないように茂みに姿を隠した。
もしかしたら既に補足されているのかもしれないが、それでも姿をさらし続けるよりはまだマシだ。
気づかない振りをして奇襲を仕掛けるなんてのは得意じゃない。
飛び道具があればまだ選択肢に入れないこともないが、あいにくと今は持っていない。
茂みの隙間から光った方向を伺う。
少し遠い。おそらく直線距離でも1km以上はあるだろう。
あいかわらずキラキラと不規則に光っている。こちらが隠れたことに対する反応は見られない。
こちらを見ていたわけではないのか、あるいは人ではないのかもしれない。
(・・・)
数瞬考えて、俺は光った場所を確認しに行くことにした。
何か役に立つ物が手に入るかもしれないと期待してだ。
狙っていた盗賊の類だったら遠慮しなくていいので大変嬉しい。
俺はなるべく茂みに隠れるようにしつつ、目立たないようにゆっくりと移動を始めた。
時にしゃがんで、時に匍匐前進で。
目指すのは例の光った地点だ。
骨だけになったせいでブカブカの鎧がカチャカチャと音を立てる。
俺は大きな音を立てないようにいつもよりゆっくりと進まなければならなかった。
(遅い・・・)
鎧の金属音がいつもより大きい気がして内心焦る。
自分はそう簡単に浮足立つ性格でもなかったはずなのだが、
やはり信じられないことが続いた影響で疲れているんだろうか?
焦りがさらなる焦りを生んでいく。
もしかすると向こうは既に移動したかもしれない、
周囲に別の仲間が見張っているかもしれない、
俺は自分の心を落ち着けながら、細心の注意を払って進んでいった。
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移動を開始してからどれぐらい経っただろうか。
ようやく、光のあった付近にたどり着いた。
俺は静かに周囲を確認する。
(見られては・・・、なさそうだな)
だがこちらからも相手の姿は見えなかった。
光っていたものの正体はなんだったのか。
人では無かったとすれば、この辺りに何かあるはずだ。
俺は神経を研ぎ澄ませて周囲を嬲るように観察していく。
「・・・ッス」
(・・・!!)
人の声だ。微かだが人の声がした。
俺は気配を殺して声のした方向を一瞬注視する。
そちらに意識が集中したのを自覚する。
(・・・囮かもしれない)
直後に自分の迂闊さに気が付き、慌てて周囲への警戒を再開した。
ゆっくり、極力と音を立てないように近づいていく。
「・・・ッス」
話しているのだろうか?
肩に背負ったグレートソードの柄を触る。
今の相棒はこれだけだ。威力は十分あるが隙も大きい。
相手が手練れであれば警戒された状態で当てるのは難しいだろう。
複数いるとなると奇襲で何人までやれるかが勝負だ。
俺は人数を確認するつもりで、茂みの隙間から声のした方向を観察する。
(・・・いた!)
低めの木の上に1人、腕の長さほどの遠望鏡を覗いていた。
茂みのせいでよくわからないが、少なくともあそこに1人いる。
(マズいな)
俺は感づかれないようにゆっくりと茂みの中に身を戻した。
この位置はどうやら相手の正面方向のようだ。
真正面というわけではないが、遠望鏡から目を離せば視界に入ってしまうだろう。
「いいっすよー、その調子っス」
内心ギクりとする。
自分の行動を見られているような気がした。
(もう気づかれているのか?)
「今日もいいほっぺっス」
・・・大丈夫そうだ。
(話相手は・・・、どこだ?)
少なくとももう一人は話相手がいると思うのだが、まだ位置がわかっていない。
(木の向こう側か?)
少し様子を伺う。
が、何かが動く気配はない。
遠望鏡のやつの視界から外れるのも兼ねて裏側に回ることにした。
(ゆっくり、ゆっくりだ)
向こうの声が聞こえるということはこちらの物音も向こうに聞こえる可能性があるということだ。
特に鎧の金属音など、この場に不自然すぎてすぐにわかってしまうだろう。
これが皮の鎧ならまだマシだったのだが。
まあ今更だ。
俺は全神経を研ぎ澄ませて静かに移動を開始した。
遠望鏡を中心に時計回りだ。
「いっちに、いっちに」
こちらにはまだ気が付いていないのか、木の上からは相変わらず声が聞こえてくる。
(・・・)
相手の側面まで移動したとき、自分がルート選択を失敗したことに気がついた。
茂みがここで途切れている。
これでは姿を隠したまま相手の後ろに回り込むことができない。
向こう側の茂みを確認する。
(遠いな)
ここまでの移動速度を考えると、自分の姿をかなりの時間さらすことになりそうだった。
「わっせ、わっせ」
木の上からは相変わらず声が聞こえてきている。
(まさか、独り言じゃないだろうな?)
位置取り作業が一旦行き詰ったところで、俺はようやくその可能性に気が付いた。
今のところしゃべっているのはアイツだけだ。
俺は再び木の上の様子を伺っ・・・。
(・・・!?)
俺は相手の顔を見て一瞬だけ硬直した。
内心の動揺を押さえつける。
物音を立てそうになった体をなんとか戻す。
(俺と・・・同じ?)
そう、同じだ、多分。
骨だけになった自分の手を見る。
その手で自分の顔を触る。
鏡が無いので正確にはわからないが、手で触った感じからして頭部も骨だけになっているはずだ。
そう、『木の上の男と同じ』ように。
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(一緒にドラゴンゾンビと戦った誰かか?)
いくらなんでも体が骸骨だけになるような原因なんてのはそう多くないはずだ。
あの時の誰かである可能性は高かった。
襲うのを少し躊躇する。
あの時のメンバーならある程度はやれるはずだ。
そう楽には勝てないだろう。
それに俺と同じ体になっている身だ。
何かこの体に関する情報を持っているかもしれない。
そうでなくとも同じ体を持つ者同士、必要な協力もできるだろう。
できれば敵には回さずに済ませたい。
(どうする?声を掛けるか?)
誘惑が急激に頭を擡げ始める。
(・・・いや、駄目だ)
過去の失敗を思い出す。
そういうやり方が上手くいったことなど一度もない。
こちらが油断したところをやられるだけだ。
正面の空間を確認する。
(ここを無事に通れたらそのまま後ろから一撃で決めよう。途中で見つかったら話すところからスタートだ)
俺は静かに覚悟を決めて茂みの外へ体を進め始めた。
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「うっへっへ」
目標の背後数メートル。
それが今の俺の位置だ。
相手は未だ気づいた素振りを見せていない。
周囲は既に確認した。
気配はない。
おそらくヤツ以外には誰もいない。
俺は静かに剣に手を掛けて、この後の自分の動きをイメージする。
まずここから一気に突っ込んで木を駆け上がる。
1歩、いや2歩か。
後は力一杯剣を振り下ろしてやればいい。
それで終いだ。
「おっとまだまだ頑張るっス。疲れてからが勝負っスよー」
それにしても・・・だ。
しばらく観察しているが、この男はずっと何をしているのだろうか?
遠望鏡を覗きながら独り言を言いながらにやけている。
囮役、というわけでもなさそうだ。
これはもう、正直どう見ても・・・、
(・・・変態だ)
「・・・ちょっと待つっス」
(・・・!)
唐突に向こうがこちらを向いて話しかけてきた。
「なんだ気づいてたのか」
俺は内心の動揺をを抑えながら平静を装って答えた。
装いきれたどうかはわからないが。
「当たり前っス。いつの間にそこにいたのかわからんスけど、そんな失礼な感情ダダ漏れにされたら流石に気づくっスよ」
(・・・)
失礼な感情、というのは今さっき俺が心の中で思ったことを指しているのだろう。
ということはそれまでは気が付かなかったということか?
「むしろ何でそこだけ気が付くんだよ」
「そういうのには慣れてるっス」
(慣れてるのか・・・)
少し不憫な気がした。
「・・・その剣、ドラゴンゾンビにトドメ刺した剣っスか?」
「ん?ああ、そうだな」
(あの時のメンバー確定か?)
「えーっと、あんたは・・・」
「トーマスっス。ヤーコブ分隊で前足担当だったっす。そっちはアドリアーノ分隊っスか?」
(俺の分隊のことまで知ってる。・・・決まりだな)
「ああ、アドリアーノ分隊のトムだ。昨日の昼頃に目が覚めてな、気が付いたらこの状態だったんだ。その、何か知っていたら教えて欲しいんだが・・・」
言った直後に自分の迂闊さに気が付いた。
足元を自分から見せるような発言は控えるべきだったと後悔する。
味方だと思っていたやつに裏切られるというのはよくあることだ。
(今日はこんなミスばっかりだな)
「いいっスよ。それも俺の役目っス。」
幸いなことに、つかの間の後悔はすぐに終わった。
「ついてくるっス。俺達のアジトに案内するっスよ」
そういってトーマスが歩き始めた。
俺もつられて歩き出す。
だが何かが頭の中で引っかかった。
(俺・・・『達』?)
今そう言わなかったか?