第二章 第二話:狩り
岩陰に木の枝や葉で作った即席シェルター。
時間帯は既に深夜と言っていい、辺りは静寂に包まれている。
俺はその中でひっそりと息を潜めつつ、自分の体の変化に戸惑っていた。
日没前の行動を思い出す。
狩りを優先することを決めた後、俺はまず拠点となるシェルター作りと食料の確保に着手した。
ここに来るまでに使っていたキャンプセットが影も形も無くなっていたからだ。
俺はシェルターに良さそうな岩陰が無いか探して歩いた。
目的の場所はすぐに見つけることができた。小さな川の近くだ。
幸いなことにシェルター用の材料集めの最中に木の実がなっているのも見つけたので、何個か取って腰の袋に入れた。
これで獲物ゼロでも大丈夫、そう思ったわけだ。
シェルターが完成したのは夕暮れ時。
シェルターの自作は久しぶりだったので結構てこずった。
正直ここまで時間を食うとは思わなかった。
まだ日没までは時間があったが、今日はそこまでで寝ることにした。
体力を減らせばそれだけ危ない橋を渡ることになる。
今後も1人で行動を続ける以上、割高なリスクは極力取りたくなかった。
自分が行動不能になっても、助けてくれる人はいないのだから。
そうして俺は早々に寝床についた。
おかしいことに気が付いたのはそれからだ。
(眠くならない。腹も空かない・・・)
最初にこの体で目を覚ましたのは日が昇った頃。
起きるのが遅かったし興奮していたので眠れないのかと最初は思ったのだが、それでもそろそろ眠気ぐらいはあっていい時間のはずだ。
腹の減り具合だってそうだ。
目が覚めてからまだ何も口にできていない。
なにせ食事をとる方法がわからないのだ。
試しに木の実をかじってみたが、飲み込もうとすると骨の隙間から下に落ちるだけ。
試しに首の下から肋骨の中のスペースに木の実を入れてみたが特に何も起こらない。
にも関わらず、である。
未だ食事を取れていないにも関わらず、まったく空腹を感じない。
(大丈夫なのか?)
このまま飲まず食わずに寝ることの生活を続けたとして、もしかしたら元の体に戻った時に反動があるかもしれない。
静かな中でじっとしているせいか、悪い方向に想像が傾いていく。
仮に一週間飲まず食わずだったとして、元の体になった瞬間にそれが一気に全部反映されたりしないだろうか?
いや、一週間分ぐらいならまだいい。
仮にこのまま何年も過ごすことになったとしたら、元に戻った瞬間に餓死するなんてこともありえる。
考え直して全速力で故郷へ向かおうか、そんな弱気な考えを慌てて振り払う。
俺は学も無いし頭も良くないが、それでも戻る方法がすぐ見つかりそうにないことぐらいはわかる。
(・・・考えるだけドツボにはまりそうだ。)
さっさと忘れて明日からのことの考えよう、そう自分に言い聞かせて夜を過ごした。
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翌日の朝。
俺はシェルターから体を出した。
木漏れ日がいい感じだ。
こんな時でなければ森林浴するのも良かっただろう。
「さて・・・と」
俺はグレートソード背中に背負う。
早速獲物探しに出発だ。
俺は昨日集めておいた蔓を持って罠を張りに出た。
獣たちの生活の跡が無いか探しながら、極力音を立てないように山の中を歩いていく。
ところどころに足跡らしきものがある。割と新しい。
小物だが、この辺りを縄張りにしている獣がいるのかもしれない。
大物を呼び寄せるためのエサにちょうどいいだろう。
しばらく歩いていくと小さな河原に出た。
チュッチュ!チュッチュ!
(・・・!)
獣の鳴き声に、俺は慌てて茂みに身を隠す。
鳴き声は河原の方からだ。
きっと水を飲みに来たに違いない、そう思って息を潜めて河原の方に向かう。
チュッチュ!チュッチュ!
(多いな)
鳴き声から推測するに、結構な数がいそうだ。
茂みの隙間から顔を少しだけ出して河原の様子をそっと伺う。
(・・・?)
俺はゆっくりと体を戻した。
ゴシゴシゴシ。
瞼の無くなった目をこする。
(・・・よし!)
もう一度河原の様子を伺う。
チュッチュ!チュッチュ!
(・・・)
俺は再び体を戻した。
ゴシゴシともう一度目をこする。
(俺、疲れてんのかな?)
河原にはありえない光景が広がっていた。
きっと疲れて幻覚を見ているんだろう。
まああれだ。起きたら体が骸骨になっちまってるぐらいだ。
頭がどうかしていてもおかしくない。
骨だけになった自分の腕を触る。
願わくはこれも幻覚であらんことを。
俺は再び河原の方を見た。
・・・。
・・・。
・・・うん、やっぱり幻覚じゃない。
視界の先ではメタボなネズミ(?)たちが綺麗に整列して朝の体操をしていた。
(俺、頭がどうにかなりそうだよ・・・。)
もしかしてここは死後の世界だったりするんだろうか?
だとしたら自分の想像と随分違う。
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数分後。
目の前の光景に、俺は未だ困惑を抑え切れずにいた。
(色々とおかしい)
え?何がおかしいかって?・・・全部だよ全部。
そもそもあいつらネズミなのか?
大きさは俺の膝下ぐらいでネズミとしては大型だ。
各パーツや組み合わせに関しても俺の知っているネズミと大した違いはない。
が、そのバランスがおかしい。明らかにおかしい。
2等身しかないずんぐりメタボディ、もといメタボボディ以外の存在感が異様に小さい。
鼻は低いし手足も妙に短い。ていうか小さい。
まるでデフォルメされたぬいぐるみが動いているみたいだ。
あれでは4足歩行は不可能だろう。
・・・腹で転がると言われた方が説得力がある。
実際、視線の先にいるネズミ達はさっきからみんな2足で飛び跳ねている。
既に4足歩行を完全放棄しているかのようだ。
綺麗に並んでせっせとエクササイズに励んでいる。
下手な軍隊よりも統率された動きだ。
(もしかしてダイエットか?)
動きがどうもそれっぽい。
肥満問題が深刻なネズミ社会なんだろうか?。
骨だけで動いている自分が言うのもなんだが、とにかく色々おかしい光景だった。
(・・・おっと)
ハッと我に返る。
(何を呑気に観察してるんだ俺は)
平常心を失っていることを自覚する。
(よし、深呼吸しよう)
スー、ハー。
スー、ハー。
(よし)
幸いにまだこちらには気が付いていないようだ。
一心不乱に運動を続けている。
(さて、奇襲を仕掛けようか、罠で一網打尽にしてやろうか・・・。)
考えつつネズミ?達を数える。
にー、しー、ろー、じゅー、
指揮をとっているのも含めて21匹もいやがる。
生態もよくわからない以上、手持ちの道具であれ全部を捕まえる罠を作るのは厳しそうだ。
となると奇襲で片っ端からぶった切るしかない。
俺は肩の大剣に手を伸ばしつつタイミングを伺う。
絶賛運動中のネズミ?達を静かに睨む。
(・・・いいほっぺだ)
ネズミ達の動きに合わせてほっぺが揺れている。
きっともちもちでたぷたぷだろう。
息子のアレクセイを思い出す。
あいつもいいほっぺなんだ、これが。
(・・・やっぱりやめとこう)
俺は他の獲物を探すことにした。
よくよく考えて見れば、数が多いとはいえあいつらの皮では小さすぎて役に立ちそうにない。
繋ぎ合わせて大きくすることも手持ちの道具では無理だろう。
わざわざ殺して皮を剥いだところで、時間と労力の無駄になる可能性が高い。
俺は静かにその場を離れることにした。
無意味なことに時間を使うほど暇じゃないからだ。
・・・断じて息子の姿を重ねて気後れしたわけじゃない、断じてだ。